固有魔法
次話は30分後くらいになります。
「それにしてもなあ……」
今日何回目かの溜息を吐きながら悠馬は呟いた。
「どうしたんですか?」
首を傾げるアナスタシアに、模型を指差しながら悠馬は言う。
「見てみろよここ。いくら馬鹿だからってこんな開けた場所で行商人なんか襲うかね。隠れる場所なんてほとんどねえよ」
「確かにそうですね……」
アナスタシアが覆いかぶさるように覗き込む。
確かに悠馬の指摘する通りそこは開けた空間であった。少し離れた所に木々が生い茂る森があるとはいえ、それでも100歩以上は距離が離れているし、草の丈も低いからすぐに見つかる。他にもちらほらと大きめの岩があるが、森ほどではないとはいえ距離がある上に、大きさも三人隠れられるほどではない。
何かを思いついたのか、アナスタシアが比較的大きめの岩を指差して言う。
「ここと、ここに分かれて隠れてたんじゃないですか?」
「それはないだろ。だってその二つ道を挟んで正反対にあるうえに、人ひとりしか隠れられないぜ?」
そう言いながら悠馬はそこを通りかかった人を持ち上げ、岩の影に置く。
「あ、ほんとだ」
岩は人をひとり隠すだけの大きさしかなく、二人隠れようとすればどちらかがはみ出す形であった。
「分かんねえな……」
そう言いながら、悠馬は岩の影に持ってきた人を指で押しつぶす。それと同時に、道の上に悠馬が押しつぶした人が歩きながら現れた。
「あ、じゃあ二人は岩陰に隠れて、もう一人は森に隠れてたんじゃ?」
思いついたように手を打ってアナスタシアが言うが、悠馬は首を振った。
「とりあえず、状況を聞かなきゃ分かんねえな。アナスタシア、今から詰所まで行って行商人連れてきてくんね?」
悠馬がそう言うと、アナスタシアは面倒くさそうに顔を歪めた。
「えー、私が行くんですか?」
「お前しかいないだろ」
「そこら辺歩いている侍女に行かせればいいじゃないですか」
「お前の方が早いだろうが」
「嫌です」
「行け」
「嫌ったら嫌です」
駄々をこねる様に首を振るアナスタシアであったが、いい加減うんざりとしてきた悠馬が無言で睨み付けると、渋々と了承した。
「分かりましたよ。行けばいいんでしょ?あーあ、ここから詰所まで歩いたら日焼けしちゃうなあ」
「お前には転移魔法があるだろうが」
「滅多に使うなって言ったの領主様じゃないですか」
「使っていいから、さっさと行け」
口を尖らせるアナスタシアに悠馬シッシッと手を振った。アナスタシアも何を言っても無駄なことを悟ったのか、多少抗議のために頬を膨らませながらも足元に魔法陣を展開させた。
『夢遊病者』
そして呪文を唱えて転移をする。
「音楽プレイヤーかよ」など言いつつと転移していくアナスタシアを見送った後、悠馬は机の上の呼び鈴を鳴らした。チリンチリンと小気味よい音が鳴り、程なくして扉があき、赤毛を肩で揃えた少女が現れた。侍女のニナ・アーモンドである。
「ニナ。もう少ししたらお客さんが来るから、お茶の用意をしておいて」
「かしこまりました」
そう言って頭を下げ、部屋を退出していくニナを見送り、悠馬は悠馬で行商人を迎える準備をする。とは言っても脇に寄せた書類を束ねて整理し、机の上の精巧な模型をただの砂に戻して机の下に隠すだけで準備は終わり、アナスタシアが行商人をつれてくるまで手持無沙汰となった。
「暇だな……」
呟きながら事件のことについて悠馬は頭を捻る。
事件が起こった場所は開けた街道。隠れる場所はほとんどなく、旅慣れた行商人にバレずに襲い掛かるのはおおよそ不可能。護衛がいた場合はさらに困難度が増す。
また、犯人は三人。盗まれたものは何か分からないが、総額で17万エラ相当。三人程度で持ち運べる量じゃないことは想像に容易い。もっとも、高価なものを少数ということも考えられないでもないが、こんな辺鄙な領地に持ち込むとは考えにくい。となれば、犯人は馬ごと行商人の荷馬車を奪ったことになる。その過程で戦闘ないしは、戦闘に準ずる行為が行われただろうと予想できるが、それも定かなことは話を聞くまでは言えない。
