第60話 コロネ、錬金術師に会う
「なんだね、どうしたね。騒々しいね」
くろきとしろき、ふたりの木霊に連れられてきたのは、大きな機械の前だった。
これは、お酒を蒸留するための装置だろうか。
確か、スチルか何かと言われていたもののはずだ。
ただ、お酒の場合、ひとつひとつの工場で作る工程が違うため、コロネも詳しいことはわからないのだが。
こっちの世界ではめずらしく、複雑な作りをしているのはわかる。
その機械の前に、腕を組んで立っているひとりの女性がいた。
いや、女の子というべきか。
着物姿の小さな女の子だ。
「困ったときのぼくらの味方」
「この酒蔵のほとんどを把握する女性」
「品質管理はお任せあれ」
「販売交渉はお任せあれ」
「「こちらが、引き継ぎ相手の、アビーです」」
「あー、うるさいうるさい! くろもしろも、そのノリはいいから、要件を言いな。今、忙しいんだよ」
ふたりの踊りに対し、苦虫を噛み潰したように怒る少女。
というか、口にくわえた棒のような、パイプのようなものを噛み潰している。
なんだろう。タバコではなさそうだけど。
「アビー、お客さんをお願い」
「ヘレスからの紹介なの」
「ふん? ちょっと待ってな、今、『同調』を切るから……ああ、見えた見えた。あんたがお客さんか。悪いね、いつものくろとしろのうっとうしいのかと思っちゃってさ。視覚を繋いだまんまで、適当に相手をしちまったよ」
ようやく、少女がこちらに目を合わせてくれた。
一方のくろきとしろきは、踊るのをやめて、普通の言葉で対応している。
なんだ。歌わなくても大丈夫なのか。
「アビーはつれない」
「うっとうしいはひどいと思う」
「やかましい。あんたら放っといたら、延々と続くじゃないのさ。まあ、いいや。ここからはあたしが引き受けるから、元の作業に戻りな。とりあえず、今、アラのやつが潜っている酒樽を頼む。少しばかり、発酵が甘いんでな」
「「わかった。アビーもお願い」」
そのまま、くろきとしろきのふたりは、天井近くまで飛んで行ってしまった。あっという間に、少し離れた区画の、大きな酒樽がいっぱいあるところまでたどり着いていた。
あれも何かのスキルだろうか。
色々と奥が深い。
「さて……改めて、名乗ろうかね。あたしはアビット。まあ、アビーでいいや。この酒蔵でお酒を造っている職人だ。種族は察しがついたかもしれないが、ドワーフだ。この町にいる同種族の中では一番年上だ。それでも、百年は生きちゃあいないがね」
そう言って、アビーが口元に笑みを浮かべる。
見た目は小学生くらいの巫女さんといった出で立ちだが、微妙に着崩されているせいか、口調と合わさると、何だか任侠映画に出てくる姐さんというか、ガラの悪い芸妓さんというか、そんな感じを受ける。
眼光が鋭くて、どことなく迫力もあるし。
それにしても、ドワーフか。
今日はドワーフの人に縁がある日のようだ。
「はじめまして。コロネと言います。オサムさんのお店で料理人をしています。どうぞよろしくお願いします」
「ああ、あんたがそうなのか。よろしくな。オサムのやつからは話を聞いている。そろそろ、こっちにも顔を出すだろうってな。歓迎するよ。あたしも甘いものは嫌いじゃないからな……おっと、ちょっと待ってな。今近づいてくるやつがいるから」
アビーが指差した方向から、何やら白い物体が駆けてくるのが見えた。
白いのは、向こうの世界でいうところの犬だろうか。
ずぶ濡れの犬がこっちに向かってくる。
「ご主人、ひどいですわん。突然、同調が切れちゃったんだわん」
「まあ、大体状況はわかったしな。小精霊自体が少ないから、アラじゃなくて、あのふたりの方が適任だ。あとは任せて問題なし。ご苦労だったね。さて……コロネ、こっちのずぶ濡れの生き物があたしの仕事を手伝ってくれる使い魔だ。ホムンクルスのアラバシリ。まあ、正確には純粋なホムンクルスじゃないんだが」
「わんわん。生まれはビーカー、育ちは妖怪。人呼んで、狗神のアラと発しますわん」
「あ、料理人のコロネです。よろしくお願いします。アラバシリさん」
「わん。アラでいいですわん。妖怪ならアラノバシリですが、アラはホムンクルスに宿っているのですわん。どちらの名もしっくりこないのですわん」
「まあ、そういうわけでな。ホムンクルスに妖怪が宿っちまったのさ。これはこれで成功だし、アラも役に立つからいいんだが、存在自体が中途半端なんだよ」
アビーが言うには、ホムンクルスというのは、錬金術によって生み出された人工的な生命の総称で、具体的にどういった形をして、どういう風に生まれるのかは、まだ解明されていないのだそうだ。
詳しくはよくわからないが、『生命の泥』と『生命の水』、それらに色々な処置を施すことで、純粋なホムンクルスを作り出すこと。それがアビーの目標なのだとか。
「錬金術ですか」
