第75話 コロネ、料理依頼を受ける
「ただいま、戻りました」
何とか、プリンの器の確保も完了して、塔へと戻ってきた。
相変わらず、朝のパン工房の修羅場は変わっていないようで、早番の人たちも慌ただしく働いている。
ただ、少しずつではあるが、人数は増えてきているようだ。
コロネもまだ見覚えのない人がちらほらと加わっている。
いつものメンバーは相変わらずだが、今日からはブランの姿はその中にはない。約束通り、小麦粉の方に集中してくれているようだ。
「あ、コロネさん、お帰りなさいなのです」
ピーニャがコロネに気付いて、近くまでやって来てくれた。
どうやら、パンを窯に入れた後のタイミングだったようだ。
ちょっとだけ余裕があるみたいだ。
「今日は、陶器の工房に行ってきたのでしたね。何か良いものは見つかったのですか?」
「うん、面白い素材は見つけたよ。数が多いから、アストラルさんが持ってきてくれるって。もう少ししたら、余裕ができるんだって」
午前中には届けてくれるそうだ。
器がそろったら、早速プリン作りに取り掛からないとね。
念のため、どのくらい熱に強いのか、確認は必要だろう。扱ったことのない素材だし。
「ちなみに、ピーニャは器の材料がスライムって聞いたら、どう思う?」
「スライムですか? 別にピーニャにとっては何も問題ないのです。たぶん、この町にいる他の人もあまり気にしないと思うのですよ。一応、ピーニャも元冒険者ですので、他の人にも聞いてみた方がいいかもしれないのですが」
「あ、そういえば、ピーニャも冒険者だったもんね」
ピーニャによれば、スライムの素材というのは、特別めずらしいものではないのだそうだ。個体差があるため、すべてのスライムがどうこうという話ではないが、粘性種の中でも単なるはぐれモンスターのものは、一応は色々と活用を試みた人がいるらしい。
「聞いたところによると、スライムを食べる研究もしようとした人がいたそうなのです。ですが、この町の場合、一部から反対が出ているため、そこまでは行なってはいないのです。他に食材もありますし。ですが、他の地方で食料が不足している場合、スライムの死体を食べるという話は耳にするのです」
そうなんだ。
美味しく食べる調理法があるのかもしれないが、そもそもがチャレンジするほどの量が確保できるとも限らないため、研究は進めていないのだとか。
「粘性種という種族分類がされているのも、しっかり一種族として認知されているためなのです。スライムの中でも長生きな方は『人化』も使えますし、特殊な知識を蓄えている方もいるのですよ。単にぷるぷるしているだけのモンスターではないのです」
「へえ、そういうことなら、その人たちが同族を食べられるのは嫌がるだろうね」
「なのです。ただ、そこまで友好な関係になっているのも、このサイファートの町くらいかもしれないのですよ。人間種だけの集落の場合、モンスターはモンスターという考えが残っている地域も少なくはないのです」
その辺りは色々と難しいらしい。
サイファートの町は、はぐれモンスターに襲われても対抗できるだけの防衛力を持っているが、そうでない町や村にとって、モンスターの襲撃は死活問題となる。
そうなると、自然、モンスターは怖いものという意識が定着してしまうのだとか。
冒険者のほとんど寄り付かないところには、冒険者ギルドの支部も作らないので、友好的なモンスターという考え方を、そもそも知らない人も多いのだそうだ。
お互いにとって残念な話である。
「教会も、食料の支援は積極的なのですが、モンスターに関しては距離を置いている感じなのです。カミュさんたちを見てもらえればわかると思いますが、自分たちの身は自分たちで護るのが教会の方針なのですよ。働かざる者食うべからずも、そのひとつなのです」
何でも、自分たちにできる努力を放棄して、神に依存する行為を教会は嫌うのだそうだ。その背景には、教会の所属者の多くが獣人である、ということも無関係ではないらしい。教会が世界で安定した立場になるまでに、獣人としてのスキルをいいように利用されてきたという歴史は、意外と根深いのだとか。
詳しい話は聞けなかったが、色々と大変そうではある。
「とにかく、スライムの食器に関しては問題ないのですよ。そもそも、この塔の素材にもスライム素材が活かされているのですよ。どういう使い方をされているのかは、ピーニャも専門家ではないのでわからないのですが、建物の耐久性などが飛躍的に向上するそうなのです」
「えっ! そうなの!?」
この建物にもスライムが使われているのかあ。
ということは、コロネもずっとスライムと接していたということだ。
だったら、いちいち気にするのも今更だよね。
「なのです。このことは町の人なら結構知っているはずなのです。それでも皆さん、お店に来てくださっているので、まあ、問題ないと思うのですよ」
