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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第2章 サイファートの町探索編
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第86話 コロネ、大食い大会を見届ける

「おおっと! プリンを一通り平らげたリディアが、再びカレーライスの方へと戻ったー! 現在トップとの差は五皿か、果たして追い上げは間に合うか!? これはもしかすると、冷蔵庫がいよいよ他の誰かの手に渡るかも知れない展開だぜ、こんちくしょー! 商業ギルドも想定外じゃねえのか、ざまあみろ!」


「結局、リディア様はプリンを二十は食べましたね。羨ましい限りです。ええ、まったく」


 大食い大会もいよいよ佳境みたいだね。

 トップは、リディアのライバルのシャーリーらしい。見た目かなり細めの女性だけど、実際見ているとよく食べるね。まあ、リディアも似たようなものか。どっちか言えば、大食いが得意な人って痩せているような気がするし。

 要は燃費が悪いから、たくさん食べられるってことだろう。

 確か、大切なのは脂肪があるかどうかより、胃の大きさだったような気がするし。


「なお、リディア様の他にもプリンをいくつか召し上がった方がいるようですね。ちょうど在庫が空になりましたので、大会本部からの目論見をお伝えしますが、あのプリン自体がちょっとしたトラップになっているそうですね」


「くっくっく、調子に乗って何個も食べたやつも多いだろうぜ。甘くて美味しいお菓子。だが、それが罠だ……って! そいつはどういうことだ、カンペのスタッフ! サプライズとか言って、喜ばせておいて、実はってやつか、こんちくしょー!」


「カレーライスだけの大食い大会とは違い、甘いものは満腹感を助長する効果があるそうです。おそらく、個々が想定していたペースが大幅に狂ってしまっていることでしょう。ええ、思っている以上に悪辣ですね」


「な、何だってー!? そいつはこんちくしょーだぜ!?」


 いやいや、甘いものと満腹中枢うんぬんの話は聞いたことがあるけど、いくらなんでもプリンひとつかふたつくらいで、そこまでひどいことにはならないでしょ。

 今、会場がちょっとざわめいているけど、この煽りはどうなんだろ。

 と言うか、罠とか言われるとプリンのイメージがすごく悪いんだけど。


 だが、そのデマというか、印象操作が効いているらしく、参加者の多くがお腹いっぱいの表情を浮かべている。いやいや、皆さん、それは気のせいですよ? 断じてプリンが悪いわけではありませんからね。念のため。


「そうか……俺がおなかいっぱいなのも、コロネの姉ちゃんのプリンのせいか」


「いやー、ラビの場合は単純にお水の飲み過ぎでしょ? ごはんものは水を取り過ぎると胃の中で膨らむんだよー」


「いや、そういうことは早く教えろよ、ナズナ!」


「ちなみに、解説しますと、お米と水の組み合わせが最小限であっても、カレーライスは時間と共に膨らんできます。飲み込みやすい、流し込みやすい、そういうメニューとお米の取り合わせは危険ですので。辛くなってきたら、あまり無理をしないことをお勧めします。皆様、大食いを気楽に考えておられる方がいらっしゃいますが、一流のフードファイターたるもの、競技者としての、プロとしての肉体を鍛えていく必要があるとのことです。少しずつ、食べる量を拡張していかないと、身体の負担が大きくなりますので。わたしくも大食いで生計を立てるプロという意味がよくわからないのですが、そういう方もいらっしゃるそうですよ。なお、こちらの情報のソースはオサム様です」


 確か、アメリカとかだとフードファイターもアスリートのジャンルに含まれるんだっけ? コロネもよくは知らないけど。

 それにしても、オサムも色々と変な文化を持ち込み過ぎな気がするよ。

 まあ、大食い文化も一応は、料理関係のカテゴリーなのかな。

 ちょっとだけ頭が痛くなる話だけど。


「はっはっは、これから自分も大食い戦士になりたいと思っている、そこのちびっこたち。何となくで、大食いの真似をすると痛い目を見るぞ! なお、詳しい情報が知りたいやつは、商業ギルドで大食い講座をするから、そちらにご参加ください、って、またドサクサにまぎれて告知かよ、大会本部! まあ、大食いも奥が深いらしいから、まず基礎ってやつを学んだ方がいいらしいぞ。俺様も理解に苦しむがな。まったく、こんちくしょーな話だぜ」


