第74話 コロネ、プリンの容器を買う
「コロネさんはアイテム袋をお持ちではないですよね。それでしたら、後でお店の方まで僕が届けますよ、はい」
「ありがとうございます。助かります」
結局、お店にあるだけ全部、この透明な湯呑みを購入させてもらった。
さすがに全部となると結構な量になるね。
だが、それでも特売品として捨て値で売っていたため、オサムのところの茶碗蒸しの器と比べても、一個単価はかなり格安で収まっている。
今のコロネでも問題なく支払える程度だ。
ちなみに、いざとなれば、アイスと交換でも構わないとのこと。
ミストがはっきりとそう言っていた。
「それにしても、やっぱり面白い素材ですよね。よくこんなもの見つけましたね」
「これは『最果てのダンジョン』の中にある、粘性種、つまりスライムたちの村で見つけたんです。そこの村の人の許可を得て、もらってきた土というか泥ですね」
「へえ、ダンジョンの中に村があるんですか?」
それはまた、意外な話だ。
しかもスライムの村って。
きちんとスライムが村作りをしているかと思うと、何となく興味深い。
「はい。一口にモンスターと言っても、知性的なモンスターも多いんですよ。コロネさんもご存知かもしれませんが、冒険者と言えども、こちらに対して友好的に接してくるモンスターを討伐することは禁止されています。闇雲に戦いを挑むのは、冒険者としてのあるべき姿ではないんです。友好的な相手には、こちらも友好的に。そうしないと、結果的に自分たちの首を絞めることになるんです」
ミストが言うには、先が長く、深いダンジョンで敵対行動ばかりをとっていると、ダンジョン内が自分たちへの敵意ばかりになってしまうため、休息などを取るのも難しくなってしまうのだとか。
当然、縄張りを意識するモンスターも多いが、たまに会える友好的なモンスターと仲良くなって、休ませてもらわないと、大型のダンジョンでは簡単に追いつめられてしまうらしい。
「実際、問答無用で襲い掛かってくるのは、はぐれモンスターがほとんどです。彼らが好戦的なのは、強い者と戦いたいという闘争本能が強いからだそうですよ。戦闘でこちらが勝利した時も、たまに『ナイスファイト』と言わんばかりに嬉しそうに死んでいくモンスターとかに会いますし。逆にそういう感じだと情がわいてしまうんですけど」
「ただ、そういうモンスターの場合、死体を活用することが彼らにとっての供養になるのだそうです。自分より強い相手の糧になることを望むのが、はぐれモンスターの強い傾向として表れているそうです、はい」
弱肉強食に誇りを持っているというと大袈裟だけど、そういうモンスターもかなり多いのだそうだ。そのため、そういったモンスターは討伐しても問題ないという風になっているのだとか。
何だか、基準が難しそうだね。
「話せばわかるじゃないですけど、襲い掛かってこないモンスターとは交渉が可能な場合もあります。『竜の牙』にも交渉術に長けているメンバーがいますし。不要な戦闘は避けるに越したことはありません。こっちも命がけですから。まあ、戦うのが苦手で、命を大事にしたい方には、向かない職業ですよ、冒険者なんて」
「ミストさんは違うんですか?」
「わたしの場合は成り行きです。きっかけは冒険せざるを得なかったからですが、わたしの性にあっていたんでしょうね。もちろん、死ぬのは怖いですよ。現にダンジョンで知り合った冒険者でも亡くなっている方はいっぱいいますし。でも、それでも、ダンジョンの中には新しい出会いがあるんです。狂暴そうなモンスターが実は人懐っこかったり、町の中では絶対に目にすることができない不思議な状況に遭遇したり。そういう未知の発見がわたしにとっての快感に変わってしまったんです。まあ、言葉は悪いですが中毒ですよね。まったく、我ながら困ったものです」
「僕も何度か止めたことがありましたが、もう諦めました、はい。結局、どこにいても死ぬときは死ぬんです。だったら、ミストの好きに生きた方がいいです」
「ぴー、ぴっぴー!」
「どっちかっていうと、お兄が生活苦で野垂れ死んじゃわないか、こっちが心配なんだけどね。ある程度、お仕事がうまくいってきたことで調子に乗って、変な儲け話に手を出して、借金まみれになったりとか」
「ははは……生活力のない、兄ですみません、はい」
なるほどね。
それにしても、話を聞いている限りだと、冒険者は危険な職業で間違いないらしい。コロネもそのことは心に刻んでおこう。やっぱり、町中はほのぼのしているけど、この町は魔王領のすぐ側であることを忘れてはいけないようだ。
「ええと、どこまで話しましたっけ? あ、そうそう、この土の話でしたね。これはスライムの村の中でも、家畜やペットとして暮らしていた動物型スライムの『終焉の泉』の土です。一応、『人化』できるスライムはお墓とかに埋葬されたりもするそうですが、そうでないものは、泉と呼ばれる大きな空間に集められるみたいです」
「ええと、ということは、この土って……」
「いえ、スライムの死体じゃないですよ。その泉の底の土です。村の人は『いずれは泉も自然へと帰るので、どうぞ持って行って構いません』とは言ってくれたんですが、さすがにそれは申し訳ないので、土の方を持って帰ってきたんです」
