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芸は身を助く

芸は身を助く2 そうだ温泉に行こう

作者: 秋野空

前回の「芸は身を助く」からお読みください。


(疲れた。もうやだ…帰りたいよぉ)


宿屋のベッドに突っ伏して瞳は声も出さずに泣き続ける。


泣いた所で現状が変わる訳でも無い事を知っているが溢れる涙の止めかたが分からない。


そんな瞳の頭を優しく撫でながらオパールが小さな声で懐かしい故郷の歌を口ずさむ。


その歌は瞳がハマってた乙女ゲームに出てくるアイドル達が歌っているもので、オパール一人では無理なハモリもなぜか完璧に再現していた。


(どうやって?……ああ!脳内アナウンス併用してるのか…)


元ヘルプ機能のオパールならではの技に瞳は感心とともに自分が一人じゃない事を思いだして、ようやく涙が止まった。


「ありがとうオパール。ごめんね心配かけて…」

「マスター。私より隣の部屋で落ち込んでる3人に元気な顔を見せてあげてくださいな♪私はマスターの心との繋がりが強いからマスターが立ち直ったの分かりますから~」

「心の繋がり?」

「元ヘルプ機能ですから。マスターの特に強い感情は駄々漏れですよ~」


悪戯が成功した子供の様な笑顔で落とされた爆弾に瞳はパチパチと瞬きを繰り返す。


「えっ?えっ!?」

「ご心配なく~。守秘義務は心得てますから~」

「イヤイヤ。そういう問題じゃないでしょ」

「でも…こればかりは私にもどうにも出来ないんですよ~。マスターがどうしても嫌だと言うなら私を解体してヘルプ機能に戻してもらうしか…」

「それはもっと嫌!」

「マスター……」

「いきなりのカミングアウトに驚いたけど、オパールだけなんでしょ?」

「はいです~。もっとも今は感情の起伏が分かるだけでヘルプ機能の時みたいに心の声が聞こえる事はないですよ~」

「そういえば…ヘルプ機能だった時は頭の中で内緒話してたっけ……」

「ですです」

「……もしかして…やろうと思えば念話が出来る?」

「はいです~。念話は皆と出来ますよ~。グループチャットみたいなのも出来ますが、頭の中でそれやると情報が錯綜して精神的に良くないので~、繋ぐ時は電話みたいに一人ずつにしてくださいね~」

「流石は元ヘルプ機能。打てば響く解答をありがとう♪」

「どういたしまして~」

「じゃあ隣の部屋の困ったちゃん達に顔を見せてくるね」

「宜しくです~」


すっかり立ち直ったふうの瞳にオパールは安堵しながらも、まだまだ油断は出来ないと心を引き締めて周囲をマップ検索しながら何か瞳の心を慰める物は無いかと思案する。


(う~ん…もっと広範囲のマップ検索が出来れば何か見つかりそうな気がするんだけどなぁ~)


この世界の魔法は使えば使うほど経験値が入ってレベルが上がる。

しかしオパールは瞳が作り出した人形なので経験を積んでもレベルアップはしない。


とはいえ強化出来ないという訳ではない。

魔石をデコる事によって人形達は強化されていきレベルアップと違って一度された強化は弱体化の魔法などものともしないので短時間で強くなる。

もっともどんな魔石でも強化に使えるという訳ではないし、それは元ヘルプ機能のオパールにも分からない。

もしかしたらその機能を向上させる魔石があるかもしれないが、今はまだ分からないので試行錯誤中だ。

それも楽しい事ではあるので瞳と二人であれこれやっている。


(マップ機能の強化に使える魔石ってあるのかな~?……)