「はい。よいこは真似しないでください。こういうのは見て楽しむか。参加して雰囲気を味わうか、そのくらいに抑えておいた方が無難ですよ。奥まで進み過ぎると戻ってこられなくなる地獄の窯の蓋です」


「いや、プリムさん! 例えが悪いって! 一応、お仕事だってこと忘れるなよ、こんちくしょー! さておき、参加者の様子を見てみると、あちこちで手が止まってきているようだな。おい、どうした『三バカ』! 最初の威勢はどこへ行ったんだよ!?」


「うるせえ、ピッケ! あー、俺はもうダメだ。アズ、ローズ……後は任せた。俺の屍を越えて行け」


「いや、そんな雰囲気出すほどのことじゃないでしょ。単なる食べ過ぎだよ」


「そうそう、私ももうこれ以上は食べられないけど、アズはもう少しいけるでしょ? どうなのよ、実際」


「うーん、ごめん、ちょっと時期が悪いかな。今の季節だと本気が出せないもん。無理して暴走するのも嫌だから、僕もここでギブアップね」


「はい、トライオン様、ローズマリー様、アズーン様、それぞれギブアップですね。残念ながら、上位三名には入れませんでしたので、いつもように参加賞のみです。オサム様のお店で使える『太陽の日の一品チケット』です。これに懲りず、また大会を盛り上げてくださいね。商業ギルドより心より御礼申し上げます」


「いや、だから、色物扱いはやめろって、商業ギルド!」「そうよそうよ」「まあ、いつものことだけどね」


 ああ、立ち食いのパフォーマンスなどで場を盛り上げていたトライたちもリタイアか。本人たちは否定しているけど、どこからどう見ても、引き立て役だよね。どこかそれを楽しんでいるような感じもするし。

 そして、参加賞は太陽の日に使えるチケットか。

 あれ、メニューの値段を考えると、参加費用と変わらないから、もう元が取れてるよね。本当に、どこで利益を出しているんだろ、この大食い大会。


「ん、もう十分味わった。そろそろペースアップ」


 お、リディアの目が一瞬光ったような気がする。

 本気モードかな?

 って、何あれ!? リディアの周囲に、カレーライスを盛られたお皿がいっぱい飛んできた。くるくると彼女の周りをそのまま、浮いたままで回っている。


「おおっと! 王者がついに本気を出したか!? 両手にスプーンを持った状態で、大量に皿を待機させているぞ、こんちくしょー!」


「あれは、おそらく……」


「知っているのか、プリム!?」


「リディア様の数ある食技のひとつ『メリーゴーランド』です。『スプーン二刀流』と『ホバリングネクスト』の複合技で、無駄な時間を限りなくゼロに近づけつつ、エンドレスで食べ物を食べ続けるという、恐ろしい技ですね。基礎の大食い技でしたら、他の方でも使えますが、これらの食技はリディア様の専売特許となっております」


 うん。何だろう、これ。

 プリムが真面目に技の解説しているのも含めて、何だろう、これ。

 たぶん、どうやって、お皿をふわふわと浮かせているのか、細かいことは気にしちゃいけないんだろうね。いやいや、食技ってそもそも何?

 周りの観客は「おー、ついに出たか、『メリーゴーランド』」とか、「この技を王者が使うのは七大会ぶりだぜ」とか言ってるけど、この雰囲気についていった方がいいのかな。コロネが戸惑っている間に、リディアの周囲を浮いているお皿が次々と空になっているのも含めて、ちょっと違う世界の話のようだ。

 うん。

 きっと、お祭りの余興としては普通のことなんだろうね。

 普通って、何だろう。


「おおっと! 瞬く間に、トップのシャーリーに並んだー! 何なんだ、この圧倒的な強さは! 相変わらず、他の追随を許さない、王者の本気には、他の参加者も観客も、司会の俺様もただただひれ伏すだけだぜ、こんちくしょー!」


「くっ! さすがはリディアだね。でも、こっちもライバルとしての意地があるからね。何とか、カレーが空になるまでは逃げきって……って、もう空なのかい!?」


「ええと、大会本部より通達です。今、リディア様が食べているカレーで終わりだそうです。思いのほか、他の皆様も頑張られたおかげで、想定よりも早く食べ終わったようですね。なお、手のついていないお皿はまだ所有権がありませんので、取って食べても構わないそうです」


