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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第2章 サイファートの町探索編
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第76話 コロネ、生誕祭について聞く

「それにしても、オサムさん。今日は随分といい匂いがしてますね」


 塔に近づいた時から、何となく感じてはいたのだが、調理場まで来るとはっきりとわかる匂いが漂っている。

 昔、コロネが小さい頃に感じた、夕方などによく漂ってきた匂い。

 向こうの日本人なら、もはや郷愁を感じさせるスパイスのいい香りだ。


「ん、今日はカレーの日」


「ああ、お祭りの方で、大食い大会があるだろ。今月は祭りの方は参加しないんだが、大食い大会用の料理に関しては、頼まれたもんだから作っているのさ。やっぱり基本はカレーライスだろ。大食いと言えば」


 リディアもオサムもどこか楽しそうな表情を浮かべている。

 何でも、米が生産可能になった時点で、カレーライスを再現するのは当然のことだったらしい。インド発祥で、イギリスで改良されて、百年かけて日本で定着したカレーは、もうおふくろの味と言っても過言ではないだろう。

 それこそ、オサムは全力で、カレーを知らないこちらの人たちのために、その嗜好に合ったカレーを完成させたのだそうだ。当初の不興や違和感から五年。五年で、サイファートの町へカレーを定着させたのだとか。


 何というか、カレーに対して熱く語るオサムを見ていると、その凄まじいまでの執念を感じてしまう。いや、その気持ちはコロネも十分に理解できるのだが。


「リディアは最初から、割と気に入ってくれたよな」


「そう。複雑な味、こんなの今までに食べたことがなかった。美味しい」


「まあ、リディアの場合、色々な味を知っていたからだろうな。人間、食べ慣れない味に遭遇すると、クセが強い場合は、はっきりと好き嫌いが分かれるのが普通だからな。まず、美味しいという信頼を積み重ねないと、そもそも食べてもらえないだろ。カレーライスは実は難しい料理のひとつだったんだぜ」


 それもそうか。

 向こうでも、たぶん、東南アジア系の酸味と苦みが軸となった料理は、未だに日本でも評価が真っ二つに割れるだろうしね。それは、日本食の納豆や梅干しでも同じことだろう。味覚、そのおいしさの形成は、慣れとそれまでの積み重ねに起因する。

 だから、料理人にとって、大切なことは、相手の味覚に合わせる努力なのだ。


 実際、コロネのいた店の店長も、地元用と他の国でお菓子を作る際、微妙に味を変えていたしね。いくら国際化が進んでも、厳然として、その国の、日本なら日本人向けの味というものが存在するのだ。

 誰に対して、美味しさを提供していくか。

 そこを軽んじてはいけない、という良い例だろう。


「最初のころは、香辛料やマジカルハーブが売りで、これは薬の一種だってことで、無料で味を見てもらったりしていたな。ははは、本当に『味はさておき、身体の調子が良くなったから、また作ってほしい』って意見もあったんだぜ。こっちは自信を持って作っているだけに、結構へこむよなあ」


「ん、でも、実際、魔力や体力の回復はあった。カレーはすごい」


「まあ、そうなるもこっちも意地になっちまってな。よーし、絶対美味いカレーを食わせてやるって思い立ったのが、香辛料やハーブ類の栽培のきっかけだ。ラズリーや香辛料を育てるのに向いた村の連中に協力してもらって、試行錯誤して、あと、メルにも色々と手伝ってもらって、俺は俺で、こっちの連中に味見してもらって、カレーの調合を繰り返して。そういう感じで、今に至るわけだ」


「おかげで、カレー教が広まった」


「少なくとも、この町と王都の一部じゃあな。はっはっは、洗脳完了だぜ」


 いやいや、さすがにその表現はどうかと思うけど。

 やっぱり、オサムもそれなりに苦労はしているんだね。

 あっさりと美味しい美味しいと受け入れてくれるほど、料理って簡単じゃないしね。


「まあ、冗談はさておき、何かのイベントで大食い大会をするのは、この町だとお約束になっているんだ。それで毎回俺がメニューを考えて提供しているってわけさ。そろそろ七十回を超えたか?」


「ん、今回で七十三回」


「え! 町ができて十年くらいですよね。そんなにやってるんですか?」


 しかも、オサムがお店を安定させてからだと、更に期間が短いはずだ。

 どれだけ大食い大会をやっているんだか。


「というか、ここまで回数が増えたのはリディアのせいだぞ。なあ、ディフェンディングチャンピオン。過去、リディアが優勝できなかったのは、不参加の時だけじゃないか? もういい加減、特別枠でもいいと思うんだが、ボーマンのやつ、面白半分だからなあ。それをネタに毎回引っ張っているのさ」


