第84話 コロネ、大食い大会を見に行く
「さあ、お待たせしましたー! 暇人どもが夢の跡、サイファート名物、大食い大会へようこそだ、こんちくしょー!」
青空市のほぼ中央に位置する、特設ステージ上にはすでに、大食い大会のスタンバイが完了していた。というか、コロネがついた時には、背の小さい男の子みたいな司会者がマイク片手にステージ上を歩き回っているところだった。
「今回で、栄えあるこの大会も第七十……七十、何回だったっけか?」
「第七十三回ですよ」
「そう! 呆れたもんだな、こんちくしょー! よくもまあ、ここまで続いたもんだ。俺様も司会も任されてから、早数年。こんなに大きくなりました……って、どこがだよ! って突っ込みはなしな。俺様も小人種だ。これ以上は成長しないんだぜ、こんちくしょー! はっはっは、というお約束はさておき、今回も司会は俺様、『ちびのピッケ』がお送りするぜー! そして、今回も優秀な解説者をお招きしているぞ、こんちくしょー! この町では知らぬものなし。『戦うメイドさん』こと、プリムさんだー!」
「はあ……まあ、お仕事ですから、仕方ありませんが。司会者のこのノリには付き合いきれませんので、淡々と解説をさせて頂きます、メイドのプリムです。皆様、お見知りおきを」
あ、やっぱり、司会の小人さんを冷たくあしらっているのはメイド服姿のプリムだ。
というか、突っ込みどころが満載なのは何なんだろうか。
ボーマンの狙いなのかな。
ちょっとひねり過ぎの感が否めないけど。
閑話休題。
小人種というだけあって、ドワーフよりも小さいよね。
それでも五十センチはあるかな。緑色のとんがり帽子に、サーカスなどで見かける派手めな衣装を着ている男の子だ。ちょっとした道化師風味というか、表情が喜怒哀楽でころころ切り替わるのは、愛嬌と言うか何というか。
見た目に反して、ちょっと口は悪そうだけど。
で、一方のプリムはと言えば、ステージのちょっと端の方にある、ひとり掛けの椅子とテーブルのところにちょこんと座ってはお茶を飲んでいる。一応、テーブル上にはマイクと解説者と書かれたプレートが置かれているが、ちょっと見、半眼状態でやる気ゼロといった感じに見える。
客席の方から「いいぞ、プリムー!」と笑っていた人が、どこからともなく現れた光で彼方へと飛ばされたのも、たぶんコロネの気のせいだろう。うん、演出だ。演出。
さすがにメイドさんが雇い主を吹っ飛ばしたりしないよね? うん。
「もう、参加者も準備万端! 気合のノリも最高潮だぜー! 観客のみんなもお目当ての相手をしっかり応援してやってくれよ、こんちくしょー!」
中央には横長のテーブルが並べられ、すでに参加者がスタンバイしている状態だ。
参加者は十人ちょっとかな。思っていたよりは少ないみたいだ。
コロネが知っている顔は、リディアと『三羽烏』のトライオン、アズーン、ローズマリーの三人、それに冒険者ギルドのマスターのドラッケンかな。あ、『グルメ新聞』のリッチーも参加しているね。なぜか、真ん中あたりの席でラビがピースサインをしているし、その横には、さっきうどん屋で会ったナズナも座っている。というか、ふたりとも大食いなんてできるのかな。
後の参加者はまだ会ったことがない人ばかりだ。当たり前だけど、あんまり大きくない町とはいえ、まだまだ知らない人はいっぱいいるようだね。
象の顔をした体格のいい女性に、どう見ても、あんまり食べそうにない細身のきれいな女性、黒人風の男性の人。あと、身体の色が水色っぽい男の子などが参加している。後は冒険者っぽい人が多いね。『竜の牙』か『ジンカー』に所属している人たちかな。
残念ながら、ひとりひとりの紹介は終わってしまっているようだ。
「念のため、注意事項です。あまりステージに近づきすぎると、カレーが飛んできたりしますので、ご注意くださいませ。なお、大会への乱入及び妨害行為は即、潰しますのでご覚悟を」
「はっはっは。プリムさんのお仕置きは恐ろしいぜー。俺様も裸足で逃げるからな。悪いことは言わねえ。妨害とかやめてくれよ! ……て言うか、マジでやめてくれよ。俺様を含め、ステージもろとも巻き込まれるから、本気で勘弁」
「大丈夫ですよ。司会以外はきちんと守りますから」
「やっぱり俺様だけダメじゃねえかよ! このこんちくしょー!」
あ、意外とノリが良いな、プリム。
どうも、このピッケという司会者さんは、いじられキャラらしい。偉そうな態度の割に周りから面白おかしく料理されてしまうタイプのようだ。
ステージを囲んでいる観客の方もノリに影響されているみたいだし。まったりとしたお祭りの中でも、歓声や応援でボルテージがあがってきているという感じだし。
周りにいる人の数もすごいことになってきているようだ。この町に住む人の何割が参加しているのかわからないけど、やはりオサムの店のお客さんよりもずっと多いことは間違いないだろう。
それもそうか。いくらなんでも、町の全員がお店に来るわけがないものね。
「細かいことはさておき、ルールの説明と大会の商品についての話をしてください」
「いや、俺様にとっては細かくねえよ! ああもう、さすがは戦うメイドさんだぜ、こんちくしょー! じゃあ、改めてルール説明だ。大食い一本勝負、時間は四十五分。この時間内に一番カレーライスを食べた者が優勝者だ! な? 簡単だろ!?」
「なお、補足いたしますと、ステージ後ろに用意されているカレーとごはんがなくなり次第、時間内でも終了となります。参加者の皆様はご注意くださいませ」
