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急ぎませんと

 リヒト・ハインツ・ベルンはキマイラが前世でプレイしていたゲームの攻略対象の一人だ。

 ハインツベルン国の第二王子であり、優しい紳士的な性格の最も人気のあったキャラクター。

 日頃は常に敬語で話し、心優しい優等生のような振る舞いをしているがヒロインに対しては嫉妬や執着心を見せる一面も。

 加えて、自分の恋心になかなか気づかない鈍感さからギャップに萌えると言う評判が絶えない。

 王子であることへの意識が強く、自分を表に出さない性格であったがヒロインに出会って弱さや彼自身の気持ちが大切であることを知る。

 そして彼こそが、ヒロインと結ばれた末、ヒロインの宿敵であるキマイラ・イエリエリを国外追放し、追放先で処刑を命じる張本人である。



自室に飛び込んだキマイラは化粧台の前に座ると鏡を見て自分の髪をさらにぼさぼさにした。

 綺麗にするどころか、鳥の巣のような頭をさらに荒らしていくキマイラを見て、彼女専属の侍女たちが悲鳴を上げる。

「きゃああ!何をなさっているんですかお嬢様!!」

「気になさらなくていいから!!」

「気にします!今から王子がいらっしゃるんでしょう?なのに、どうしてこんな事をなさるんですか?」

「私の明るい未来の為ですわ!!」

「はい!?」

「あぁ、もっとみすぼらしくなりませんの?ジーニー何か知りません?」

 真剣なまなざしで聞いてくるキマイラに侍女 ジーニ―が引きつった笑みを浮かべる。

「お嬢様、もしかして、王子は私がどんな姿でも愛してくれるはずとかそんなこと考えて、」

「そんなナルシストみたいなこと考える訳ないでしょう!?」

「お嬢様!?」

 キマイラから飛び出した一言に侍女たちは悲鳴のように彼女の名を呼んだ。


 あのキマイラお嬢様がナルシストと仰った!ナルシストなんて言葉をご存知だった!

 それどころか今の言い方では意味まで解っているような言い方だったわ。

 しかも、そんな妄想はしていないなんて!お嬢様に限って絶対在りえないと思っていた台詞が!! 


