水の上
真夜中、近くの学校へと侵入する。
異常なほどの熱帯夜に耐え切れず、ヒト泳ぎしてやろうと考えた末の犯行だ。
学校は、校舎はセキュリティがしっかりしているが、プールは二メートル程度の金網で囲われているだけだ。
返しもなく有刺鉄線もないため、よじ登るだけで簡単にはいることができた。
六コースに分けられた二十五メートルプール。
月明かりと星明りに加えて周囲からの明るさがはいり、塩素のニオイもしっかりとしており、泳ぐのになんの問題もなさそうだ。
パイプにつかまりながらゆっくりとプールに身をしずめていく。
思っていたよりも水温が高い。体感的にはぬるいといってもいいぐらいだ。
ゴムの帽子を被りゴーグルを装着する。
全身から力を抜き水に身を任せるようにしてクロールでゆっくりと泳ぎ始める。
少ないストロークと沈み込まない程度のキックで漂うように進む。
そのまましばらく泳ぎ続けていたが、五往復目の途中でで一度泳ぐのを中断した。
疲れたからではない。
泳いでいる途中、コースの端にクシャクシャになったビニールのカタマリが落ちているのに気が付いたからだ。
近づきプールサイドへ引き上げる。
広げてみると、ピンク色をしたビニールのいかだだった。
だいたい一畳ほどの大きさがある。
バルブから息を吹き込んでいかだをふくらませる。
どうせなので、ありがたく使わせてもらうことにした。
完全に膨らんだそれをプールサイドから進水させる。そして、その上に仰向けに寝転んだ。
不安定な浮遊感とチャプチャプと聞こえる水の音がとても心地よい。
そのまま目をつぶる。
つぶったまぶた越しでも周囲の明るさが気になり、顔にタオルを乗せて光を遮断する。 ――このまま寝てしまおう。
動くことも考えることもやめ、全身をビニールいかだに預けた。
どれほど時間が経ったのだろう。ふいに、タオルを通すほどの強い光がまぶたに差し込んできた。
タオルをワキヘどかすと、周囲は海だった。
どちらをみても晴天の青空と海の水平線しか見えない。
オール代わりに手を水につけ、パチャパチャとかいてみる。
まったく進む様子はない。
――夢ならどうせすぐ覚めるだろう。
楽観ともあきらめとも付かない考えで、ふたたび目をつぶりタオルをかけた。
すると、今度は一分も経たないうちにビニールいかだが何かに乗り上げた。そして、それ以上動かなくなる。
周りになにもなかったはずなのに。
上半身を起こして辺りを確認すると、乗り上げたのはちいさな島だった
土と雑草と二本のヤシの木だけの島だ。
そして、ヤシの木に寄りかかるようにして家にいるはずの父がいた。
驚いた顔をするボクに父は
「どうした、ヒトの夢に無断であがりこんできて」
不機嫌そうに言い放った。
「おかしなこといわないでよ、ここはボクの夢じゃないか。父さんこそボクの夢のこんな『島』でなにしてるのさ」
「『島』?なにを言ってるんだおまえは」
「なにって ここはどう見ても――」
ボクの言葉をさえぎるように大きく地面が動き出し、近くの水面から何かが持ち上がってきた。
それはカメの頭だった。
父の寄りかかるヤシの木の葉を一枝食べる。
シャクシャクと咀嚼しながら亀の顔は海の中へもどった。
ここは島ではなく海に浮かんだカメの甲羅だったようだ。
父が『どうだっ』と言わんばかりの顔でこちらを見ている。
「こいつは三十年前から夢の中で私が育て続けているんだ」
そういって父は立ち上がりボクの横を通り過ぎる。
「おまえがここに来たということはそろそろ潮時なのかもな」
ボクの乗ってきたビニールいかだに乗りこむ。
そして、ボクを振り返ることなく海へ漕ぎ出していった。
ボクはただ呆然とそれを見送ることしか出来なかった。
わけもわからず取り残されてしまったボクはただ立ち尽くしていた。
そのときの一瞬のマバタキでボクは目を覚ました。
周りを見るとそこは父の部屋で、ボクは父のベッドに寝転んでいる。
ベッドもボクもびしょぬれで、部屋中に塩素のニオイと磯のニオイがただよっている。 光差す窓の外からは先ほどの亀がこちらをのぞいていた。




