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安楽椅子異邦人  作者: 立花嬉多
死体は多くを語らない
7/15

(2)

2話目です。

「事件ですっ!」


 そう大声を上げてサラリア・エボッド――サラが駆けこんできた。


 アナスタシアは突然のことに目を見開き、ニナは何を考えているのか表情を変えずにことの成り行きを見守る。悠馬はと言えば、


「えー、何?」


 鬱陶しそうに眉をひそめた。


 そんな悠馬の態度など気にも留めず、来ている甲冑をガシャガシャと鳴らせながらサラは悠馬の前へと歩み出た。そして直立をする。


「領都の宿屋で事件が起きました!殺人事件です!」


 サラの言葉に、悠馬はいっそう顔を顰めた。


「殺人事件だって?わざわざ僕に言わなくても、そっちで片づけてくれればいいだろうに」


 悠馬はあからさまに嫌そうな顔を張り付けながらそう言った。事実、悠馬が治める領都において人が死ぬということはそう珍しくはない。飢餓であったり、事故であったり、喧嘩の末の殺人であったり、はたまた犯罪であったり。取り締まるということはもちろんしているのだが、文明の遅れたこの世界において殺人を限りなくゼロにするということはできないし、そもそも貧困街がある時点でそれは不可能というものである。過度な言い方かもしれないが、他者を殺すか自分が死ぬかの瀬戸際において、多くの人間は他者を殺すことを選択する。弱肉強食という言葉が罷り通るこの世界において、その傾向はさらに顕著である。


貧困街そのものにしたってなくすことはできない。それは悠馬の統治能力の問題でもあるし、文明が遅れているが故の問題でもあった。そもそも、悠馬がかつていた文明の発達した世界ですら貧困者・浮浪者といった類は少なからず存在していたのだ。それをこの遥かに文明の遅れた世界で浮浪者の類いをゼロにするということが不可能に近いのだ。誰かが富める限り、別の誰かが損を食らう。等しく平等な世界など存在が出来ないし、損をしない人間がいない世界などありはしないのだ。


 つまる話が、多々起っているであろう人が死ぬということに、わざわざ領主が出っ張ることもない。だからこその悠馬の言葉に、サラは首を振った。


「いいえ。今回はそうはいきません」

「いったい何だって言うんだよ」


 悠馬の面倒くさそうな声色など気にもせずに、サラは答えた。


「今朝、領都にある『アイシ亭』でデュエニーニ男爵の死体が見つかりました」


 事務的に告げるサラの言葉にアナスタシアが首をひねった。


「それは本当にデュエニーニ男爵なの?私は男爵が領内に入ったなんて聞いてないけど」


 アナスタシアの疑問ももっともである。基本的に領内の出入りは関所で管理されており、誰がどんな用事で出入りしたのかが確認されている。また、貴族の慣習としても、他領を通るなりするときは、一言断るのが礼儀とされている。

 だからこそのアナスタシアの疑問ではあったが、サラはまたも首を振った。


「間違いありません。持ち物にもデュエニーニ家の紋章が入ったものがありましたし、騎士団で男爵の顔を知っている者に確認を取らせましたので」

「そう……」


 サラの言葉にアナスタシアは引き下がる。変わって悠馬が今度は問いかけた。


「それで、そのデュデディーニ男爵とやらは誰なんだ?ひどく言いづらい名前なんだが」

「デュエニーニ男爵です。西にあるコンノ領とはほとんど間反対に位置するところを治めているはずです。歴史自体はそこそこ古いですが、あまり目立った功績を上げることもなく現在のデュエニーニ男爵まで続いていると聞いています。かつては、領・男爵家共々貧困に喘いでいたようですが、最近になって幾何か余裕ができてきたと言われています」


