第61話 コロネ、精霊と妖怪の話を聞く
「ところで、アビーさんがくわえているのは何ですか?」
さっきから気になっていたのだが、たまに光ったりもしているのだ。
向こうの世界だと、電気タバコみたいな感じというか。
見た目小さい女の子がくわえていると違和感がすごい。
「これかい? これは、魔素供給用のパイプだよ。ドワーフは魔力が弱いからね。いくらあたしが魔法を使わずに研究を進めるっていっても、少しでも選択肢を広げておかないといけないからね。まあ、その努力のひとつってやつさ」
へえ、そんなものがあるんだ。
つまりは微量の魔力増強効果のあるアイテムらしい。
「それは、元々の魔力よりも増えたりするんですか?」
「ああ。ほんの少しだけな。ドワーフの場合、種族特性が強いから、魔力もそっちの維持に消費されてしまうのさ。だから、これで増強しつつ、魔力の消費傾向をコントロールしようって感じか。素材を持ち込んで、アルルに作ってもらったんだよ。いわゆる、精霊金属製ってやつだ」
「あ、それが精霊金属なんですか」
噂には聞いていたが、なるほどね。
たまに光っているのは、金属の性質なのかもしれない。
「いくつかある精霊金属のひとつ、精霊銀さ。別名、レアシルバーとか、フェアリープラチナとかいう呼び名があるな。精霊種以外には、精製が難しいので希少価値が付いているが、一応、あたしも錬金術師だし、ここにはくろとしろもいるしな。方法がないわけじゃない。まあ、それでも一朝一夕にできるような代物じゃないけどな」
「なるほど。トライさんもすごい貴重だって言ってましたしね」
「あ、あの馬鹿から聞いたのか。まあ、あながち間違っちゃいないか。サイファートの町以外で、たぶん知られている入手手段は、精霊種を殺さないと手に入らない方法だけだろうしな。馬鹿げてるよな。そうまでして手に入れても、精霊鍛冶のスキルがないと加工すらできないってのに」
人化した精霊種の核、というか骨が精霊銀なのだそうだ。
いや、これはあくまでもそれに近いというだけで、厳密に言えば精霊骨と呼ばれる金属なのだが、変な流布の仕方をしたせいで、人化できる精霊種は狙われるようになったのだとか。
何というか、ひどい話である。
「だから、そうやって精霊骨を入手したところで、だれが同族の骨を加工するんだって話だよな。なまじっか、昔のアーティファクトって形で、精霊銀製のアイテムが残ってしまっていたのが悲劇の元だ。かと言って、欲の皮の突っ張った連中に、それ以外の入手方法を教えたところで、同じようなことが起こるだけだしな。だから、コロネがこのパイプに興味があったとしても、悪いが教えるわけにはいかない。あんたが、精霊と直接親しくなって、教わるといいさ。本当はそういう過程が大事なんだよ」
「わかりました」
まあ、普通に手に入れる方法がある、と知れただけでも十分だ。
誰かの命と引き換えでなければ手に入らないものなんて、無理してまで欲しくもない。
「まあ、例外は人化状態で亡くなった親、というか同族の形見か。そういう精霊骨を加工したものを大切にしているってケースはあるな。たぶん、そっちのアイテムが流れたんだろうな。素人目には、どれが何の精霊金属かはわからないはずだ」
曰く、伝説とされる武器や防具には精霊が宿るという伝承があるのだそうだ。
確かに、向こうの世界でもそれらしい伝説は残っているし。
人はそういう曰くつきな物語が好きなようだ。
「精霊が宿るからこそ、精霊と親しくならないといけないと思うんだがな。普通に気付かんのかね。そんな簡単なことぐらい」
「わんわん。都合の良いことしか信じないとそうなるのですわん。安易に妖怪種に手を出して破滅するのと同じなのですわん」
アラも似たような話を教えてくれた。
昔、妖怪種も流言飛語のたぐいから、妖怪狩りされる事態になったことがあるのだそうだ。その経緯で、妖怪がまとまって、国ができたのだとか。
それが今のコトノハである。
おかげで、未だにコトノハは他種族の侵入を制限しており、妖怪との親和性の高いものや教会関係者を除いて、立ち入ることはできないそうだ。
サイファートの町中で、普通に妖怪を目にすることができるのは、世界中で見てもかなり稀なケースなのだとか。
ちなみにアラは生まれてそこそこなので、この話はミケ長老の談とのこと。
