第59話 コロネ、杜氏に会う
「わあ、今日も盛況だねえ」
青空市はちょうど、一番の賑わいになっていた。
どうやら今日明日と続けてイベントがあるらしく、ちょっとした人だかりができていたのだ。王都の有名人の生誕祭なのだとか。
気持ち、普段よりも屋台が多いだろうか。今日は食べ物のお店もある。
周りの人も、生誕祭、生誕祭、とは言っているが、誰のかはよくわからない。
向こうでいうところのクリスマスやハロウィンみたいなものだろうか。
その割には塔では通常営業だったような気もするが。
「まあ、今月は本番じゃあないからなあ。来月が本当の生誕祭で、今日明日はそれと日付だけがおんなじってだけで、イベントっぽく騒いでるだけだぞ」
「あ、ボーマンさん」
「うむ、すっかり市場の常連になったみたいだなあ。おじさん、うれしいぞ」
太陽のようないい笑顔でボーマンが迎えてくれた。
相変わらずの、ねじり鉢巻きにランニングシャツで、解説引受人をしているらしい。
ちなみに、塔というか、オサムが本腰を入れて絡んでくるのは来月の生誕祭なのだとか。毎年、何やら良からぬことを企んでいるらしく、ギリギリまでは情報が出てこないのだそうだ。
つまり、今月何食わぬ顔をしているのも、その証拠とのこと。
「ま、とりあえず、明日は大食い大会もあるから見に来るといいぞ。案外、面白いものを見られるかもしれないぞ」
ボーマンが中央に用意されたステージを指差す。
今は、王都からやってきた吟遊詩人が歌を歌っているらしい。
こちらも、明日が本番なので、今はリハーサルも兼ねて、色々とチェックをしているのだそうだ。聞いている限り、何となく、幻想的な感じがするね。
「こっちでも歌は盛んなんですか?」
「他の国では弾き語りなんかが主流だったがな。ある時期から、王都で革命が起こったらしくてな。大声で叫んだり、それぞれの思い思いを歌詞に込めて歌ったり、意味のない言葉遊びをしたり、延々と無言で曲を弾いたり、愛の告白をしたり、色々やっているぞ。まあ、その方が盛り上がるし、おじさんとしては大歓迎だぞ」
へえ、音楽の世界でも革命とかあるんだ。
クラシックから、ポップな感じへとかそういう感じかな。
「これも、オサムが声を大きくする魔道具を開発したおかげだぞ。普段はうるさいって苦情が相次ぐので許可制だけどなあ。こういうイベントの時には使っていいように、商業ギルドからもお墨付きを与えているぞ」
「あー、魔道具でマイクですか」
というか、オサムは何をやっているんだろうか。
もはや料理とは関係ないところまで、手を出しているんだ。
「ああ。マイクとスピーカーだな。おかげで、吟遊詩人も声量を気にせずに歌えるようになったし、何より素人がイベントが参加しやすくなったなあ。うん、どんどん参加して盛り上げてくれるとおじさんもうれしいぞ」
意外なところで、大ブームになったらしく、王都でも、大きな劇場のような施設が建設されているのだそうだ。聞いていると、そのうちミュージカルなんかも自然発生しそうな気がする。相変わらず、このゲームの文化レベルがよく分からなくなる話であるが。
「それで、コロネは今日も何か買いに来たのかな?」
「ちょっと、すぐ側にある酒蔵に用があって来たんですよ。青空市にはまた帰りに寄っていこうとは思っていましたけど」
「おお、そうかそうか。それなら、酒蔵の杜氏に会ってくるといいぞ。そのふたりも明日のステージのメインで踊ってくれるからな」
「へえ、杜氏さんが踊りもするんですか」
杜氏と聞いていたので、厳格な人か、気難しい職人さんをイメージしていたのだけど、案外そうでもないのかもしれない。
何でも、踊るのが大好きな人たちで、お酒作りの時も踊っていたりするらしい。
ちょっと会うのが楽しみだ。
「それでは、また。ボーマンさん」
「ああ、行ってくるといいぞ。ちなみに向こうの建物がそうだ」
そう言って、ボーマンがいくつもの連なった木造倉庫を指差した。