彼女たちの中で起こっている葛藤など知らず、キマイラはどんどん髪をぼさぼさにしていき、さらには化粧台に置かれていた化粧品を適当に顔に塗りたくっていた。

「なんてことなさるんですか!それでは王子の前に出られません!それどころか、嫌われてしまいますよ!!」

「嫌われたいんですわよ!それはもうこっ酷く!!」

「お、お嬢様ぁぁぁぁ!?ど、どうなさったんですか!?何か病にかかったんじゃ、と言うかまず正気ですか!?」

「正気も正気ですわ!」

「お、お嬢様、因みにお聞きしますがナルシストの意味をご、ご存知で?」

 別の侍女がおずおずと尋ねた。

 キマイラの答えが返ってくるまでにその場の侍女たちは全員息を飲む。

「昨日までの私みたいな人間の事よ!!」

「り、理解してらっしゃる!!」

「やっぱり正気じゃない!!」

「やっぱりこの屋敷の人たち、私に対しての認識が低すぎませんこと!?もう改心したんですわ!」

「か、改心!?」

「なんて難しい単語をご存知なの!?やっぱり御病気なんだわ、すぐにお医者様を!」

 悲鳴の絶えないキマイラの部屋から医者を呼ぶために数人の侍女が飛び出して行った。

 部屋に残ったのはジーニーだけ。

 彼女たちの後ろ姿を見送ったキマイラは泣きたくなった。

「私・・・、本当にどうしようもない娘だったんですのね。」

「本当に何があったんですか?」

「色々あったんですわ・・・ぐす。」

 ジーニーは侍女の中で最も長くキマイラに使えている侍女だ。

 ブラウン色の髪がよく似合う、背の高い女性。

 化粧台に突っ伏して涙目になっているキマイラに彼女は小さく溜息をついて言った。

「お嬢様、改心なさったんですよね?」

「えぇ・・・。」

「では何故そのように髪をぼさぼさになさるんです?王子にお会いになるのでしたらもっときれいになさりたいのでは?」

「その王子に嫌われたいんですのよ。」

「王子に?将来、恋をした時の為に?」

「どうして知っているんですの?」

「そりゃ、屋敷中の噂ですから。それを聞いて倒れる者もおりました。」

「もう涙も枯れそうですわ・・・えぇ、そうですわ、将来の為ですわよ。」

「ふーん、成程。それは兎も角、その恰好では行かせられません。」

「な、何故ですの!?私の未来の為なのに!酷いわ!!」

「当たり前でございます!お嬢様は良くても、イエリエリ家の風格に関わりますから。さあさ、お着替えを。もうすぐ王子がいらっしゃいますよ!」

「いーーやーーでーーすーーわーー!!」

「いけません!!」

 急いで椅子から飛び降り、逃げ出そうとしたキマイラをジーニーが捕まえる。

 まるで首根っこを掴まれた猫の様に暴れるキマイラは必死に抵抗するが十二歳の少女が大人の侍女にかなうはずもなく。

 あっさりと椅子に戻された彼女の髪をジーニーは梳かしていった。

 自らぼさぼさにしたため、絡まってしまっているキマイラの髪に櫛を通す為、ジーニーは腕に力を込めながらキマイラの髪を整えて行く。

「いだだだだだ!髪が抜ける!痛いですわ!」

「仕方ありません。こんなにしたのはお嬢様でしょう?」

「そ、そうですけど、いだ!」

「それよりお嬢様、お召し物はどうします?」

「だからこのままで、」

「この間、奥様が買ってきてくださったものにいたしましょう。あれなら派手すぎずに丁度いいはずです。」

「最早無視ですの!?」

「はい、出来ましたよ。それではさっさと着替えてください。」

「扱いが雑すぎますわ!」

 キマイラが鏡を見ると、そこには編み込みの髪に赤いリボンを付けた少女が映っている。

 頭を左右に振ると、長く伸びた黒髪とリボンが獣耳のように揺れた。

 何も言っていないのに選ばれたリボンはよく彼女に似合っていて。それがキマイラにはさらに不服だった。

 今度は化粧品まみれの顔を白い布で拭われていく。

 専用の液を使い、口紅で赤く染まっていたキマイラの顔はいつも通りの白に戻って行った。

「あぁ・・・、」

「嘆くだけ時間の無駄ですよ。次は、」

「さっきまでとは違う意味で扱いが酷過ぎますわ!?幾ら付き合いが長いからって、」

「あ、これこれ、この服です。」

「聞いてすらいない!!」

 ジーニーが衣装タンスから引っ張り出して来た服を渡され、キマイラは不満そうに口を膨らませる。

 先日、父と母が遠方に視察へ行った時、母がお土産に買ってきてくれていた洋服。


 あの時は地味だと言って突き返しましたけど、今こうしてみると良い服ですわ。

 寧ろ、これ以外にこれから外出できる洋服はないんじゃないかしら。


 自分の衣装タンスに目を向けたキマイラは深く溜息をつく。

 彼女の持っている洋服やドレスは大半が他所に来ていくにはあまりに派手すぎる酷い物ばかりだ。

 マゼンダピンクを基調としたフリルまみれのドレス。見ているだけで目が痛くなるような宝石をそこら中にちりばめた靴。果てには、どこの鳥とも解らない鳥の羽がわさわさと付いた鍔の長すぎる帽子。


 どんなセンスをしていたらあんなことになるんですの・・・。


 昨日までの自分に同情の念すら抱いてしまう。

 その間にもジーニーはせかせかと準備を進めていた。

「靴はこちらを。首元が寂しいですね、ではこのリボンを。お化粧は、いりませんね。」

 ジーニーに差し出されたものを次々と身に着けていく。

 丸い襟にフリルの付いた若草色の洋服に髪と首元に赤いリボンを付けた令嬢。足には黒いブーツを履き、編み込まれた髪は彼女によく似合っていた。

 もう一度鏡に向かった時、そこにはどこからどう見ても清楚な令嬢にしか見えないキマイラ・イエリエリが立っている。

 流石は十年以上イエリエリ家に仕えている侍女。 

 ジーニー・キリエラはキマイラのことを熟知していた。

「完全に整えましたわね、ジーニー・・・。」

「お褒めに預かり光栄です。」

「褒めてませんわよ!!よくもやって下さいましたわね!?」

「あ、ほらほらもうすぐ王子が来られますよ。旦那様の所へ行かないと。」

「受け流された!?」

 因みにジーニーとキマイラのやり取りは昔からこんな感じである。

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