第71話 コロネ、花の妖精と話す
「ドロシー、いる? 頼まれていたもの、持ってきたわよ」
魔女のお茶会も終わり、コロネがそろそろ帰ろうとしているところにお客さんがやってきた。ピンク色の髪をした小さな妖精さんだ。三十センチくらいかな。身に着けているものも羽衣のような服で、ピーニャとは違って、いかにも物語に出てくるような妖精といった感じの女性である。
「あ、ラズリー、いらっしゃい。え、もうできたの? ちょっと早くない?」
「ええ、オサムがハーブ栽培のために使ってる魔法薬をもらったの。あれ、ハーブだけじゃなくて、木の実や魔法植物にも効くみたい。ラズリーもちょっと驚きだわ。今、ちょっと家の方がすごいことになってるもん」
ドロシーが下のフロアへと飛び降りようとする前に、その妖精がこの高さまで飛んできた。というか、ドロシーも空を飛べるんだね。さすがは魔女だ。
と、妖精さんがコロネの方へと向き直って、驚いたような表情をする。
「あら、コロネじゃないの。太陽の日以来よね、お久しぶり。そっかそっか、ドロシーにお招きされてたんだ」
「あれ……? やっぱり、ラズリープルさん、ですよね? この間会った時と違うから、別人かと思いましたよ」
ラズリーと呼ばれていたから、もしやと思ったけど、やっぱりそうだ。
料理人として挨拶した、ラズリープルさんだ。
あれ、でも、この間会った時は、コロネとおんなじくらいの背丈だったし、髪の毛の色も違うから印象が変わっちゃってて、よくわからなかったよ。
「ラズリーでいいってば。そうね。あの時は『人化』を使っていたわよね。それに、料理人のときだけは髪の色は変えてあるの。もう少し黒っぽかったでしょ? 料理人は裏方だからあんまり派手派手しくないほうがいいんだって。オサムが言うから仕方なく、ね。この髪は、花の妖精としては自然の色だから、失礼しちゃうとは思うけど」
「そうそう、コロネも必要だったら言ってね。このお店には、容姿をいじる薬も売っているから。簡単なのは、髪と目の色を変えるやつね。このふたつの色と、髪形をいじると意外と別人っぽく見えるんだよ」
お手軽変装だね、とドロシーが笑う。
魔女といえば、顔をいじるのがお約束なのだそうだ。そういった魔法アイテムにも抜かりはないとのこと。
「ラズリーさんは、花の妖精なんですね」
前回会った時は、修羅場の一歩手前だったため、簡単に挨拶しただけだったのだ。細かい紹介はほとんどしていないような気がする。
確かに今の姿を見れば、花のイメージにぴったりな気がするね。
「そ、木の妖精の亜種というか、変種ね。ラズリーの場合、植物の成長だけじゃなく、どっちかっていえば、花や実をつけるほうが得意だわ。だから、ドロシーからもお仕事もらったりしてるわね。というわけで、はい、これ」
そう言いながら、ラズリーが小さなアイテム袋をドロシーに手渡す。
その中身をドロシーがひとつひとつテーブルへと並べていく。
どうやら、何かの植物の種と葉っぱ、そしてその果実のようだ。
葉っぱは三日月の形を、果実は半月状の形で、表面は硬い殻で覆われているようだ。
「いやあ、ありがと、ラズリー。さすがだね。私もこの大きさまでは育てられないよ。うんうん、これなら、ルナルも文句言わないよねー」
「いえ、お嬢様。わたしくはそもそも、お嬢様にも文句を言った覚えはありませんが」
「まあ、いいじゃない。とにかく、実のほうはルナルの好きにしていいよ。持って行っちゃって。種と葉は商品として並べちゃうね」
そう言いながら、ドロシーが種と葉っぱをいくつかの空のビンに入れていく。
どうやら、そのままでも立派な商品のようだ。
「ねえ、ドロシー。それは何の植物なの?」
「これはね、ムーンワートって言うの。一種の魔法植物だね。その実は幻獣種の食べ物となり、その葉は『白い薬草』とも呼ばれているんだ。一応、その名の通り、月の属性を含んでいるのかな。一説には、元々月に生えていたっている話もあるみたい」
「月に植物が生えているの?」
へえ、こっちの世界だと月にも色々と不思議なことがあるんだね。
さすがに向こうでは聞いたことがない話だ。
コロネが驚いていると、周りの三人が苦笑して。
「まあ、月の話については眉唾ですよ。おそらく、誰か、幻獣種の仕業でしょうね。自分の主食を異界で育てられるように環境を整えるのは、当然のことですから」
「でも、普通の環境じゃ育てるのが難しいわ。ラズリーの能力でも、ルナルの作った、この環境だから育てやすくなっているだけだもん。たぶん、普通の木の妖精じゃ、葉をつけるのが精々だわ」
何でも、この異界の中でも、ラズリーの住んでいるエリアは、植物が育ちやすい環境になるように調整しているのだそうだ。
