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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第1章 はじめての異世界 ~食材探し奔走編
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第5話 コロネ、給仕になる

「いらっしゃいませ。アキュレス様ですね。こちらのお席へどうぞ」


「いらっしゃいませ。飛び込みのお客様ですね。それでしたら、こちらのお席へどうぞ。本日ご用意できるメニューはこちらです」


「いらっしゃいませ。イー様ですね。こちらのお席へどうぞ」


 うん。大忙しだ。

 想像以上の繁盛ぶりに、コロネは驚きを通り越して感心してしまった。

 多少の接客経験はあるつもりであったが、さすがにパティスリーの混み方と、人気の定食屋の混み方を一緒に考えるのは無理があったようだ。


 これで六度目になるリディアのおかわりを運びながら、コロネはお店の中を再び見渡した。

 町の人口のほとんどが訪れているのではないか。

 さすがにそれは大げさかも知れないが、食堂の広さを考えるとあながち冗談とも言い切れないところが怖い。

 一応は、洋風レストランの内装だが、ちょっとしたホテルの結婚式場くらいの広さはありそうだ。二階のスペースは、調理場とお店がほとんどとのことだが、どれだけの集客を想定しているのだろうか。

 奥の方にはまだ別室のようなところも見える。


「おまたせしました。ハンバーグステーキ定食と、もつ煮込みセットです」


「ん、待ってた。もう少ししたら、追加で同じものを」


「はい、かしこまりました」


 それにしても、とコロネは食べ終わった食器を運びながら思う。

 あの細い身体のどこに食べ物が消えているのだろうか、と。

 本当に、牛半分をひとりで食べてしまいそうなリディアの食欲には驚かされる。

 オサムが言うには、これでも抑えているのだそうだ。

 食材と引き換えに、リディアが際限なく食べてしまうと、他のお客に調理する余裕がなくなってしまうため、ペースを落として、同じメニューを食べてもらうように頼んでいるのだそうだ。

 時間稼ぎ、というやつである。


 今、オサムの店には、営業日だけの助っ人として、町のお店の料理人がたくさん来てくれている。そのおかげでそれほどお客を待たせることもなく、料理を提供できているというわけだ。



 元王都の宮廷料理人だったドムさん。


 その息子さんで、自分も元宮廷料理人のガゼルさん。


 魚料理が得意な猫の獣人のミーアさん。


 ミーアさんのサポートの人魚種のイグナシアスさん。


 オサムの『包丁人』の弟子でもある、鬼人種のムサシさん。


 煮込み料理が得意な、心優しい巨人種、サイクロプスのサイくん。


 調味料のお店をしている、妖精種のラズリープルさん。


 うどん屋をしているコノミさん。



 今日はこれだけの人が来てくれている。

 町でお店を開いている人たちがオサムを手伝ってくれているのだ。

 一応、給金も発生しているのだが、別に手を貸す必要があるわけでもないので、そこはご厚意で、という言い方が正しい。

 メリットとして、オサムが持つ食材を安く提供してもらえたり、魔道具が揃えられた特製の調理場を貸し出してもらえるという点もあるのだろうが、これらの人々に共通しているのは、オサムに対して、あるいは、オサムの料理に対して、信頼を置いていることだ。


 商業ギルドが手を引いた理由のひとつに、料理人たちがオサムについたということがある。サイファートの町の料理人たちの結びつきは強い。ある種の同盟関係のようなものにまで発展しているのだそうだ。

 しかも、それぞれの店で後ろ盾に立っているところがあったりなかったりするらしく、まあ、色々とあるのだそうだ。大人の事情というものが。


「よっ、もう働いているのか、オサムのやつ容赦ないな」


「あ、ダンテさん、いらっしゃいませ」


「もうすぐ、お試しメニューの時間だろ? それまでは酒でも飲ませてもらうよ。麦酒を持ってきてくれ」


「はい、かしこまりました。では、こちらのお席でお待ちください」


 約束通り、門番のダンテがやってきた。

 調理場から、冷えたビールを取ってきて、彼のテーブルに届ける。その間にも、他のお客さんからの追加注文を受けては届けて、リディアのおかわりを届けたりする。


 それにしても、とコロネは思う。

 オサムの料理はすごい。


 そのすごさは、再現力だ。


 ゲームの世界に来たというのに、まるでここが東京のレストランであるかのように錯覚するほどに、向こうの世界の料理が再現されているのだ。

 ちらっとだけ食材の保管庫を目にしたからこそわかるが、明らかにモンスターを元とした食材は、向こうの世界での普通の食材とは異なるものだ。


 つまり、元の世界のノウハウが完全には通用しない。

 そういう状況である。

 にもかかわらず、どう見てもハンバーグステーキと同じものが、えびの天ぷらと同じものが提供されている。

 料理を味見したわけではないから、全部が全部そうなのかはわからないが、少なくともデミグラスソースが焦げる香りや、醤油や味噌を使った鍋料理の風味は、感じ取ることができる。


