第83話 コロネ、盗賊団の話を聞く
「こういうものもある。俺も気に入っているので、オサムにも譲らなかったが」
そう言って、ワルツが見せてくれたのは、錆びついた片刃の刀だった。
その横には、もう折れてしまったものも数本転がっている。
「これは、日本刀ですか」
「ああ、そうらしいな。俺もよく知らんが。冒険者が使うものは両刃が多いから、こういうのはめずらしい。興味深いんだ」
何でも、錆を取った刀もあるのだそうだ。
その切れ味に驚き、その刀についてはワルツが武器として使っているらしい。
「だが、失敗も多い。折れたのはその残骸だ。もったいない」
切れ味のよい日本刀は、裏を返せば、手入れが重要な武器でもある。ここまで錆びてしまうと、向こうの世界の刀匠と呼ばれる人たちに、修復を頼まないと難しいレベルだろう。打ち直した方が早い気がする。
コロネも包丁やナイフについては興味があったので、ちょっとだけそっちのことも知っている。
「ジーナも切れ味に特化した刀を打ってはくれるが、研ぎはまだまだだな。形状は同じくできても、切れ味には天と地ほどの差がある。この刀は難しい」
そう言って、ワルツが日本刀を元の場所に戻す。
どうやら、コロネが興味を持ちそうなものを紹介してくれているようだ。
だが、それよりも、だ。
確認したいことがある。
「ワルツさん、『ドリフトパーツ』って、一体どういうものですか?」
「言った通り、流れ着いたものだ。この世界『ツギハギ』はそういう世界だ。何もかもが流れ着く。俺もよく知らんが。詳しく知りたければ、吟遊詩人の歌を聴け。あいつの弾き語りは、そういうことを伝えるためのものだ」
「ニコさんの歌、ですか?」
「ああ。あいつがあちこち歩き回っているのも、そのためのはずだ。俺もよく知らんが」
よくわからないが、ニコの歌を聴けばいいようだ。
だから、コロネにはちょうどいい、なのかな。
「やっほー、ワルツー、遊びに来たわよ。あ、コロネちゃんも来てたのね。ほんと、いいタイミングだわ」
あ、ジルバさんだ。
そっか、ワルツが知り合いってことなんだ。
なるほどね。この店がコロネに興味を引きそうなお店か。
確かに、売っているものを見たら、気にせずにはいられないお店だった。
「ジルバさんのお友達のお店って、ここだったんですね」
「そうよ。もう知り合ってたのね。紹介する手間が省けて、ちょうど良かったわー。ワルツはね、あたしの古い知り合いで、良いお友達よ。ねー、ワルツ?」
「友達、か。ま、そんなもんだ」
ジルバが肩をぽんぽん叩くのを、少し鬱陶しそうにするワルツ。
どうも若干の温度差があるみたい。それとも、何か別の感情でもあるのかな。
まあ、あまり深くは気にしないでおこう。
「相変わらずのぶっきらさんねえ。商売する気ないでしょ」
「ジルは客じゃないだろ。こっちのコロネには、愛想よくしてたぞ」
あ、あれで愛想がいい方なんだ。
確かにジルバが言う通り、ぶっきらさんだね。
「昔のお友達ってことは、ワルツさんも盗賊さんってことですか?」
「そうよー。あたしと一緒に動いていた仲間のひとりね。今はみんなバラバラになっちゃったけど、また集まりたいもんよね」
「ジルの奔放さに巻き込まれていたのが俺たちだ。ある意味、せいせいしているかも知れんな。他の連中も」
「えー、ひどい! あたしひとりのせいにされてるの? いいじゃない、ダンジョンは楽しいもの。人間相手のお仕事より、ずっとね」
ジルバがぶうたれている。
ちなみに、彼女曰く、盗賊というのも色々あって、ジルバたちの場合は盗みを働くというよりも、冒険者に近い立ち位置だったらしい。開錠、罠探知、索敵、そういった感じのイメージなのだとか。
ただ、普通は他の冒険者と一緒にダンジョンに行くことが多いのだが、ジルバたちは盗賊だけでまとまっていたそうだ。一風変わった盗賊、というか冒険者として有名だったとのこと。
もっとも、今は全員、盗賊からは足を洗っているみたいだけど。
「結局、盗賊団が解散したきっかけは、ジルの一件のせいだ。俺たちも正義など振りかざす気は毛頭ないが、あのクソ貴族に比べればましだ。ジルの弟が人質に取られた」
