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安楽椅子異邦人  作者: 立花嬉多
詐欺野郎
3/15

胡散臭い奴

次は30分後くらいです。

「こちらになります」


 そう言ってアナスタシアが示したのは悠馬が収めるコンノ領では最高級の宿だった。


「これは、わざわざお気遣いありがとうございます」


 そう言いつつもローランドは、その白を基調としたシックで落ち着いた雰囲気に、目立った汚れのない清潔感のある外壁にと、どこか高級感溢れる建物に少し瞳を大きくした。そしてややあって礼を述べる。

 その様子に、アナスタシアは満足そうに微笑んだ後、中へと案内した。その道中も自慢げに説明を入れる。


「こちらは悠馬様自らが指揮してお造りになられた建物でして、一般向けの最高級の宿という側面と、悠馬様にとって重要なお方をお泊めする場所という二つの側面を持ち合わせております」


 その言葉に少し顔を綻ばせてローランドは訪ねる。


「なるほど。それなら私はいったいどちらなのでしょうね」

「もちろん重要なお方に当たります」


 即答するアナスタシアにローランドはさらに顔を綻ばせた。悠馬様と会っていた時とはだいぶ様子が変わったなと思いながらも、アナスタシアは中へと入り受付へと向かう。


 受付に着くと、笑顔で佇んでいる従業員に悠馬の印章を見せる。すると、従業員はかしこまりましたと言うように恭しく頭を下げ、アナスタシアとローランドを部屋へと案内する。


「こちらになります」


 従業員がそう言って案内した部屋は最上階である3階の角部屋であった。窓からは街並が一望でき、夕方となればその大きな窓から朱に染まった街を見ることができるという贅沢な部屋である。また最上階なだけあって内装や調度品も優れており、下手をすれば並の領主の館よりも優れているかもしれないというものばかりであった。


 案の定、浮かれ気分になったローランドは部屋に入るなり、ニヤニヤとした相好をひと時も崩すことなく調度品を持ち上げたり観察するなど、その豪奢さに目を奪われていた。


 アナスタシアはと言えば、ローランドのその様子を満足な笑みを浮かべながら眺めていた。


「それでは、ごゆっくりどうぞ」


 そう言って従業員が去っても、気にすることなく部屋を歩き回るローランドであった。アナスタシアもしばし満足気にその様子を眺めていたが、仕事があるのを思い出して部屋を出ようと回れ右をしたところでふと足を止めた。

 そういえば悠馬様に頼まれごとをしていたなと思い出し、ローランドの方を向いて言う。


「ローランド殿。盗まれた商品の目録を書いていただけませんか?」


 アナスタシアの言葉につとローランドが足を止める。


「盗まれた商品の目録ですか?」


 そして気付かれないほどに目を細めながらアナスタシアの方を振り向く。そんなローランドの様子に気付くことなくアナスタシアは首肯した。


「はい。悠馬様に言われていたのを失念しておりました。できれば今すぐお願いできますか?」

「難しいですね。いくら商人とはいえ積荷を全部覚えているわけではありませんので」


 ローランドの言葉に驚いたようにアナスタシアは言う。


「そうなのですか。てっきり商人はそういった物をすべて覚えているものだと思っていたのですが。……どのくらい時間があれば思い出せるでしょうか?」


 アナスタシアの言葉にローランドは眉間にしわを寄せた。そしてすこし考えた後、時間を告げる。


「そうですね……日が落ちるまでには。一応一緒に旅をしていた護衛にも聞いてみますので、もう少しかかるかもしれません」

「分かりました。それでは日が落ちるまでにここの受付に目録を渡してください。受付にはこちらから言っておきますので」

「了解しました。お手数おかけします」

「いえいえ」


 頭を下げるローランドにアナスタシアはそんなことはないと慌てて首を振る。その様子が可笑しかったのか、ローランドが吹き出すと、アナスタシアも恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。


「他に何かありませんか?」


 そう尋ねるローランドに今度は落ち着いて首を振る。


「いえ、ありませんね。それでは私は失礼します。くれぐれもお忘れなきよう」


 そう言って退出しようとするアナスタシアを今度はローランドが引き留めた。


「あ、ちょっと待ってください。大事なことを忘れていました」


 言いながらローランドは目をスッと細める。そして何だろうかと首を傾げるアナスタシアに言う。


「もし見つからなかった場合に商品分の代金は補てんしてくれるんでしょうね?あなた方の領地で起きた不手際ですから」


 その言葉にアナスタシアは露骨に怒気を浮かべる。けれどもそれを口に出すことなくローランドの問いかけに答えた。


「それは私にはお答えしかねます。悠馬様が決めることですから。それではごゆっくりお過ごしください」


 早口にそう言うと、ローランドが何か話す前に部屋を後にした。アナスタシアがいなくなった扉を眺めながらローランドは怒気を顔に浮かべて舌打ちをした。何かに当たりたい気分ではあったが、どれも高級そうなものばかりでそんな気になれず、何度も繰り返し悪態を吐くばかりであった。