 そして、その調理法の数々、その調味料の数々こそが、他の料理人たちの信頼へとつながっているのだ。

 開店前に、料理人のひとりであるガゼルさんと話をすることができたのだが、王都の宮廷料理にして、そもそも揚げ物という概念が存在していなかったのだそうだ。


『オサムはすごい人です。ですから、私は宮廷料理人を辞して、オサムに教えを乞うているのですよ。後悔? そんなものはありません。なぜならここが料理の最前線なのですから』


 そして、そんなオサムが今なお挑戦し続けている証こそが『お試しメニュー』なのだそうだ。

 太陽の日に無料で提供される、未完成な新メニュー。

 それは、その週に手に入れることができた新素材を使った料理だったり、新しく開発した調味料を使ったものだったり、何か他の新発見だったり。

 お客さんも毎週の『お試しメニュー』を楽しみにしているのだ。

 それは料理人たちも同じなのかもしれない。


 時間が近づくにつれて、お客さんも静かになっていく。


 そのタイミングを見計らって、料理を持ったオサムが姿を現した。

 大きなカートの上には、大きな鶏の丸焼きが乗せられている。

 ワンダーチキンと呼ばれるモンスターで、向こうの鶏とほぼ同じ味だそうだ。


「今晩のお試しメニューを持ってきた。以前も食べてもらったことがあるかもしれないが、鶏の丸焼きだ。今日のメニューはこれだ」


 オサムの言葉に、お客さんが驚いたような声を出す。

 別に真新しい調理法でもなければ、食材もよく食べられる鶏だ、と。

 戸惑うようなどよめきが場を包んでいく。


 だが、今日の料理の主眼はそこではない、とオサムは言っていた。コロネは、コロネ達は調理場でそのことを聞いている。


「ただし、今日の調味には、ハーブが使われている。今ここで、伝えておきたいことは、マジカルハーブの栽培に成功した、ということだ」


 そこまで聞いて、お客さんのどよめきが、衝撃へと変わる。


「これで、ハーブを料理に使うめどが立ったことになる。今晩の料理はその第一歩として振舞わせてもらいたい。料理名はハーブ鶏の丸焼きだ。お代はいらないから、いつものように、効能や味の感想を聞かせてくれ。合わせて修正するからな」


 言って、オサムが鶏を切り分けて、各テーブルへと配っていく。

 コロネや他の給仕たちもそれに倣って、料理を配る。

 と、コロネにダンテが声をかけてくる。


「すごいじゃねえか。マジカルハーブの料理使用か」


「はい。わたしはまだピンと来ないのですけど、すごいことらしいですね」


「ははは。まあ、迷い人じゃ仕方ないよな。これで、料理を食べるだけで、魔力回復効果が望めるかもしれないんだ。こっちじゃ革命的なことなんだぜ」


 味も素晴らしいな、と言ってダンテが笑う。

 噛みしめるほどにあふれる肉汁に、ハーブがほどよいアクセントを添えている。

 

「ローストチキンとはまた違う味か、これも酒に合いそうだ」


 ダンテの他のお客さんもみな笑顔を浮かべている。

 どうやら、オサムのサプライズはうまくいったようだ。


 ハーブについて、コロネはオサムから聞いた。

 こちらの世界でハーブというのは、すべて、魔法素材に分類されているのだそうだ。ハーブは魔法素材の中でも、魔力回復効果を持つ『薬』に分類されている。難しいのはその製法で、今までは野生のハーブを入手する以外に方法はなく、結果、希少なために料理に使うことは難しかったのだそうだ。

 オサムはどうにかして料理に使えるようにできないかと、努力を続けてきたらしく、ようやく混合した魔法肥料とハーブを育てるために適した特殊環境へとたどり着いたのだという。


『ソース類には、野生のハーブでも仕方なかったがな。やはり、料理は香りだろ?』


 そう話すオサムの顔はどこまでも味を求める挑戦者のそれだ。


 だからこそ、とコロネは思う。

 自分もそこを目指そう、と。


 こうして、太陽の日の酒宴は過ぎていった。


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