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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第2章 サイファートの町探索編
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第80話 コロネ、ジュースを買う

 体験コーナーにお客さんがひっきりなしだったため、そのまま、『式神うどん』の屋台を後にしたコロネだったが、それから少し行った場所にあるお店に目を奪われた。

 羽根の生えた女性と、数名の子供たちがジュースを売っている屋台だ。

 どうやら、この町で採れた果物をジュースにしているようだ。


「ジュース、ジュースはいかがですか」


「果樹園で採れた、美味しい果物をそのままフレッシュに絞ったジュースですよ」


「どれでも、一杯銅貨二枚ですー」


 これは、こちらの世界での甘いものになるのかな。

 ちょっと興味深いので、屋台へと寄ってみることにした。

 ちょうど、ひとりの女性がお客として、ジュースを飲んでいるようだしね。


「すみません、どんなジュースが置いてあるんですか?」


「あ、いらっしゃいませ。こちらで売っているのは、果樹園で採れた、みかんのジュースとぶどうのジュースですよ。あと、みかんに桃を加えたミックスジュースですね。どれも一杯、銅貨二枚です」


 背中に羽根を生やした金髪の女性が笑顔で説明してくれた。

 彼女がこの屋台を任されている人のようだ。

 周りの子供たちはアルバイトかな。

 一生懸命、客寄せを繰り返しているみたいだ。


「それじゃあ、ミックスジュースを一杯ください」


「はい、ありがとうございます。オーダー入りました。ミックスジュースひとつです」


「はいはい。お姉さん、ミックスジュースです」


「銅貨二枚になります」


 羽根の女性の注文を繰り返しつつ、ふたりの子供がジュースを用意してくれた。何となく、初々しいね。まだ、あまり接客に慣れていない感じだ。

 お金を待っている、一番小さな男の子に銅貨二枚を渡す。


「はい、銅貨二枚ね」


「いただきました。銅貨二枚です」


「はい、こちらがミックスジュースです。ありがとうございました」


 ほのぼのとした接客にほっこりしながら、ジュースを受け取るコロネ。

 そのまま、少し離れた場所でジュースを飲んでみようと立ち去ろうとしたのだが、その際、先程からお店の横でジュースを飲んでいる女性と目が合った。


 その瞬間、あれ、という違和感のような何かに襲われた。

 先程、コロネはジュースに興味を持って、このお店に注目したのだと思っていた。

 だが、それは違う、と今気付く。

 目の前の女性を目にした時、同じような違和感を受けたのだ。


 まるで、反射的にお店に注目がいくように誘導されるかのような。

 それは、向こうの世界では今まで感じたことのない、奇妙な感覚だった。

 おかしい。

 何かに化かされているような、そんな不快感だ。


 と、女性が目を丸くして、こちらを見ているのがわかった。

 口元に笑みを浮かべ、少しだけ驚いたように、だがはっきりと微笑みながら。


「あら、あらあら。私がわかるの?」


 そう、話しかけてきた。

 ところどころで束ねられた長めの淡い金髪。ほっそりとした体形ながらも出るところは出ている女性的な身体つき。服装こそ、コロネがこの世界に来た時、最初に着ていたような、いわゆる旅人の服と呼ばれる、極々普通の恰好だが、にも関わらず、何か惹きつけるような魅力を感じさせる女性だ。

 だが、やはりおかしい。

 そこまで特徴を見た上でなお、見れば見るほど女性の特徴が曖昧になっていくのだ。

 年齢もコロネより年上のように見えたり、次の瞬間には年下のように感じたり、まとっている雰囲気が一瞬一瞬で変化する。

 そして、それのどこがおかしいかが分からなくなっていくのだ。

 本当に、そこにひとりの女性が立っているのか、不安になるかのように。


「本当に興味深いわね、うふふ。あ、ちょっと待ってね。あなたひとりが喋っているように見えるとまずいから。『暗示:路傍の石』。はい、これで大丈夫」 


「え? あれ?」


 女性が何かをした途端、違和感が一切消え去った感じだ。

 目の前に立っているのは、コロネと同じくらいの年齢の女性だ。

 先程までは、ふわっと霞がかかっていたかのような、イメージのぼやけがなくなっている。不快感の方も消え去って、落ち着いているみたい。


「あなた、迷い人?」


「あ、はい。そうです。オサムさんのお店でお世話になっております、料理人のコロネと言います」


 そのコロネの言葉に、我が意を得たりという感じで笑みを深める女性。

 何というか、きれいではあるけど、不思議な印象の人だ。


「やっぱりね。私の能力の効きが悪いから、そうじゃないかと思ったわ。ふふ、コロネ、ね? それじゃ、すぐに忘れる名かもしれないけど、名乗ってあげるわ。ハイネック。私の名前はハイネックよ。ハイネって呼んで。よろしくね、可愛い料理人さん」


