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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第2章 サイファートの町探索編
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第81話 コロネ、人魚の話を聞く

「はい、どうぞ。潮汁です」


 そう言って、持ってきてくれたのは初めて会う男性の人だった。

 あれ、ミーアとイグナシアスの屋台だよね、ここ。

 看板には、『マーメイド・キャッツ』と書かれているし。


「にゃにゃ、こっちのお店を手伝ってくれてるのが、イグっちの弟なのにゃ」


「はじめまして。人魚種のシグナスと言います。姉さんがいつもお世話になってます」


「あ、こちらこそお世話になってます。料理人のコロネです」


 シグナスは黒々と日焼けをしたたくましい男の人だ。

 何となく、海の男って勝手にイメージしてしまいそう、というか、鍛えられた肉体が魅力的な漁師さんといった感じだ。ちょっと、イグナシアスがふわっとしている感じがするせいか、あまり姉弟と言われても似ていない気がする。


「人魚種って、男性の方もいるんですね。勝手に女性限定だと思ってましたよ」


「そーだよ。いわゆる海人種の一種だから、どっちもちゃんといるからねー。まあ、滅多に陸の町には現れないから、仕方ないけど。おかげで、変な噂も流されちゃうんだけどねー」


 イグナシアスが言うには、人魚の肉を食べると長生きができるという噂というか、デマがまことしやかにささやかれているのだそうだ。

 もちろん、そんなはずもなく、おかげでいい迷惑をしているのだとか。


「ええとですね、元をただすと、海神様の転生伝説が原因なんですよ。不老不死の海神様は今の肉体に飽きると、新しい肉体へと転生してしまうそうなのです。その際、古い身体を眷属に与えてくれるのですが、それを食べると不老不死になる、というのが伝わっている伝説なんですよ」


 事実かどうかはわかりませんが、とシグナスが苦笑する。

 実際に肉体を与えられたかどうかまでは、人魚種でも伝わっていないそうだ。


「シグにゃんの言葉を補足するとだにゃ、『無限迷宮』がひとつの『海神殿』は別名、『不老不死の都』と呼ばれているのだにゃ。一時は、欲の皮の突っ張った連中が挑戦するので有名だったのにゃ。でも、それはことごとく失敗に終わっているのにゃ」


「なんでもね、少し昔のお金持ちの人が、不老不死を目指して、『海神殿』に挑んだんだけどー、そのおかげで、ひとつの港町が滅んでいるんだって。大陸西部にその町だったところはあるんだけどー、不死属性を持ったモンスターがあふれる『死の町』になっているの」


「その町が滅びる際、不老不死の伝説が波及しました。曰く、海神様の肉体には本物と偽物があって、本物を食べると不老不死になれる。しかし偽物を食べるとモンスターとなってしまい、死ぬことができなくなる。そういう新しい伝説です」


「あれ、それなら、人魚とは関係なくないですか?」


 海神様の肉の話だよね。

 どちらの伝説にもあまり人魚は関わっていない気がするんだけど。


「この話の肝は、人魚種が海神様の眷属とされているところにあります。元々、我々の先祖は陸に住んでいた人間だったそうなのです。それが何らかのきっかけで、水中でも生活できるように進化したらしいのですが、そのきっかけが海神様である、と言うことらしいのです。ですので、海神様の肉を人魚種が食べた、であれば、人魚は不老不死だ。こういう風に噂がひとり歩きしてしまったそうです」


 時代が移るにつれて、ふたつの伝説が混ざり合って、そこに人魚の要素が加わってしまった結果らしい。

 何ひとつ根拠がないのに、信じる人が多い伝説ねえ。何だか他でも聞いたことがあるような話だよね。精霊とか、妖怪とか。


「結局だにゃ、『海神殿』で海神様の元へとたどり着くのが困難なので、てっとり早い方を狙っているわけだにゃ。まったく、呆れた話だにゃ」


「おかげで、大陸の西側にあった人魚の村は、みんな他に移っちゃって、もうひとつもないものねー。うちのおばあちゃんたちは、元々『海神殿』の側にある村に住んでいたんだって。変な噂のおかげで、民族大移動だよー」


 まったく困ったもんだよー、と言いながらもイグナシアスが笑っている。

 何だかんだ言っても、サイファートの町の周辺は漁場としてもいいらしく、今の町がある場所は住み心地がいいそうだ。


「まあ、それは結果論ですけどね。今も上の世代は人間種に対して、強い不信感を抱いていますよ。この町以外でしたら、姉さんも暮らすのを許可されていないでしょうね。ほら、この町は色々な偏見から護られていますからね。最低限、町に入るのが許可されるのは、そういった偏見を持たない人だけですから」


「あ、やっぱりそういうのもあるんですね」


 お店とかでも、イグナシアスが普通に人魚種であることを名乗っていたので、不思議に思っていたのだ。そういうことだから問題ないのか。

 なお、人魚種と聞いて目の色を変えた場合、そのまま町からお帰り頂くのだそうだ。言い方は悪いが、イグナシアスの存在自体が、町にとってのチェック機構のひとつになっているらしい。


「ふっふっふ、コロネと最初に会った時も、実はみんなでチェックしてましたー。人魚の話は割と有名だからねー。迷い人とか、そういった細かいことはどうでもいい人とかじゃないと、わずかに反応が出るんだよ。だから、会ったときからわかってたよ。あ、この人は大丈夫だってねー」


