第62話 コロネ、吟遊詩人と会う
「そうか、結局は相談だけで終わったのか」
酒蔵から出てきて、青空市へと足を踏み入れるとすぐに、ボーマンがやってきた。市場を見ていると、コロネだけでなく、色々な人がボーマンに話しかけられたり、逆に相談に乗ってもらったりしているのだ。
見かけによらず、結構まめな気配りの人である。
ちょっと見、豪快さだけが目につくけど。
「はい。まだ、お菓子作りにも着手したばかりですからね。パン工房とも、教会とも相談しないといけないこともありますし。今はまず現時点で作れるものを安定して供給できるようにしたいなあ、と」
「うん、そうだな。おじさんは商人だから、そっちの観点から話をするが、まず大事なのは物があることだぞ。安定した商品の確保があってこそ、お客さんがついてきてくれるようになるなあ。安く買って、高く売るは商人の基本だが、顧客にとって欲しいものを売ってこそ、だな」
ボーマンがざっくりとした助言をしてくれる。
彼曰く、商人はあまり具体的な方法は教えないのだそうだ。
その時々で状況というのは変わるし、ひとつのまずまずのやり方を教わると、新しい発想の足かせになることもあるのだとか。自分の頭で考えて、他人のやり方を盗んでいった方がいいらしい。
教わるのが癖になってはいけないとのこと。
「王都とかだと、大商人が構える店のことを、おおだなって言うんだが、これはそのまま百貨をそろえることをステータスとしているなあ。ひとつのジャンルにつき一種類で売っていくのは、行商人などでは有効だが、お客さんの選びたいという要求に応えるのが、大商人たるゆえんだぞ。結果、作り手側も比較されるので、商品の質も上がる。商業ギルドも潤う。うん、これ大事」
「へえ、それじゃあ、王都には大きなお店が結構あるんですか?」
おおだなというのは、向こうでいうところのデパートみたいなものか。
王都の商人についても少し興味がある。
「そうだな、王都の場合、複数の商会があるなあ。それぞれ得意分野があったり、お得意様が違ったりするが、がちんこでぶつかっているところもあるぞ。まあ、それも人口が多いからできることだなあ。この町だと、おおだなを構えても、きっちり利益が回収できるかわからないからなあ。青空市がその代用みたいになっているぞ」
まあ、この町の場合は少し違うぞ、とボーマンが続ける。
「この町の場合、商売をするのに、商業ギルドを通す必要がないからなあ。それが何を意味するかと言えば、ギルドに収めるお金がいらないってことだ。だから、気軽に町の人が生産者になったり、商人になったりできるってわけだ。これは他の町ではあまり見られない形式だぞ。まあ、申請してくれるとお墨付きを与えることもできるから、それはそれで有効だけどなあ」
「確か、料理店も自由なんでしたよね。あれ、青空市は管理しているんじゃないんですか?」
「ああ、青空市に関しては、場の提供だぞ。少しは商業ギルドらしいこともしないとなあ。一応、出店料はもらっているが、それもイベントの経費とか、まあ色々な維持のための費用だな。この町で儲けようとはしていないから、そこは安心していいぞ。おじさんが言っても説得力がないけどなあ」
そう言いながら、ボーマンが苦笑する。
自分でも商人らしからぬ言い方であることはわかっているようだ。
「後は、この町の場合、面白い商売をやっているのが多いからなあ。アキュレスとか、ロンなんかは、自分たちの拠点に倉庫を確保して、物流の速度に力を入れているぞ。まあ、言うならば御用聞きの応用だなあ。お客さんに買いに来てもらうだけでなく、欲しい物を聞きに行って、配達する。どちらも店を構えていないが、その品揃えだったら、王都の大商人にも引け劣らないぞ」
だから、サイファートの町には大きな店がないのだそうだ。
実際、なくても大丈夫なシステムが構築されつつあるのだとか。
なるほど。
何だか、どこかで聞いたような話だけど。
あ、そう言えば、気になることがあった。
「ボーマンさん、こっちでは郵便とかってどうしているんですか?」
「うん? 手紙の配達のことだな? 王都内では専門の部署があるな。王都とそれ以外の地域のやり取りに関しては、信頼できる行商人に許可制で与えているなあ、この国の場合は。ちなみにこの町の場合は、ロンの管轄だぞ。他の行商人とは一味違うからなあ。サイファートの町関係の手紙も物資も各地を巡って回収しているんだ」
「すごいですね。そのロンさんって」