 アナスタシアがデータベースの如くデュエニーニ男爵に関する情報を頭の中から引っ張り出してくる。それを聞いた悠馬が再びサラに問いかけた。


「で、その男爵はなんで殺されたんだ?」


 物盗りか何かか。そう予想をしていた悠馬であったが、サラの答えは少し斜めをいっていた。


「分かりません」


 少し斜めどころか真後ろだったのかもしれない。


 きっぱりと答えるサラに悠馬が理由を尋ねる。


「どういうことだい?」

「現場はそのままにしておりますので、領主様の魔法で見ていただいた方が早いかと思います」


 それが事実かどうかは別として、サラの目には好奇心の明かりが宿っていた。どうやら前回見せた時に気に入ったらしい。


 悠馬はため息をつくと、傍に控えているアナスタシアに目配せをした。すると、アナスタシアは細かい砂が敷き詰められた一メートル四方の箱を持ってきた。

 悠馬はそれを受け取ると、そのまま机の上に置く。撫でる様に砂の表面を均した後、ゆっくりと手を翳した。そして固有魔法を唱える。


『神様の真似事』


 砂が隆起と沈下を繰り返して、宿屋の一室を作り出していく。


「……」


 サラが呆けたような顔を浮かべながら、見落とさまいと目を見開いて見ていた。

 砂が宿屋の一室を形作り終えると、悠馬は覗き込むようにそれを眺め見た。


 部屋にあるのは窓際にベッドが一つと、その横に机と椅子が一つ。ベッドとは反対側の壁には簡易的な衣類掛けがあった。衣類掛けの下には鍵付き小さな物入れ。それだけの殺風景な部屋だ。消して貴族が寝泊まりするような部屋ではない。ごく一般的な、それこそ庶民や冒険者も普通に泊まるような、そんな部屋である。


 男爵自身にそういう庶民的な部分があり、貴族的な世界よりももっと荒々しい雑多な世界を好むというのなら、こういう部屋もいいのだろう。むしろ、何の知らせもなく、人の目を忍ぶようにこの領に入っていることを考えれば、あるいは何らかの秘匿すべき目的があっての行動・結果なのかもしれない。


 見ると、確かに窓際のベッドの上に人が仰向けで乗っかっていた。さすがに部屋の一室だけとなると、範囲は広くないため細部が分かりやすくなる。ベッドの上の死体には少し歪なナイフが突き立てられており、砂を通してに見る限りはそれ以外に目立った外傷はない。部屋は荒らされ、鍵付きの物入れも鍵が壊されて床に転がされていた。


 パッと見は物盗りの印象であった。何かを理由にこの宿屋に男爵、あるいは多少裕福な人間が泊まっていることを知り犯行に及ぶ。

 その憶測を悠馬がサラに告げると、サラは少し言いづらそうに顔を顰めた。


「何かあるのか?」


 悠馬の問いにサラが首を振る。 


「いえ、領主様の意見を否定するわけではございません」

「じゃあ、どうして――」

「少し気になるのです。これが物盗りの犯行であるのなら、なぜ男爵を殺害したナイフを回収しなかったのでしょうか?」


 サラの言葉に悠馬は背もたれに体を預けながら頷く。椅子がぎいっと音を立てた。


「確かにな。人を殺しておいてその最たる証拠とも言える凶器を放置するのはおかしいか……」


 しかし、悠馬の言葉に再びサラは首を振った。


「いえ。それは別段おかしいわけでもありません。殺害に使われた凶器から個人を特定することはほぼ不可能ですし、愛着でもない限り持って逃げないのが一般的です。持って逃げると捕まった時に言い訳ができませんし、仮に処分するにしても、処分するまでの間にリスクを抱えることになります。もっとも、そんなことを考える犯人はたいてい捕まらないのですが」


 皮肉を込めながらサラは言う。


「ん?じゃあ、なんで「回収しなかったのか」なんて聞いたんだ?」

「はい。この砂越しでは分かり辛いかもしれませんが、男爵を殺害したナイフが、実はダナ製のナイフでして……」

「ダナ製?」

「はい。ダナ・アリアドフというナイフ専門の職人が作ったナイフのことです」


 サラの返答に、訳が分からないと悠馬は眉をひそめた。それを見て、サラが言葉を付け加える。


「実は、ダナ製のナイフは安くても一本当たり五千エラとも、高ければ一万エラとも言われています」

「はあ?なんでナイフ一本がそんなに高いんだ?」


 五千エラと言えば普通の木造民家なら二件は建つし、それだけあれば贅沢をしないということが前提に向こう5年は仕事せずに暮らしていける。


「希少性という点からもそうですし、その歪な意匠が好きだと言う好事家が多いことも理由の一つです。手に入りづらく、一方で幾ら出しても欲しいという好事家が多い。それ故にダナ製のナイフは価値を持っているのです」


