21 少しだけのつもりが
食事も終わったところで、デシアーナさんから今日の予定を告げられる。
「馬車が到着したらまずは衣服店へ向かいましょう、注文が終わったら昨日とは別の倉庫で食糧の供給をお願いします。
昼食を済ませたら街の外周部に瓦礫を集めてありますのでミリアの家をコンテナ化したのと同じように出来ないか試して下さい。
終わりましたら、昨日の倉庫がまた空になっている予定なので食糧の供給をお願いします」
うむ、とか返事したくなった。
メイドさんに一日の予定を説明されるとか、貴族にでもなった気分だ、悪くない、いやとても良い。
予定が詰まってて忙しい気がするが、食糧不足なのは知っているし、仕方無いだろう。
俺も我儘を聞いてもらう代わりに頑張るって言ったし、俺が頑張る事でデシアーナさんの負担が減るなら多少忙しいぐらいどうってことない。
昨日大量に生産したはずなのに、倉庫八棟分の芋が一日で無くなっちゃうのか、遠征に行ってる人達が帰ってきたら解決するんだろうけど。
芋を生産するだけの異世界ライフとかさすがに嫌だ。
「分かりました、ところでスキルで出来る事がまた増えまして、今度は転移させられるようになりました」
「転移……ですか? 出したコンテナを遠くへ瞬間移動させられるようになったということですか?」
「ええっと、そこまで便利ではないんですが中身だけを転移させられるコンテナを出せるようになりました、大きさは錬金術のコンテナと同じで、二つ一組のコンテナの中身を入れ替えられるんです、片方には別に何も入っていなくてもいいんですが」
説明するのが難しい、実演できれば手っ取り早いんだけど失敗するのが怖い。
失敗しない自信はあるんだけど、この自信は当てにならないというのは身に染みて分かっている。
「それって、この部屋にいながら倉庫へ食糧を送り込むこととかできますか? 距離はどれぐらいまで移動させられます?」
デシアーナさんが胸を揺らしつつ身を乗り出してくる、かなりの食い付きようだ。
距離は問題無いと思うが、食糧を大量に送り込むとなると問題がある。
「距離はどれだけでもいけると思います、試してみないとどうなるかわかりませんが、倉庫へ食糧を送る事は出来ると思いますが、転移させる度に開いたり閉じたりしないといけないのでかなり時間がかかってしまいます」
俺がスキルを使って出せるコンテナの鍵はスライドさせるタイプの物だ。
魔力認証とでも言うべきか俺が認めた人間だけが開け閉め出来る。
コンテナ化したミリアーナさんの家のドアの場合は、コンテナ化する前のままだったが。
相転移コンテナの容量は芋で5個分ぐらい。
鍵をスライドさせて扉を開ける、芋を入れる、再び閉める。
同じ作業を永遠と繰り返すのを想像すると気が重たくなった。
「そうですか……」
デシアーナさんが口に右手を当てて考え込む。
期待させておいて裏切ってしまっただろうか?
「転移させられるようなスキルは無いんですか?」
「スキルでは聞いた事もありませんね、ラストムーロ市を囲む壁は転移して魔境へ行ってますけど」
「えっ? 街を囲む壁が転移するんですか?」
それほど街中を見て回れたわけでは無いのでおおざっぱに想像する事しか出来ないが、相当でかいと思う。
東京ドーム何十個分とかいうレベルで。
「神話の時代からあると言われている巨大アーティファクトなんです、魔境限定ですが馬で走って二日の距離を一夜で転移するんですよ」
「それは凄いですね」
素直に驚いた。
デシアーナさんが自分の自慢をするように語るのがかわいい。
「はい、私も一夜で壁が無くなっているのを初めて見た時は驚きました……っと馬車が到着したようです、出掛けましょう」
「分かりました」
椅子から立ち上がると、デシアーナさんの手を握ってみたのだが、
「ごめんなさい、嬉しいんですけど兵士達に見られると困るので」
と手を離すように促されてしまった。
「いえ、僕の方こそ配慮不足でした」
昨日は馬車の中でデシアーナさんの方から抱き着いてきたのに、と思ったがそれを言って困らせる気は無い。
じゃあもう抱き着きません、とか言われたら嫌だし。
部屋から出た俺達は出掛ける事を伝える為に、ミリアーナさんが仕事をしている執務室へ立ち寄る。
「コンテナさん聞きましたよ、美味しいお菓子をお姉ちゃんやローリアにあげたそうじゃないですか、ずるいですよ、私にも下さい」
「あはは、銅貨を頂ければいくらでも作りますよ」
「これでお願いします」
ミリアーナさんは立ち上がると棚から巾着袋を取り出し、机の上にガチャリと袋を置く。
事前に準備していたのか、普段から用意してあるものなのか知らないが、百枚以上は入っていそうだ。
「容器になるようなものはありませんか?」
「カゴが……こちらに」
網目の細かい植物のツルで編んだカゴを渡されたので、その中に錬金コンテナで作り出したお菓子を入れていく。
ついでだと思い、色々と試させてもらう。
包装した状態の物を作れないかやってみたところ、フイルムの包装では作り出せる量が十分の一ほどに減ってしまったが、紙の包装でなら包装無しとあまり変わらない量が作り出せた。
お菓子も、チョコレート、飴、マシュマロ、煎餅、ポテトチップス、と色んな種類の物を作ってみた。
数種類の物を同時に作り出す事も出来たのだが、一つの種類を作るよりも量が減ってしまい効率が悪い。
作る様子をミリアーナさんとデシアーナさんは食い入るように見ているのだが、デシアーナさんは特に興味が強いのか、俺との距離が近すぎて肩とか腕とか色んなところが時々接触している。
嬉しいんだけど、手を握るのは駄目だって言われたばかりなのによく分からない。
ミリアーナさんは俺とデシアーナさんの関係をもう知っているのかな?
何も言ってこないというのは知っていると考えて良いだろう。
「飴以外は初めて見るお菓子ですね、チョコレートは凄く甘くて美味しいですが、このマシュマロはあまり味がしませんね」
煎餅は醤油味の物を作ったが微妙な顔をされてしまった。
ポテトチップスはコンソメ味、こちらは美味しそうに食べていたのだが、表情の変わる様子を見ると甘い物の方が好評のようだ。
この世界の人は初めて見た食べ物を平気で食べてくれる、俺が信用されていると思っていいのだろうか?
まあ俺も初めて出された料理を警戒せずに食べてるのだけども。
「それは続けて甘い物を食べるからですよ、チョコレートの方が甘いのでマシュマロの甘さを打ち消してしまったんでしょう、水かお茶を飲んだらいいですよ」
「あらそうなんですか、喉も乾いてしまいましたね」
「グラス使ってもいいですか? お茶も作りますよ」
「どうぞ、お願いします」
許可をもらったので無糖の紅茶を作って、三人で美味しく頂いた。
デシアーナさんはずっとニコニコしてるし、いつもキツイ顔をしているイメージのあるミリアーナさんも表情穏やかだ。
平和でまったりした時間が過ぎる。
しかし、馬車が到着したと聞いてから20分ほど経っているのだが……。
「ところで、馬車はまだ待たせておいていいんですか?」
「あっ」「あっ」
デシアーナさんとミリアーナさんの表情と声が綺麗にハモった。