コロネはお礼を言って、その場から、酒蔵へと向かった。
青空市から歩いて五分。
まだステージの音楽が聞こえてくる場所にお酒の工場はあった。
さすがに地上に作られただけあって、地下のミケ長老の工場よりも少し大きいかな。
入り口らしきところには、看板もかけられている。
酒造『くろしろ』。
玄関らしきところはなく、そのまま、壁をはさんで工場になっているようだ。
一歩足を踏み入れただけで、お酒作りの装置というか、機械のようなものがあちこちに置かれているのがわかる。というか、勝手に入るとまずいよね。
「すみませーん、どなたかいませんか?」
「「はい、はーい」」
「えっ!?」
問いかけに対して、工場の上から声がした。と思った瞬間には、小さな人影が上から降ってきて、コロネの前へと降り立った。
ふたりの子供だ。
短い黒髪に黒い作務衣を着た男の子と、お団子の白髪に白い作務衣を着た女の子。
「お客さん? お客さん?」
「『くろしろ』へようこそ。お姉さん」
「「ここは酒蔵。お酒を造る場。くろとしろは杜氏なのです」」
楽しそうに互い違いに空中を舞いながら、ふたりは話しかけてくる。
そのテンポはまるで歌のようだ。
「あ、はい。ヘレスさんからのご紹介いただきました。お酒に関することなら、こちらに相談した方がいいそうで。申し遅れましたが、わたしは料理人のコロネと言います。今はオサムさんのお店で働いています」
「ヘレス? ヘレス?」
「紹介を受けたなら、お客さんだね」
「新しい、オサムのところの、料理人?」
「甘いもの作りの得意なお姉さん」
「「町での噂。不思議な食べ物。相談受けましょそうしましょう」」
ふたりの踊りがピタリと止まって、ゆっくりとコロネの方を見上げた。
ふたりとも同じ表情で、笑顔を浮かべている。
「ぼくは、くろき」
「わたしは、しろき」
「「ふたりはひとり、ひとりはふたり。ふたりでひとつの木霊です」」
つまり、黒い男の子がくろきで、白い女の子がしろきという名前なのだそうだ。
もうすでに、歌や踊りは収まっているが、この話し方はそういう種族であるため、これが普通なのだそうだ。
「くろとしろは精霊種の木霊です」
「木霊はふたりでひとりの種族なのです」
「ここではお酒を造っています」
「なぜって、オサムに頼まれたから」
「「ぼくの舞と、わたしの舞、合わせて『薬灰の舞』のスキルです」」
木霊の中でも、くろきとしろきは、面白い能力を持っているらしい。
スキル『灰舞』。
このスキルは、ピーニャなどが持っている『小精霊感知』をさらに一歩進めたもので、小精霊を舞うことによって操作することができるのだそうだ。ただし、操作と言っても単独では思うようにコントロールができないらしいが、踊りに指向性を持たせることで、限定的なスキルへと発展したのだそうだ。
それが『薬灰の舞』だという。
お酒を造ることに特化した舞だ。
「ぼくの舞を」
「わたしの舞を」
「新たな舞へと進めてくれた」
「新たな歌を教えてくれた」
「木霊は踊りを踊る種族」
「木霊は歌を歌う種族」
「「その恩に報いるために、ここでお酒作りの舞を舞いましょう」」
このふたりとオサムの間に何があったのはわからない。
だが、今までに出会った人々から聞いたこと、オサムに関する話を耳にしたことから、大体のことは想像できる。このふたりが喜ぶ何かがあったということは。
「けれども、ぼくは」
「けれども、わたしは」
「お酒の味がわからない」
「お酒の色がわからない」
「なので、ぼくらよりも、詳しい人を」
「なので、わたしたちより、わかりやすい人を」
「「紹介します。引き継ぎます。それでは、こちらの中へと、どうぞ」」
そう言って、ふたりは踊りながら、建物の奥へと進んでいく。
どうやら、この酒蔵には、ふたり以外にもお酒を造っている人がいるらしい。
さて、どんな人が待ち構えているのだろうか。
少しだけドキドキしながら、コロネもふたりの後をついていった。