普通、魔石は魔物の体内で溜まった魔力が固まって出来る。

自然界でも精霊の恩恵が強い所では、その精霊の属性と同じ魔石が採れたりするが人形達の強化にはどちらも的さない。


瞳のもつ魔石製造能力で作り出した物が一番相性が良く強化も半端なく強い。


瞳がこの世界に来て半年。

冒険者ギルドに登録して必死に生きてきた瞳。

冒険者ランクがDに上がってから少しずつ生活に余裕が出てきたのが3ヶ月前。

その時にオパールが人形として生み出された。


オパールが希望したエルフの賢者は却下されたが(この世界のエルフは精霊界に住んでいて人間との交流は皆無なので仕方ないのだが)瞳はオパールを絶世の美少女とイメージしながら作ってくれたおかげでオパールの容姿は誰が見ても文句なしの美少女で、おまけに魅了の魔眼持ちという補正付きだ。


瞳には教えてないのでこの事を知っているのは、オパール本人とアクア、ルビーの3人だけ。

ルビーは常時始動の解析の魔法でオパールが生まれた時に知りアクアは挙動不審なルビーを締め上げて聞き出した。


人形達の中ではアクアが一番に生み出されいる為か彼がリーダーになっている。


オパールの容姿は金糸の髪に金の瞳。

懐には鑑定用のルーペ。

実際はルーペなど必要では無いのだが形は大事!との瞳の主張で持っているにすぎない。


(疲れた心と体を癒すのに一番良いのは…ショッピング?う~ん…この世界のデザインって今一、マスターの趣味じゃないしな~…食べ歩きもな~…元の世界ほど沢山の料理がある訳じゃないから…旅行?ってほぼ毎日、ダンジョン潜ったりしてるし安全な旅行なんて出来るほど資金も無いしな~)


あーでもない、こーでもないと一人悶々と悩むオパール。


(そうだ!京都に行こう!)


そんな時、ふいに思い出したフレーズにオパールは自分の頭をポカポカと叩く。


(ばかばか!京都なんてこの世界の何処にも無いのに~)


旅行で連想したのだろうと冷静に分析しながら、待てよ?と考え込む。


(旅行は無理でも…確かこの町から少し行った所に休火山があったはず…って事は!もしかしたら有るかも~)


自分の考えにワクワクが止まらないオパールは、ダメ元で仲間の人形達に念話を繋ぐ。


(み~んな~マスターの為に一肌脱いでくれるかな~)

念話で思い付いた事を仲間達に伝えると、全員が喜んで了承してくれた。

(マスター。喜ぶ)

ルビーの嬉しそうな思念に他の二人もうんうんと頷いている思念が送られてくる。

(明日、決行するよ~マスターの為に絶対!見つけようね~)

(((おう!!)))

気合の入った返事にオパールも負けじと気合を返した。


隣の部屋では人形達の突然のやる気におろおろと狼狽える瞳がいた。

(何?何?何がおこったの~)

今にも涙目になりそうな瞳にアクアが優しく髪を撫でながら微笑む。


「マスターが元気になったのが嬉しくて気合が入ってしまいました。驚かせてすいません」


自分達の思惑を悟られないようにアクアが殊更、ニコニコしながら瞳の目尻に溜まった涙を拭う。

拭われてはじめて泣きそうになっていた事に気付いた瞳は頬を真っ赤に染めて俯いた。


「マスター可愛い」

ルビーの上気した声に益々、赤く染まる瞳。


「俺が人間だったら!!」

「出会えてないよ。というより出会わせない」


悔しそうに呟いて拳を握りしめるダイヤにすかさずアクアが冷たくいい放つ。


「マジか?!」

「大真面目だ!!お前の様な単純思考と言うより脳筋に大切なマスターを近づかせるわけないだろう?」

「マスターは誰にもやらない」


アクアとルビーの言葉に瞳は

(もしかして私、一生独身?ってか君たち小姑ですか?!)

