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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第2章 サイファートの町探索編
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第93話 コロネ、歓迎の言葉を受ける

「じゃあ、コロネ、またねぇー。なるべく早く、エレベーターを使えるように頑張ってねぇ」


 そう言い残すと、メルはエレベーターで地下へと降りていった。

 やれやれ、色々とあったけど、ようやく塔まで戻って来たよ。

 まだ、日も明るい時間だ。

 メイデンとの約束までは、もう少し時間がある。


 ちなみに、塔に戻る途中で、メルから保険についての話も聞いた。

 この町でいうところの保険とは、オサムがはぐれモンスターにエサをあげる代わりに、いざという時の備えとしてあるらしい。向こうで言うところの保険と少し違っていて、掛け金は存在せず、単純に何かあったらオサムの支払いになるようだけど。

 その保険の内容は大きく分けるとふたつ。

 ひとつは、ケガを負った場合、メルによる治療が受けられることで、もうひとつは入院などが必要になった時の治療費の保障だ。

 メルとオサムは協力関係にあるため、衣食住との交換条件として、メルがその仕事を引き受けているそうだ。メルにとっても、治療を通じて新しい施術などを確認できるので、双方にメリットがあるとのこと。

 言い方は悪いが、人体実験の機会、といった感じだろうか。


『まったく、医学の進歩ってのは、いばらの道だねえ』


 そう、メルが笑っていた。

 こればかりは、倫理とか綺麗ごとだけでは成り立たないらしい。

 まあ、さすがに非人道的な実験とかは行なうつもりはないようだけど。

 いざという時、経験や成果の蓄積が不足していると、施術の失敗率があがってしまう。どう言いつくろったところで、人の身体で試すことは必要なのだ。本当にその技術や薬が必要なときに使えないというのでは、お話にならない。


 まあ、お気楽そうに見えて、メルも色々と大変なのだろう。

 そんなこんなで、三階へと戻る。


「ただいま、戻りました」


「おう、お疲れ。ダンテから『遠話』で聞いたぞ。色々と大変だったな」


 そう言って、オサムがこちらをねぎらってくれる。

 今日は、お祭りだけあって、調理場を借りに来ている人はいないようだ。

 オサム以外の姿は見られない。


「いえ、わたしは何もしてませんよ。メルさんのお仕事をただ見ていただけですし」


「とは言え、慣れないと見ているだけでも、精神をすり減らすと思うぞ。特に、向こうで普通に生活していたものにとっては、ああいう場面とは無縁だろ。気分とか、悪くなっていないか?」


「いえ、思ったよりは。メルさんがすごかったせいですかね。そっちに気を取られて、気持ち悪いって感じにはならなかったですよ」


 これは本当だ。

 医療行為だと自分に言い聞かせるよりも前に、感情的な不快感は克服できていた、という感じだったし。

 それを聞いて、オサムも笑みを浮かべる。


「まあ、女性の方が血に対しての免疫があるって言うしな。ただ、俺もこっちの世界に来て思ったが、向こうはちょっとばかり、こういう側面を隠し過ぎるところがあった気がするな。たぶん、実際の手術中の映像なんて、その手のドキュメンタリーでもなければ、目にする機会がないだろう。本来必要なことだと思うんだがな」


「ちなみに、オサムさんは大丈夫だったんですか?」


「俺か? 俺の場合は、そもそもそれどころじゃなかったからなあ。とにかく必死だったよ。まあ、向こうでも屠畜場とかで経験させてもらったこともあったから、まったくのゼロじゃあないが、医者ほどは免疫があったわけじゃないぞ。正直な話、躊躇すれば死ぬ。ただそれだけだったから、あがいていただけさ。そうしたら、いつの間にか慣れていたってところだな」


 オサムが再び、苦笑を浮かべた。

 思えば遠くへ来たもんだ、としみじみと口にして。


「で、コロネ。俺に何か、聞きたいことはあるか?」


「はい。この世界について、です。オサムさん、この世界って……本当にゲームの世界なんですか?」


 一応、質問の形はしているが、すでに答えはわかっている。

 そもそも、最初からおかしかったのだ。

 ステータスなんてものがあるから、コロネもここがゲームの世界なのかな、と何となく納得していた部分があるが、今考えると明らかにおかしい。


 元の世界へと戻る方法がわからないのだから。


 オサムがこの世界で十年近く過ごしているという点もそうだ。

 向こうの世界とゲームの世界で、時間がずれているのかもしれないし、たまにオサムも向こうへと帰っているのかもしれないと思っていたのだが、だとしても、まず最初に言及すべきは、どうやったら、ゲームを中断することができるか、そのことのはずだ。

 その説明が一切なかった。

 まあ、お金や物の価値に関しても、説明がなかったから、オサムがそういう説明を逐一しないタイプだとも思っていたのだが、それでも不自然なことには変わりない。


「……で、今のコロネ自身はどう思っているんだ?」


「たぶん、この世界は、ゲームの中ではない、というのがわたしの想像です」


「なるほど、な」


 オサムが一言だけ、口にして頷いた。


「それで、もしそうだとして、コロネはどうしたいと思っているんだ?」


「わたしが目指しているのは、世界一のパティシエです。それはどこであろうと変わりません。ですから、たとえ、この想像が正しかったとしても、この世界でそうありたい。それを目指すだけです」