「不参加は二回だけ。少し残念」


「いや、リディアさん、七十回は十分過ぎますからね」


 向こうの大会だと、荒らし過ぎ認定されるレベルだろう。

 それとも、周りの人もリディアの食べっぷりを楽しみにしているのかな。

 何となくそれもありそうだ。


「あ、そうだ、オサムさん。この生誕祭って誰の生まれたお祝いなんですか? 何か、誰に聞いても生誕祭としか言っていなかったんですけど」


 ちょうどいいから、お祭りについて聞いてみた。

 昔の偉い人の誕生日ということしか知らなかったのだ。


「生誕祭は、王妃の誕生日」


「え? この国の、ですか?」


「ああ、正確には『名もなき王妃の生誕祭』って言ってな。何でも、この国を建国した王の側で、その偉業を支えて、その命と引き換えに国を作り上げた王妃がいたんだとさ。初代王妃と呼ばれる存在だ。だが、残念ながら、その名前が後世に残っていないんだと。詳しい話は俺も知らないが、色々とあるらしいな。とにかく、その王妃がいたおかげで、今のこの国があるから、毎年十月の二十五日が『生誕祭』とされているのさ」


「ん、王妃は王妃」


 なるほど。

 ちなみに、サイファートの町ではその一か月前の九月二十四日と二十五日がお祭りになっているのだそうだ。まあ、前月祭というべきか。


「まあ、あくまでも国内向けのお祭りだな。一応、王都では親しい国の主賓も招待するらしいが、世界規模って話ではないらしい。俺は毎年逃げているから、参加したことはないけどな」


「そう。料理はドムがやってる。本当はオサム宛なのに」


「まあ、王都としても、俺を表立ってどうこうしようって感じじゃないしな。思惑はどうあれ、引っ込んでても構わないなら、それに越したことはないさ。それに俺も、今の王妃は何となく苦手なんだよ。何というか、会っていると居心地が悪くなるしな」


 へえ、オサムにも苦手な人がいるんだ。

 というか、普通に今の王妃と会っている辺りはさすがだと思うけど。

 まあ、ドムも王様のことを叱り飛ばしたって話だし、そこまで面倒くさい権力者ではないのかも知れないね。


「そうだな。ちょうど祭の話も出たし、コロネも大食い大会の料理を作ってみないか? ボーマンからそれとなく、話は来ていたんだよ。今いそがしそうだから、本人に聞かないとわからんとは返してあるが、余裕があるんだったら、何かで関わるのも楽しいと思うぜ」


「料理ですか? え、もうオサムさんがカレーを作っているじゃないですか」


「だから、サプライズになる参加賞みたいなもんだ。ちょうど、リディアがでっかりバナナを持ってきてくれたわけだしな。半分までなら、他に提供しても問題ないんだろ? いつもとおんなじで」


「ん、そういう約束だから、我慢する」


「な、だったら、ただで味を見てくれる機会があった方がいいだろ。評判とかも見やすいしな。人間、ただのものだと味に対しても寛容になるもんさ」


 それもそうか。

 ちょっと面白そうだね。

 今は、プリンの味見強化期間だから、バナナを使ったプリンでも作ってみようか。


「ちなみに、大食い大会の時間はいつから始まりますか? あと、その参加人数も知りたいんですけど」


「大食いは昼食時間にスタートだ。いつもなら、午後一時だな。参加人数は三十はいかないと思うぞ。まあ、二十もいかないだろうが、念のため、だな」


「わかりました」


 リディアが優勝するのはわかっているから、参加者は本気で挑戦するというより、ノリの良い人がほとんどなのだとか。そのため新規参加は少ないとのこと。

 それなら、何とかなりそうだね。


「コロネ、それなら、私の分、少し多めで」


「まあ、材料提供者だから、そのくらいはいいだろ。ただ、リディアもこのことは大会開始まで漏らすなよ。参加人数が読めなくなるからな」


「ん、人数が増えると、コロネの料理が減る。それはいや」


「わかりました。早速、今から取り掛かりますね」


 ちょうどお祭りには行こうと思っていたのだ。

 ニコたちとの約束もあるしね。

 それなら、自分も少しはお祭りに参加するのもいいだろう。


 大分、面白くなってきたと感じるコロネなのだった。

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