と近い将来を憂いてまたもや泣きそうになっていた。


「この馬鹿どもが!!何度もマスターを泣かすな!!!」


隣の部屋からオパールが乱入してきて鉄拳制裁と言いながら3人を順番に殴りつける。

しかし人形である仲間達に打撃が効くはずもなくチッと舌打ちすると瞳に抱きついて目尻に浮かんだ涙をペロリと舐めとった。


「ひゃっ!!」


変な声を出してイヤイヤと逃げる瞳を捕まえて、オパールはあまりの出来事に固まっている3人にあかんべーをすると隣の部屋に瞳と二人戻っていった。


「………うらやましいぞ!俺にもやら…」


最後まで言い切る前にダイヤはルビーに氷付けにされ出遅れたアクアはチッと舌打ちして部屋を出ていく。


「アクア?」


人形達はマスターである瞳から離れたらただの人形に戻ってしまう。

にも関わらず出ていこうとするアクアが理解出来ずルビーが声をかけた。


「……階下に行くだけなら問題はない。宿屋の主人はこの町の出身だと聞いているし、酒場も兼ねてるから何か有用な情報がないか聞いてくる」

「ルビーも行く。最近、面白い魔法を手に入れたから」

「面白い魔法?」

「聞き耳。イヤーラビットの耳。魔石収得。一定の範囲内。良く聞こえる」


どうやら耳を強化する魔法を覚えたから使いたいと言うことらしいと理解したアクアはチラリと氷付けのダイヤに目をやった。


「明日の朝まで有効」


アクアの聞きたい事を理解したルビーが答えるとそうかと満足げに呟いてアクアはルビーと二人、階下に降りて行く。

アクアから念話で行動を伝えられていたオパールは二人ならきっといい情報を仕入れてくるだろうと安心して恨めしそうに睨む瞳を宥めながら明日の為の根回しをするのだった。




翌朝、やっと氷付けから解放されたダイヤの体に異常がないか確認した瞳はホッと安堵の溜め息をこぼす。


「良かった。ルビー!もうこんな事したら駄目だからね!!あなた達の素材は防水とかしてないんだから」


瞳に怒られてシュンとしたルビーにアクアがすかさずフォローをいれる。


「大丈夫ですよマスター。忘れたのですか?以前、水辺の魔物に苦戦した時にドロップしたアイテムを魔石にしてダイヤにデコったのを」

「えっ!?………ああ!あったあった…けど、それがどうかした?」

「あの魔石の効果でダイヤは完全防水になったんです」

「……えーっと…あれなんて魔石だったっけ?」

「コーティングです~。魔石化する前のアイテムが水魔法を無効化する代わりに火魔法に弱くなる効果を持つ指輪だったので完全防水の魔石になったと思われます~」

「無効化だから完全防水?それって…どうなのかな……」

「指輪だった時と比べたら水魔法に弱くなったと言えますが、火魔法に弱くなるというデメリットは無くなりましたからトントンではないかなぁ~と…」

「そうですね。人形である僕達は元々、火魔法には弱いですから更に火魔法に弱くなると言うのは最悪としか言えません」

「完全防水なら濡れて動きが鈍くなるという元々のデメリットが無くなりましたから~。前衛のダイヤにはピッタリですです~」

「確かに!!」

「完全防火なんて魔石があったら全員にデコって欲しいですね」

「探す価値あり」

「そうね。とりあえずは完全防水からかな?入手方法も分かってるし」


早速、ギルドで水辺の魔物退治の依頼を受けようと張り切る瞳にオパールは慌ててどうしてこうなったと頭を抱え込んだ。


「マスター。今日はお休みしてピクニックに行きませんか?」

「ピクニック?」

「はい。町の北にある山にはこの季節、薄いピンク色の花を咲かせる木があるそうです」

「えっ?」

「もしかしたら桜かも…」

「行こう!ピンク色の花を咲かせる木を探しに」

「マスターならそう言うと思って宿屋の主人に頼んでお弁当も作って貰いました」

「流石アクア。行くよ皆!桜が私を待っている!!」


折しも季節は春。

桜があるかもと言われたら是非とも拝みたいとウキウキしながら町の北に向かう瞳。


(…アクア。情報は確かなの?)

