第68話 コロネ、魔女に招かれる
「でも、魔女っていうのはどういうこと? こっちの人って大体の人が魔法を使えるんじゃないの?」
向こうでは、魔法を使う人イコール魔女だけど、その場合、こっちだと女の人はほとんど全員が魔女になってしまうような気がするんだけど。
「うん、良い質問だね。それじゃあ、ちょっと私が魔女であるゆえんを見せよっか」
ちょっと待ってて、とドロシーが井戸の方へと向き直る。
その横にはケットシーのルナルも立っている。
と、ドロシーが何かを指で弾いて、井戸へと投げ込んだ。
「『聖なる井戸』をもってここに顕現す。我、ドロシーの名のもとに『夜の森』への道を開け!」
ドロシーが呪文のような言葉を唱えると、井戸と横にいたルナルが光り出した。
次の瞬間、パンという弾ける音と共に、周囲の視界が変化した。
森の中に、さらに深い森が現れていた。
「ま、こんなとこかな。こっちの森が本当の『夜の森』だよ。ほら、少し奥の方に大きな木の家がいっぱいあるでしょ? この中は魔素が外の世界よりも多く存在してるから、そういった環境を好むものたちが住んでいるの。妖精、精霊、妖怪、幻獣、そして、魔女とかね」
ドロシーがそう言って、ころころと笑う。
つまり、この森はサイファートの町の三つめの町なのだそうだ。
表の町、地下の町、そして、森の町。
言われて、コロネが周りを見渡すと、大きな大樹が無数に生えており、その一本一本が家になっているのが見えた。木造建築ではない、本当の意味での木のおうちと言った感じの風情だ。
いかにも、妖精とかが住んでいそうな場所である。
「魔女と呼ばれる条件は、大きく分けてふたつかな。ひとつは、空間魔法の使い手であること。もうひとつは、幻獣の力を借りることができること。まあ、本来の魔女はその他にもいくつかの能力が必須なんだけど、それは魔女以外の人には関係ないからね。どっちかの能力を持っている人は、魔女扱いされちゃうんだ」
その他にも精霊と話ができたり、風の声を聴いて嵐を操ったり、というものもあるらしい。ただ、表向きは魔女イコール空間魔法か、幻獣召喚師なのだそうだ。
「『夜の森』を作っているのは、私の力じゃなくて、ルナルの力だけどね。幻獣種の種族スキル『異界生成』。この森はケットシーにとっての住みやすい森がイメージされているってわけ」
「そして、わたくしが作った『異界』への道を開いているのが、お嬢様の力です。本来、作り手以外は行き来できないはずの場所へ、それ以外の方を立ち入ることが可能となる力こそが、魔女の証明に他なりません」
なるほど。
つまり、ふたりの能力の合わせ技が、この『夜の森』なんだ。
そして、この森の住人となったものは、ドロシーの手を借りなくても、井戸に飛び込むことで、向こうの森と『夜の森』を行き来できるのだとか。
当然のことながら、住人でなければ、井戸に飛び込んでも森の中へは入れないそうだ。
「ちなみに、さっき井戸に投げ込んだのは銀貨ね。この井戸は『聖なる井戸』って言って、異なる世界同士の架け橋みたいなもんなの。井戸に飛び込むか、儀式と空間魔法を使って、道を切り開くか。お客さんを招く時は後者。今みたい感じね。だからそのことを知らない人にとっては、外の森はただの井戸のある公園なの」
すごいなあ。
説明を聞きながらも、周りの変化に圧倒されてしまう。
森が開けてからは、ここに住んでいる人たちの姿も見えている。
あっちに見えるのは、ミドリノモたちだし、まだ会ったことがない妖精種の人たちもいるみたいだ。
「って、あれ?」
「あっ、コロネだ。めずらしいね、こんなとこで」
「あー、この森まで来られるようになったんだねー」
「そっか、ドロシーと仲良くなってるんだものね。まあ、そのうち来るとは思ってたけど」
ギルド『あめつちの手』の三人だ。精霊種のアルルとウルル、その保護者のシモーヌである。
ああ、そうか。三人はここに住んでいたんだ。
道理で、あんまり街中では見かけないと思った。
「皆さん、この森に住んでいたんですね」
「そうだよ。この森、精霊には居心地がいいんだ。ルナルが快適空間を心掛けてくれているからね。ほんと、ありがたいよ」
「うん、いざという時はドロシーが護ってくれるもんねー」
「やっぱり、普通の町だと精霊は住みづらいのよ。コロネも聞いたかもしれないけど、まだまだ油断ができるような状態じゃないのよね」
なるほど。やはり精霊種が冒険者をするのは、色々と気苦労が多いようだ。
でも、ドロシーはけっこう頼りにされているね。