 一方アナスタシアもローランドの言葉で借金の誓約書で一杯の金庫を思い出し怒り心頭であった。帰り際にやや当たる様に受付に目録のことについて伝えると、靴音高く宿を後にした。後に残ったのはしんとした空気と、涙目の受付だけであった。


 *


 執務室で悠馬は、侍女のニナとヤヌカ街道の模型を眺めながら頭を捻っていた。


「何故だろう……」

「何故でしょう……」

「……分からないな」

「……分かりませんね」


 二人がうんうん唸っていると、扉をノックしてアナスタシアが入ってきた。


「お二人してどうしたんですか?」


 頭を突き合わせて模型を眺めている二人のところに来てアナスタシアが言う。それに背もたれに寄り掛かりながら悠馬は答えた。


「いや、アナスタシアがあの胡散臭い行商人を連れてくる前にニナとこれ見てたんだけどさ。その時確かにここによく分からない小さなものがあったんだけど……」

「なくなってるんですか?」


 悠馬の言葉を引き継いでアナスタシアが言う。


「そうなんだよ」


 そう言いながら、悠馬は机の上のホット・チョコレートに口をつけた。その甘い匂いに釣られたのかアナスタシアも悠馬と同じものをニナに頼む。

 ニナがホット・チョコレートを入れている間に悠馬は目録についてアナスタシアに尋ねた。


「それで、あのローランドとかいうおっさんは目録を作ってくれたか?」

「いえ、思い出すのに時間がかかるそうです」

「どのくらい?」

「日が落ちるまでには大丈夫だろうと言っていました」


 その答えに悠馬は舌打ちをした。時間がかかり過ぎることもそうであったし、思いのほかローランドが怪しかった。その考えを悠馬は口に出して言う。


「やっぱあのおっさん胡散臭えよな」

「どうしてですか?」


 ニナからホット・チョコレートを受け取りながらアナスタシアが首を傾げる。


「だっておかしいじゃねえか。総額17万エラの商品を持ち歩くこともそうだし、いったいどこで捌くんだよ。それに、襲撃されて大した傷がねえってのもおかしいし、17万エラという高額を扱っといて護衛が三人の襲撃者に負けるほど弱いってのも納得がいかねえ。それになにより、それを奪われたから補てんしろってのが理解できん」

「確かに……言われてみれば怪しいですね」


 アナスタシアがうんうんと頷く。


「とはいえ……」


 悠馬は大きく溜息を吐く。

 ローランドは怪しさで言えば満点をあげてもいい。なんなら120点くらいあげてもいいだろう。ただし、怪しいだけだ。それ以上のものがない。


 こういう時はホット・チョコレートだと悠馬はカップに口をつけたが中身がない。苦い顔をしながらニナにカップを突き出すと、ニナは台車をすぐ傍まで持ってきており、すぐに注いで悠馬に渡した。それを喉を鳴らしながら一気飲みする。


