白い粒
次話は9時過ぎに投稿します。
詰所裏の隠れたスペースに転移したアナスタシアはサラに何人か人を集める様にお願いすると、自分は詰所の表へと移動してサラが来るのを待った。その間に漂ってきた匂いに釣られて、串焼きを食べたのはご愛嬌だろうとアナスタシアは自身を弁護しながら待つ。
しばらくしてサラが三人ほど連れてくると、また詰所の裏手、転移してきた場所まで移動して悠馬の指示通りヤヌカ街道の分かれ道まで転移する。
転移したところで一人溜息を吐くと、アナスタシアはサラに頷いた。説明をよろしくというつもりでアナスタシアは頷いたのだが、サラにはどうやら伝わらなかったようで、サラもアナスタシアに頷き返すだけでいっこうに説明を始めようとせず、しんとした冷たい空気が辺りを漂った。
「あのー」
堪りかねたのか、サラが連れてきた兵の一人がおずおずと声を上げた。アナスタシアはそちらの方を向いて話を促す。
「何でしょうか?」
「どうして私たちはここに連れて来られたのでしょうか?」
もっともな意見である。アナスタシアは一つ頷くと説明を始めた。とはいえ説明は簡素なものですぐに終わる。
「あなたたちには悠馬様の命で探し物をしてもらいます」
ただしそれだけでは分からない。
「何を探すんですか?」
先程とは違う兵が手を挙げて尋ねる。
「そうですね――」
アナスタシアはしばし頭を捻って考えたが、そもそも悠馬から何を探せばいいのか言われていないため、これといった回答を見つけ出すことができなかった。なので、
「とりあえず変なものがあれば適当に持ってきてください」
と酷く曖昧なものとなった。けれども連れてこられた三人の兵は不平不満一つ言わず、そんなものなのだろうと納得して頷いた。
「ああ、あと、あそこの森の傍を念入りに探してほしいとのことです」
思い出したように、大雑把な範囲を付け足すアナスタシアに律儀にかしこまった返事をして三人は散らばって行った。主にアナスタシアの指差した方へと。
「さて、私たちも探しましょうか、サラ」
「そうね」
三人がそれぞれ散らばるのを見送った後、アナスタシアとサラもそれぞれ散らばって行った。すでに西日は沈みかけており、辺りが夕闇に包まれる頃だった。
*
「それで、見つけてきたのはこれだけか」
悠馬は今日何度目かの溜息を吐いた。目の前にうず高く積まれたガラクタの山を見れば溜息の一つや二つ吐きたくなるものだろう。
「何かの骨に、何かの羽。何かの鱗に、何かの毛。ガラスの破片に、陶磁器の欠片。よくもまあこんな細々としたもの見つけてきたもんだ。それもこんな大量に」
呆れてものが言えないとはこのことだろうと引きつったような笑いを浮かべながら、悠馬はアナスタシアを睨み付けた。
「これで全部かい?」
「はい。ですが!」
首肯しつつも弁解しようとするアナスタシアに悠馬は首を振った。悠馬自身、それなりに無茶なことを言っている自覚はあったが、それでもこんな愚にもつかないようなものばかり持ってくるとは思ってもいなかった。
意気消沈。肩を落としているアナスタシアの後ろで、事の成り行きをビクビクしながら窺っている兵の一人がおずおずと手を上げた。転移した時最初に手をあげた兵であった。
「あのう……」
「どうした?何かあるのか?」
「何かってほどじゃないと思うんですけど……」
「とりあえず言え」
今回の成果とも言えない成果と、手を上げた兵の煮え切らない態度に苛立ちが募る悠馬は自然と口調がきつくなった。それにビクリと肩を震わせつつもその兵は言葉を繋いだ。
「領主様に探せと言われた場所付近で、見たことのない白い粒が点々としているのを見つけました」
その言葉を聞くと、悠馬はさっきとは打って変わって勢いよく机に身を乗り出した。目の前で立っていたアナスタシアは驚いて一歩後ずさる。けれども悠馬の瞳は、声を上げた兵だけを見ていた。
「本当か!」
「は、はい」
「持ってきてるか?」
「す、すみません!……持ってきてないです」
その言葉を聞くと、悠馬は落胆したように肩を落とし椅子の背もたれにドサリと寄り掛かった。
「そうか……」
何が悠馬の琴線に触れたのか分からない兵は縮こまりながら悠馬を凝視し、何が起こっているか理解できないアナスタシアは一歩後ずさったまま悠馬を見つめた。
すると何か考え込んでいた悠馬はパンと手を叩いて顔を上げると、手を上げた兵と目を合わせた。
「君、名前は?」
唐突に話しかけられたその兵はしどろもどろとしながらも、悠馬の問いかけに答える。
「あ、アンナ・クリエルで、す」
「アンナか。覚えておこう」
「ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げるアンナから目を逸らして、悠馬はアナスタシアに目を向ける。
「アナスタシア、悪いが、アンナを連れてもう一度だけヤヌカ街道まで跳んでくれないか?アンナの言う白い粒を見つけて来るだけでいい。手の平に乗るほどあれば文句はないが、それ以下でも問題はない。頼むから持ってきてくれないか?」
いつになく真剣な面持ちの悠馬に、半ば圧倒されながらもアナスタシアは一も二もなく頷いた。
「わ、分かりました!」
「頼む」