「ま、それも私の仕事だしね。アラディアのおばばに派遣されて、この町にやってきたんだけど、きっちりとお役目を果たさないと追い出されちゃうからね。せっかく、私も気に入っているんだから、そんなの嫌だもん」
「ですが、お嬢様も最初はアラディア様のご命令でしたが、今はお嬢様が好きでやっていることですよ。わたくしもそれは同じです。願わくば、この平穏が永遠に続くよう、寄与していきたいですね」
アラディア、というのは魔女の中でも偉い人なのだそうだ。
ドロシーは『学園』を卒業してすぐに、この話を命じられて、サイファートの町へとやってきたのだとか。
「じゃあ、今日のところはコロネをお店に案内しないといけないから。三人とも、またねー」
「わかった。ドロシーもしっかりやんなさいよ」
「コロネー、アイスの件、よろしくー」
「ま、太陽の日にはまたお店に顔を出すわ。明日はちょっと食材集めよね」
そう言い残して、三人は行ってしまった。
向こうの方に三人の家があるらしい。
「では、改めて、私のお店に案内するよ。ルナルの能力の都合上、森の真ん中にあるの。ちょっといい場所を占拠しちゃって悪い気もするけどね」
ドロシーがお店まで誘導してくれている。
途中、歩きながら、魔女についての詳しい話を聞いてみた。
「私の出身は、魔女の隠れ里だよ。コロネも聞いたことがあるかな? 『無限迷宮』のひとつ、『幻獣島』。その中に隠れ里はあるの」
「えっ! 『無限迷宮』って、確か危険な場所じゃないの?」
「まあ、その辺は色々あるからねー。それに、魔女にとって、幻獣は信頼すべきパートナーだからね。ま、全部が全部そういうわけじゃないけど、他の人たちよりは安全かな。それでも、島の奥までは行くことは難しいけどね」
それはすごい話を聞いたかも。
というか、隠れ里の話をあっさりしちゃってもいいのかな。
まあ、誰かに話すつもりはないけど。
「で、『幻獣島』の位置なんだけど、この大陸から大分南の方へ離れた場所にあるの。だから、そもそもが島までたどり着くのがちょっと大変かな。船便も竜曳航船も、『学園』関係の人間しか乗れないし」
「え、どうして、『学園』の話が出るの?」
「コロネ様、『学園』は別名を『南海の学園』と呼ばれております。場所は『幻獣島』のすぐ隣の島です」
「そうそう。『幻獣島』の双子島ってね。そもそも、『学園』の本来の目的は『幻獣島』の攻略にあったんだよ。今は、教育機関としても、研究機関としても充実してきているから、そっちの目的は棚上げされているけどね」
そうなんだ。
最初のうちは、冒険者などが『学園』の生徒となって、『幻獣島』に挑戦していたそうだが、その難易度の高さから、今では半分諦められているそうだ。
その際、世界各国から名高い冒険者が集まったことで、結果として、『学園』の質が向上し、目的とはずれた形ながら成果が出てきたため、そのまま今に至るのだとか。
「て言うか、『幻獣島』の攻略なんて、まず無理だって。考えてもみてよ。ひとりひとりの幻獣種が『異界生成』を使えるんだよ? あの島はそれらの異界がごちゃ混ぜになっているんだもの。マッピングはできない。現在地もわからない。普通のダンジョンが一個の島の中に幻獣の数だけあるんだから。出身の私でも、隠れ里にたどり着くのがやっとだしね」
「あの島の幻獣種は、異界をフルオープンですからね。本来は閉じておけば、この森のように立ち入ることができないのですが、そういう意味では大らかと言えるのではないでしょうか。外部のものを受け入れるという意思表示ですから」
「いや、絶対あれ、嫌がらせでしょ。来れるもんなら来てみろって感じだもの」
ドロシーがルナルのフォローをばっさりと切っている。
とりあえず、聞いているだけでも面倒そうなダンジョンであることはわかった。
「まあ、話を戻すと、魔女ってのは『世界を見る者』って感じかな。どうして、この世界が今の形なのか。それを探る者ってところだね。空間魔法も、幻獣の異界も、その道筋の中の要素だろうね」
「別の形で似たような到達点を目指している方々もおられます。魔女というのは、そのうちのひとつですね。我々にとっても興味深い話ですから、こうして手を貸しているわけです」
「まあ、おばばにして、道に踏み込んだばかりって話だから、先は長そうだけどね。あ、着いた着いた。ほら、そこが私のお店だよ」
そう言って、ドロシーが目の前の大きな樹を指差す。
数百年の年月を過ごしたかのような大木と一体化になった形で、お店はあった。
「じゃあ、中に入って入って。私のお店だよん」
そのまま、三人は樹の中へと進んでいった。