いわゆる、石ころから金を作るというやつだろうか。
そっち方面はコロネも疎いので、よくは知らないのだが、そんなイメージだ。
「そう。あたしの専門が錬金術なのさ。魔法ではなく、ドワーフの種族スキルの『金属加工』。その応用で真理を目指しているってわけだ」
ドワーフの『金属加工』のスキルを応用すると、素材の状態を把握できるようになるのだそうだ。金属同士の足し算や、引き算、その他の素材を組み合わせた時の状態変化について、感覚として得られるのだとか。
今までの錬金術師は、魔法などから筋道をたどっていたのだが、アビーは先人とは別の道を挑戦しているとのこと。
事実その試みは面白い結果へとつながっているらしい。
「現に、アラは生まれることができたのですわん。生命そのものはご主人も難しいですが、その器は作ることができたという証明なのですわん」
アラの場合、ホムンクルスの身体を器に、妖怪種の狗神が宿った形なのだとか。
そのため、妖怪種の属性と本体の属性が混ざっておかしなことになっているらしい。
「だからねえ、あたしの腕とは関係ない部分が大きいね。そもそも、狗神の持つ『吠声』スキルが、なぜか『醸し』の属性を含んじゃってるし。だから、アラが叫ぶと小精霊が活性化するんだよ。まあ『生命の泥』の材料に酒粕を使ったのが原因のひとつだろうけど。もうちょっと調べてみる必要があるねえ」
「わんわん。とりあえずはお酒作りに関われてうれしいですわん」
アラが『吠声』スキルを使うと、声の範囲にいるお酒関係の酵母が活性化するのだそうだ。おかげで、アビーもお酒職人としてのお仕事がはかどって、大いに結構なことらしい。
錬金術師としては、釈然としないものがあるようだけど。
「まあ、アラのことはあたしの問題だからさておくよ。で、コロネ。酒蔵に来た要件はなんだい? まあ、甘いもの作りのためのお酒に関する相談ってとこだろうけど」
「はい。この町で作られているお酒について、その情報を教えて頂きたいんです。それと、現時点でわたしが入手できないものについても」
新しいお酒作り以前に、そもそもコロネはこの世界についてのお酒のことをほとんど知らないのだ。まずは、そこから把握していく必要がある。
それはオサムの言う原産地問題に何が引っかかっているのか、その詳しい話にもつながってくるから。
「ふふん。だろうね。その辺の事情はオサムからも聞いているよ。じゃあ、ざっくりと説明しようか。まず、販売可能なものからだ。この町で採れる作物を原料にしているものはコロネに売っても問題ないからね。レーゼの果樹園で作られたぶどう由来の酒、それにバドのところで作っている大麦などを原料とした酒、これらに関しては大丈夫とのお墨付きをもらっているよ」
「わんわん。ただし、蒸留が必要なお酒については、卸す優先順位があるのですわん。それらに関しては余った場合、ということになりますわん」
「まあ、早い話が麦酒と葡萄酒、オサム流にいうなら、ビールとワインは物があれば売っても構わないよ。それ以外に関しては、ちょっと難しいと考えてもらった方がいいねえ。現時点のコロネの場合は」
現時点。
アビーは、それとなく大事なことを示してくれている。
つまり、どこかの許可を取る必要がある。
コロネがそこまで自力でたどり着く必要がある、ということだ。
「わかりました。ちなみに、販売は無理でも、こちらで作っているお酒について教えてもらってもいいですか?」
「ああ。米に関係する酒は、ここでは作っていない。どこかっていうのは、オサムが教えていない以上は、あたしの口からは言えない。果実に関しても、ここで作っていないものに関しては言えないが、ここで作っているものなら大丈夫だ。おばけりんごを原料とした林檎酒、それと蜂蜜酒だね。カルバドスとミード。どちらも、優先順位がある酒だ。まあ、ミードに関しては、ジーナのところでも作っているから、そっちなら大丈夫さ」
コロネを試すように、少し楽しげにアビーが続ける。
「そうだね。ミードの話が出たから、ひとつサービス情報だよ。ここのミードは、薬酒のことを指すんだ。あたしがここでお酒の職人をしている理由のひとつでもある。興味があれば、調べてみるといいよ。ま、こんなところか。最後にひとつ、コロネに質問だ。あんたにとってお酒とは何だい?」
ふむ。
自分にとって、お酒とは何か。
パティシエとしてのシンプルな答えだ。
「わたしにとって、お酒はお菓子作りのために欠かすことができない、大切なものです」
「ふふん。あたしの考えた答えとは違うけど、悪くない。だったら、挑戦してみるがいいさ。心配しなくても、答えはあんたのすぐ側にある。真理ってのはそういうものさ」
「はい。ありがとうございます」
一筋縄ではいかないようだ。
だが、望むところだ。
もう二度と、この道をあきらめるつもりはない。
コロネは決意を新たに頷いた。