 そうなんだ。

 今更のように知らされる事実。

 いや、別にだからと言って、どうという話でもないんだけど。


「というか、コロネ。冷めちゃうから食べながらでいいよー。お店なんだから、こっちに失礼とか気にしなくていいって」


 あ、そうだ。

 せっかくの潮汁が冷めちゃうね。

 早速、頂くことにする。


「それでは……あ、すごい! 複雑な色んな味がします。これ、美味しいです」


 たくさんの小さな魚のダシが出ていて、シンプルながらも味わいが深くなっているのだ。貝もいくつか入っているのかな。向こうとはお魚の種類が違うから、どれが何なのか、よくわからないけど、美味しいことには違いない。


「にゃにゃ、味付けは塩だけなのにゃ。まあ、塩自体もこの魚のいた海域のものだしにゃ。味に一体感があるんだにゃ」


「今日はシンプルにごった煮だよ。丁寧にアクを取るのがポイントだねー。生臭さが消えたらこっちのもんだよー。えへへ、昆布も乾物系も使ってません。本当に、ただの潮汁って感じだね」


 何でも、単なる漁師めしというよりは、少し工夫もしているらしい。

 いや、普通のごった煮も十分美味しいと思っていたけど、これはそれ以上だ。

 しいて言えば、小骨が多いくらいだね。

 味は本当に、申し分なしだよ。


「実際、オサムさんのおかげで、魚の調理法も増えましたね。私や姉さんが小さい頃は、焼いたりするのが精々でしたけど。そういう意味でも、オサムさんは年配の人魚からも信頼を得ています」


「なるほど。って、あれ? 人魚の村って海の中にあるんですよね。水中で焼いたりできるんですか?」


「違う違うよー、コロネ。人魚の村があるのは、海中のエアスポットだよー。ちゃんと空気があるの。もちろん、水中でも呼吸はできるけど、元々人間種から進化したって言ったでしょ? その辺はお魚とは違うところだよー」


 へえ、そんな場所があるんだ。

 海の中に空気がある場所もあるってすごいね。


「ちなみに、水中でも焼いたりはできるのにゃ。そういう魔法もあるんだにゃ。空気のある場所までなかなかたどり着けない時は、そういうやり方で我慢なのにゃ」


「まあ、当然ながら、普通に焼くよりは疲れますけどね。それに慣れないと水中で物を食べるのってそれだけでも難しいと思いますよ」


 確かに。

 まだ、宇宙空間の無重力の方がイメージしやすいよね。

 さすがに水の中で物を食べるというシチュエーションが想像できない。

 何だか、普通に水中で呼吸できますよって認識で話が進んでいるし。


「まあ、いずれイグっちの村に行くことがあれば、試してみるといいのにゃ。今日のところは普通にお魚を堪能してもらうのにゃ」


「そうですね。もし来るときは、姉さんと一緒でしたら、問題ありません。限定付与で水中呼吸が可能になりますので」


「それじゃあ、わたしも水の中で息ができるようになるんですか?」


 それはちょっと楽しそうだ。

 本当に、魔法とかスキルとかで何でもありな世界だね。


「そーだね。私の本来の姿も見せられるかなー。まあ、まずはこの辺りのモンスターがいきなり襲ってきても大丈夫なレベルまで、強くならないとねー。陸上だけじゃなくて、海の方も油断できないよ?」


「そうにゃ、結局、護衛を雇っても、コロネんが弱すぎると不意を突かれる可能性が高いのにゃ。それにさすがに普段から、護衛なんて頼めないのにゃ」


 ミーアがしきりに頷いている。

 こう見えて、彼女自身もそこそこの経験を積んでいるらしい。

 そういえば、オサムも包丁人スキルの少し手前まで来ているって言っていたっけ。


「とは言え、お魚さんの場合、はぐれててもあんまり襲い掛かってこないんだよね。何となく、他の生き物にはあんまり興味がないっていうか、穏やかだもんねー。そうそう、教会で飼ってるホルスンとかそっちに近い感じだね。もちろん、捕獲しようとすると逃げたり、攻撃してきたりするけど」


 へえ、海と陸でも色々と違うんだね。

 面白いなあ。勉強になるよ。

 この潮汁になってしまった魚もモンスターなんだろうし。


「ふう、ごちそうさまでした。一杯おいくらですか?」


「一杯、銅貨三枚だけどにゃ、コロネんには『ヨークのパン』を食べさせてもらったのがあるから、ただでいいのにゃ。味見だにゃ」


「そうそう、今度はお店の方に来てよー。もっと大きなお魚を出せると思うから。あ、この間のとびまぐろみたいなのは無理だよー。シグでも獲れないからねー」


「いや、まあ、さすがに空を飛ばれると、人魚種でもちょっと厳しいですよ。何とか、泳ぐだけの大物を頑張ることにします」


 普段はシグナスが店の魚の多くを獲っているのだそうだ。

 イグナシアスやミーアも漁に行くこともあるが、どちらかと言えば、人魚の村まで料理を届けに行くことが多いのだとか。その代わり、昆布や乾物、塩などの作成を村にお願いしているらしい。

 ということは、人魚の村って、かなり重要な場所ってことだ。

 そのうち、行けるようになるといいなあ。

 まあ、今は焦らず、一歩ずつ、だ。


「では、今度はお店の方に寄らせていただきますね」


「にゃにゃ。待ってるのにゃ」


 笑顔で手を振るミーアたちにお礼を言って、コロネは屋台を後にした。

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