「はっはっは。つまり、多く食べればいいってもんじゃない! 当然、早食いの要素も含まれているってわけだぜ、こんちくしょー!」
ステージの後ろには、アイテム袋を使わないと運べないような、大きめの寸胴が三つほど、これまた大きめのコンロのような装置で火にかけられていた。ちょっとした小学校の給食の寸胴より大きいよね、これは。
ざっと見ても、数百人分はありそうだ。オサムも朝からどれだけカレーを作ったんだろうか。横には炊き立てごはんが入っていると思しき、お釜も並んでいるし。
うわ、これが時間内になくなるのか。
誰が食べるのか、何となく想像がつくけど、恐ろしい話だね。
「じゃあ、毎回恒例ではあるが、商品についての説明な。優勝者には、特製魔道具として冷蔵庫がプレゼントされるぞ! まあ、最初はそれ目当てでの参加者が多かったが、みんなも知っている通り、冷蔵庫をゲットするためには大きな壁がある! ていうか、商品を用意した商業ギルドに、俺様は言いたい! お前ら、商品を渡すつもり、これっぽっちもねえだろ!? そう! 優勝商品を手にするためには、常勝無敗、空前絶後のチャンピオンに勝たなくてはいけないってわけだ! 『大食い』リディア! 当然のように料理を平らげては、『商品はいらない』と言っては去っていく。お前はどこの回し者だ!? おかげで、いつまで経っても大会が終わらねえじゃねえかよ! いや、まあ、それはそれでいいんだが!」
「物目当ては無粋。ただ食べるのみ」
「リディアさんは、大会の料理にしか興味がないですからね。一応、二位以下の商品でも構いませんが?」
「いい。いつもと違って、いっぱい食べられる。それで十分。ダメ、ひとり勝ち」
「おおお! さすがは孤高のチャンピオンだぜ。大したことは言ってないのに、なぜか馬鹿馬鹿しいくらいにかっこいいぜ! こんちくしょー!」
なるほど。
勝ちまくってはいるけど、荒らしているつもりはないんだね。
でも、聞けば聞くほど、商業ギルドのひとり勝ちのような気がするんだけど。
ちなみに、冷蔵庫は過去、一度も誰かの手に渡ってはいないそうだ。リディアが参加しなかった二回とも、冷蔵庫が出品する前の話で、その時は商業ギルドが用意した貴重なアイテムだったらしい。
とは言え、今の大会の目玉は魔晶を組み込んだ半永久的に機能する冷蔵庫とのこと。
しかもこれ、オサムと作った魔道具技師が馬鹿をやったせいで、性能が異常なことになっているのだとか。紆余曲折を経て、商品となったらしいが、さすがにオサムたちが、みんなからお説教されて、二度と作らないと誓わされた代物らしい。
とにかく、この冷蔵庫が誰かの手に渡らないと大会が終わらないのだが、リディアは勝ち続けるし、いらないと言うし。ボーマンは笑いながら、困った困ったと言っているのだとか。参加費用はひとり銀貨一枚だから、儲けてはいないはずなんだけど、何か裏があるのかもしれない。
大食いトトカルチョとか。
うん、何となくありそうだ。
「じゃあ、続けるぞ。二位以下は、オサムの店で使えるチケットがプレゼントされるぞ! 順位によってランク分けされるがな。ちなみに二位は例のプラチナチケットだ! リディア以外の参加者はまずここを目指してくれ! あわよくば、冷蔵庫なんて無茶なことを言わない方が花だぜ!」
「いやいや、それはないだろ、ピッケ。俺たちはいつだって、リディアに勝つつもりで挑戦しているんだぜ?」
「そうそう、色物扱いはやめてよね。何回かはいい勝負になったじゃない」
「……トライもローズも本気で言ってるから無謀だよね。僕はマイペースで頑張るよ」
さすがに司会のピッケの言葉には、他の参加者からクレームが入ったようだ。
『三羽烏』の三人も怒ってるみたいだし。
まあ、最初から出来レースみたいなことは、それこそ言わぬが花だよね。
と、他にも文句を言っている参加者が多い中、コロネの知らない細身の女性がリディアに何かを言っているのが見えた。
「そろそろ、勝たせてもらうよ、リディア。今度こそ、冷蔵庫はこっちのもんだ」
「ん。誰の挑戦でも受ける。キリッ!」
「……何だい、そのキリッ! ってやつは?」
「こうすると、良いって聞いた。王者っぽいかっこよさ」
「……何だか知らないけど、相変わらず、あんたは人のやる気を空回りさせるね。気合入れているこっちが馬鹿みたいじゃない」
「ん? これじゃダメ?」
「いやいや、ダメじゃないよ。あーまったく、あんたってやつは可愛いね、まったくもう!」
傍から見ているとよくわからないけど、リディアとその隣の女性は仲がいいみたいだね。ライバル関係かな。ちょっと違うかも知れないけど。
「くっくっく、俺様の発言で火がついたようだな、挑戦者ども! さあ、この無敗の女王に立ち向かうがいいわ!」
「はい、それではいつもの勘違い発言も出ましたので、大会の方を始めたいと思います。皆様、準備の方はよろしいですか?」
「流すなよ! いくら俺様でも泣くぞ!? じゃなくて、まだひとつ説明が終わってないっての! 今回も大会本部長ことボーマンから、サプライズが用意されているぞ。それは最初のおかわりで明らかになるだろう、とのことだ! 以上! 俺様の方からは、もう言うことはないぜ。始めるなり何なり、好きにすればいいだろう、こんちくしょー!」
あ、何だかんだで、ようやくスタートみたいだね。
良かった。このまま続いたらどうしようかと思った。
「はい、それでは。位置について。用意……はじめ!」
プリムの号令と共に、参加者が一斉にカレーライスを食べ始めた。