(ピンク色の花を咲かせる木があるのは本当ですよ。桜かどうかは知りませんが…というよりこの世界に桜があるかも知りませんがね)


オパールからの念話にしれっと答えるアクア。


(腹黒)

(マスターの為なら何と言われても痛くも痒くもありません。貴女だってそうでしょう?)

(そうね~。全ては愛しのマスターの為~。さぁ頑張って探すよ桜~)

(…………目的、変わってますよ……)




町を出るとすぐにルビーがダイヤに身体強化魔法をかけてから人形に戻る。

他の二人も人形に戻ると瞳は人形達を鞄の中に大切にしまう。


「じゃあお願いねダイヤ」

「任せろ!」


ダイヤが瞳をお姫さま抱っこすると瞳は慣れたもので落ちないようにダイヤの首に腕を回す。


(至福)

(早く行く。魔法切れる!)


そんなダイヤの幸せを踏みにじるようにルビーの念話が届く。


(分かってるよ)


身体強化されたダイヤは瞳を抱き抱えながら魔物を文字通り蹴散らして走り抜けた。

弱い魔物を何体か倒したらしくドロップアイテムが出るとルビーが魔法で引き寄せて鞄の中に入れていく。


町から少し離れた場所に行く時は大抵、この方法を使うため初めは恥ずかしさのあまり嫌がっていた瞳も今では慣れっこになっている。

むしろ蹴散らして倒せる魔物は倒したいというダイヤの脳筋な意見を取り入れて具足を強化していた。

そのうち具足にブレード付けたいとか言い出しそうなダイヤであった。


そうして30分も走った所で魔法が切れそうだと言うルビーの念話にダイヤは速度を落とし、ちょうど魔法が切れたタイミングでピタリと停止した。


これが人間なら止まった途端に息も絶え絶えになる所だが人形であるダイヤに疲労はない。

ある意味チートである。


30分とはいえ全力で走っただけに山の中腹まで来ていたのには流石に瞳も驚きを隠せない。

走っている間は下手に景色など見ようものなら乗り物酔いしてしまうため、いつもダイヤの胸に顔を埋めているから下ろされるまで何処に来たのかわからないのだ。


出来たら山の裾野でピンク色の花を見つけてから目標として登りたかったのだが仕方ない。

さてどちらに行こうかと悩んでいるとダイヤに、まずは鞄から皆を出した方がいいと告げられ慌てて瞳は人形達を取り出した。

鞄から出るとすぐに人形達は人間サイズに戻り、ルビーが索敵で警戒するのを確認してからあれやこれやと意見を交わす。


「宿屋で聞いた話しを元に簡単な地図を作成していたんですが…まさかいきなり中腹まで来るとはダイヤの脳筋を甘くみてました」

「それ!ひどくねぇ?」

「黙れ脳筋!!」


せっかくの地図が役にたたなくなったとぼやくアクアに指示しなかった癖にとダイヤがこぼせば、ギロリと睨まれて慌てて瞳の後ろに隠れる。

ダイヤの方が体は大きいので頭隠して尻隠さずになるのだが、隠れるより瞳に取り成して貰う事が目的だからその辺は気にしない。


「過ぎた事は気にしないで前向きに考えようよ。ねっアクア」


瞳に言われてしぶしぶ引き下がるもののどうにも納得がいかないとばかりに手にした地図をダイヤに投げる。

いとも容易く受け止めたダイヤに後ろからこっそり近づいていたルビーが持ってた杖で膝裏を思い切り突いた。


「うおっ」


いわゆる膝カックンに慌てるダイヤを見てしてやったりと微笑むアクア。

ダイヤの正面にいた瞳はすでにオパールの手で救助?されている。

四つん這いで端から見るとorzの格好になったダイヤの背中にアクアが瞳を座らせた。


「えっ!ちょっ!アクア!!」

「脳筋にはご褒美になるかもしれませんが…マスターはしばらくそこで休んでいてください」

「鎧が硬くて痛いんだけど…」

「………わかりました」


クッションでも出すのか?と思いきやアクアは瞳を抱き上げると自分がダイヤの背中に座り、瞳を自分の膝の上に座らせた。


「これなら大丈夫ですか?」


爽やかに笑いかけるアクアに瞳は逆らったらヤバイと感じたのかこくこくとうなずいた。


「………楽しくない!」

「黙れ!変態脳筋!!」

「増えた!」

「おとなしく椅子してろ」


(アクアが恐いよ~)


まともにアクアの顔が見れなくて俯いた瞳の目に手書きの地図が見えた。


(あっ!)