「いや、そもそも、大量におかわりをストックするやり方はどうなのさ!? 前から、ちょっと思うところはあったけど、今回はあと一歩だっただけにくやしいじゃないの」


「はあ。シャーリー様の言い分もごもっともですが、あと一歩というのもリディア様のさじ加減次第ですしね。それにストックされたものを、一瞬で平らげられてしまいますと、大会本部としても文句が付け辛い、だそうです」


 ちょっとシャーリーがプリム経由で、大会本部に食って掛かっている間にも、リディアが残りのカレーライスをすべて食べてしまっていた。

 いや、これはちょっと人間業とは思えないね。

 むしろ、これを見たうえで、リディアに挑戦し続けるシャーリーの方にも頭が下がる。普通は諦めるというか、心が折れると思うけど。すごい芯の強い女性だ。


「はい、そこまで。規定量がなくなりましたので、ここで大会終了です。今から集計に入ります。参加者の皆様、お疲れ様でした」


「まあ、大事なのは上位三位までだからな。すぐに結果発表だぜ、こんちくしょー! おおっと、早くも集計が終わったようだな。じゃあ、まずは第三位からの発表だぜ! おっ! こいつは新星の登場か!? 初出場ながら、三位に食い込んだのは『ほんわかケンタウロス』ナズナだー! こいつは今後の大会でも注目だぜ! もしかすると王者の牙城を崩してくれるかもな、こんちくしょー!」


「えー、ほんと!? えへへ、やったよ、ラビ!」


「おー、すげえじゃん、ナズナ。初めてでこれならフードファイターになれるかもな」


「では、わたくしの方から、第三位の商品を贈呈させていただきます。第三位はオサム様のお店のペアチケットです。こちらはスペシャルコースのものではありませんが、ちょっぴり豪華なお食事が楽しめるチケットですね。おめでとうございます」


「えへへ、ありがとうございますー。あ、ペアチケットなら、今度、一緒に行こうよー、ラビ。いっつも面倒みてもらってるから、そのお礼だよー」


「お、おお……」


 あ、ラビがちょっと照れてるね。

 何となく、見ていると微笑ましい感じだ。


「くっくっく、まあ、何だ、青春だな、こんちくしょー! じゃあ、気を取り直して、第二位の発表だ。今大会でもあと一歩まで王者を追いつめた女、『痩せの大食い』シャーリーだぜ、こんちくしょー!」


「あーあ、またダメだったねえ。だが、諦めないよ! 次こそは冷蔵庫はこっちのもんだからね、覚えてなよ、リディア」


「ん? まだ、優勝か、わからないよ?」


「「「「いや、決まってるだろ!」」」」


 リディアの言葉に会場全員から突っ込みが入る。

 どこまで行ってもリディアはリディアな感じだ。どこまでもマイペースというか、天然というか。


「まったく……あんたってやつは、ずるいんだから。どこか憎めないねえ」


 ため息をつきながらも、リディアに対して微笑むシャーリー。

 きっと、彼女もリディアのことが好きなのだろう。同性のって意味ではなく、人として、ね。


「では、恒例ではありますが、第二位の商品です。オサム様のお店で使えるスペシャルコースのチケットです。人数は一家族まで、というものですね。転売についてはご遠慮くださいとのことです。おめでとうございます」


「ふふ、ありがとうね。うちのみんなで使わせてもらうよ」


「よし、ではいよいよ優勝者の発表だぜ! っていうか、もうこれに関しては、誰もがわかっていることだとは思うが、改めてってやつだ、こんちくしょー! 第七十三回、サイファート大食い大会、栄えある優勝者は……無敗の女王、『大食い女帝』リディアだー! よって、本人辞退のため、優勝商品も繰り越しだぜ、こんちくしょー。代わりにここにいるみんなで、祝福してやってくれ! おめでとうだぜ、こんちくしょー!」


 ピッケの言葉と同時に、会場全体から、わあっと祝福の声や拍手が響き渡る。

 おめでとうの大合唱が鳴り響く中、リディアがゆっくりとステージの真ん中へと進んでいく。


「ぶい、七十一勝目」


 口元にわずかな笑みを浮かべながら、誇らしげに立つリディア。

 彼女の笑顔で、大食い大会は幕を下ろした。

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