第66話 コロネ、町の治安について聞く
「それでは、コロネさん。また明日」
「うん、明日の夜にうかがうね」
明日の約束をして、ブランが帰って行った。
小麦を砕くための器具は、オサムから借りたアイテム袋に入れて、持って帰っている。ポーションが五十個はすんなり入ったから、大きいとは思っていたけど、かなりの容量らしい。
向こうでいうところの大型家電レベルの器具があっさりと入ってしまった。
ちなみにブランが持参したアイテム袋では、こうはいかないらしい。
「そもそも、オサムさんの持ってるやつは、吸収機能がついているからね。袋の入り口より大きなものを入れるには必須の機能なんだけど、これがなかなか大変なんだー」
ドロシーが機能について解説してくれる。
そういうところはやっぱりプロだね。
「あ、やっぱり特別なんだ。あの袋」
袋を持ったまま、入れたいものの前で、そう願うとスポッと入っていくのだ。
何だか、力の強い掃除機というか、何かのお話であった吸い込まれるひょうたんみたいな感じで面白い。
「そだよー。あれがないと、袋の開く大きさまでしか、物を入れられないの。だから、アイテム袋のランク分けの要素だね。魔法を使うか、素材で応用するか。どっちにしても、難易度高めのポイントかな」
一般的に使われている袋は、やはりあまり大きなものは入れられないそうだ。
たとえば、大型モンスターを丸々入れられるような袋は、持っているだけでステータスになるのだとか。
サイファートの町では問題ないが、他の町の場合、持っていることが知られると狙われたりもするらしい。
「ただ、普通はそういうアイテム袋を持っている人って強いから、返り討ちだよ? まあ、当たり前のことだけど。楽してお金儲けしようとしている悪い人は、頭が悪いか、それだけ追いつめられてるって話よね」
やれやれ、とドロシーが苦笑する。
どこの町にも、そういうチンピラみたいな人はいるらしい。
やっぱりゲームとは言え、そういうところは妙に現実っぽいね。
「でも、この町にはそういう人がいないよね?」
「まあ、そういう町だからねー。そもそも、町に入る条件がけっこう厳しいし、強さも要求されるじゃない? となると、それなりに強ければ、別に真っ当にお金を稼ぐ方法はあるわけだしね」
「なのです。でも、厳しい条件と言っても、それほど大したことはないのですよ。いざという時、自分の身は自分で守れること。町に対して危害を加えないこと。町を利用しようとしないこと。それだけなのです。後はいくつかありますが、大事なのはそんなところなのですよ。商人が入れないのは、儲け話や好奇心を満たすため以外でやってくる人がいないからなのです。面白半分がダメなのも条件なのですよ」
「うん……要は、強くて、町に危害を加える意思がなければ大丈夫だ、よ?」
なるほど。
害意があったり、観光目的だったりする人はダメってことか。
でも、強さとなると、コロネも厳しい気がするけど。
「わたしもあんまり強くないんだけど、大丈夫なの?」
「コロネさんの場合、迷い人ですから問題ないのです。あと、迷い人の他には、この辺に迷い込んだ孤児だったり、そういった場合は大丈夫なのです」
「まあ、門で害意のチェックはやってるよ。そういうのダンテは得意だから。だから門番やってるのね、あのおやじ」
自分の意志でやってきたのでない場合は問題ないらしい。
ただ、その場合も他人を陥れようとかいう人格の場合、ダンテかダークウルフのチェックに引っかかって、お引き取り願う感じになるのだとか。
もし、ダンテで手に負えない場合、即座に『遠話』発動で通達されるらしい。
あ、そっか。
それで『遠話』スキル持ちが門番をやっているんだ。
「ただ、そのせいか、この辺りに子供とかを置いていく人もいるんだよ。まあ、問題なければカミュやカウベルが教会に引き取っているから、それが救いって言えば救いだけど。ちょっと悲しい話だよね」
「でも……その子の親も苦渋の決断だったかも、ね。カミュが元の場所へ送り届けないのも、それが必ずしも幸せにつながらないからだ、よ」
「……そうなんですね」
「まあ、その子たちにとって、この町に来てよかったと思えるように支援するしかないのです。そもそも、人手が増えるのは大歓迎なのですよ。ですから、ピーニャたちがすべきことは同情することではなく、ただ、受け入れることなのです」
現に町の中では、孤児院出身だった子供たちが役割を持って頑張っているのだそうだ。今回の新しいシスターだったり、運び屋のロンのところで働いている者だったり。
「ま、そういうことだ。コロネも冒険者ギルドで聞いたかもしれないが、この町のクエストは学習や研修込みのことが多いんだ。教育の重要性だな。フィナのやつが魔法を、神聖騎士のマックスなどが戦闘術を、まあ、ドーマの地獄の特訓で精神力をってのもあるな」
そう言って、オサムがコロネたちに笑いかける。
この町も捨てたもんじゃないんだぞ、と。
「面白いもんでな。色々と教わることで、元々はなかったはずの才能が開花するケースも多いのさ。魔法適正にしてもそうだ。まだ他の場所ではその手の教育が進んでいなかったせいで、データが不足しているが、これは可能性のひとつの証だな」
「だね。『学園』の場合、ある程度成長した後じゃないと受け入れてくれないから、本当に小さい頃からの成長についてはわからないんだ。だから私もすごく興味があるよ」
ドロシーが卒業した『学園』は、世界各国から学生を受け入れている場所なのだそうだ。
へえ、そういう学校もあるんだ。
どの国にも属さない国際的な教育機関があるって、何だかすごいね。
ちなみに、魔法医のメルも『学園』出身で、ドロシーの先輩にあたるのだとか。
ちょっと意外だ。
「まあ、小難しい問題はカミュたちプロに任せておけ。俺たちは、そいつらが美味い飯を食えるようにする。料理人として、やるべきことをやる。それが重要なんだよ」
「……はい。そうですね!」
「なのです。コロネさんのアイスの件もそうなのですが、もし、小麦粉もうまくいったら、パン工房も新しい展開を見せるのです。アルバイトだけではなく、コロネさんのパン作りを受け継げる人材をいっぱい育てるのですよ。そうすれば、もっともっと美味しいパンをたくさん作れるようになるのです!」
「そうそう。遅ればせながら、本当の意味で惣菜パンが出せる体制にしようぜ。今のままだと、ハンバーガーとサンドイッチばっかりだろ。あと、ジャムパンか。それが一味違うパンも提供できるとなれば……いいな! ちょっと俺も楽しみだぜ。今のうちに石窯を増やすのも検討だな」
「コロネ、『ヨークのパン』も量産できるようになるんでしょ? 私もあのパン、また食べたいもん。何だかすごいことになりそうだねー」
「とりあえず、今のパンを維持しつつ、新しいパンに移行か、な?」
「いや、まずは小麦粉の量産がうまくいってからの話ですって」
みんな、気が早いなあ。
そう思いながらも、コロネ自身笑わずにはいられない。
そんな未来予想図だった。




