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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第3章 初めてのクエスト編
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第94話 コロネ、この世界に来た経緯を話す

「さてと……どこから話したらいいもんかね」


 オサムがコロネを見ながら、ゆっくりと思案している。

 なお、この場にはもうコロネとオサムのふたりしかいない。

 ニコとアンプは、先程の伝言を伝えた後、それで用は済んだから、と帰って行った。


『今回は、スタンピードのおかげで、歌が一曲だけでしたが、またの機会の時にでもよろしくお願いします。たぶん、コロネさんにとっても、もう少し肩の力を抜いて、楽しめるような歌をお聞かせできると思いますよ』


『まったくだ。あの世界の歌だけじゃ、ただの風変りの物好きって評価になっちまうじゃん。俺っちももうちょっとマシな順番ってのがあると思うんだがなあ』


『ふふ、今回はこれまで、ですね。また、いずれ、どこかの町でお会いすることもあるでしょう。私たちもこの世界のあちこちを巡っていますからね』


『ああ。案外、何でこんなとこで!? って場所で会うことになるかもな。それじゃあな、コロネ。生きて会おうぜ』


 今回の『生誕祭』が中止になってしまったので、ふたりはこのまま、他の町へと行くのだそうだ。もっと奥まった場所にある、娯楽の少ないところではふたりを楽しみに待っているのだとか。

 意外と大陸の辺境などへも足を運んでいるそうだ。

 結局、ふたりが何者なのかはわからなかったけど、まあ、それを言ってしまえば、素性について詳しく知っている人なんて、数えるだけしかいないよね。

 まあ、そのうち知ることもあるだろう。

 今はオサムの話の方が大事だ。


「俺の話をする前に、いくつか確認させてもらいたい。コロネがこの世界にやってくることになった経緯だ。以前は、そこに踏み込むと自然、こちらのことも話さないといけないだろうから、流したんだが、どういう状況だったのか、俺としても知っておく必要があるだろうしな。そもそも、向こうの世界はまだ無事なのか、ってことについてもだ」


「えっ、いえ、話すのはいいですけど、オサムさん、世界が無事ってどういうことですか? 私のは事故が原因ですから、そんな大袈裟な話じゃないんですけど」


 世界の無事って。

 少なくとも、私の周囲では明日世界が終わるなんて話にはなっていなかったと思うけど。


「なるほどな。いや、俺がこっちに来る際に、涼風から説明された内容が、そういうたぐいの話だったから、念のため、さ。まあ、料理人が育っているってことは、それほど危機的な状況にはなっていなかったんだろうが、日本が戦争に巻き込まれていたりとか、富士山が噴火して、東京がえらいことになったとか、そういう可能性もなくはなかったしな」


 さすがに世界が滅びに瀕しているとは思わないが、とオサムが苦笑する。

 何でも、コロネのどこから来たのか正確な場所がわからない発言から、大災害のたぐいも想定していたのだそうだ。

 涼風、というのは、コロネの前にも表れた女性と同じ人で間違いないようだ。


「いえ、わたしのは飛行機事故です。パティシエの修行期間が一通り終わって、お世話になった人に報告がてら帰国する際に、着陸時に爆発事故に巻き込まれたって感じです。まあ、着陸事故の前後の記憶は曖昧になってますので、どういった状況だったのかまでは、わたしにはわかりませんけど」


 本当は、次にお店に戻った時は、見習いの肩書きが取れて、ようやくパティシエとして働けるところまでは行っていたのだ。結局、その機会は失われてしまったけど。

 だから、コロネの意識の中では、自分のことは『見習い』のままなのだ。


「なるほどな。ちなみに、ケガの程度は?」


「首から下は、まったく力が入りませんでしたね。どういう状況だったのか、確認のしようもありませんでしたし。気が付いたときには、真っ白い天井の部屋に横たわっている状態でしたし、まったく身体が動かせませんでしたから。わたしが目を覚ました直後に、涼風さんがやってきて、この世界でのお仕事の話を持ち掛けてきたんです」


 普段着の上から白衣を羽織った、少し若い感じの女性だった。

 ただ、その時の記憶は病み上がりだったせいか、少しぼやけたイメージでしか思い出せない。女性は、自らのことを涼風雪乃、と名乗ったくらいだろうか。


「確か……『この施設の所長の涼風という。涼風雪乃だ』って、自己紹介されたのを覚えています。所長っていう肩書にしては、かなり若いって印象を受けました。そのくらいですかね。後はぼんやりとしたイメージの人です」


 何の施設なのかの説明もなかった。

 おそらく、どこかの病院だろうと思うけど、どこか、と聞かれるとわからないとしか言いようがない。


「一応、俺の時と変わらないな。俺には所長に就任したばかり、と言っていたから、肩書は変わっていないと考えた方がいいだろうな。詳しい説明はしてくれなかったが、いくつか教えてくれたことがある。涼風研究所、涼風ラボか。一応、表沙汰にはしにくいが、政府の手の機関のひとつらしい。まあ、どのくらいの規模でどういった研究をしているのか、俺が聞いた話以上は詳しくはわからないがな。そもそも、涼風のやつが本当のことを言っている保証もない。適当にけむに巻いただけかもしれないからな」


「涼風研究所?」


「ああ。まあ、その辺は後で話そう。先にコロネの話だ。涼風から説明を受けた内容について、もう一度、細かく教えてくれないか?」


「ええと……ゲームの世界で働く料理人を探していて、そのための条件がいくつかあるらしいんですが、それをわたしが満たしていたって言っていました。条件については詳しくは聞いていません。あとは、お仕事の報酬についての提示ですか。月々、いくらいくらの給料が支払われるとか、わたしの身体のサポート、ゲームの世界に行っている間の治療、生命維持、その他については保証する、という話でした。あ、そうだ……」