たまに名前が出てくるが、ラビのお父さんはすごい人のようだ。
ただものではなさそうだ。
「まあ、ウサギ印の運び屋と言えば、王都でも一目置かれているなあ。今度会ったら、あいさつでもしておくといいかもなあ。頼りになる男だぞ。ただ、普段は町から少し離れたところにある倉庫兼宿舎にいるからな。町に来た時にでも会えばいい。たまには家族のところにも寄っているみたいだしな」
「わかりました」
ロンの倉庫は町の外にあるらしい。
今のコロネでは、まだ行くのが難しいかもしれない。
「ボーマンさん。準備と機材のチェックが終わりましたよ」
コロネとボーマンのところへ、ひとりの人物が近づいてきた。
白の覆面姿で、顔を覆っているため性別が分からない。目だけが辛うじて見えるが、それだけを見ると優しそうな眼をしている。
肩には少しふくよかな感じの白い鳥が載っている。
見覚えがあると思ったら、さっきステージで曲を弾いていた人だ。
「おお、お疲れさんだなあ。今日のところはゆっくり休んでもらって、明日の本番はよろしく頼むぞ」
「わかりました。この町は料理が美味しいですからね。楽しみにしてました」
「おっ、そうだそうだ。料理と言えば、ちょうどいいぞ。こっちの料理人を紹介しておかないとなあ。今度、新しくオサムの店で働くことになった、コロネだぞ。甘いものが得意な料理人だ」
「はじめまして。料理人のコロネです。あの、さっきステージで楽器を弾いていた方ですよね?」
「はい、はじめまして。吟遊詩人として各地を回っております、ニコと言います。こちらの白い鳥は私の使い魔でアンプです」
「使い魔のアンプだよ。ま、ニコだけだと頼りないからな。おいらがついてるのさ。何せこの覆面だろ? うさんくさいことこの上ない。おいらがくっ付いて、怪しさを減らしているのさ」
肩に乗っていた鳥がしゃべったよ。
まあ、猫に犬と来れば、今更かな。驚くほどじゃないかもね。
「はは、まあそんなところです。私の見た目は怪しいですからね。確かにアンプのおかげですよ」
「まあ、逆に各地ではその姿が有名だぞ。『覆面詩人』の二つ名があるくらいだしなあ。何でも、この間、偽物が現れたんだって?」
「はい。王都での話ですね。肩にコッコを乗せた女の人が私に扮していたそうです。まあ、直接お会いした方は、私が男であると知っていますからね。すぐばれましたよ」
あ、男の人だったんだ。
正直、直接会っても、コロネにはどちらなのかわからなかったんだけど。
目もそうだけど、声もどちらかと言えば女性寄りなのだ。
ものすごく、中性的な人だ。
「そりゃあ、ニコの歌を聴けば、女性だと普通は勘違いするぞ。地声だって、高い方だしなあ」
「はは。まあ、詩人として褒め言葉と取ることにしますね」
「男性女性、両方の声が出せるのは語りの時には便利だもんな。ま、おいらはニコの性別なんてどっちでもいいけどな。あ、そうだ、コロネはオサムの店の料理人なんだろ。最近、イーのやつが来たかわかるか?」
イーさんって、確か女性の人だよね。
説明しづらいんだけど、独特な魅力を持っていて、引き込まれそうになったので、ちゃんと覚えているよ。
「はい。この間の太陽の日にいらしていましたね」
「そっかそっか。ならいいや。じゃあ、今度イーに会ったら、アンプがよろしく言っていたって伝えておいてくれよ。それだけでいいや」
「わかりました。あの、アンプさんはイーさんのお知り合いですか?」
「前に世話になったのさ。おいら、鳥だけどそういうのは忘れないの」
なるほど。
意外と義理堅いのかな。
口調は大分子供っぽいけど、案外そうでもないのかもしれないね。
「では、ボーマンさん、コロネさん、またお会いしましょう。よろしければ、明日の歌うところを見に来てくださいね」
「ま、歌だけでも聞いときなよ。おいらからもお願いだ」
「そうだなあ。コロネにとってはちょうどいいと思うぞ。おじさんも聞いて損はないとおすすめするなあ」
ちょうどいいってのがよくわからないけど、ニコの歌には興味がある。
何とか時間を作って行ってみよう。
「わかりました。ぜひ見に来ますよ」
「ありがとうございます。それでは、また」
「じゃあなー」
「おじさんも、困っている人を案内しに行くかあ」
そんなこんなでその場は解散となった。
後は青空市で、必要なものを買ったら塔に戻るとしよう。
また、色々な人と会うことができてうれしいコロネなのだった。




