ノブレス・オブリージュ
これで最後です。
「さて、ローランドさん。お話をしましょうか」
悠馬はアナスタシアとサラ、ついでにニナを連れてローランドの元を訪ねていた。
「これはこれは、領主様。私が言うのもおかしな話ですが、ようこそおいでくださいました」
そう言ってローランドは揉み手をしながら歩いてくる。それを笑顔で迎えながら悠馬は室内へと足を踏み入れた。
「それで、いかがでしたか私の考えた宿は」
「いやあ、さすが領主様です。素晴らしいの一言に尽きますよ。この寝床しかり、この調度品しかり」
「それはよかった。苦労をした甲斐があるというものですよ」
互いに笑顔で会話をする二人は傍から見れば奇妙に見えた。それでも二人ともその相好を崩すことなく室内にある椅子に向かい合って座る。
「ニナ、いつものやつを」
最初に口を開いたのは悠馬だった。悠馬の言葉に、ニナは持ってきたのか台車からカップを取り出し、ホット・チョコレートを注ぐ。甘ったるい香りが室内に広がった。
「それで、領主様。今日はどういったご用件でしょうか。もしかして、私の商品が見つかったのですかな?」
見つかるわけがないと高を括っているのか、おどけたような調子でローランドが言う。ニナからカップを受け取り、それをゆっくりと啜ると悠馬はローランドに頷いた。
「そうなんですよ。あなたの商品が見つかったのでこちらへこさせていただきました」
「なっ……」
「どうかされましたか?」
一瞬驚きに目を見開き、動作が固まったローランドに悠馬が笑顔で尋ねる。ローランドは動揺を必死に隠して笑顔を作った。
「いえいえ、ただ昨日の今日で見つかるとは思いませんでしたので。さすが領主様ですな」
そんなローランドの様子に悠馬は微笑みながら話を続ける。
「それでですね、幸い馬や荷馬車ごと見つかりましてね。すぐにでも此方を発てるようにと勝手ながら門の前に準備をさせていただきました」
「これは、わざわざお気使いありいがとうございます。それで、今から行くので?」
「ええ、そう思ってお伺いいたしました」
椅子に深く腰を落ち着け、ホット・チョコレートを嗜む姿は明らかにそれだけのために来たように思えないものであったが、ローランドはそれを指摘することなく腰を上げた。
そんなローランドを悠馬がカップを持っていない方の手で制する。
「ああ、そんなに急がずに。馬車は逃げませんので」
「ですが……」
「話は変わるのですが……、ローランドさん、今護衛の方はどちらに?」
護衛という言葉を悠馬が口にすると、ローランドは目を右往左往させ狼狽え始めた。
「ああ、いや、そうですね……。恐らくどこかの宿で休息しているのでしょう」
「思ったよりそこら辺はしっかりなされていないのですね」
「い、いえ。私としても護衛の契約はここまででしたので。ええ、もちろん不慮の事故は起きてしまいましたが、それでも五体満足でこの地まで来れたことで契約解除となりまして……」
「そうでしたか、いや、差し出がましいことを申し訳ない」
笑いながら軽く悠馬は頭を下げる。それにローランドも苦笑いを返す。
相手はどこまで知っているのだろうか。何を掴んでいるのだろうか。そのことばかりがローランドの頭のの中を駆け廻った。
「ところで――」
顔をあげながら悠馬が何でもない風に言う。
「――ローランドさんって、奴隷を取り扱ってはいませんかね?」
「へ?」
再び呆けたように固まるローランド。今度は驚きというよりも何でその話が出て来るのか理解が及ばなかったのだろう。何の罠なのだろうかと訝しみながら恐る恐る言葉を紡ぐ。
「ど、奴隷……ですか?」
「ええ。丁度先程、五人ほど犯罪奴隷行きが決まりましてね」
そう言うと、悠馬は後ろに立っているアナスタシアに目配せをした。それを受け取ったアナスタシアは、何故か塞ぐように扉の前に立っているサラに目配せをする。すると、サラは頷いて扉を二度ノックした。
