第55話 コロネ、肉料理を食べる
「比較的ですが、アイテム類の報酬が多いですね」
メインの料理が届くまでの間、ディーディーがおまけの話をしてくれている。
サイファートの町とそれ以外の町の大まかな報酬の違いについてだ。
「まあ、『日常クエスト』については他の場所同様に金銭での報酬が多いですね。ただ、それ以外のものに関しては、特にランクの高い冒険者への依頼については、成功報酬も金銭ではなく、めずらしいアイテムであったり、何らかの情報であったり、オサムさんのお店でのスペシャル料理が食べられるチケットだったりしますね」
その他にも、複数のアイテムの中から応相談だったり、服飾品のお手入れや、武器の改良なんかも報酬になったりするらしい。女性の冒険者の場合、かわいらしい戦闘服なども人気なのだとか。
「そもそも、稼ごうと思えば自力で稼げる方が多いですからね、この町の場合。ですから、報酬についても、少し工夫された依頼が目立つのです。なかなか面白い傾向ですね。ギルドから便宜を図るなんてものもありますよ」
「なるほど。それにしても、オサムさんのお店のスペシャル料理ですか? そんなチケットがあるんですね。初めて聞きましたよ」
オサムも本当に色々やっているなあ。
報酬にチケットか。
「いえ、笑い話ではなく、本当にプラチナチケットになっていますよ。太陽の日と水の日以外で予約が可能となるチケットです。場所も特別席ですし、何より、オサムさんがその人のために料理をしてくれるのです。はっきり言いますが、これが報酬に出た場合は、冒険者の間でも依頼の取り合いになりかねませんよ」
そもそも、現在の二日体制になった時、空いた営業日をどうするか考えて、オサムが思い付きでチケットを発行したのだそうだ。
そこまではよかったのだが、初めてチケットを使って食事をした冒険者が、興奮気味でその料理の凄さを触れ回ったため、瞬く間に評判になってしまったのだとか。
「オサムさん曰く、『一度、シェフの真似事をしてみたかったんだ』とのことでしたが、ちょっとした宮廷料理のたたずまいですよ? 普通の冒険者には縁のないサービスですので、えらく人気になりましてね。かと言って、数を増やし過ぎると通常の営業にも支障を来すということもあり、あまり数は出回っていませんし」
「あー、なるほど。わかるような気がしますね」
「チケットに関しては、例えば、ギルドが便宜を図った折に、オサムさんからのお礼として、ギルド側に回ってくることもあります。このチケットをどう放出するか。それが正直、悩みの種になっているのです。横領の欲求に負けかけて、職を辞するところまで行きかけた職員もおりますしね」
そう言って、ため息をつくディーディー。
ちなみにお試しで、ギルド職員もそのチケットで招待されたことがあるのだが、確かにちらりと横領の二文字が頭をよぎるようなレベルのもてなしだったそうだ。
「普通は逆に恐ろしくて、横領なんてできませんよ。たぶん、オサムさんの招待だとはっきりしていない限りは、ギルド職員がチケットを使うことなどありえませんね」
「それにしても、チケットかあ。面白そうですね」
もう少し甘い物のレパートリーが増えたら考えてみようか。
金銭の依頼よりも受けが良さそうだし。
「ええと……コロネさんも、もしそういうことを始めるのでしたら、前もってギルドにご相談くださいね? 一応、冒険者ギルドを通して頂ければ、それで生じたトラブルについても対応できますので」
甘く考えていると痛い目を見ますよ、とディーディーがくぎを刺してくる。
あまりに真剣な表情に、頷くことしかできなかった。
うん。
これは心の手帳に留めておこう。
「なんじゃ。コロネの嬢ちゃんも来とったのか」
そう言いながら、ドムが料理を持ってきた。
二種類の肉料理とトーストされたツナサンドだ。
「はい。ディーディーさんのおすすめをお相伴です。今も料理をいただきながら、冒険者ギルドについてレクチャーを受けていたところですよ」
「ほう、そうかそうか。オサムのやつは大雑把だからのう。その方がいいじゃろうな。まあ、それよりも、待たせたのう。肉料理を持ってきたぞい」
ドムが肉料理について、説明してくれる。
本日のランチメニューは暴れ牛の肉を焼いたものなのだそうだ。
「ソルトは、下ごしらえした肉をぶどうの葉でくるんで、それを多めの塩で包み込んで焼いたものじゃ。チャコールというのは、下ごしらえをした肉を炭を使って、複数回に分けて焼いた料理法のことじゃな」
「ああ、なるほど。ソルトが塩釜で、チャコールは炭火焼ってことですか」
説明されるとわかりやすい。
普通は焼き方と言えば、焼き加減の方をイメージしていたから驚いたけど。
なお、塩釜とは食材を、卵白を混ぜて練った塩で包み込んで焼く調理法のことだ。焼くと言いながらも、どちらかと言えば蒸し料理に近い。
食材の旨みを逃がさない調理法として有名だろう。
「そうじゃが……やはりコロネの嬢ちゃんは驚かんのう。一応、ソルトもチャコールも宮廷料理の技法なんじゃがな。これでも宮廷料理人の秘伝のひとつなんじゃよ」
ドムによれば、この手の調理法の情報は、各国でも秘伝とされており、普通はあまり表に出回ることがないのだそうだ。揚げ物や炒め物に関しては、オサムに大きく後れをとっているが、焼き物に関してはそうでもなく、色々と研究された調理法があるとのこと。