ちなみに『終焉の泉』は粘性の透明な液体でぷるぷるしているのだそうだ。
まあ、元スライムが集まっているんだからそうだろうね。
いやいや、そうじゃなくて。
そっか、この陶器ってスライムの土でできているのか。
「コロネさん、スライムは苦手ですか?」
「いえ、苦手というより、そもそも見たことがないので、イメージがつかみにくいんですけど」
「でも、他のはぐれモンスターから採れる素材も同じようなものですよ。革製品とか、鉱石にしたところで、鉱物種の人の身体から分けてもらったりしていますし」
あ、それもそうか。
そう考えると元スライムの土でできた陶器もありふれたものとして見られるかも。
大体、向こうの世界の食器にしたところで、どこの土を使っているかなんて、気にしたことはないものね。案外、白くてきれいな食器を作るための土って、動物の骨の成分が混じっているかもしれないし。
「こっちの人は、問題なく受け入れてくれます? この素材の食器でも」
どっちかと言えば、コロネがどうこう思うより、そっちが問題だ。
実は、みんな苦手でしたでは、結局食器として使えないし。
「それは大丈夫ですよ。この食器が売れなかったのは、気持ち悪いからじゃなくて、今あるものと代替するほどの魅力がなかったからですし、はい」
「そうですよ。いちいちそんなことを気にしていたら、生きていけないですもの。サイファートの町だからこそ、食事にこだわる余裕がありますけど、他の町ですと、そもそも冬場の食料に困ることだってありますしね。教会がなければ、大変なことになっている地方も多いですよ」
だから、神聖教会は力を持っているのだそうだ。
なるほどね。
そして、つくづくこの町は異常だということに気付かされる。
「まあ、一応、クレイヴさんにも見てもらいましたよ。何と言っても、粘土の専門家ですから。その見立てによりますと、『粘性種が土化したものじゃないか』ということらしいです、はい。直接変化したのか、土と一体化したかまではわかりませんが、そんな感じだそうです、はい」
ああ、そうか。
クレイヴはクレイゴーレムだものね。
粘土に触れることで、ある程度の性質はつかむことができるのだとか。
ともあれ、そういうことなら大丈夫かな、うん。
「それでしたら、今後もこの素材を使った陶器ができたら、教えてもらえますか? お皿でも、普通の器でもいいですから。わたしの方で使っていきたいと思いますので。周りであまり使われていないということは、特色にもなりますしね。今後は適正価格で構いません。あ、もちろん、普通の焼き物も買いに来ますよ」
「本当ですか!? それはうれしいですね、はい。今は素材がありませんので……ミスト、また頼めるかい?」
「うん、大丈夫。すごく大きな泉だったから、また行ってもらってくるよ。あ、いや、量が必要となるなら、何か持って行った方がいいかも」
確かに、交渉ができるのであれば、スライムさんたちにもメリットがあった方がいいよね。ふむ、どうしようか。
「ちなみに粘性種の方って、甘いものは食べられますかね?」
「うーん、甘いものはわからないですけど、わたしたちが分けてもらったものは、柔らかい食べ物が多かった気がしますね。確か、硬いものは消化に時間がかかるそうです」
「でしたら、プリンを用意しますので、持って行ってもらってもいいですか? あ、プリンっていうのは柔らかいお菓子のことです。お店で販売しませんけど、今後はわたし関係のクエスト依頼で報酬として用意しているものですね」
プリンなら、ちょうど作ろうとしていたところだし、問題ないかな。
それで気に入ってもらえれば、今後の交渉に使えるだろうし。
「わかりました。アイスとは違うんですね? それはそれで、興味深いですね」
「お願いします。ちなみに、この町からスライムの村までどのくらいかかりますか?」
「浅い階層なのと、近道も見つけましたので、それほどはかからないですよ。一時間ちょっとですかね」
あ、それなら、アイテム袋でも大丈夫だね。
保存方法を考える必要はなさそうだ。
「では、次にダンジョンに行く時はお願いします。プリンは明日以降でしたら、毎日用意していく予定ですので。一緒にギルドの皆さんの分も用意しますので、食べて感想を聞かせて頂けると助かります」
「本当ですか!? それは、みんなも喜びますよ。たぶん、コロネさん宛てのクエストを出しているひとりが、うちのメンバーですから」
あ、そうだったんだ。
それはそれで、ちょうどいいね。
こうして、プリンの存在をちょっとずつ広げていくのだ。
いい感じだね。
「では、そのような感じでお願いしますね。今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ、いつでも歓迎しますので、いらしてください、はい」
「コロネさん、甘いものに関して進展がありましたら、教えてくださいね。ひとりのファンとして応援してますから」
「ぴっぴー、ぴー!」
「ありがとうございます。では、また」
笑顔の三人に見送られて。
コロネはお店の方を後にした。