「失礼します」
そう言って扉が開かれ、アンナがボロ布を身にまとった成人男性を4人ほど連れてきた。
その様子に唖然としているローランドに悠馬は笑顔を向けて言う。
「こいつらなんですがね。どうでしょう、ローランドさん」
何を言うべきなのだろうか。いったい目の前の領主は何を考えているのだろうか。
ローランドの頭の中は擦り切れるほどに回転し、何と返すのが正解なのか必死に回答を探した。そしてようやく口から出た言葉は、どうしようもなく意味のないものであった。
「……もう、一人は……?」
その言葉に悠馬が満面の笑みを浮かべる。
「嫌だなあ、ローランドさん。いるじゃないですか、五人全員」
ローランドはもう一度目の前の犯罪奴隷を数える。間違いなくそこには四人しかいない。ローランドの頭の中はいよいよ混乱を極めた。
「申し訳ありません……。私には四人しか見えないのですが……」
「全くローランドさんも冗談がお好きな人だ。しかし、冗談と言うのは繰り返すと質が下がるものですよ。よく数えてくださいよ」
そう言って悠馬が端から指を指して数え始める。
「一人――」
ローランドが生唾を飲み込んで頷いた。
「二人――」
ローランドは頷いて指を折る。
「三人――」
額に滲む汗を手で拭って頷く。
「四人――」
四人目を指差して悠馬がローランドの方を向いた。
やっぱり、四人しかいないじゃなですか。ローランドはそう言おうと笑顔を浮かべたところで、ピタと固まった。
「五人」
悠馬の指がローランドを指差していた。ローランドは笑顔を浮かべたまま微動だにしなかった。いや、できなかった。今目の前の相手が何を考えているのか、どこまで自分の尻尾を掴んでいるのか、どうやったらここから逃げられるのか。忙しなく頭を回転させ、次から次へと選択肢を浮かべるが、そのどれもが有効ではない。
少し間を置いて固まったローランドはようやく動き出した。
「ご、御冗談を、領主様。案外あなたも――」
ようやくひねり出した言葉を悠馬は遮った。
「うるせえよ。詐欺師風情が」
ひんやりと冷たい、意志を殺したような悠馬の声に、ローランドは背筋が凍るのを感じた。
「な、何を――」
「ネタは上がってるんだよ!」
言い返そうと口を開いたローランドを一際大きな声で悠馬は一喝した。緊張した空気が辺りを包む。
「お前は、数日前にこの街に来て、昨日この街を発った。そしてヤヌカ街道の分かれ道付近で、盗賊に襲われた風を装いこの街に戻ってきた――」
「ち、ちが――」
必死に言い返そうとするローランドを悠馬は睨み付けて黙させる。
「――少し黙ってろ。それでお前は僕の所に被害届を出して、奪われた商品の補てんを要求した。僕の優しさに付け込んで!」
「自嘲してください」
「嫌だよ!」
ボソリと呟くアナスタシアに悠馬は言い返す。そして、ポカンと悠馬を見つめるローランドの方を向いて言葉をつづけた。
「馬と荷馬車、商品は森の中に隠し、お前はのうのうと僕の前に現れた。その際荷物の番を護衛に二人交代でさせていたんだろう。そして僕の前に現れたお前は、自作自演で襲撃を演出しておきながら、図々しくも補てんを要求した。違うかい?」
ローランドに厳しい目を向けて問い詰める。さりとてこのまま罪を認めるわけにはいかないとローランドは口を開いた。
「わ、私は本当に襲われたのだ!しょ、証拠はあるのか!」
額に汗を噴き、顔を赤くしながら必死に言い返すローランドを悠馬は一蹴した。
「ねえよ、んなもん」
「なっ……」
「いいか?ハイテク機器もなければ、指紋もDNAも調べることのできないこの世界ではな、証拠なんてものはいらねえんだよ。現行犯で捕まえるか、権力を持った奴がそうだと確信したのなら、それでてめえら犯罪者は有罪になるんだよ!」
悠馬の一喝にローランドは目を白黒させて狼狽する。口は何か必死に弁明の言葉を吐き出そうとするが、見つからないのかしきりにパクパクと開閉するのみであった。