「下品です」


 苦言を告げるアナスタシアを無視しながら飲み干して、ドンとカップを机に置く。


「分からん!」


 分からないものは分からない。情報がないなら集めればいい。

 ニナが再びカップにホット・チョコレートを注いでいる間に、アナスタシアに指示を出す。


「アナスタシア、今から詰所に行って何かないか調べてきてくれないかな」

「嫌です」


 即答するアナスタシアに悠馬は気持ちのいい笑顔を浮かべてお願いする。


「アナスタシア、頼むよ。僕だって減俸はしたくない」


 悠馬の言葉に顔を顰めると、アナスタシアは悠馬に恨みがましい目を浮かべながら立ち上がり魔法陣を展開した。


夢遊病者ウォークマン


 そう言って転移する。残像のように消えてなくなるアナスタシアに手を振って見送ると、悠馬はまたヤヌカ街道の模型を睨み付けた。

 ニナも悠馬と同じように模型を睨み付ける。

 睨み付けるだけの二人の間を静寂が何度か行き来した後、ニナがおもむろに口を開いた。


「護衛の人たちって今何してるんでしょう?」


 それに反応するように悠馬が眉を上げる。


「ん?何でだ?」

「さっき来たのは行商人だけだったじゃないですか。その行商人は今悠馬様の宿にお泊まりになっているわけですよね。でしたらその護衛はどこにいるのかなと思いまして……」

「こっち来た時に泊まる予定だった宿だろう?」

「そうですか。そうですよね」


 悠馬の答えに納得したのかニナは口を噤む。

 再び静寂が二人の間を往来するようになる。微かな息遣いと、模型の中で動く砂の音だけが部屋の中に響いた。


 次に静寂を破ったのは悠馬だった。手を叩いて言う。


「それだ。それだよニナ。確かローランドはサフラン王国から来たって言ってたよな。だとしたらこっちの宿のことなんて何一つ分からないはずだ。それなら今日泊まる宿だって決まっていない」

「でも、行商人ですから前に来たことあるかもしれないですし、宿くらいなら護衛だけでも勝手に泊まれるんじゃないでしょうか」

「それもそうか……」


 三度二人は黙り込む。いい加減うんざりとしてきた静寂も律儀に二人の間を往復する。

 どれくらい経っただろうか。5回目のホット・チョコレートのおかわりを無言でニナに要求した時だった。いきなり扉が開いてアナスタシアとサラが飛び込んできた。


 突然の出来事に扉の方を向いて固まる二人。サラはともかく、アナスタシアは普段しない運動をしたせいか息切れを起こしており、しばらく肩を上下させた後、息を整えて口を開いた。


「新しい情報がありました」

「ああ、……とりあえず水でも飲め」


 ニナに目配せをして、アナスタシアに水を勧める。アナスタシアはニナからコップを受け取り、一息に飲んだ後、サラの方を向いた。


「サラ、お願いします」


 それにサラは頷いて直立不動の態勢をとって言う。


「丁度行商人のローランド殿がアナスタシアに連れて行かれた頃、護衛の方二人が門を出て事件現場のある方へ向かったのを門兵が確認しております」

「それで?その二人は」

「はっ。その後、しばらくして二人は何事もなく帰ってきました」

「何か持ってなかったか?」


 悠馬の問いかけにサラは首を振る。


「いえ。そのようなことは確認されていません」

「そうか。ご苦労だったサラ」

「サラで――。いえ、なんでもありません」


 反射的に「サラです」と訂正しそうになったサラは、恥ずかしそうに俯きながら一歩後ろへ下がった。


「アナスタシア、他には?」

「他にですか。申し訳ありません、サラを見つけるのに手間取ってしまって……」

「つまり得ることができたのは、護衛が二人出て行って戻ってきたという情報だけか」


 悠馬は机に肘を乗せて手を組んで考える。サラ、アナスタシア、ニナの三人はただ黙ってその様子を眺めていた。


 しばらくして、悠馬は思い立ったように顔を上げた。


「よし。アナスタシア、事件現場へサラを連れて飛んでくれ。他に僕個人の兵を数名連れて行ってもいい」

「は?」


 いきなりの悠馬の言葉に呆けたようにアナスタシアが口をポカンと開ける。その姿に悠馬は呆れながらも再び言う。


「事件現場であるヤヌカ街道の分かれ道に、サラとその他数名を連れて行ってくれ」

「な、何でですか?」


 慌てて理由を聞き返すアナスタシアに平然と悠馬は言ってのける。


「何かあるかもしれないからだ。ちなみに森の方……そうだな、ここら辺。僕とニナが変な物を見つけた辺りを念入りによろしく」

「今もサラを連れてきたじゃないですか!それに、探すのなら悠馬様自ら探せばいいじゃないですか!」

「君のその固有魔法は何のためにあると思ってるんだ?」


 悠馬の言葉にアナスタシアはふと固まる。はて、自分の固有魔法はいったい何のためにあるのだろう、と。

 そんなアナスタシアに悠馬ははっきりと告げる。


「君のその固有魔法は僕の代わりに動くためにあるに決まってる」

「それだけはないです!」


 必死に否定するアナスタシアであったが、悠馬は聞く耳は持たないというように背を向けてホット・チョコレートを口に運んでいた。

 アナスタシアはこれ以上抗弁したところで無駄に終わることを悟ると、一人肩を落としてサラの方を向いた。


「ということなので、行きましょうか、サラ」


 サラは一つ頷くと、アナスタシアに身を寄せる。サラが十分に圏内に入ったのを確認してアナスタシアは魔法陣を展開した。そして、


夢遊病者ウォークマン


 溜息交じりに転移した。転移の直前、恨みがましく向けた目線の先では、悠馬が静かに西日を眺めながらホット・チョコレートを啜っていた。

感想があったら、とてつもなく嬉しいです。

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