(4)
4話目です。
アナスタシアの言葉が合図であったかのように、扉を叩く音が聞こえた。
「領主様、フナン様をお連れしました」
悠馬は横に控えているニナに目配せをして扉を開ける様に言うと、自分は机の上に置いてある砂の入った箱を隠し、軽く服装を整えて相手を出迎えるために立ち上がった。
「どうぞ、領主様がお待ちです」
ニナは扉を開けてそう言うと、フナンと呼ばれた人物を招き入れた。連れてきたのはいつぞやの事件を解決する足がかりを作ったアンナ・クリエルであった。アンナは赤い短髪を揺らしながら一礼すると、甲冑を鳴らしながら部屋を退出した。
悠馬はアンナが連れてきた男と向かい合うと笑顔を浮かべて手を差し出した。
「これはこれは、わざわざご足労頂きありがとうございます」
そんな悠馬の態度が奇妙だったのか、男は一瞬目を見開いた。しかし、次にはすぐに神妙な顔に戻り、何を言うでもなく悠馬の手を握った。
何とも捉えがたい男であった。背格好は悠馬より少し高く、そのくせどこか腰が低くあまり背の高さを感じさせない。見た目はどこにでもいるような老人で、白髪は不揃いに切られ、口元の無精ひげとも相まってどことなく野暮な印象を与える。衣服は民衆が着るようなあまり目立たない色の服であり、ところどころ継ぎ接ぎがなされていた。
「ささ、どうぞお座りください」
そう言って男を来客用のソファに座らせ、悠馬もその向かいに座る。悠馬が座ったタイミングでニナが二人に紅茶を淹れた。
ニナが差し出した紅茶を啜ると、悠馬は話を切り出した。
「えー……」
名前が分からずにアナスタシアの方に目線を投げる。それを受け取ったアナスタシアは悠馬の耳元で名前を告げた。
悠馬は咳払いで仕切りなおすと、再び話を切り出した。
「申し訳ありません。カレオ・フナンさんでよろしいですね」
悠馬の言葉に微かに頷いた。
「単刀直入で申し訳ありませんが、同室のアリヤ・ダグラスさん……いえ、デュエニーニ男爵が殺害された件について何か知っていることはありませんか?」
フナンの眉がわずかに動いたが、表情を変えることはなかった。
「いえ、何も知りません」
低い掠れた声で男が首を左右に振った。
「そうですか、お二人はどういう関係ですか?」
「友人です」
「二人が出会ったきっかけは何でしょう?こう言ってはなんですが、貴族と平民が友誼を結ぶことは多いとは言えないでしょう?」
「冒険者の頃です」
「ということは、デュエニーニ男爵も冒険者であったと?」
「はい」
悠馬の質問にフナンは簡潔に答えた。それこそ、余計なことは何も言わないとでも言いたげなその様子に悠馬が内心で訝しげに思ったのは当然のことであろう。
悠馬はアナスタシアに目線で男爵が冒険者をしていたことがあるのか確認を取る。アナスタシアが頷いたのを見て、フナンに質問を続けた。
「それで、お二人はどうしてこちらに?」
「観光です」
「観光、ですか。フナンさんは貴族の慣習というものをご存知ですか?」
「いえ、知りません」
「本来、貴族というものは他の貴族が治める領地に出向くとき事前に知らせをするものなのですよ。ですが、今回、デュエニーニ男爵からは何の知らせもなかった。少し不思議に思いまして、男爵から何か聞いていませんか?」
「いえ、何も聞いていません」
「そうですか。きっと忘れでもしたのでしょう。話は戻りますが、観光でこちらにいらしたんですよね?」
言葉少なにフナンが頷く。
「参考までにどちらに行ったのかお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「いえ、観光とは言いましたが、冒険者時代の友人を二人で訪ね歩いただけですので」
「ちなみに冒険者時代の友人とは?」
「申し訳ありません。さすがに友人に迷惑がかかってしまいます」
「そうですか。それなら仕方ありませんね。話は変わりますが、フナンさんは今何をなされているんですか?見たところ冒険者を続けられているようでもない」
そう言いつつ、悠馬はフナンを眺め見た。その悠馬の目線にも表情を変えずに、神妙な顔つきのままフナンは答えた。
「今は生まれ故郷に戻って畑を耕しています」
「冒険者稼業は?」
「バルドが家を継ぐときに共に引退しました」
「そうでしたか……」
そこで悠馬が考え込むように言葉を切ると、初めてフナンから悠馬に話しかけた。とは言っても世間話の類いではない。
「申し訳ありませんが、そろそろよろしいでしょうか。友人にもバルドの死を伝えたいのですが」
悠馬は思考を中断して、笑顔を作った。
「ああ、申し訳ありません。あといくつか質問にお答えいただいたら結構ですよ」
悠馬の言葉に、フナンは浮かしかけた腰を再びソファに戻した。座りなおすのを確認して、悠馬はフナンに尋ねた。
「フナンさんは昨日どちらにおられましたか?」
「昨日は、バルドと友人の家に寄った後、バルドが用事があるから宿屋に戻ると言うので、そこで別れました」
「それでは、昨日別れてから今日までフナンさんはどちらに?」
「友人の家です」
「ということは、その間フナンさんと会っていたのは友人だけということですね」
「はい」
「そうですか。では次に、フナンさんはダナ製のナイフというものをご存知ですか?」
「はい」
「男爵の殺害に用いられたのもダナ製のナイフだったんですが、心当たりはありませんか?」
「いえ、私には……」
首を振るフナンに、そうですかと言って悠馬は最後の質問を投げた。