地図に重なる様に標示された『魔石化可能』の文字に驚いた瞳はアクアの膝から飛び降りる。


「マスター?」

「逃げた。アクア。嫌われた?」

「そんな訳!……無いですよね?マスター」


瞳にすがり付こうとするアクアの腕をオパールがそっと絡めとる。


「落ちついて~。あの地図が魔石になるみたいだから~」

「そんな事あるんだ!?」

「魔石に出来る物って色々あってこれだって決め手ないから見つけたら片っ端から魔石にするのが間違いがなくて一番なんだよね~」


おしゃべりしているうちに手書きの地図は魔石へと変化していた。


「マスター。見せてくださいな~」


魔石の鑑定と誰に装備するかを決めるのはオパールの仕事なので瞳は新しく入手した魔石をその手に託す。


「フムフム………こ、これは!!マスター!これ私にください!!」


ズイズイと迫るオパールの気迫に押されて瞳がズリズリと後ずさる。


「わ・た・し・に…ください!!」

「分かった分かったから…」


瞳はオパールの手から魔石を受けとると鞄の中から作りかけのチョーカーを取りだし、その中心にある台座に魔石を固定した。


「これでどうかな?」


目の前で仕上げられたチョーカーにオパールは興奮が押さえられず早速、瞳に着けて貰う。

人形達は初めての装備は自分の手では着けられない。

マスターである瞳の手で着けて貰わないと強化も出来ない。

一度、着けた物なら瞳の手を煩わせることなく外せるのだが何とも面倒くさいシステムである。


光沢のある黒い生地に真っ赤な魔石。

装備した途端にオパールの体が光輝いて無事、魔石のデコが完了した。


「やったー」

「オパール。どんな力を手に入れたのです?」

「新しい力じゃなくて持ってる力の強化~マップ範囲の拡大と範囲内で探し物に該当する物を標示してくれるの~」

「それでは」

「うん!どっちも見つけたよ~」

「どっちも?」


探すのは桜だけのはずなのに『どっちも』と妙な言い方をするオパールに瞳が怪訝な目を向ける。


「場所は?」


しかしアクアはそんなの関係ないとばかりにオパールから詳しい場所を聞き出そうと迫る。


「探し物は同じ場所にあるから~。皆、ついてきて~」


言うなりオパールは瞳の手をとって歩き出す。


「待ちなさいオパール!ダイヤ!いつまでそうしてるつもりですか!!さっさと立ち上がって前衛の仕事につきなさい!!」


アクアの怒声に慌てて立ち上がったダイヤが走り出す。


「オパール前方左側。魔物くる」

ルビーの索敵に魔物が引っ掛かった。


「シールド」

すかさず前方左側に注視し、戦闘体制をとるダイヤにアクアが物理軽減の不可視の魔法の盾を作り出す。


「魔狼4体、炎魔狼1体」

「炎魔狼?!なんでこんな所にそんな魔物が」

「魔狼の進化系。レベル低い」


どうやら魔狼がレベル上限をむかえて進化したばかりの個体が群れに混じっているということらしい。


「相性最悪だな。でも倒す!」


向かってきているいじょう逃げた所で追い付かれるのが落ちだ。ならば全力で倒すのみと意気込むダイヤ。


「無理しないでねダイヤ!」

「任せろ!マスター」


親指立てて不敵に笑うダイヤにルビーがとっとと行けとばかりに身体強化魔法をかける。


「マスターはオパールと僕の後ろに。ダブルシールド」


物理、魔法両方のダメージを無効可する魔法の盾をアクアが自分の正面に張り巡らす。

その間に戦闘は開始されていた。

魔狼はダイヤが剣と盾を駆使して一体ずつ確実に倒していき、炎魔狼はルビーが魔法で足止めしながら弱点の水系・氷系魔法でHPを削っていく。


「とどめ」