「サラ」
悠馬はサラを呼び、ローランドを顎で指す。それだけで察したのか、サラはローランドの元まで歩くと、その小太りの体に縄を巻いた。
しかし、まだ足掻くのかローランドは口から唾を飛ばしながら悠馬に言う。
「いいか!覚えていろ!俺はてめえを許さねえからな。地獄を這いずってでもてめえに仕返ししてやる」
巻かれた縄をサラに引っ張られながら、ローランドは精一杯の毒を悠馬に吐いた。されど悠馬はそれを意に介すでもなく平然と言ってのける。
「ローランド、残念だが今回解決したのは僕じゃなくてアナスタシアだ!恨むなら彼女を恨め!」
そう言って傍に立つアナスタシアを指差す。唐突に刺されたアナスタシアは慌てて首を振る。けれども、ローランドの瞳はしっかりとアナスタシアを睨み付けていた。
サラとアンナがローランドと犯罪奴隷を連れて部屋を出ると、アナスタシアは悠馬を睨み付けて言う。
「最低ですね」
氷点下ほどに冷たい声色に、悠馬は苦笑いを向けるが何の意味もなさず、むしろアナスタシアの怒りを増幅させる結果となった。
「これからは私の許可なくお金を使えないと思ってください」
アナスタシアの放ったその一言はたしかに悠馬の心をえぐった。
「なあ、悪かった。悪かったって。頼むから機嫌を直してくれよ」
「嫌です」
必死に謝る悠馬に目を向けることなく、アナスタシアは部屋を出て行った。去り際に力いっぱい閉められた扉は、大きな音を立てて静寂の鐘を打ち鳴らした。
静まりかえった部屋に残されたニナがポツリと呟く。
「自業自得ですね」
核心しか突いていないニナの言葉に悠馬は疲れたように溜息をついた。
「やっと終わったか……」
悠馬が呟いた言葉はどこか感慨めいていて、溜息とともに部屋の中に霧散する。
ニナは先程の悠馬とローランドのやり取りの中で気になったことを口にした。
「それにしても、なかなかの暴論でしたね。『一番偉いやつが犯罪者の有罪を決められるんだよ!』っていうのは」
「そんなこと言ったっけ?」
「それっぽいことは言いました」
首を傾げる悠馬に、ニナは頷く。すると、悠馬は何が可笑しいのかニナを見て軽く笑った。
「嫌いになったか?」
「別に……」
「だと思った」
そう言って悠馬はひとしきり笑った後、真面目な面持ちで心情を吐露した。
「『一番偉い奴が偉い』だっけ?確かにあれは僕の考えではある。だけど、それだけじゃない。確かに偉い奴は偉いかもしれないけど、偉いからって無闇矢鱈にその権力を振りかざして良いわけじゃないし、犯罪者を作っていいわけでもない。そこにはとてつもなく大きな責任があるし、人の人生ってものが否応なく関わってくる。だからこそ、今回みたいにちゃんと確信を持てなきゃいけ有罪だと決めつけちゃいけないし、簡単に犯罪を許しちゃいけない。……まあ、要するに必死なだけなんだけどね、ただ否応なく僕の背中にのしかかる責任を果たすのに」
神妙な面持ちで言う悠馬に、ニナが言葉を発することはなかった。恐らく悠馬自身それを望んでいたわけではないだろうし、ニナもまた言葉を発そうとは思っていなかっただろう。
「さて、行こうか」
そう言って悠馬が大きく伸びをする。それにニナは何も言わずに無言で頷く。
「そういえば、あの糞野郎の商品の中に米が入ってたよな……。ということは、今日は白米か」
嬉しそうに一人言ちる悠馬は足早に部屋を出る。その背中に嬉しそうな微笑み向けながら、ニナもまたその背中を追いかける。
誰もいなくなった部屋はほのかに薄暗く、甘ったるい匂いが充満していて、どこか暖かな空気に満ちていた。
悠馬は帰り道を歩きながら思う、「結局、今回もまた最後まで椅子に座り続けることはできなかったな」と……。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。