悠馬の言葉にもう一度大きく頷くと、アナスタシアはアンナを手招きして転移した。それを祈る様に見届けると、悠馬は今度はサラの方を見る。
「サラ、人を探してきてほしいんだけど、頼めるかい?」
「何なりと」
直立不動の姿勢で答えるサラに悠馬は満足そうに笑みを浮かべると、続きの言葉を口にする。
「護衛の人たちを見た門兵を探してきてほしい。出て行って戻ってきた二人ではなく、別のもう二人について見たことのある奴を。そこにいる二人の兵を使ってもいいから」
「はっ、かしこまりました」
言うな否や、サラは回れ右をして扉の傍でことの成り行きを眺めている二人の兵を連れて部屋を出て行った。後には一人背もたれに体をあずけて点を仰ぐ悠馬と、台車の横で静かに佇むニナがだけが残った。
「何か気付いたのですか?」
しんとした空気を割ってニナが口を開いた。悠馬は体を預けていた背もたれから体を起こすと、ニナの方を見て一枚の紙切れを突き出した。
「これはアナスタシアに頼んで例の胡散臭い行商人に書いてもらった目録だが……」
ニナがそれを見ようと近づいてくるのを待って、悠馬は目録に書かれている商品名の一つを指差した。
「これが何か分かるかい?」
「コメ?」
「そう米だ。僕の推測が正しければ、アンナが見つけた白い粒というのはこの米のことだろう」
自慢げに言う悠馬に、分からないのかニナが首を傾げる。
「それがどうしたというのですか?」
「いいかい、そもそも色んな意味であの商人は怪しかった。前に言ったように、17万エラもの商品を持ち歩いてることもそうだし、そのくせ護衛が少ないのもそうだ。たかだか3人に襲われて簡単に負けるほど弱いのもそうだと言えるし、それにしては全員大して怪我を負っていないことも怪しい」
悠馬はここまでいいかと確認するように言葉を切る。ニナが頷いて理解を示すと、満足気に続きを離し始めた。
「そんな怪しさ満点の奴がウチに言ってきたわけだ。補てんしろ、と。これで怪しまないやつはいない。しかし!ただ怪しいからと言って追い出すわけには……まあ、いくかもしれんが、僕はそんな非人道的なやつじゃない。とにかく、僕はあの腐れ野郎に補てんをするつもりはなかったし、だからといって追い出すようなことをするつもりはなかった。だからこそ、こうしてあいつの商品がどこにあるかを探しているわけだ」
いいかいと窺うように悠馬はニナに目配せをする。それにニナは再び頷き返す。
「よし。それでだ、先程アンナが見つけたように森の付近、なおかつニナと僕が模型の中で見つけた変な物があった場所の付近に白い粒があったわけだ。そしてそれを僕はこの目録の米だと推測した。つまり、何らかの理由で商人の米は森の付近に散らばったわけだ」
そこまで言ったところでニナが口を開く。
「ですが、それがその行商人のコメだとは限らないのではないですか」
それを聞いた悠馬が手を打つ。
「そうか、ニナは東方の出身だから知らないのも無理ないか。こっちでは米ってのはまず作られていないんだ。だからこそ、米はこっちで売れるし行商人は持ってくる。加えて言えば、東方からなかなかに遠い位置にあるウチに米を運んでくる商人もまずいない」
「なるほど、だからその米が行商人のだと推測できるのですね」
ニナは納得がいったように頷く。その様子に悠馬はチッチッチッと指を振った。
「それだけじゃないさ。僕はもともと毎年、もしくは数年ごとに米を持った行商人が来ることを聞いていたからね、アナスタシアに頼んで探すように頼んでいたんだ。彼女の調べによると、その行商人は先日こちらに来て、今日ここを経つ予定だった。もっとも、その行商人があの胡散臭い野郎と同一人物だとは限らないけど。とりあえず、そうだと仮定した時――」
そこでニナが何を思ったのか口を挟む。
「先入観だらけですね」
「そう言うなよ。とりあえず、ニナの言うように先入観だらけの視点で見た時、あの胡散臭い行商人が嘘を吐いていることに気付いたんだ」
「嘘ですか?」
「そう。あの行商人はサフラン王国から来る途中に襲われて、襲撃者はサフラン王国方面へと荷物をもって逃げたと言った。それなのになぜ森の荷物に目録にあった米が落ちている?僕の調べでは今日ここを経ったはずなのになぜサフラン王国から来たことになっている?」
「本当にサフラン王国から来たという可能性はないのですか?」
納得がいかなそうに言うニナに悠馬は頷いた。
「確かに。その可能性は大いにある。だが一方で僕の言う可能性も捨てきれないわけだ。だからこそ、僕の推測を確かめるためにアナスタシアにはヤヌカ街道まで行ってもらったし、サラには護衛について調べてもらっている」
未だ納得しきれないという顔色を浮かべるニナに、笑いながら悠馬は言う。
「まあ、それもこれもどういう結果が出るかはもう少し時間がかかるだろうから。もう一杯これ貰えるかい?」
そう言って悠馬はカップを掲げた。それを受け取りニナはホット・チョコレートを注いで悠馬に返す。
悠馬は背もたれに体をあずけ、肘掛に肘を置き、ゆっくりと受け取ったホット・チョコレートを啜りながら息を吐く。
筋肉が弛緩し、体が息を休めるのを感じながら悠馬は結果が出て来るのをのんびりと待った。
次話で最後です。拙い文ですが、最後までお楽しみください。