そんなことを考えていると、扉がノックされた。
「どうぞ」
悠馬が声をかけると、「失礼します」と言ってニナが給仕用の台車を押して入ってきた。
「あ、まだいらっしゃっていませんでしたか」
入ってくるなり、あまり失敗した感なくニナが言う。そして悠馬の方を向いて尋ねた。
「戻してまた来た方がいいでしょうか?」
悪びれた様子もなく言うニナに苦笑しながら、悠馬は手を振った。
「いや、別に今回はそのままでいいぞ」
「かしこまりました」
悠馬の言葉にニナはお辞儀をすると、そのまま台車を押して扉の脇に陣取る。
しばらくの間、二人の間を沈黙が流れた。しかし、何を思ったのか悠馬が突如ニナを手招きした。
「ニナ、こっちに来てくれないか」
「何でしょう」
手招きされるニナは首を傾げながらも、少し早足で悠馬の傍まで来る。ニナが近くまで来るのを待って、悠馬は先程の砂の敷き詰められた箱を机の上に持ち出してニナに尋ねた。
「ニナは僕の固有魔法を知ってるよね?」
それにニナが頷く。
「はい。存じ上げております」
「それなら話が早い」
頷くニナに満足そうに悠馬は頷き返すと、砂の上に手をかざしていつもの呪文を唱えた。
『神様の真似事』
それに合わせて、砂が動きヤヌカ街道――事件現場が現れる。
「まだ誰にも言わないんで欲しいんだけど」と前置きをしながら、悠馬は訝しげに眉を顰めるニナに事件の概要を説明しだした。
「さっき……というか昼頃に事件があったみたいでさ。現場はこれなんだけど。丁度この地点で行商人が三人組の盗賊だか山賊だかに襲われてさ。ウチに被害届を出してきたのよ。そんで、今すごい困ってるんだけど、何かない?」
大雑把な悠馬の説明に、さらに眉間のしわを深めながらもニナは口を開いた。
「ここは山ではないので、山賊の可能性はないと思います」
「ふんふん。山賊の可能性はない、と。他には?」
「そうですね……、襲われたってことは誰かしら流血したと思うのですが……。これ色つかないの不便ですね」
さらりと不満を口にするニナに悠馬は苦笑いを隠せない。
「それは言ってもしょうがないことだからさ。他に何かない?」
「う~ん……」
悠馬の前ということを忘れてかニナは腕を組んで首を傾げる。そして「あっ」と声を上げた。
「これ何でしょう?」
「ん?」
ニナが模型の隅を指差して言う。その方を見ると、確かに何かが落ちていた。
「これは……」
そう言いながら身を乗り出して悠馬は目を凝らしたが、小さすぎて確認できない。
「分からないな……」
「はい……」
ニナも悠馬同様目を凝らしているが、どうにも見えそうにない。二人が四苦八苦していると、扉がノックされた。
「ユウマ様、行商人を連れてきました」
扉の向こうから聞こえたアナスタシアの声に、悠馬とニナは目を合わせ互いに頷いて意志の疎通をすると、ニナはそそくさと台車の方に戻り、悠馬は箱を机の下に隠した。
それぞれの準備が整うと、悠馬はニナに目配せをした。ニナはその目配せを受け取ると、静かに扉を開けた。
「ご苦労だった。アナスタシア」
扉が開き現れたアナスタシアを悠馬はとりあえずねぎらう。
「いえ、多少肌が焼けただけですから」
怖いほど綺麗な笑顔を浮かべて言うアナスタシアに、悠馬は変な汗を背中にかきながら頷いて、机の前、部屋の中央にある応接用の椅子に座る。アナスタシアの方も行商人を悠馬の向かいの椅子へと誘導する。
悠馬と行商人の二人が座ったところで、ニナがお茶を持ってくる。そのお茶を一口啜った後、悠馬はゆっくりと口を開いた。
「ようこそおいでくださいました。あー……」
開いたところで相手の名前を知らないことに気付き、アナスタシアに目配せをする。それにアナスタシアが答えようとしたところで、行商人が身を乗り出して手を差し出した。
「しがない行商人をしております、ジェム・ローランドと申します」
悠馬も笑顔を浮かべて手を握り返す。
「これは失礼しました。改めて、よくおいでくださいました、ローランドさん。そして、この度は私の領地内での不手際、申し訳ありませんでした」
