早々危機ですわ!!
クロノス中等学院のクラス分けは成績順で決まる。
一クラス当たりの定員人数は40名。
上位40位がAクラス、41~80位がBクラス、81~120位がCクラス、そうして約250名の生徒たちがそれぞれのクラスに振り分けられるのだ。
学院のテストは年に3回。
例え、最初に最下位クラスにいたとしても、その後のテストで良い成績を収め続ければ、より良いクラスに入ることが出来る。
逆に成績を落としたり、下位の者に順位を抜かれてしまった場合は成績に見合ったクラスに下げられてしまう。
そして、先日。
クロノス中等学院では、第二十三回目の新入生テストが行われていた。
今回のテストは年に三回行われる定期テストの一つではない。あくまでも彼らのクラス分けに使われるものだ。
実際の定期テストが行われるのはこの新入生テストが行われた二週間後。
もしもそこで、学院長の規定した点数を取れない教科が一つであもあれば、その時点で即刻退学となる。
入学式で各自に知らされていたクラスは今日のテスト会場のクラスを示している。
キマイラ、リヒト、ウィリアムはそれぞれ別々の教室で試験を受けた。
王子であるリヒトは勿論、クロノス家であるウィリアムもテストの後にはAクラスに入ることを当然のように語っていた。
当のキマイラはと言うと、良く言えば目論見通り、悪く言えば在りえない成績をたたき出していた。
テストの成績が貼りだされたのはその翌日。
現在、三人は職員室前廊下に立っている。
周りにはクラス分けを見ようと多くの新入生が集まっていた。
しかし、他の生徒が自分の名前を見ている中、リヒトとウィリアムだけは別の人物の名前を見て硬直していた。
「・・・。」
「・・・。」
「まあ、お二人とも凄いですわ!!Aクラスじゃないですの!!しかも、堂々の一位と二位!おめでとうございますわ!」
「き、キーマ?貴方のクラスは・・・。」
「あら?そこに書いてあるではありませんの。」
リヒトは苦笑いで聞いた。
それに対してキマイラが指差した先には
「G-ってどういうことよ!?」
「どういう事と言われましても、私お勉強はできませんし。」
「出来ない!?イエリエリ家の令嬢が240位!?後ろから数えた方が早いじゃない!!」
「私はお勉強ができないんですのよ!!」
「苦手ですら無くできないって言うの!?」
「事実ですもの!!」
「開き直るんじゃないわよ!!」
イエリエリ公爵家の令嬢がワースト10に入っていた。
説明するまでもないが、G-《ジーマイナス》とは学年最下位クラスのことだ。
珍しく苦笑を浮かべるリヒトにキマイラは嬉しそうな満面の笑みで言った。
「どうですの?ハインツさん!イエリエリ家の令嬢である私がこんな成績を取るなんて、幻滅なさったでしょう?お勉強のできない婚約者なんて社交界ではただの恥、」
「いいえ?貴方が勉学に長けていないことは以前から想定の範囲内です。」
「想定内なんですの!?」
「その位の事では貴方を嫌いになったりしませんよ?寧ろ、嬉しそうに笑みを浮かべている貴方は可愛らしいですね。」
「て、手強い!!」
「ただ、ここまでと言うのは流石に驚きです。驚いただけですが。」
「二回言わなくても解ってますわよ!!」
いつもの笑みに早変わりしたリヒトがキマイラの自信満々な自虐発言を一刀両断する。
入学早々、G-へ入ることになった生徒が学院を無事に卒業できたと言う話はほとんど聞かない。
学院内では、G-に入った生徒は必ず二週間以内に姿を消すと言うジンクスすらある。
つまり、それらの生徒は第一回定期テストに絶望して、テスト前に学院を止めてしまうと言うことである。
ウィリアムはくどくどとキマイラに説教を続けた。
「在りえない!!ここまで馬鹿だったなんて、このままじゃ次のテストで退学になるわよ!?」
「大丈夫ですわ!ここには先生もいらっしゃるし、次のテストまでには何とか、」
「は?ねえ、あんた、次のテストが全教科何点以上を規定にしてるか知ってる?」
「次のテストですの?確か・・・80点でしたわ。」
「5教科受けて合計点数が208点しかないのに、どうやって1教科80点まで点数上げるつもりなのよ!?言っとくけど、ここの教師は多少頭の悪い生徒に勉強を教えることはあっても、勉強を全くできない奴に勉強教えたりはしなからね!?」
「それはどういうことですの?」
「見捨てられるってことよ!!当たり前でしょ!?クロノスの教師が使えない生徒を一々面倒みる訳ないじゃない!!」
「え?ええええええええ!?」
キマイラの絶叫が廊下に響く。
大勢の生徒が彼女の方を振り向いたが当の彼女はそれどころじゃない。
ウィリアムに掴みかかるような勢いでしがみ付いた。
「先生なのに助けてくれないんですの!?」
「当たり前でしょ?あの女の式辞、聞いてなかったの?」
「聞いてませんでしたわ!!」