うん、だったら大丈夫だね。
せっかく買ったのに使えなかったら、がっかりだもんね。
「それはそうと、コロネさん。今しがた、リディアさんが見えていたのですよ。コロネさんが留守だと聞いて、先にオサムさんのところに行っているのです」
「え、本当? 食材を持ってきてくれたのかな? うん、わかった。三階に行ってみるね。ここにいるとみんなの邪魔になっちゃうし」
「まあ、邪魔とかは気にしなくてもいいのですよ。いざとなれば、手伝ってもらいますから、大丈夫なのです」
そう言って、ピーニャが責任者の顔でニヤリと笑う。
こういうところは、ちょっと頼りになるかな。
まあ、そんなこんなで、ピーニャにお礼を言って、三階の方へと向かった。
「お、コロネ、お帰り。良いタイミングで戻って来たな」
「すみません、お待たせしたみたいで」
「ん。先にオサムの用を済ませてた。コロネは気にしないでいい」
三階へと上がると、ちょうど、オサムがリディアからアイテム袋を受け取っているところだった。
リディアのは小型だけど、大型のモンスターも入るタイプだね。
ドロシーから話を聞いた後だと、それが貴重なものであるとよくわかる。
さすがはトップクラスの冒険者だ。
「じゃあ、俺の方はもう良いとして、ちなみにコロネにはどんな食材を持ってきたんだ? せっかくだから、俺にも見せてくれよ」
「わかった。じゃあ、ここに出す」
そう言いながら、リディアがポケットからもうひとつのアイテム袋を取り出した。
やっぱり、いくつもアイテム袋を持っているんだね。
いいなあ。
ちょっとうらやましい気持ちで、リディアを見ていると、袋の中から大きなものが取り出された。随分と大きな、黄色い食材だね。
いやいや、これはもしかして。
「何ですか、これ。さすがにちょっと大きすぎないですか?」
「ん、コロネが甘いものがいいって言うから。大きくて甘いの採ってきた」
「あの……これって、バナナ、でいいんですよね? オサムさん。え……オサムさん?」
バナナかどうか確認しようとそちらを向くと、なぜかオサムが頭を抱えているのに気付いた。あれ、もしかしてこれってまずい食材かな。
ちなみに、このバナナ、一本の大きさがコロネの腕くらいの長さがあるのだ。さすがに一メートルはないだろうが、ここまで大きいのはちょっと向こうではお目にかかったことはない。色といい、形といい、バナナであることは間違いなさそうだけど。
「……おい、リディア。お前さん、どこまで行ったんだよ」
「ん? 南東部。たまに行く場所」
「いや、確かに南東部だろうがよ……やれやれ。まあ、リディアだしな。いつものことって言えばいつものことか。ただ、一応、念のため言っておくが、あの辺りのさとうきびとかは勝手に持ってくるなよ。あれは向こうで人の手で育ててるもんだからな。コロネのためだと言っても、さすがに俺が怒られるからな」
「ん、わかってる。それは泥棒だから、しない」
「ああ、それなら問題ない。おっと、コロネすまなかったな。質問の途中だったか。ああ、これはバナナだよ。野生のバナナ。どこに生えているかは、あんまり気にするな。今のお前さんの力だと難しい場所だ」
「はあ、わかりました」
要するに、このバナナはけっこう遠くから採ってきたのかな。
しかも、さとうきびの生産地にも近い場所なんだ。
オサムが呆れるくらいだから、町からも離れているってことだよね。サイファートの町が大陸の東の外れだから、大分南に行った場所ってことかも。
ふむ。
まあ、いいや。焦るとロクなことがないし。
そう、アビーも忠告してくれていたしね。
「それにしても、随分と大きなバナナですね。これ、向こうと同じような食べ方で大丈夫なんですか?」
「一応、熟したやつを選んできてくれたみたいだな。これなら、追熟とか必要ないはずだ。まあ、種は残っているが、この大きさの割には小さいから、取り外すのはそれほど面倒じゃないしな。とはいえ、この大きさだ。向こうのように一本食いとかは難しいだろうな」
「一本食いなら、普通にする」
小首を傾げながら、リディアがつぶやく。
『それが何か?』と言っているみたいだ。
いやいや、さすがにこの大きさは、ちょっと厳しいよね。
「そりゃ、お前さんなら可能かもしれんがな。普通はこの量はいっぺんに食えないんだよ。なるほど、量が目的でバナナを選んだってわけか」
「ん、バナナも至高。美味しい。だから持ってきた」
そう言って、リディアがコロネの方に、アイテム袋を差し出した。
もうすでに、今出したバナナは袋の中へとしまわれている。
「結構な数、採ってきた。後はコロネにお任せ。お願い」
わたし採る人、あなた作る人、といった感じだ。
うん、リディアの期待に応えないといけないね。
「わかりました。食材の方をお預かりします。太陽の日のメニューを頑張らせていただきますね」
そう、笑顔で伝えた。