ルビーの持つ杖が一際、眩い光を放つと炎魔狼は氷の柱に閉じ込められた。


「これがとどめか?」

「HP尽きれば氷、溶ける。炎魔狼。珍しい。毛皮高く売れる」

「魔石にもなるみたい…」


ダイヤ、ルビーの会話に瞳がボソッと呟いた。


「マジ!?」

「……まさかと思いますが、完全防火の魔石になったりして………ははは、まさかね」

「……ご都合主義……」


ダイヤの驚きにアクアが戸惑いながらも答えルビーはこれぞ真理とばかりにうなずいた。


「やってみれば分かるよ~」

次第に氷が溶けてきたのを見てオパールがダイヤに剥ぎ取りを急がせる。

「へいへい」

口では絶対勝てないダイヤは大人しく剥ぎ取りに着手した。


「魔狼の討伐証明部位って確か牙でしたよね?」

「そうで~す」


自分の記憶があっていたことが嬉しいのかアクアはニコヤカに微笑みながら魔狼の牙を手にしたナイフで抉り取ろうと奮闘していた。


「アクア無理すんな。俺がやるから」

炎魔狼の剥ぎ取りというか解体を手早く終わらせたダイヤが魔狼の剥ぎ取りを代わる。


「……もう少し力が欲しい……」

録に剥ぎ取りも出来ないことがアクアの目下の悩みである。


「オパール。鑑定お願い」

「はいは~い」


瞳から魔石を受けとり一つ一つ丁寧に調べていく。


「これは炎魔狼の前足?魔石の効果は武器に付与する事で切れ味上昇、炎の追撃効果。後ろ足が速度上昇。しっぽは身体バランスの補正」

「身体バランス?」

「技を繰り出した後とか、避けられた後とかにバランスを崩す事が無くなります~」

「あら便利」

「防火の魔石無かったですね…」

「それなんだけど…毛皮も魔石になるのよね。売るのと魔石どっちとる?」

「「「「魔石!」」」」


人形達の全員一致で高価な毛皮は魔石に変えられる事になったのだった。

魔石になった毛皮の鑑定結果は火魔法の威力を上げるという物だった。


「次に倒した時は売却で決定ね」


色々な物を魔石に出来る瞳だが、魔石の効果は固定なので一度魔石にしてみて役にたちそうもない物は二度と魔石にしないと決めていた。


「残念です」

アクアのタメ息混じりの発言に苦笑しながらも、瞳は手早く魔石をルビーの杖にデコった。


「どう?」

「新しい魔法きた!」

「威力上げる魔石に新魔法?」

「炎魔狼の特殊攻撃。魔法になった。全身、炎に包んで体当たり。二次効果。完全防火」

「また微妙な」


自分の体を炎に包んで攻撃するから防火能力がないと自分にダメージがくる。

それ故の二次効果なのだろう事は分かるが使えるかと言われたら人形である彼らの軽い体では体当たりした所で大した威力にはならず、むしろ自分が飛ばされるだけ。

今でこそダイヤの体には鎧が骨代わりになるように工夫されて辛うじて力技が使える程度にはなっているがそれでも軽い体は変わらない。

実に微妙としか言えない新魔法だ。


「気を取り直して目的地に向かいましょ~」


オパールの声に本来の目的を思い出し今度はダイヤを先頭にして歩くこと30分。

風に乗ってヒラヒラと舞うピンクの花びらと独特の匂いに瞳の顔が期待で輝く。


「オパール!この匂い!!」

「あ、ばれちゃいました?そうでーす源泉が近くにあるんです~」


俄然、元気になった瞳に急かされたどり着いた所には見事な桜の大木と小さな池があった。

硫黄の匂いはその池から漂っている。


「ありゃま。こんなに小さいなんてショック~」


これでは足湯にしかならない。

全身入れないのは残念だが久しぶりの温泉に瞳のワクワクは止まらない。


「入っても大丈夫?」


慎重に温度を確認するアクアに弾んだ声で確認する瞳に人形達はメロメロ。