「ハイネ、さんですか」


「ええ。種族は一応は妖怪種になるのかしらね。今は私もよくわからないのよね。面白いことが好きで、頑張っている人が好きで、折れない心ってのが好きで、試練とそれに立ち向かう人のひた向きさが好きで、ただただ、そうあるべきだけの存在よ。狂言回し。善悪ではなく、幸せでも不幸でもなく、愉悦とも、嗜虐とも違う、ただただ、そうあるがための存在。それが私よ。ふふ、今言っていることは、すぐに忘れるでしょうけどね。初めて会った人には、そう名乗るようにしているの。あまり深くは気にしないでね。私に魅入られると、色々と大変よ?」


 そう言いながら、ハイネが苦笑する。

 言葉の意味はよくわからないが、彼女にとって、そのことが大事なことというのは間違いないらしい。

 まあ、難しいことはよくわからないけど、ちょっと変わった妖怪さんってことだろう。不思議な属性を持っている人も多いって、話は聞いていたしね。


「それで、ハイネさんはお祭りを楽しんでいるんですか?」


 どっちかと言えば、そっちの方が気になることだ。

 何かの能力で見えにくくなっているということは、お祭りにも溶け込めていないのかもしれないからね。だとすれば、すごく残念だ。ハイネにもお祭りを楽しんでほしい。

 そういうつもりで聞いたのだが、彼女はちょっと驚いたように目をパチパチとしばたかせている。

 と、次の瞬間、笑いをこらえきれないかのように震えだした。


「く、くくく、そういう反応は初めてだわ。まったく、オサムといい、あなたといい、この辺りは面白い存在が流れ着くようね。ふふ、大丈夫。私は十分にお祭りを楽しんでいるわ。身を隠しているのはちょっとした事情のためよ。あなたが心配しなくてもいいの。私はそういうものだから」


「それは失礼しました」


 やっぱり、余計な心配だったか。

 妖怪種ということは、見た目通りの年齢ではないだろうしね。

 むしろ、こちらの世界に来たばかりコロネが心配される方だろう。


「ふふ、気が変わったわ。いずれ、また会いましょう、コロネ。『暗示:真名の消失』」


「あ、はい。それでは、また」


 そのまま、目の前の何かが消えた。

 あれ、何かって何だっけ。






「おーい、コロネん、こっちこっち。こっちだにゃ」


「あ、ミーアさん」


「あ、ミーアさん、じゃないにゃ。どうしたんだにゃ、ジュースを持ったまま、ぼぉーっと立ってると危ないのにゃ。こっちはコロネんが歩いてくるのが見えたので、待ってたのに、なかなか来ないんだもんにゃ」


 ああ、そういえば、ジュースを飲むために歩いていたんだよね。

 そうそう、それでどこか座れる場所はないかと探していたところに、ミーアとイグナシアスのお店が目についたんだ。

 あれ?

 どうして立ち止まっていたんだっけ。

 我ながら、おかしな話だ。白昼夢でも見ていたわけでもあるまいし。


「すみません、久しぶりのお祭りで人に酔っちゃったのかもしれません」


「にゃにゃ、コロネん、このくらいの人出なら、オサムのとこの営業では日常茶飯事なのにゃ。もっとしっかりしないといけないのにゃ」


「きっと、忙しすぎて疲れてるんだよー。まあまあ、ミーアも何だかんだ言って心配してるんだから、ちょっと休んでいってよ。今日はね、お店ではあんまり出せない、ちっちゃいお魚の潮汁だよー。実はこっちの方が味が染み出て、美味しいんだ。せっかくだから、コロネも味見していってよ」


 そうだね。

 もっとしっかりしないと、色んな人に心配ばかりかけてしまうよね。

 頑張らないと。


「ありがとうございます、それじゃあ、お店に寄らせてもらいますね」


「そうにゃ。魚のエキスを飲んで、疲労回復にゃ。こっちに座るのにゃ」


「はい。お邪魔します」


 そんなこんなで、ふたりに迎え入れられながら、屋台側の席へと座った。

 コロネの生誕祭巡りはまだまだ続く。

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