第63話 コロネ、普通番に相談する
「ただいま、戻りました」
ちょっと寄り道をしたが、何とか塔まで戻ってくることができた。
本当はもう少し青空市で買い物をしたかったのだが、ちょっとばかり人が多かったのと、そのせいか、目ぼしいものが売り切れてしまっていたので、必要最小限の買い物に留まったのだ。
どうやら、ほとんどのお店は明日に備えているらしい。
食べ物屋の露店を開いていた人も、明日が本番だと笑っていたし。
結局は、エミールのお店でハチミツと果物を何種類か購入しておしまいといったところだ。
「あ、お帰りなさいなのです、コロネさん」
パン工房の方も、午後の営業がひと段落したらしく、ピーニャが普通番の人たちとまったりしていた。
テーブルの上にはツナサンドが置いてある。
どうやら、遅めの昼食らしい。
「やほー、コロネ。どう、コロネも食べる? 今日のあまりだよん」
そう言って、ツナサンドを差し出してきたのはドロシーだ。
赤茶色の髪、三つ編み、そばかすがトレードマークの太陽娘といった感じで、いつも天真爛漫な雰囲気のため、お客さんからの、特に男性のお客さんからの人気が高い。
年はコロネと同い年ということもあり、あんまり気を遣わないで話ができる人物のひとりでもある。
何でも、『学園』を卒業してからすぐ、この町にやってきたらしい。
それから、ずっとサイファートの町に定住しているのだとか。
ただ、まだそのくらいのことしか、聞いていなかったので、今朝、オサムから彼女のお店のことを聞いて驚いたくらいだ。
やっぱり、この年でお店持ちというのはすごいよね。
コロネも見習わないといけない。
「さっき、同じものを冒険者ギルドで食べてきたので、大丈夫だよ。ありがと」
「うわ、コロネ、ドムさんとこ行ったの? 私、まだ行ったことないんだよねー。そのうち行こう、そのうち行こうって思って、なかなか行けてないんだ」
「夜は自分のお店があるから?」
「おっ! そうそう! そっかそっか、コロネも耳にしたんだ。私のお店のこと。いやあ、何となく、自分から言うのが照れくさくてねえ。それに、夜しかやってないから、まだこの辺に慣れてないコロネに、夜中に遊びにおいでってのも悪いじゃない。私からの配慮ってやつだよ」
ドロシーによれば、お店の営業は午後八時からなのだそうだ。
確かにこっちの世界で見れば、かなり遅い営業時間に思える。
それでお客さんが入るのかな。
「今朝、アイテム袋の話をしたら、オサムさんがドロシーに聞いてみろって。何度か話をしたときも、そんなことは言ってなかったからびっくりしたよ」
「まあねえ、私も話そう話そうと思っていたんだけどね。まあ、そういうことなら、隠す必要もないよね。今晩、お店の方に来てみる? その時にでも、色々と話すことができると思うんだけど」
あ、それは願ったり叶ったりだ。
ちょうどこっちから切り出そうと思っていただけに少しうれしい。
「うん。ドロシーさえよければ大丈夫。それで、お店ってどの辺にあるの?」
「町の南西部に木がいっぱい生えている場所があるのはわかる? そこの奥に私のお店があるんだよ。まあ、私だけじゃなくて、けっこう色んな人が住んでるんだけどね」
そうなんだ。
まだ南西部には行ったことがないなあ。
それにしても、木がいっぱい生えているって随分と漠然としているね。
「コロネさん、南西部にはちっちゃな樹海みたいなところがあるのですよ。この町にはそういった環境の方が落ち着ける人たちも多いので、小規模ながら、そういう場所も用意しているのです」
ピーニャが横から説明してくれる。
自然がいっぱいという意味では、町の外の方がいいのだろうが、この辺りのはぐれモンスターはなかなか強いのだそうだ。魔王領の側というのは伊達ではないらしい。
町の周辺に住むためには、どうしてもある程度の強さが求められるため、その条件を満たしていない者は、町の中のミニ樹海にいるのだとか。
中には単純に、町だと便利なので暮らしている者も多いそうだが。
「ま、コロネが知ってる顔にも会えるんじゃないかな。午後八時くらいなら大丈夫だから、森の方に来てみて。来たのがわかれば私が案内するから」
「うん、お願いね。ちなみに予算はどのくらいとかって聞いてもいい?」
「あー、アイテム袋の場合、素材集めからだから、まだお金はいいよ。純粋に、お金だけの交換だと、たぶん今のコロネじゃ買えないしねえ。それにね、ありがたみもなくなっちゃうから、私のおすすめは素材から頑張ろーって感じ? うん。その方が面白いし」
「わかった。じゃあ、アイテム袋はいいや。今日はお店を見に行くって感じでいいんだね」
「そうそう。気軽に遊びにおいでよ。いやあ、良かった良かった。同世代くらいの友達がお店に来ることなんて、あんまりないから楽しみだよ」
そう言って、ドロシーが笑み転がる。
