第70話 コロネ、お茶をいただく
「こっちが私の住んでいるお部屋だよ。ま、お茶でも飲んでいってよ」
ドロシーが案内してくれたのは、お店のちょうど真ん中くらいの高さにある場所だった。ねじれた枝が、互い違いに組み合わさって、壁のようになっている。奥側の壁にはちょうど窓のような穴がきれいに開いていて、そこから月明かりが差し込んでいる。
ドロシーの店内は、ふわふわと浮かんでいる丸い光の玉が光源となっているが、それと同じようなものが部屋の中にも浮いている。
光の玉は、魔道具なのか、それとも生き物なのかわからないが、どことなく、幻想的な光景だ。
と、部屋に入って驚いたことが、まずひとつ。
「あ、すごい! ほうきが勝手に動いてる」
何本かのほうきがクネクネと形を変えながら、自分で動いているのだ。床を掃除しているものもあれば、ただ動いているだけのものもある。
何だか、おとぎ話で見る魔法っぽいね。
「いやー、これ、自動的にはしてあるけど、私が動かしてるの。遠隔操作、遠隔操作。一応、塔でのアルバイト中も常に操作のパスはつないであるよ。ま、私流の魔力アップのトレーニングかな。ね?」
ドロシーがほうきを指差すと、ほうきたちが一斉に頷き返した。
うわ、何だかすごい。
「まあ、魔力って、使うことでしか成長しないからね。特に細かい制御については、中級以上の必須項目だから、魔法の心得のある人はみんな何かしらのトレーニングをしていると思うけどね。あ、メルさんはどうなのかな? まあ、ポーションを作っているだけで、トレーニングになるのかもね」
メルの場合、『冬眠』スキルのおかげで、基本量よりも多めに魔力を蓄積することができるのだそうだ。とは言え、貯めた分は使っているだろうから、それ自体が訓練になっているようだ。
「なるほどね。それじゃあ、レベルアップと魔力は関係ないんだ」
「あー、コロネは知らないかー。ステータスのレベルってあんまり意味がないんだよ。レベルと能力はあんまり関係ないから」
「え!? そうなの?」
あれ、何となく、レベルが高い方がすごいってイメージがあるんだけど。
ジルバやオサムが、レベル1だから魔力が少ないとか言ってなかったっけか。
「まあ、さすがにレベル1のまま、っていうのは難しいから、そういう認識が広まっているんだけどね。このレベルがあがるための経験って、純粋に戦闘経験だけなんだよ。ぶっちゃけ、私なんかレベル1の時点で、上級魔法が使えたもん。仮にレベルがあがったところで、たくさん戦いましたねって意味だけで、能力はそのままだよ? これは『学園』でも検証済み」
「ですから、冒険者ギルドがカードを生み出すまで、このステータスというものはまったく意味を成さなかったのですよ。そもそも、いつごろから存在しているのかもわかりませんしね。個別認証のことが知られなければ、今でもそういった扱いでしょうね」
そうなんだ。
要するに、このレベルは単なる目安に過ぎないのか。
確かに、ステータスにはレベルとスキルしか表示されないしね。
「同様にこのスキルにも注意が必要なの。新しいスキルを覚えるのって、普通はそのスキルが使えるくらい成長したから、スキルを覚えるんだよ。使えるようになってから、表示されるって感じかな」
「新しいスキルを覚えたから、そのスキルが使えるようになるというのはまずありません。その例外がユニークと呼ばれるスキルですね。ユニークとは、めずらしいという意味ではありません。本来の手順とは逆になる特殊なスキルです。ですから、そう呼ばれているのです」
ああ、そうか。
コロネも何もないところからチョコ生み出すことなんてできないものね。
本来できないことも可能になるのが、ユニークスキルか。
「だから、強くなるのとレベルアップは関係ないの。当たり前だよね。レベルが上がったからって、レベルが上がる前の自分と何が違うのさ? 人間、そんなに劇的に成長したりしないよ。だから、みんな、地道な努力をしているんだもの」