すごいね、幻獣種の異界って。
聞いている限り、何でもありな気がする。
まあ、あくまでルナルの能力の範囲内でなら、ということらしいけど。
そのため、一応はドロシーでもムーンワートの実をつけることは可能ではあるそうだ。
「それでも、普通は幻獣種が木の妖精に頼んで育ててもらうものだけどねー。環境だけじゃ限界があるし。ていうか、コロネは知らないかもしれないけど、木の属性持ち自体が少ないんだよ。基本の属性じゃないから。ラズリーみたいに木のさらに変種なんて、それこそあんまり聞いたことないしね」
ドロシーによれば、火、水、風、土の四属性に、光と闇を加えたものが基本の属性と呼ばれるものらしい。それ以外は、専門的というか、応用的な属性となるため、これら六つ以外の属性持ちはガクッと減るらしい。
特殊な属性で有名なのは、氷や雷といったところのようだ。
「実際のところ、光と闇も少ないけどね。大体が、神族か魔族に偏っているから。まあ、普通の人間種でも使える人はいるから、必ずしもそういうわけじゃないけどね。純粋な属性特化としては、ほとんどいないって感じかな」
「なるほどね」
魔法や属性についても色々とありそうだ。
少しずつ、そういうことも知っていくことにしよう。
ところで、気になっていたことがひとつある。
「ラズリーさんのお店も、この『夜の森』の中にあるんですか?」
「そうよ。『フェアリー・スパイス』っていうお店だわ。お店の周りでは、木の実とか香辛料とか、色々育てているの。もちろん、ムーンワートみたいな魔法植物もね」
「ラズリーのお店は、何というか、すごいよ。見た目がね。オサムさんが言うところのコンパニオンプランツだったかな? 色々な植物が一緒くたになって家を作っているの。あれは一度見ておいた方がいいね」
ああ、カカオとかを育てるときにも似たようなことをやっているんだよね。
森を作る農法、というやつだ。
虫による受粉に限定されている作物の場合、殺虫剤が使えないため、媒介となる虫を含めた環境が必要となる。
だから、そのために森を作るのだ。
アグロフォレストリー。
農業と林業の掛け合わせで、森を作ることがチョコレートには必要となる。
うん。
ということは、カカオさえ探し出せれば、ラズリーのところで作ることができるようになるかもしれないね。
これは、いいことを聞いたよ。
「今は、遅いから、昼間の時間がある時にでもいらっしゃいな。歓迎するわ」
「ええ、ぜひお願いします」
それじゃあね、とラズリーが帰ろうとするので、コロネも一緒にお暇しようとすると、ドロシーが何かを持ってきた。
「あ、コロネ、ちょっと待って。これとこれを持って行って」
そう言って、渡されたのは、親指くらいのほうきと、黒猫のお人形だ。
人形の方は、ルナルに造形が似ていなくもない。
「これは?」
「うん。ほうきの方が『夜の森』に入るための認証のキー。鍵のことね。これがあると、私やルナルがいなくても、井戸に飛び込めば、森に入ることができるから。あ、飛び込むときは絶対に忘れないでね。鍵なしで飛び込むと、町の外に飛ばされるようになってるから」
うわ、それは怖いね。
気を付けないといけないな。
「でも、いいの? 鍵をもらっちゃって」
「まあ、コロネは大丈夫って判断? そもそも、門番のダンテが問題なしってしてるんだから、間違いないしねー。いやいや、そうじゃなくて、友達なら信頼して当たり前でしょ。そういうもんだよん」
ドロシーがうれしいことを言ってくれている。
こちらとしても、その信頼には応えないといけないね。
「コロネ様の場合、精霊や妖怪からの評価も高いですから。それで十分ですよ」
「ありがとうございます」
「それでね、その人形だけど、それがあると、遠く離れていても、ルナル経由で私と話ができるようになるの。わかりやすく言えば、『遠話』用のアイテムかな。かなり限定的だけどね」
本当は、一対の人形を持った者同士で会話をするためのアイテムなのだそうだ。
下のフロアで売っていた人形も同じ機能があるので、そっちは売り物なのだとか。
「こっちはあくまでプレゼント用。メイ姉も持ってるよ。ま、私が仲良くなった人に渡すために作っているお人形だね。だから、受け取ってくれるとうれしいな」
「ありがとう、ドロシー。大切にするよ」
「ま、退屈な時はこっちからも使うから、話相手ってことで。それじゃ、森の入り口まで送っていくね。あ、ちなみに帰る時は、そのまま森を出れば、入り口とつながるから。私たちがいないときも心配ないからね」
そう言って、ドロシーが笑う。
今日一日も、色々な人からあったかいものを分けてもらったなあ、と。
そんなことを思いながら、コロネも笑う。
こうして、五日目の夜は更けていった。