第98話 コロネ、チョコ魔法を検証する
「コロネ、まず、この『チョコ魔法』の限界について、チェックする、よ。今、出せる限界量まで、出し続けてみて」
「わかりました」
確か、今の時点では八個が限界のはずだ。
今、メイデンに一個渡したから、あと七個かな。
言われた通り、意識して、チョコレートを生み出していく。
ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん。
あ、クラッときた。
『枯渇酔い』の状態だ。
軽いめまいがして、立っているだけで気持ち悪くなってしまう。
ここ数日、そうしていたように、出したチョコを専用の袋にしまいながら、ゆっくりと息を吐く。呼吸を整えていないと、倒れてしまいそうだ。
「うん? コロネ、ちょっと待って、その状態でもうひとつ出してみて、ね」
「は、はい……」
メイデンが少し真剣な表情で、指示してきたので、気持ち悪さをこらえて、そのまま、もう一度チャレンジしてみる。だが、もうチョコレートは出てこない。
やっぱり、魔力切れのようだ。
そう、コロネが諦めかけていると、再び、メイデンから指示が飛んだ。
「なるほど、ね。じゃあ、そのままの状態で『身体強化』を使ってみて、よ」
え、もう魔力切れじゃないのかな?
とりあえず、言われた通り、『身体強化』にも挑戦してみる。
うわ、目の前がぼんやりするよ。
軽めの偏頭痛と不快感がひどい。
「はい……『身体強化』! あ、あれ!?」
ちょっとだけ身体が光り出した。
あれ、『枯渇酔い』の状態じゃないのかな?
まだ『身体強化』の魔法は使えるみたいだ。と、同時に少しだけ呼吸が楽になるのに気付く。何これ? もう少しだけなら、この状態を維持できそうだよ。
「やっぱり、ね。ただ、まだ確信はできないから、もうひとつ確認、ね。コロネ、これを飲んでみて、よ」
そう言って、メイデンが渡してきたのは、小さなビンに入った液体だ。
というか、本当にちっちゃいビンだ。親指くらいの大きさしかない。
「これは……?」
「メルから譲ってもらった、失敗作のマジックポーションだ、よ。回復量が少ないから、この町の冒険者クラスだと役に立たないけど、今のコロネなら、効果があるから、ね。たぶん、この少量でほぼ全快まで回復するはずだ、よ。とりあえず、飲んでみて。まだまだ数はあるから大丈夫だ、よ」
「あ、これがマジックポーションですか」
へえ、冒険者ギルドに収めたポーションと比べても大分小さいんだ。
ちょっとだけ、緑色になっているのはハーブを使っているからだろうか。
「でも、いいんですか? マジックポーションって貴重なんじゃないですか?」
「これはメルにとっては失敗作だから、大丈夫。それでも心配なら、『貸しにしといてあげるよぅ』だって。お代は今後のコロネが作るお菓子を食べさせてもらう権、って感じか、な。それでコロネの気が済むなら、どっちでもいいけど?」
なるほど。
それならそれでいいかな。メルには味見要員になってもらう予定だったし、ちょうどいいと言えば、ちょうどいいしね。
「わかりました。そういうことでしたら、遠慮なく……あ、すごい、大分身体が楽になりましたよ」
全身の倦怠感というか、めまいを伴っていた状態が収まってくるのがわかる。
すごいなあ、マジックポーションって。
こんなに飲んですぐに効いてくるのか。
「うん。じゃあ、その状態でもう一度、『チョコ魔法』を使ってみて、よ」
「はい……うわ、何これ、気持ち悪い……」
ダメだ。今度もまったく発動しない。
どころか、魔力を回復して一度目だというのに、すぐに気持ち悪くなってしまった。
意味が分からず、メイデンの方を見ると、彼女が納得がいったように頷いていた。
「間違いない、ね。コロネ、たぶん、魔法に慣れてないから勘違いしているだろうけど、今のコロネは『枯渇酔い』の状態じゃない、よ。それはね、『チョコ魔法』の使用限界に引っかかった状態だ、よ」
「使用限界、ですか?」
「そう。一部のスキルや魔法では、一定時間で使用できる限界値があるものが存在するの、ね。魔力がいくら残っていても、その限界以上は使うことができないってものだ、よ。たぶん、コロネの『チョコ魔法』は一日で使える限界がチョコ八個分だけ、ってことだろう、ね。魔力は残っているはずなのに、使用できずに不快感を感じるってのは、そういう限界の典型的な状態だ、よ」
そうなんだ。
不快感を感じる状態にも種類があるんだね。
「あれ、でも、こっちの世界に来た最初の日は、六個が限界でしたよ? この限界値って増えたりもするんですか?」
「使用限界は、さすがに一朝一夕では増えないはずだ、よ。たぶん、それは単純に、コロネの魔力が限界まで届いていなかっただけだと思うけど、ね。ここ数日の魔法の練習で、ちょっとは魔力が伸びていると考えた方がいいかも。コロネは、初日には身体強化を覚えていないよ、ね? あれは限界まで使うと簡単に『枯渇酔い』になるけど、全部が全部、そういう魔法じゃないから、ね」
基本属性の魔法は、限界まで魔力を使い切ってしまうものも多いのだとか。つまり、規模がちょっとだけ小さくなっても発動してくれる魔法らしい。
例えば、火魔法や風魔法の場合、魔力を使い切るまでは炎や風が発動するそうだ。
一方、特殊な魔法の多くは、使用魔力に少しでも足りないと、そもそも発動しないとのこと。
「初日に『チョコ魔法』が使えなくなった時、気持ち悪くなった?」
「あ、そう言えば、そこまでの不快感はなかったですね」