 この気持ちまでたどり着けたのは、メルのおかげだ。

 結局のところ、向こうだろうと、この世界だろうと、絶対安全な場所など存在しないのだ。なぜなら、この世界へとやってきたきっかけも向こうでの事故だったのだから。


「それに……もし帰ったとして、向こうでもわたしの身体が元通り動くのかわかりません。本当に、ここがゲームの世界でないというのなら、それならそれで構いません。だって、わたしは今生きていて、目指すべき夢があって、それに共感して、手を貸してくれる人がいるんですから」


 そうだ。メルも言っていた。

 自分は幸せだ、と。

 まだ、道があるということ。

 可能性が閉ざされていないということの幸せ。

 全身が動かせなくなった時の恐怖を思えば、今の状況を恐れることなどお門違いだ。


 ひとしきり、言いたいことだけを口にして、オサムを見た。

 コロネの言葉をただ黙って聞いているオサム。


 辺りに少しだけ、沈黙が流れ。

 さらに一拍置いて、ようやく、オサムが苦笑を浮かべた。


「よし、わかった。今のコロネなら大丈夫だろう。いいぜ、俺が知っているところまでは教えてやるよ。ただ、その前に、今のお前さんに会わせたいやつが待っているんだ。ちょっと、そのまま待っていてくれないか」


 そう言って、オサムが調理場から外へと出て行ってしまった。

 会わせたい人って、誰のことだろうか。

 まったく想像がつかない。


 と、オサムが人をつれて戻ってきた。

 というか、コロネももうすでに一度会ったことがある人だ。


「会わせたい人って、ニコさんのことですか」


 やってきたのは、吟遊詩人のニコだ。

 いつものように、肩にはアンプが乗っている。


「はい。コロネさんにとって、喜ばしいことかどうか、私にはわかりませんが、とりあえず、私が来るべきだと思いましたので、やってきました」


「ふーん、オサムが言う通り、気を確かに持てって段階は過ぎているみたいだな。やるじゃん、コロネ」


 アンプがこちらを見て、楽しそうに笑っている。

 どちらかと言えば、コロネをねぎらっているようにも見える。

 結局のところ、このふたりは何者なのだろうか。


「まあ、私がやってきたのは、オサムの話とは別件です。もしコロネさんに覚悟ができていなくても同じことでしたよ」


「別件、ですか?」


 あれ、ニコから色々と教えてもらえるわけじゃないんだ。

 別件って、どういうことだろう。


「はい。ステージ上からも気付いていましたが、コロネさん。あなた、ハイネに会いましたね?」


「ハイネ……さんですか?」


 いや、そんな人に会った記憶はないんだけど。

 いや?

 でも、その名前はどこかで耳にしたような気がしないでもない。

 一体、いつのことだろうか。


「まあ、たぶん、覚えてはいないでしょうけどね。彼女はそういう人です。とは言え、マーキングと言いますか、彼女からの伝言が残っていましたから、さすがに私も見て見ぬふりができなかったというわけです。細かい説明につきましては、申し訳ありませんが一切できませんが、ひとつだけ。私とハイネは同族です。そのよしみで、といったところでしょうか」


「はあ……そうなんですか」


 ニコの言いたいことがよくわからないけど、そのハイネという人が何かを残していったのかな。まったく覚えがないので、違和感ばっかりなんだけど。


「そうですね。ハイネからの伝言を伝えるだけですと、おかしな話になってしまいますね。コロネさんが持っている疑問のうち、答えられるものだけは、お教えしておきましょうか。コロネさん、あなたはこの世界について、疑問に思っている。この世界が仮想の世界かどうかについて。そうですね?」


「あ、はい。そうです」


「その疑問について、お答えします。この世界は仮想の世界ではありません。おそらく、他にもいくつもあるであろう、現実の世界のひとつです。迷い人というのは、私たちの中では別の呼び名があります。『異なる世界からの来訪者』です。まあ、この世界の多くの人にとってはあまりしっくり来ない話ですけどね。世界というイメージが漠然とし過ぎているからでしょうが。多くの人は、迷い人のことは、どこか遠くから飛ばされてきた人というイメージでしょうね。ですから、この辺りは一部の者にしか通用しない認識だと思ってください」


 やっぱり、そうなんだ。

 ニコが何者かはわからないが、そういうことを知り得る立場にいるってことは間違いないらしい。この目の前の覆面の男性は、本当に底が知れない。


「では、それを踏まえた上で、ハイネからの伝言です。まったく……彼女の趣味はあんまり良いとは言えませんね。もしコロネさんが自分で気付けなかったら、この事実を突き付けて、その反応を楽しんでいたのかもしれません。さておき、コロネさんにも見えるように、伝言を表面化しますね。ちょっと見ていてください」


 そう言って、ニコが魔法のようなものをコロネにかけた。

 と、その瞬間、コロネの身体から、メッセージカードのようなものが飛び出して、目の前の空間へと浮かんだ。

 その中央には、短い文章がつづられていた。


「『ようこそ、異世界へ』」


 コロネがそう、つぶやくのと同時に、頭の中にどこかで聞いたことがある女性の声がしたような気がした。


 たぶん、ここからが本当のスタートなのだろう。

 祝福なのか、それとも別の意味なのかはわからないが、コロネはその言葉に対して、ゆっくりと頷いた。

 よろしくお願いします、と。

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