「少し温度が高いので直接だと火傷するかもしれません。ルビー土魔法で少し離れた所に穴を掘って、そこにこの源泉を誘導する道を」

「了解」


アクアの指示に従ってルビーが開けた穴は全身が余裕で入るぐらいの大きさだった。

穴の底もしっかり魔法で補強され縁には入りやすい様に段差が付けられ、穴の真ん中には椅子がわりの岩が作られている。


(細かい……)

ルビーの職人技に関心するやら呆れるやら…ちょっと複雑な瞳だった。


源泉の誘導路も魔法で補強して水が漏れない様にされ、さらに温度が適温になるように誘導路は真っ直ぐではなく少しくねくねと曲がっている。

上手く傾斜を付けているため源泉は逆らうことなく穴の中に溜まっていった。


「凄い!ルビー天才!!」


自分で作った人形を誉めるのはどうかなと思いながらも瞳は手放しで喜び誉められたルビーは顔こそ見えないが、どこか誇らしげに胸を反らす。


穴に溜まったお湯の温度は40度。

まあまあ適温と言える。


「マスターもう大丈夫ですよ」

「ホント?入ってもいいの?」

「入浴の前に花見ランチしましょう~。お腹空いたままは体によくありませんよ~」


確かにオパールの言うとおりだと頷く瞳の横ではダイヤがせっせとランチの支度をしていた。

ルビーはアクアと相談しながら桜と景色が楽しめる様に温泉の周りを土魔法で囲っていく。

そんな光景の中で幸せそうにサンドイッチを食べる瞳。

人形達は当然、食事など出来ないので食べるのは瞳だけだがマスターが寂しくないようにと食事の間もオパールが話しかけダイヤはお茶の給仕に勤しむ。

瞳にとって、これはいつもの光景。


誰にも言えない悩みなんて瞳には無縁だ。

同じ記憶を共有する人形達。

でも性格はバラバラ。

まるで幼なじみが沢山出来たみたいだと瞳は思っている。


ギルドの職員には人間とパーティーを組んだ方がいいと勧められているが人形達で手に負えない仕事を受ける気はないし、仲間になった人が人形達を受け入れなかったらと思うと悲しくなるので、いまのところパーティーを組むメリットを見出だせない瞳は単独で仕事を請け負っている。


瞳の職業である人形師はこの世界の数ある職業の中でハイスペックと呼ばれ、どうやったらなれるのかわからない高難易職業の1つだった。

現在、知られているだけで人形師は瞳だけ。


過去には何人かいたようだがハイスペック職業だけに、こうすればなれるといった法則がない。

まぁ瞳じたいこの世界にきたら人形師になっていたという実に曖昧な理由?なので法則性がないというのは助かる。

聞かれた所で答えられないのだから。


桜を堪能しながらお腹を満たした所でルビーの作業もちょうど終わったようだ。

しっかり脱衣場と洗い場まで追加で作られていたのには恐れ入ったが、職人技としか言い様のない出来にこれで良いのか黒魔法使いと内心でツッコミをいれてしまう瞳だった。


「お湯加減はどうですか?マスター」


完全防水ではないためオパールはお湯にこそ入らないが瞳の髪を洗ったり背中を流したりと甲斐甲斐しく世話をやく。

腰まで伸びた髪を洗うのが面倒だからというだけの理由で切ろうとする瞳を人形達全員で反対した結果、瞳の髪はオパールが責任持って世話する事が決定した。

はじめはぶつくさ文句を言っていた瞳だが慣れてしまえば楽な事に気がついてオパールの好きにさせている。

今も髪がお湯に浸からないようにタオルを使って器用に編み上げられていた。


「いい湯加減。景色もバッチリだし。独り占めなんて悪いかも」


口ではそう言いつつ気分は秘湯か隠れ湯か。

温泉と桜を満喫した瞳の心と体はバッチリ回復していた。


((((よし!!))))