横で、頷きながら話を聞いていただけのメイデンも口元に笑みを浮かべている。
「良かった、ね。ドロシーも、話したいって言ってたもん、ね」
「そうそう。メイ姉もたまにしか遊びに来てくれないし」
「うん……夜の森はあんまり、得意じゃない、の。ごめん、ね」
少し申し訳なさそうに、メイデンが謝っている。
彼女は暗いところと地下が苦手なのだそうだ。
確かに、見た目は儚げな金髪のお姉さんといった感じで、ちょこんと椅子に座っているだけで、箱入り娘っぽい風情なのだ。特徴は完全に下ろされた前髪だろうか。ものすごい照れ屋さんで、目が合うだけで真っ赤になってしまう。
正直、いまだにドーマの言葉が信じられない。
これで親子というのは驚きだ。
ちなみにふたりとも普通番の制服を着ている。
茶色と白のエプロンドレスだ。
給仕の時の衣装とは色違いといった感じかな。
「冗談に決まってるじゃない、メイ姉。たまに来てくれるだけでうれしいもん。ま、そんな感じだから、コロネは今晩よろしくねー」
「うん、わかった。それで、ここからはまた別の話なんだけど、メイデンさんにも相談があるんですよ」
「え……わたし、も?」
「はい。今日、地下の方でドーマさんにお会いしたんですけど、そこで、メイデンさんの話になりまして」
「あ、う……ごめん、ね。うちの父様が迷惑をかけたよ、ね? あの人、初めての人が相手だと、とりあえず、鍛えようとしたがるから、ね」
ああ、やっぱり親子で間違いないんだ。
見れば見るほど、似ていない。
とは言え、メイデンが嘘をつくとも思えないので、話を続ける。
「いえ、それで、わたしもある食材を採りに行くために強くなる必要がありまして。それで、メイデンさんに教えて頂きたい、という話なんですけど。ドーマさんが、メイデンさんがかなりの使い手だと言ってました」
「え……! わたし、が? でも、わたしの技術って、かなり特殊だ、よ?」
メイデンによれば、彼女の会得している戦い方は、あまり人に教えるようなものではないそうだ。向き不向きもあるが、そもそも、普通の戦い方をイメージしている人とは、かなり毛色が違うので、難しいらしい。
そうは言っても、それなりの実力者であることは間違いないようだ。
少し意外だ。
てっきり、全否定されると思っていたのに。
「ただ、ドーマさんが言うには、ドーマさんが教えるより、メイデンさんのやり方の方が女性には向いているそうですよ。ですので、ぜひお願いしたいのですが」
「いいんじゃない? メイ姉って、教え方がうまいじゃない。私が普通番を始めたころも説明がかなりわかりやすかったし。たぶん、ドーマさんだと、気合と根性で何とかしなくちゃいけなくなると思うもん」
「なのです。ドーマさんは説明が苦手なのですよ。本人が強いせいもあるのですが、たぶん、強くなる方法を意識するのは難しいと思うのです」
ドーマの場合、一定レベルより上の者を相手にするならいいが、コロネのようにまったくの素人を教えるのには、向いていないのだとか。
ドロシーとピーニャがそれぞれ断言するあたり、その評価で正しいようだ。
「う……ん。コロネ、本当にわたしでいい、の?」
「はい。ぜひ、お願いします!」
コロネの言葉に、少しの間逡巡していたメイデンだったが、ゆっくりと頷いて。
「わかった、よ。それなら、明日の午後、普通番が終わった後から始めよう、か。午後四時に地下一階に来て、ね。地下に戦闘の訓練場があるから、そこで教える、よ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「いい、よ。父様の推薦ってことは、わたしもそろそろ自分と向き合う必要があるってことだから、ね。わたしも頑張る、よ」
あ、メイデンも真剣な表情を浮かべている。
その証拠に、コロネと向き合っても顔が赤くなっていないし。
それにしても、地下に訓練場があるのか。
「でも、メイデンさん、確か地下が苦手だったんじゃないんですか? 場所はそこで大丈夫なんですか」
コロネのために無理をさせてしまっては悪いのだ。
だが、その言葉に対し、メイデンが首を横に振る。
「わたしの場合、地下の方が本気になれる、の。だから、今までは苦手だったんだけど、ね。いい加減、逃げてばかりもいられないから、ね」
「まあまあ、あんまり深く考えないことだよ。理由はどうあれ、これで、コロネもメイ姉も一歩前進ってことでオールオッケーだよねん」
「なのです。ふたりとも、無理のない程度に頑張ってほしいのです」
何だかよくわからないけど、深くは踏み込まない方が良い事情があるのだろう。
ともあれ、メイデンがやる気になっているようだし、コロネはコロネで一生懸命教わるだけだ。それがお互いのプラスになってくれればいい。
「改めて、よろしく、ね」
「こちらこそよろしくお願いします、メイデンさん」
そう、笑顔で応じた。