頭を下げることなく悠馬は謝罪の言葉を述べた。すると、ローランドはやや目を細めて言う。
「いやあ、参りましたよ。せっかくの商品が奪われるとは。……それで、補てんの方は――」
「それでですねローランドさん。事件の詳しい内容をお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか。あなたとしても商品は取り返したいでしょう?」
ローランドの言葉を遮って悠馬が言うと、ローランドは一瞬顔を顰めた後、元の顔に戻って悠馬の言葉に頷いた。
「ええ。私としてもそうなってくれるのなら喜ばしい所です。ですが、そうなるとも限らない。仮にそうならなかった場合はもちろん――」
何か言いたげなローランドの言葉を再び遮って悠馬は言う。
「そうでしょう。ですから最善を尽くし、商品を見つけるためにも事件の様子を窺いたい。まず、ローランドさんを襲ったのは三人でしたね」
言葉を遮られたローランドは幾分不満を覚えながらも、それを顔に出すことなく答えた。
「え、ええ。確かに三人組でしたね。どうやら手練れだったようで、恥ずかしながら私が雇った護衛も役に立たず、でしたね」
「それで、その三人の特徴を教えていただけないでしょうか」
「特徴ですか……。顔も隠していましたし、服装もどこにでもあるような格好でしたし……。そう言えば、詰所でも言ったのですが、男二人に女一人でしたね」
「それはどうして……」
「そうですね、胸の膨らみ、でしょうか。服が比較的ピッチリとしたようなものだったようで」
「なるほど」
理解を示すように、悠馬は何度か頷く。
「次に、襲われた時の状況ですが、護衛は何人でしたか?」
「4人ですね。それ以上はお金の方が厳しくて」
苦笑いを浮かべてローランドが答える。
「どなたか怪我をしましたか?」
「いえ、幸いにも全員擦り傷・切り傷で済んでますね」
「襲ってきた三人は怪我を負いましたか?」
「恥ずかしながら、私どもの護衛の話では大した怪我を負わせることができなかったようですね」
「ちなみに、襲われている時あなた方はどこに?」
「荷馬車の中でしたね。相手が何か魔法を使って護衛を動けなくしたようでして、その後に私に剣を突き付けて荷馬車から降ろすと、そのまま馬ごと走って行きましたね」
「その後、護衛を連れて詰所に来たと」
「はい、そうなります」
「襲撃者がどちらの方向に向かったか分かりますか?」
「そうですね、サフラン王国の方向だったと思います」
「そう言えば、あなた方はどちらから来たのですか?」
「私どももサフラン王国の方から来ました」
「つまり、来た方向に持って行かれたと」
「そうですね」
どこか余裕のある表情を浮かべてローランドが言う。
悠馬は背もたれにもたれかかりながら腕を組んだ。
正直他に何を聞けばいいのか悠馬には思い浮かばなかった。何とはなしにローランドを眺めるが、特に何も思いつくことはない。少し小太りなだけで、それ以外大して特徴のない相手を見て何か思い浮かぶのも可笑しい話だが。
結局その後は軽く世間話をローランドに振った程度で終わった。終始補てんの話をしようとするローランドをのらりくらりと躱すので疲れた悠馬は、ローランドが出て行くと同時に立ち上がると、ローランドが来る前まで座っていた愛用の執務用椅子にどかりと腰を下ろした。そして机の上の呼び鈴を鳴らしていつの間にか出て行ったニナを呼び、ホット・チョコレートを頼む。最初はこちらの世界にホット・チョコレートがあることに驚いた悠馬であったが、もともと甘いものが好きであった悠馬にとっては僥倖で、見つけて以来よく飲むようになっていた。
ニナが持ってきたホット・チョコレートを喉に流し、一息をついて天を仰ぐ。
「分かんねえ……」
誰にともなく呟いた悠馬の言葉は、木造りの天井にむなしく溶けて消えた。
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