「それも、この町に入るための審査が厳しい理由のひとつだな。外部商人の完全なシャットアウトなんて普通じゃありえないだろ」
「わんわん。コズエさんと長老さんの存在が大きいのですわん。コトノハの要求を各ギルドなどに通してくれたからですわん」
「だな。この町でも怒らせたら恐いやつのひとりがコズエさ。本気で怒ったときのコズエはシャレにならん」
百鬼夜行だ、とアビーが笑う。
そうなんだ。
優しそうなお婆ちゃんだったので意外だ。
あ、でもミケ長老もそんなことを言っていたかもしれない。
「「ただいまー、こっちは調整終わったよ」」
そうこうしていると、くろきとしろきが戻ってきた。
あれ、もうひとり、大きな人と一緒にいる。
メカメカしい感じの質感の身体に、その上から着流しを着た人だ。
どうやら、鉱物種の人のようだ。
手にはボードのようなものを持っており、こちらに見せてきた。
『こちらも終わったよ。お客さんが来ているって聞いたから、ボードを持ってきたよ』
可愛らしい丸文字がボードに浮かび上がっている。
あ、なるほど。これで意思疎通ができるんだ。
「ああ、くろとしろもご苦労さんだ。あんたもお疲れさんだ。じゃあ、改めて紹介しようか。あたしの旦那のクレイヴだ。種族は見ての通り、鉱物種、クレイゴーレムさ。で、あんた、こっちの子がオサムのとこに新しく入った子だ。コロネだってさ。今のところはあんまり関われることがないが、そのうち持ち込みとかもあるだろ。今のうちにあいさつしときなよ」
「はじめまして。料理人のコロネです。よろしくお願いします」
『クレイヴです。こちらこそよろしく。繁殖期になったら、お店の方にも行かせてもらいますよ』
すごい。
話しているのと変わらない速度で、文字が浮かび上がってくる。
これは便利だね。
「いいだろ、このボード。あたしが通訳するよりも便利だから、試作品として作ってもらったんだ。鉱物種の思考波長を読み取って、文字にするんだと。理屈は難しいが、要はそういうことらしい。あと、文字が丸文字なのは作ったやつの趣味だから気にするな。腕はいいんだが、気は確かとは言い難いやつさ」
だから紹介はしない、とのこと。
オサムが言っていた魔道具技師の人と同じ人かな。
まあ、気にしても仕方ないから、いいか。
「クレイゴーレムってことは、クレイヴさんは粘土なんですか?」
『元はそうでした。今は粘土鉱石と特殊な酒粕の融合体ですね』
「え、酒粕?」
「ああ、あたしが薬酒を色々作っている時にふと思ったのさ。これに金属を混ぜれば、旦那が吸収できないかな、って。案の定、うまくいってな。あたしの愛する旦那は、めでたく世界初の酒粕ゴーレムへと進化したのだった。まる」
日記風にしめて、ドヤ顔のアビー。
でも、聞いていると旦那さんを実験台に使っただけのような。
『まあ、アビーが喜んでくれてるからいいですけど。それに、なってみてわかりましたが、この身体の方が作業効率が良くなっているみたいですよ。どうやら、お酒に関する属性が付加されているようですね』
まあ、当人たちが納得しているのならいいのだろう。
これもひとつの愛の形だと考えて、棚上げする。
「それでそれで、コロネの用は済んだ?」
「納得いく答えは得られた?」
「はい。とりあえずは、今のわたしにはもう少しやるべきことがある。そのことがよくわかりました。それが片付いたら、また改めてご相談にうかがいます」
材料集め。情報収集。各所の許可を取る。
まだまだやるべきことはいっぱいあるということだ。
頑張らないとね。
「それがいいな。まずはこの世界に馴染むことが先だろ。一足飛びに何でもやろうとすると足元がお留守になるからな。あたしは他の連中とは違って、優しくはないぞ。まあ、もう少し頑張りましょう、ってところか」
『コロネさん、アビーは錬金術師です。そのことを念頭に、さらにその先を考えてみてください。まあ、口では色々言ってますが、アビーも頑張っている方は嫌いじゃないですから』
「余計なことは言わんでいいぞ、我が夫」
アビーが少し照れながら、クレイヴを蹴飛ばしている。
どことなく、ほのぼのした風景だ。
「ええ、今日はありがとうございました」
「「また、来てねー」」
くろきとしろきの言葉に笑顔で頷きつつ。
コロネは酒蔵を後にした。