「と言うことは、『チョコ魔法』は後者。発動条件が厳しい魔法ってことになる、ね。なるほど、ね。ちょっとずつ、この魔法がどういうものか、見えてきた、ね。コロネは、使っていて、この魔法について、気付いたことは何かある、の?」
ふむ。
気付いたこと、というか、他の人に指摘されて、気になっていたことはあるよね。
「ええと、何人かの人から言われたんですけど、この魔法って、召喚魔法に似ているらしいんですよ。一応、明日の朝、コノミさんにも相談してみようと思っているんですけど」
「うん。その意見は面白いかも、ね。確かに、召喚系の特徴に近いか、な。だとすれば、このチョコ八個という数には、何か意味があるのかも、ね」
「意味、ですか?」
「そう。わたしも専門じゃないから、召喚魔法については詳しくはわからないけど……明日、相談するっていうのなら、ちょっと、その時まで『チョコ魔法』は温存していた方がいいかも、ね」
何らかの条件があるかもしれない、とメイデンが頷く。
実のところ、召喚系のスキルは人を選ぶため、あまり情報が表に出てこないのだとか。そもそも、使い手が少ない上に、それらの使い手が多い妖怪の国、コトノハがほとんど鎖国のような状態になっているため、メイデンも知らないとのこと。
この町にはコズエやコノミがいるが、さすがに自分と関係のないスキルの情報について、深くまで踏み込んで聞いたことはないそうだ。
ただ、他の特殊魔法でも、似たような条件はあるので、とりあえずは同様に、無駄遣いを控えるよう助言してくれたのだとか。
ありがたい話だね。
「一応、一晩寝ると、また使えるようになっていますね。今までの経験上はそんな感じです。わかりました。明日はちょっと気を付けてみます」
「うん。その方がいいか、な。それじゃあ、限界値が何となく見えてきたところで、今度は『チョコ魔法』を別の角度から調べてみよう、か。コロネ、今度はチョコについての質問、ね。コロネにとって、チョコってどういうイメージか教えて、よ」
「イメージですか……? そうですね……甘い。苦い。香ばしい。美味しい。溶ける。元気になる。薬。栄養価が高い。お菓子に使える。料理の幅が広がる……ええと」
改めて、そう聞かれると難しいね。
チョコレートはチョコレートって感じだし。
「なるほど、ね。溶けるってのは? 口の中で溶けるってことか、な? さっきのチョコも最初は硬かったけど、口に入れた途端に溶けたもの、ね」
「いえ、チョコレートって、豆を液体状にして、冷やして固めたものなんですよ。ですから、硬さについては、液体状の飲み物から、カチカチの硬いものまで様々なんです。わたしの中のイメージでは、ドロドロした柔らかい感じが強いですかね。ああ、そうか。粉状のものもあるし、工程からイメージすれば、発酵とか、乾燥、焙煎もありですかね」
カカオ豆、ココアパウダー、ココアバター。
どの時点でのチョコレートをイメージするかによって、大分違う気がする。
そう考えると、チョコレートってすごいね。
イメージの幅が広い食べ物な気がする。
と、メイデンが少しだけ笑みを浮かべて、頷く。
「形のイメージが広い、ね。これなら、『状態変化』と『形状変化』も試すことができそうか、な」
「ええと、『状態変化』と『形状変化』、ですか」
また新しい言葉が出てきたよ。
思っていた以上に、魔法って色々とあるんだね。
「そう。特殊魔法の場合、イメージによって応用が広がることが多いの、ね。そのパターンが大きく分けるとふたつ。『状態変化』と『形状変化』。まず、『状態変化』っていうのは、気体、液体、固体、あるいはその間の状態のこと、ね。特殊魔法じゃないけど、たぶん、水魔法が一番イメージしやすいか、な。状態変化させやすい属性としては有名だし、ね」
「氷、水、蒸気ってことですね?」
「うん。まあ、そういうこと、ね。ただ、説明しやすいから題材にしてるけど、水魔法単独で、氷や蒸気を生み出すのは難しいから、その辺は別属性のと組み合わせになるけど、ね。で、話を戻すと、『チョコ魔法』の場合も、他の属性を組み合わせることで、『状態変化』ができるかどうかって話、ね。そして、もうひとつの『形状変化』。こっちは、状態変化とは違って、他の属性の力は使わないで、『チョコ魔法』単独で、形状が変化できるかどうかって話なの、ね。イメージとしては、火魔法単独で、炎の形を変形させるのに近いかな。魔法自体の制御で形を変える方法だ、よ」
つまり、『状態変化』が『チョコ魔法』プラス何らかの属性魔法による変化で、一方の『形状変化』はコロネの魔法制御で、『チョコ魔法』の形を変えるってことだろう。
このふたつは、似て非なる方法なのだそうだ。
まあ、それはそうだよね。
「この『チョコ魔法』の場合、限界値が決まっているから、たぶん、こっちのふたつから応用していった方がいいと思うの、ね」
「でも、今日の分は使い切ってますよね?」
もうすでに、『チョコ魔法』は使えないはずだ。
ということは、明日以降の訓練で、ってことなのかな。
コロネがそう思っていると、メイデンが不敵な笑みを浮かべて、首を横に振った。
「ううん、そこにある、よ。それで試す、の」
そう言いながら、コロネのポケットを指差すメイデン。
そこには、チョコレートをしまった袋が入っている。
なるほど、そういうことか。
「大丈夫。マジックポーションはまだまだあるから、ね?」
どうやら、メイデンとの訓練はここからが本番のようだ。
改めて、気合いを入れなおすコロネなのだった。