 思い出した。

 その時、もうひとつ言われたことがあった。


「『元の元気な身体に戻りたい?』って質問がありました。もちろん、『はい』って答えましたけど、『だったら、ずっとこの仕事を続けてもらうことになるけど』って」


 そうだ。どうして、こんな大事なことを思い出せなかったんだろう。

 それだけ、自分が動揺していたってことかもしれない。

 今考えると、このやり取りは少しおかしい。

 そして、涼風の真意も少しだけ見えてくるような気がした。


「その後は、簡単にこの世界についての説明ですね。この世界が『ツギハギだらけの異世界』って呼ばれていること。わたしがその中で、ひとりのプレイヤーとして生まれ変わること。そのプレイヤーにできることについて、です。まあ、できることと言っても、ステータスを開く方法以外は教わっていないんですけどね。後は、普通の現実と大きな差はないって話でしたし」


 実際は、魔法やスキルなどの要素が全然違っていたわけだが、その辺りは、最初から色々と説明されても混乱しただけだっただろうから、まあ、今更の話だ。


「後は、気が付けば、この世界の森の中にいて、そこでダークウルフさんに会って、町まで案内してもらいました。そんな感じです」


「なるほどな……よし、大体わかった。ありがとうな、コロネ。俺が思っていたよりも説明が少ないな。もしかすると、コロネのケガの状態があんまり良くなかったのかもしれない。普通はもう少し詳しく説明しないと、納得してもらえないだろうし」


 ふむ、と頷きながら、オサムが続ける。


「それじゃあ、俺がこっちにやってきた経緯について説明しようか。俺の場合も、コロネと似たようなもんだ。事故に巻き込まれた。都内の道を普通に歩いていたら、上から自動車が降ってきて、それに跳ね飛ばされたってところだな」


「えっ!? 自動車が上から!?」


 どういうシチュエーションなのか、まったくわからない。立体交差の上の道から自動車が落ちてきたってところかな。


「ああ、立体交差とかない普通の道だぞ。まず、車道を走っていた車が爆発というか、謎の衝撃で弾き飛ばされて、宙を舞って、そのまま俺の方へって感じだ。今、思い出しても歯がゆく思えるな。あの時、一歩も動けなかったことについては、今も後悔している。今の俺なら、たぶん、かわせた。まあ、その後悔のおかげで、こっちの世界で生き残ることができたから、何が幸いするかわからないがな」


 後半は、コロネに言っているというよりもひとりごちている風だけど。

 やっぱり、状況がよくわからない。

 謎の衝撃って。


「まあ、後々でそれについては涼風から説明してくれたがな。要は、俺がこっちの世界へ送られた、っていうか、こっちの世界での仕事を受けられたのも、この事故が原因だったんだ。まあ、話を戻すと、俺はこの事故で、右腕を失った。他にも重傷箇所が多数だ。生きているのが不思議なレベルだな。その辺は、涼風が手を回したらしいが、相変わらず、謎が多い。まあ、とにかく、治療で一命は取り留めたものの、料理人としては、もうやっていけないだろ。そんな折に、涼風と出会った。『巻き込んでしまって申し訳がない。あの事故は表沙汰にすることができないので、隠蔽させてもらった』ってな」


 そうなんだ。

 何だか、話がずいぶんと大きくなってきている気がするね。


「で、話はこの異世界とも絡んでくるわけだ。コロネは十年以上前のとあるゲームに関する行方不明事件を知っているか?」


「……いえ。わたしもあんまりゲームとかしてませんし、そもそも、それだけ昔となりますと、かなり小さいころですから」


「だろうな。今となっては情報が操作されているから、たどるのも難しいだろうしな。とりあえず、とあるネットを介したゲームでそういうことが起こったんだ。涼風の話だと、それがこっちの世界と向こうの世界が繋がった最初のタイミングなんだそうだ」


 何でも、意識を共有して、ゲームの中へと入り込む、という触れ込みのゲームで、そのまま、肉体ごと行方不明になる者が現れたのだそうだ。一応、名目上は全員が無事戻ることができたとされているらしいが、実情はそうではないらしい。

 今では都市伝説のひとつにされているのだとか。

 つまり、真実を知っているものは、そんなガセネタを信じている物好きという扱いにされてしまうそうだ。その隠蔽工作にも涼風が関与しているとのこと。

 いや、ちょっと聞き捨てならないことがあった。


「え、この世界と向こうの世界って、まだ繋がっているんですか?」


「いや、ずっと繋がっているわけじゃなくて、ごく稀に、不定期のタイミングでふたつの世界が混じり合う瞬間があるそうだ。この話については、俺もコロネも他人事じゃないぞ。世界が繋がる時、それによって原因不明の衝撃が起こる。それによって、事故が生じているんだとさ」


「……それって!?」


「ああ、そういうことだ。俺の自動車事故も、お前さんの飛行機事故も、世界の衝突が原因で生じた事故だ。たぶん、コロネには説明する余裕がなかったんだろうが、涼風がこちらへと人を送り込む条件のひとつにこういうものがある。『異世界衝突による事故などに巻き込まれた者』。そもそもの始まりが、こっちの世界がらみだってことさ」


 そう言って、オサムがため息をついた。

 まだまだ、オサムから聞いておかないことが色々ありそうだ。

 動揺を隠しきれないまま、コロネはオサムの言葉の続きを待った。

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