まあ、ごもっともな話だよね。
だったら、そもそもこのステータスって何、って話になるんだけど、それは皆も同じように思っているらしい。
「まあ、レベルが高いってことはいっぱい戦闘を経験しているってことだから、無意味とまでは言わないけどね。討伐クエストだったり、対人戦闘の訓練だったりでも上がるよ。モンスターを倒さなくてもね。コロネも、メイ姉と手合せすれば、少しはレベルアップするんじゃないかな。でも、少なくとも、魔力とはほとんど関係ないね。それは魔女として、はっきり言っておくよ」
とは言え、戦闘訓練で魔法を使えば、少しは成長するだろうとのこと。
当然、使わなければ成長しない。
当たり前の理屈だ。
と、ほうきのひとつがおぼんにポットとティーカップを運んできてくれた。
説明しながらも、ドロシーが裏で用意してくれていたらしい。
ほうきの柄の部分でバランスをとってるんだ。
これも何か魔法が使われているのかな。
「それじゃ、そこのいすに座って。魔女特製のお茶を出すから」
木でできたテーブルといすが並んでいるところへと通された。
ちょっとしたリビングルームといった感じだ。
「ありがとう、ドロシー。それにしても、そのほうきもドロシーが動かしているの? よくそんな器用なことができるね」
「ま、式神召喚もおんなじような感じじゃない? 周辺の小精霊を行使して、疑似的な生命体みたいに操っているの。ポイントは小精霊と周囲の魔素のコントロールだよん」
「お嬢様の場合、幻獣とも近しいですからね。そういった意味ではわたくしの異界の中では、魔素のコントロールがしやすくなっているようです」
そう言いながら、ルナルがティーポットからお茶を注いでくれる。
何となく、言葉遣いも含めて執事っぽい。
「さあ、どうぞ。オサムさんのハーブティーに慣れてるとあんまり驚きもないかもしれないけどね。これでもこの辺じゃあんまり採れない葉っぱを使ってるんだよ」
あ、この香りとこの紅い色はもしかして。
「やっぱり、紅茶だ。うん、香りもさわやかだし、とっても美味しいね」
「そうそう。オサムさんから聞いたよ。コロネたちの故郷だと、甘いものにはこのお茶が一緒に出されるんでしょ? このお茶の葉っぱは『幻獣島』の原産だよ。こっちじゃあんまり採れないから、一応、貴重品扱いだよ」
そう言って、ドロシーが小さな壺を差し出してきた。
「だから、お茶の葉っぱと交換で、お砂糖もゲットしてあるの。まあ、これも私の家以外で使わないように言われてるけどね。これを入れるようになってから、今までみたいにお茶だけで飲むのは物足りなくって」
そっちで慣れてたはずなんだけどね、とドロシーが笑う。
コロネもそれにならって、砂糖を一杯入れてみる。
甘い。
やっぱり、向こうの砂糖と変わらないね。
いいなあ、お砂糖。
「まあ、砂糖はいいとして、お茶の方はドロシーから分けてもらうってことはできるの? さすがに『幻獣島』まで買いに行くのは難しそうだし」
「そうだね。お金じゃなくて、甘い物と交換ってのはどう? オサムさんのお砂糖も物々交換だよ。その方がいいんだって」
そういえば、オサムもそんなことを言っていたっけ。
「うん、わかった。ドロシーが気に入りそうなお菓子ができたら、持ってくるよ。というか、作ったものは色々と味見してもらうけどね」
「あっ、それはうれしいねー。この間の白くてサクサクしていたのも美味しかったもん。メレンゲクッキーだっけ? ピーニャから聞いたけど、あれで間に合わせで作ったっていうのが信じられないよ。ちょっとこれから、楽しみだねー」
「うん、期待に沿えるように、頑張るよ」
紅茶を一口飲みながら、頷いて。
これで、紅茶への道も見えてきた、と。
そんなこんなで、夜のお茶会はまったりと続いていった。