 サラの言葉に悠馬は呆れともとれるため息をついた。

 実物を見たわけではないが、行ってしまえば変な形をしたナイフだ。そもそもナイフとしての機能も怪しい代物である。そんなものに大金を投げる馬鹿がいるのかと思うと、頭がどうかしてるんじゃないかとさえ思えてくる。この程度なら自分にも作れそうな気もするが、恐らく素人目には分からない何かがあるのだろう。


「ただ物盗りがそのことを知らなかっただけじゃないのか?ナイフを放置していった理由としては十分だろう?」


 悠馬の言葉にサラは、まあそうなんですがと言葉を濁した。


「まあ、それはいいや。それで、僕はどうすればいいんだ?」


 背もたれから離れて、悠馬は机に肘をついて尋ねる。サラにでもあるし、アナスタシアにでもある。悠馬の言葉に答えたのはアナスタシアであった。


「殺されたのが本当にデュエニーニ男爵であるならば、犯人を捜すべきですね。犯人を捜してデュエニーニ家に差し出すのが普通です。……もちろん、多くはないですが謝礼を貰えると聞いています」


 面倒くさそうに悠馬が顔を顰めたのを見て、アナスタシアは言葉を加えた。


「それで、犯人は?」


 悠馬はアナスタシアからサラに目を移して尋ねる。するとサラは申し訳なさそうに顔を歪めた。


「……まだ捕まっておりません」

「目星はついてるのですか?」

「いえ……」


 アナスタシアの問いに、サラは更に顔を歪めた。

 それを見て悠馬は手を叩く。


「まあ、昨日今日起きた事件なんだ。そうそうすぐに見つかるものじゃないだろう。サラは引き続き犯人の捕縛に全力を尽くしてくれ」


 そう言って幕引きを図る。これ以上は時間の無駄であるし、何より悠馬自身、今日はさっさと仕事を片付けて娼館に足を運ぶと決めているのだ。もちろん、あくまでキャバクラ然としたものではあるのだが、その先がないとも限らない。


 しかし、サラによってその目論見はあっさりと破綻した。


「そこで、領主様にお願いがあります!」


 改めて直立をしてサラが言う。悠馬は嫌な予感を肌にひしひしと感じながらも、問い返した。


「な、何かな?」

「はい!我々騎士団も領内で次々起こる事件に手が一杯でどうにも余裕がありません。ですので、本件は領主様自らに解決していただきたく思います。前回、華麗に事件を解決なされた手腕で、是非ともよろしくお願いします!」

「おい、ちょっ――」

「それでは、仕事がありますので失礼します!」


 踵を揃えて礼をすると、悠馬が止める間もなくサラは執務室から出て行った。


「おーい……」


 サラが出て行った扉に向けて声を掛けるが返事があるわけがない。

 悠馬は背もたれに体を預けて額に手を当てた。


「あいつ、絶対僕のこと軽く見てるだろ」


 独り言ともとれる呟きに、傍にいるアナスタシアもニナも返事をしない。それはその呟きが事実であることを物語っていた。


「くそう……」


 悔しいわけではないが自然と漏れる。アナスタシアが慰める様にフォローした。


「ですが、体面も考えれば領主様自らが事件を解決した方が聞こえが良いでしょう。それに、その方が謝礼も多く貰えるかもしれません」


 いったい誰のフォローであるのか。

 さして慰められたわけでもないが、アナスタシアの言葉もまた的を射ている。


 しばし背もたれに体を預けて天を仰ぐと、悠馬はため息をつきながら体を起こした。


「仕方ない。やるか……」


 今日中に終わらないだろうなと思いながら、悠馬はもう一度深くため息を吐き出した。

本日残り3話。

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