その姿にこっそりとガッツポーズを取る人形達であった。




元々、お風呂好き温泉好きの日本人である瞳は、仕事休みの時は温泉を一人堪能していたのだが最近、瞳の肌艶が良いと町中の評判になり美容の秘訣を教えろと多くの女性に攻められ、のらりくらりと逃げていたが諦めきれない女性陣は自分の夫や恋人も使って籠絡しようとしたり、後を付けられたりするに至ってこのままではストレスで瞳が壊れると判断したアクアに説得されてちょうど噂を聞き付けて妻にせっつかれて瞳の元にやって来ていた領主にしぶしぶと打ち明けた。


温泉を知らない領主は瞳の説明に半信半疑だったが、魔法で作ったとは思えない立派な作りに呆れながらもアクアの指示に従って(はじめは人形の指示など聞けるか!と突っぱねていたがアクアがルビーに温泉を埋めるように指示し実行しようとしたため従者の一人が「奥様に離縁されるな」と呟いた途端、態度を改めた)温泉に浸かった領主はオパールの調べた温泉の効能として疲労回復(神経痛やら筋肉痛といった細かな内訳は医療の発達してないこの世界ではいうだけ無駄なので)・美肌(マメに風呂に入って汗流すだけでも十分だと言えるが)を告げられダイヤからは風呂上がりには腰に手をあて牛乳一気飲みとコップに並々と注がれた牛乳を飲まされた。


(うわ~ダイヤったら大胆!領主様、辺境伯なのに~)


温泉が気持ち良かったのか領主はダイヤの行動を責めはしなかったが額にうっすらと(怒)マークが見えた瞳は万一の時の為に作っておいた温泉玉子を差しだした。


「これはこの温泉のお湯で作ったゆで玉子。温泉玉子と言います。こちらの器に割ってこのタレをかけて召し上がってみてください」


瞳は領主の従者達にも同じ物を配り毒など入っていない事をアピールする為に口に運ぶ。

瞳の美味しそうな笑顔に従者の一人が真似して玉子を割り口に運ぶや初めての味と食感に驚きつつも一気にタレまで飲み干して味の濃さにむせた。


「大丈夫ですか?」


オパールの差しだした白湯をこれまた一気に飲み干した従者は興奮した顔で瞳に詰めよりダイヤに投げ飛ばされた。


「こ、これ。美味しいです!こんなの初めて食べました!!」


それでもめげずに詰め寄る従者に人形達が瞳を囲って隠す。


自分の従者の行いにタメ息をつきながらも温泉玉子を口にした領主は「天啓を承けた!!」と叫ぶなり瞳に詰め寄ろうとしてルビーに杖を突き付けられて大人しく下がった。


温泉同様に温泉玉子が気に入った領主によって瞳の人形達が勝手に作った事に対してお咎め無しとなり代わりに温泉までの道を作る事と、もう1つ湯船を作るように言われルビーは「マスターの為に作ったのに」と彼にしては珍しくぶつくさ文句をいいながらも魔法であっというまに遊歩道と、湯船を作りだした。


魔力に限界のないルビーだからこその離れ業に恐ろしさを感じつつも瞳の温和な性格に安堵する領主一行であった。




こうして人形達の策略は思わぬ方向に転んだものの取り立てて特色のない辺境の地に初の温泉を作った事と、桜の見事さでこの領地は観光地として栄えていく事になり辺境伯の最愛の奥方とも仲良くなった瞳は辺境伯のお抱え冒険者として家を貰い長い時その地を拠点として過ごしたのであった。

続編は構想まとまり次第、書いていきます。

いつになるか分からないので、つねに短編として投稿していきます。

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