「そうですね。ドムさんの料理が市井の店で食べられるなんて、ちょっと前までは考えられないことでしたしね。私にとってはうれしいことですが」
王都出身のディーディーは当然、宮廷料理人としてのドムのことを知っていた。王都でも宮廷料理と言えば、晩餐会に招かれた者以外は、王族の他に口にすることができない料理として有名だったのだそうだ。
確かにそう聞くと、すごい話だね。
「普通のお店だと、一度の調理にたくさんの塩など使えませんしね。炭にしてもそうです。王都でも秘伝の作り方があるため、その製法を知る職人は守られていましたしね」
「もっとも、オサムは普通に知っておったがな。コロネの嬢ちゃんもそうなんじゃろ?」
「はい。普通の家で塩釜や炭火で調理するかどうかは別にして、知ってはいましたよ。わたし達の故郷では、ある程度のレシピは公表されていましたので、その辺の一般の人でも調べようと思えば、有名店の料理人の調理法を知ることができましたし」
もちろん、最先端の調理法については難しいかもしれないが、それにしたところで、専門書などを見れば、情報として普通に手に入るのだ。秘伝のたれとかそういうレベルのこだわりがなければ、調理法そのものを学ぶのは難しくはない。
実践できるかどうかは、別にして。
「まったく、聞けば聞くほど呆れた話じゃな。そういう環境で料理人をしていくのは大変じゃろうな。ともあれ、秘伝と言いながらも、わしもオサムに教わるまでは白い炭などというものは聞いたこともなかったからのう。恐れ入るわい」
「え!? オサムさん、備長炭まで作ってるんですか!?」
白い炭と言えば、備長炭だ。
あれ、でも塔の調理では炭火は使っていなかったような気がするけど。
「東の森に住んどる木こりのバルツと一緒に開発したそうじゃよ。今、この店で使っとる白い炭はバルツの手によるものじゃ。一応、この町の住人なら手に入れることも可能じゃろうな。あと、オサムが塔の営業日に炭を使わないのは、理由があっての。調理法が制限されてしまうと、客の要望に対応できなくなるのと、わしらの店に配慮しておるのがその理由じゃ。何でもやってしまうと、店による差別化ができなくなるんじゃと」
なるほど。
別にひとり勝ちを狙っているわけではない、オサムらしい理由だ。
はたから見ればそういうところがもったいないように見えるのかもしれないが。
あと、木こりのバルツさんか。
おそらく、エミールさんの旦那さんのことだろう。
「では、食べ終わったころにまたあいさつに来るぞい。紹介したいものもおるしな。それではディーディー、コロネの嬢ちゃん、またのう」
そう言って、ドムは調理場へと戻っていった。
あ、そうだ。お肉だお肉。
せっかくの料理が冷めてしまう。
と、いつの間にか、ディーディーが肉をそれぞれ切り分けてシェアしてくれていた。
「どうぞ、コロネさん。ぶどうの葉に乗っているのがソルトのお肉、しっかり焼き色がついた方がチャコールのお肉です。部位は同じだそうですよ」
言いながら、すでにディーディーがソルトの方を口に運んでいた。
コロネもそれに倣う。
「あ! うん! これは美味しい!」
塩釜で焼かれた牛肉は旨みのエキスが残ったまま、火が通されている。純粋な肉の味を楽しみたいなら、この調理法が向いているだろう。ドムの腕だろう、内側は火が通ったレア状になっており、噛みしめるたびに肉汁の旨みが染み出てくる。
ともすれば、塩っ気が強くなる塩釜だが、周りをぶどうの葉でくるむことで、いい塩梅を保っている。しかも、ぶどうの葉の清涼な香りが料理を引き立てている。
「美味しいですよね。普通の暴れ牛の肉は、少し固めなのですが、ドムさんのお店の場合、柔らかめになっていますし。何より、お酒によく合うんですよね」
ディーディーがお酒好きならではの意見を言ってくる。
この店の売りは、多彩な焼き料理なのだそうだ。
特に、魚介類を炭火で焼いたものは、宮廷料理の技法と相まって、本当にお酒にぴったりなのだとか。
コロネ自身、お酒はあまり飲んだことがないので、何とも言えないが、この肉料理を食べただけでも、そのことを感じることができた。
なるほど、焼きの技法か。
続いて、炭火で焼いた方も口へと運ぶ。
ドムの店では、炭火焼きの際、焼きの間で休ませる技法を使っているのだそうだ。いわゆる、炭火を上手に使った、余熱による火入れ調理である。
これは、ドムの技量が優れていることの表れだろう。
火加減の調節が難しい炭火で、ちょうど良い焼き加減を保つのはすごいの一言だ。
「うわあ……これは、食べていると幸せになりますね」
表面が香ばしく焦げて、それでいて焼きすぎていない焼き加減。
食欲を刺激する香りに、肉汁のほのかな甘み。
程よくかみ切れる肉の食感。
それらがハーモニーとなって、口の中に広がっていく。
すごいなあ。
こんな美味しいお肉、向こうでもほとんど食べたことがないよ。
これが宮廷料理の実力かあ。
ふと我に返ると、ディーディーがうれしそうにこちらを見つめているのに気付く。
「お口に合ったようで良かったです。コロネさんはオサムさんと同じところから来たと聞いていましたので、少し心配だったのですよ」
一安心です、とディーディーが笑う。
美味しいものの共有だ。
その幸せをかみしめながら、残りのお肉も口へと運ぶコロネなのだった。