「聞いたなかったの!?うちに落ちこぼれはいらないって言ってたでしょ!?教師たちだって同じ考えよ、見込みのない生徒を助ける訳ないじゃない。」
「知りませんでしたわ・・・。」
「何で聞いてなかったのよ。」
鬼気迫るキマイラの行動に周囲の生徒の視線が集まる。
普段はあまり周囲にみられることを好まないウィリアムもこの時ばかりは怒らずにキマイラを見ていた。多少、可哀想にも思う。
一方、リヒトは持っていたプリントで周りから自分の顔を隠しながら、キマイラを見ていた。どうしよかと考えながら。
叫んだ張本人であるキマイラは顔に絶望を浮かべて、頭を抱えていた。
学院に入ってこの成績を見た時はリヒトと確実に違うクラスになれたことを内心で喜び、この成績で自分の未来は明るくなると胸を張っていた。
しかし、今はこの頭の悪さが彼女を絶望させている。
考えていたリヒトがキマイラに聞いた。
「各教科で何点を取ったか覚えていますか?」
「確か、最初に受けた教科から、41点、40点、46点、41点、40点、だったはずですわ。」
先日、新入生テストで受けたのは国語・数学・地学・歴史・言語学の5教科だ。
その全教科でキマイラは赤点ギリギリの45点前後をたたき出している。
逆に、ここまで赤点を回避する能力は見事ともいえた。前世での赤点回避能力がここに来て光っているらしい。
甘くない現実に直面したキマイラは混乱していた。
今までお勉強してこなかった私の自業自得ですけど、このままじゃ退学になってしまいますわ。
何とかしなくては!
入学早々退学なんて、ジーニが知ったら、『まあ、予想通りでしたね。』って言いますわ!!絶対!!
言わせませんわよ、そんな事!!
しかし、キマイラは途中で気づいた。
この世界に生まれてから十二年。そもそも、自分が全く基礎知識を詰め込んでこなかったことに。
どれだけ点数がとれない人間でも、基礎だけを頭に詰め込めば、テストで多少の点数を取ることは可能だ。しかし、キマイラにはその基礎知識がない。
今回のテストで40点を獲得できたのには前世の記憶を思い出したことが大きかった。
この世界は元々、キマイラが前世でプレイしていたゲーム。つまり、歴史や言語、数学の作りが前世の世界のそれと類似していたも可笑しくはないのだ。
だからと言って、この世界の作りが彼女の前世と全て同じと言うことではない。
キマイラは前世で学んだことに類似していることは解けても、この世界独自のことは基礎すら解らないのだ。
この世界の教科って何をやるんですの?
ゲーム本編が始まる前に人生が終りそうなキマイラ・イエリエリであった。
「それなら、僕が二週間後の初回テストまで貴方に勉強を教えましょう。」
隣に立っていたリヒトが言った。
キマイラが彼の顔を見るとリヒトは当然のことのように笑っている。
「え?」
「僕が貴方に勉強を教えます。5教科全てで80点以上を獲得できるようにしてみせましょう。」
「お、教えて下さるんですの?」
「はい。僕は貴方と学園生活を共にしたくてここに来たんですから。それが二週間で終わってしまっては困ります。」
「・・・ハインツさんにお勉強を教わる・・・な、何だか複雑ですわ。」
婚約者が自ら勉強を教えると申し出てくれた。
嫌われたい相手に勉強を教わると言う複雑な状況。
しかし、返事を渋っていたキマイラにウィリアムが容赦なく言った。
「あんたはそんなこと言ってる場合じゃないでしょ?教えてくれるって言ってるんだから教えて貰いなさいよ。学年ワースト10入りした馬鹿に、学年一位が勉強を教えてくれるのよ?寧ろ、泣いて喜ぶべきだわ。」
「う・・・確かにそうですけど。ウィル、貴方は、」
「絶対嫌。」
「そうですわよね・・・。」
「まあ、あんたがいなくなったらあたしは一人部屋に入れる訳だし、それならそれで構わないけど。」
「うう、酷いですわ。」
「今までやってこなかったあんたの自業自得!まだここにいたいんなら、しっかりやりなさい。」
まるでキマイラの母親の様にそう言うと、ウィリアムは身を翻して廊下から去って行った。
残されたキマイラがリヒトを見ると彼はいつもの笑顔だ。
嫌われるはずが、とんだことになりましたわ・・・。
キマイラは嫌だなどと言える立場ではない。
リヒトの方を向き直った彼女は、彼の笑顔に謎の寒気を感じながら頭を下げた。
「宜しくお願いしますわ。」
その瞬間、廊下にいた生徒たちが一瞬で騒がしくなった。
ざわざわと何かを喋り始め、一気に騒ぎ始める。
頭を下げられたリヒトも驚きの表情を浮かべていた。
状況が理解できていないのはキマイラだけだ。
「ん?どうかなさいましたの?」
「取り敢えず頭を上げてください。行きましょう。」
「え?あ、ちょ、ちょっと!」
リヒトはキマイラの手を取って歩き出した。
人だかりを抜けて、階段を降りる。