「フナンさんは男爵が殺される理由に何か心当たりはありませんか?例えば……誰かと会っていたとか」
「いえ、申し訳ありませんが私には思い当たることはありません」
相変わらず神妙な面持ちのフナンに、悠馬は内心で拍手を送った。お手上げであった。
「そうですか。ありがとうございました」
そう言いながらフナンに握手を求める。フナンの方もその手を軽く頭を下げながら握り返した。
「ニナ、フナンさんを外まで案内してあげて」
「かしこまりました」
ニナに指示を出すと、立ち上がるフナンに合わせて悠馬も立ち上がる。そして、ニナに連れられて執務室から出て行こうとするフナンに笑顔を向けて言った。
「犯人は絶対に捕まえますので安心してください」
全く犯人の目処が立っていないため法螺もいいところであったが、他に言葉が見つからなかったので悠馬はそう言った。
フナンはその言葉に頭を下げると、ニナに促されて部屋を出て行った。
バタンという音と共に扉が閉まる。
悠馬は大きく息を吐き出すと、倒れこむようにソファに座った。机の上のカップに手を伸ばして、中身が空になっていることに気づく。
「気色悪いな」
「気色悪い、ですか?」
悠馬の言葉に理解が出来ないのかアナスタシアが首を傾げる。悠馬もまた首を振った。
「いや、違うな。どちらかと言えば「気味が悪い」だな」
そう呟いた悠馬の言葉にアナスタシアは自分が感じたフナンの印象を述べた。
「そうでしょうか。普通の平民に見えましたけど。まあ、確かに髭も髪もボサボサで多少小汚かったかもしれませんけど……」
「ちげぇよ。そう意味じゃない。得体が知れないんだ。つかみどころがないと言うか。確かに平民ではあるんだ。だけど平民でもないんだ」
悠馬の言葉にアナスタシアは顰めていた眉をさらに顰めた。
「どういうことですか?」
「まんまの意味だ」
やはり意味が分からないのか、アナスタシアは首を傾げるばかりである。悠馬はそんなアナスタシアに苦笑すると、立ち上がって言う。
「誰か騎士にフナンの監視をさせておいてくれ」
「分かりました。一人でよろしいでしょうか?」
「ああ、どうせバレても問題ない」
アナスタシアが頷いて部屋からいなくなるのを確認すると、悠馬は執務用の椅子に座ると、机に砂を入れた箱を置いた。そして、手を翳して固有魔法を唱える。
『神様の真似事』
すると、砂が動きだし領主館の玄関口を形作った。そこには幾人かの人影が忙しなく歩き回っていた。
「これかな、ニナとフナンは」
玄関口に歩く二つの人型に当たりを付けると、その人型を追いかける様に砂を動かしていく。遠隔的な監視である。
「ボロを出してくれると嬉しいんだが……」
そう口に出しつつも、一方でそう簡単には出さないだろうなとも思う。平民にしてはどこか堂々としていたし、冒険者をやっていたにしては言葉遣いも荒れていない。畑を耕しているにしては肌が白いし、手もあまりゴツゴツとした印象は受けなかった。
確かにそれらのことにはどうとでも理由をつけることができるかもしれないが、それはつまり何かしら偽っているという理由をつけることができることにもなる。
何もないのならそれはそれでいい。その時は悠馬自身の目が誤っていたのだから。しかし、一方で何か隠していた場合、それに気付かなければならない。だからこその監視の目であった。
腕を組みながら砂の上を動くフナンを目で追う。今はまだどこに行くでもなく、領内の大通りを歩いていた。
アナスタシアは既に監視の旨を騎士団に伝えたようで、フナンの後方を一人の人影が隠れる様に動いている。
「案外、こうやって俯瞰すると監視とか簡単に分かるな」
そんなことを呟きながらフナンの動向を追っていると、光と共にアナスタシアが戻ってきた。
「手配してきました」
「ご苦労さん」
「それで、どうして監視をするのですか?」
アナスタシアの質問に少し考える素振りをした後、悠馬は言った。
「まあ……、勘だな」
「勘ですか」
「そっ。勘。つっても、何の根拠も無いわけじゃないけどな。ただ監視をしようと思ったのは勘が大きいだけだ」
「そうですか……。それは?」
悠馬の言葉に 何となく釈然としないまま納得すると、今度は箱の中で動く砂を指差した。アナスタシアも悠馬の固有魔法のことは知っているのだから、何をしているのか尋ねたのだろう。
悠馬は砂のフナンから目を逸らさずに答える。
「魔法による監視さ」
「監視なら騎士の一人が付いているのでいいのでは?」
「いや、巻かれたらどうするよ」
「でしたら、騎士の監視など付けずに最初からそうすればよかったのではないですか?」
そのアナスタシアの言葉に、悠馬はからかうような笑みを浮かべた。
「仮に相手が普通の平民に偽装しているだけだったらどうするんだよ」
「私には普通の平民に見えましたが……」
「そういう意味じゃねえよ。仮に何らかの理由で普通の平民に偽装しているようなやつが、町一番の権力者に会っておいて追手とか監視の目とか気にしないわけがないだろ?」
「どういうことですか?」
「だから、監視の目を気にしているのにそれがなかったら訝しげに思うだろ?それよりだったら、明らかな監視の目をつけて気付かせておいて、こっちは相手の想像外から監視を続ければいいってわけだ」
「そういうものですか……」
「そういうもんなの」
まだ分からないとでも言いたげに首を傾げるアナスタシアに、悠馬は呆れたようにそう言う。
フナンが大通りを逸れたところであった。
本日残り1話。