「そうなんですか?」
ジルバが貴族の命令で、この町の、オサムの料理について調査に来ていた件だ。調査というか、可能なら、オサムをさらってくることまで任務に入っていたことまでは、コロネも聞いている。
「そ、あたしたちも悪目立ちしすぎちゃったのよねー。弟は盗賊団とは関係なかったんだけど、巻き込まれちゃったの。結局、サイファートの町にドムさんとかがいたから、事なきを得たけど、当時はあたしも必死だったもの。いやいや、今思うとほんと、どうかしてたわね」
「盗賊と言えども、仁義はある。少なくとも俺たちはな。真っ当に生きている連中に迷惑をかけるなど、盗賊以下の所業だ」
「ま、失敗したおかげで、今もこうして元気に過ごせるってもんよ。弟も、そのおかげで王都の騎士団にいるしね。まだ、見習いだけど、あたしより将来有望よ」
ふふ、と嬉しそうに話すジルバ。
二度とこのようなことに巻き込まれないよう、王様が手を回してくれたのだとか。
もちろん、表向きは他の入団志願者と一緒にテストを受けて、受かったことになっているそうなのだが。
へえ、騎士団にいるんだ。
見習いとは言え、ちょっとかっこいいね。
「それにしても、前よりがらくたが増えてない? どうせあんまり売れないんだから、こんなに持ってこなくてもいいじゃない」
「意外と興味を持つ客はいるぞ。そもそも、値段のつけようがない。価値については俺もよく知らんからな。入手の大変さ以外に判断のしようがないんだ」
価値がわからないので、気に入ったものを適当に持ってきているのだそうだ。
ちなみに、ワルツの家にはもっと色々なものがあるらしい。
中には、家と同じくらいの大きさのがらくたもあったりするのだとか。
「ちなみに、こういうがらくたって、どうやって手に入れるんですか?」
「比較的多いのは、新しく現れた場所だな。今なら、『最果てのダンジョン』もそうだろう。それ以外の場合、いきなり空から降ってきたり、そういう話は聞いている」
「ダンジョンをぶらりと散歩してるでしょ。そうすると、たまに天井のところに何かが張り付いていたりするの。あ、こんなところにがらくたが、って感じよね。壁の中に埋まっているのとか、取り出すのが大変よ。ここにある物も壊れている物が多いけど、それって、元から壊れているだけじゃなくて、入手の際に壊しちゃったものもあるの」
なるほど。
それにしても、ダンジョンって新しく現れるものなんだ。
どういう仕組みなのか、けっこう謎だよね。
「さっき売ったものも壊れていたろ。ミキサーだったか。俺は知らんが、オサムか、誰かに相談すればいい。うまくいけば、また使えるようになるかもな」
「わかりました。色々とありがとうございます」
ミキサーの入った袋を手に、お礼を言う。
いつの間にか、時間が過ぎていたようで、そろそろ大食い大会の時間が近づいている。見に行くなら、そろそろ向かわないとまずいだろう。
折角だから、リディアの食べっぷりを見に行こうと思っていたのだ。
「あたしは、もう少しワルツと話していくつもりだけど、コロネちゃんはこれからどうするの?」
「今から、大食い大会を見に行こうと思います。リディアさんも参加するみたいですし」
「コロネちゃんは参加しないの? 大食い大会」
「いや、わたし、そんなに食べられないですよ。割と燃費が良い方ですし」
下手をすると、一日一食でも問題ないくらいだ。
とてもじゃないが、大会に参加できるレベルではない。
というか、変に注目されている今の状況だと、ろくなことにならないのは目に見えている。オサムではないが、触らぬ神に祟りなし、だ。
「それじゃ、失礼しますね」
「はいはい、またねー」
「出店したときは、また来るといい。新しいものも探しておこう。それと、さっきの道具が使えるようになったら、それについても教えてほしい」
「わかりました」
偶然とはいえ、ミキサーらしきものが手に入ったのは大きい。
思わず、口元に笑みが浮かんでしまう。
そんなこんなで、改めてワルツにお礼を言って、コロネはがらくた屋を後にした。