何故行き成り連れ出されたのか解っていないキマイラはどうすることも出来ず、ただリヒトに手を引かれていた。
生徒たちの声がどんどん遠くなる。
リヒトがキマイラを連れて行ったのは、この時期、人があまり来ない二階の廊下だ。
ここは移動教室の際に使われる部屋が多く、第一回目の試験に向けて座学ばかりしている今時期は人が全く来ない。
降りてきた階段が見えなくなったあたりで足を止めた。
「もう、行き成りなんですの?」
キマイラが聞くと、振り返ったリヒトは言った。
「キーマ、ここでは人前で簡単に頭を下げてはいけません。」
「どうしてですの?」
「貴族が誰かに頭を下げると言うことは在りえなことだからです。彼らはプライドが高く、余程のことがない限り、人に頭を下げません。頭を下げることは恥を飲むことでもあるんです。」
「それって、おかしいじゃありませんの。人に何かを頼むのに頭を下げないなんて。」
「そうですね。でも、それが貴族と言うものなんですよ。」
「じゃあ私は貴方様にどうやってお願いしたらいいんですの?」
「え?」
頭を下げる以外にキマイラは人にどうやってものを頼むのかを知らない。
実際、この世界でも一般人は頭を下げて人にものを頼むのだ。
しかし、貴族は別らしい。
公爵の娘であるキマイラもそれは当たり前のはずだった。だが、前世の記憶を取り戻してしまった彼女にとっては一般庶民であったかつての記憶が常識になっている。
真剣に悩んでいるキマイラを見て、リヒトはまた驚く。
そして、いつもよりずっと楽しそうに声を出して笑った。
「ぷ、あはは!貴方は本当に、ふふ。」
その表情に今度はキマイラが驚く。
「わ、笑わないでくださいな。私は真剣に考えてるんですの!」
「すいません、ただ面白くて、はは。」
「面白がらないでくださいな!!」
「すいません。ああでも、やっぱり貴方といると楽しいですね。」
「またからかってますわね?」
キマイラが頬を膨らませる。
リヒトは作り笑いではない笑顔で彼女を見て、目を細めた。
「貴方のそういう所が好きです。」
「からかいがいがあるって言いたいんですの!?」
「そうじゃなくて。そうやって素直に人に頭を下げたり、誰かに頼みごとをする時、何かしようと真剣に悩むところがとても新鮮で、可愛い。」
リヒトはよくキマイラに可愛らしいと言う。
だが、可愛いと言われたのは今日が初めてだった。
最近はよく言われている台詞で、もう動じることもなくなりつつあったキマイラが一気に赤面する。
そ、その表情にその台詞は反則ですわ・・・。
咄嗟に後ろを向いて顔を隠したキマイラをリヒトが不思議そうに見ていた。
「どうかしましたか?」
話しかけられて振り返ったキマイラが真っ赤な顔のまま見切り発車する。
「な、なななな何でもありませんわ!!ただ、ちょっとその、ど、どうやってお礼をすればいいかかか考えていたんですわ!!」
「お礼?」
「だって、私、貴方様にお勉強を教わる訳でしょう!?何かお礼をしなくてはいけませんわ!!」
「ああ、僕が好きでやることです。お気にすることはないですよ。」
「そう言う訳にはいきませんわ!」
「そうですか?」
「そうですわ!」
譲らないキマイラにリヒトは考え、提案する。
「・・・何でもいいんですか?」
「まあ、私に出来ることであれば。」
「では、そのお礼を僕が決めても宜しいですか?」
「お礼をですの?」
「はい。」
「そうですわね。貴方様に勉強を教えていただくわけですし、構いませんわ。」
「では、決まりです。約束ですよ?」
「ええ。」
「本当に、何でもいいんですね?」
「もちろ・・・え?」
「解りました。では、考えておきますね。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいな。今凄く嫌な予感が、」
「あ、そろそろ授業が始まりますね。行きましょうか。」
キマイラの言葉を聞かず、リヒトは階段の方へ歩き出した。
その後を慌てて追いかけるキマイラはまたしてもリヒトに丸め込まれている。
「ねえ、貴方様、私に何をさせる気ですの!?ちょっと、ハインツさん!?」
「それは試験明けのお楽しみです。」
「こ、怖いですわ!!私はまた何か間違った選択をしてしまいましたわ!!」
「明日の放課後から始めましょう。授業が終わったら、僕の部屋に来てください。」
「貴方様の部屋に行くんですの!?」
「貴方の部屋でも構いませんが、それはウィリアム嬢が嫌がるでしょう?」
「だからって他に場所は幾らでもあるではありませんの!!図書室とか、」
「図書室には行きたくありません。」
「即答!?どうしてですの?」
「少々、会いたくない輩がいまして。」
「会いたくない人?」
「お気になさらず。急ぎましょう、鐘が鳴ってしまいます。」
二人は早足に廊下を進んで行った。




