第53話 コロネ、冒険者ギルドについて聞く
「いらっしゃいませ。二名様ですね。どちらでも空いているお席へどうぞ」
ドムのお店に入ると、きれいなお姉さんが挨拶してきた。
藍色の髪で、きっちりしたバーテンダーの衣装を身にまとった細身の女性だ。年はコロネよりも少し上くらいだろうか。どうやら、この店の店員らしい。
「コロネさん、カウンターの席でよろしいですか?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
ディーディーによると、もうすぐ昼の混雑する時間なので、テーブルをふたりで使うと相席にされることが多いのだそうだ。それならば、最初からカウンターの端の席の方が落ち着けるのだとか。
さすがは常連だけあって、慣れている様子だ。
「では、ここにしましょうか。すみません、ランチセットをふたつ、お願いします」
「はい、かしこまりました。本日のランチメニューですが、肉の焼き方はどうなさいますか? 本日はソルトとチャコールからお選びいただけますが」
「そうですね……コロネさんはお好きな焼き方はありますか?」
ディーディーが聞いてくるが、焼き方については初めて聞く表現だ。
ソルトとチャコールって何のことを指しているのだろうか。
この辺りに、自動翻訳の限界を感じる。
「ディーディーさんの好みでお任せしますよ。どちらがいいのか、ちょっとわかりませんので」
「そうですか、では、シェアしましょうか。それぞれひとつずつお願いします」
「かしこまりました。では少々お待ちください」
そう言って、女性がお店のカウンターの奥へと入っていく。
改めて、店内を見渡してみると、今コロネたちが座っているバーカウンターが入り口にあるが、奥の方には酒場というか、居酒屋風のフロアが広がっているようだ。
すでに昼間だというのに、お酒を飲んでいる人々がいる。
その年齢層はバラバラで、いかにもご隠居さん風の人もいれば、ちょっと見、子供のようなお客さんも見える。まあ、ほとんどが冒険者といった出で立ちのお客さんなのは、ここがギルド内であるから当然のことだろう。
ちなみに、カウンターの中には先程の女性しか見当たらない。
どうやら、奥の方が調理場のようだ。カウンターの奥につながっている空間にそれらしき場所が見える。
ドムがいるのは、そっちだろうか。
「どうぞ、こちらが食前酒です。ディーディーさんのご注文ということで、いつものをお持ちしましたが、お連れ様も同じものでよろしかったでしょうか?」
「コロネさんもお仕事中ですよね?」
「ええ。まだこれからやることもありますしね」
「それでしたら、大丈夫ですよ。このままでお願いします」
「はい。キルシュのノンアルコールカクテルです。それではごゆっくりどうぞ」
そう言って、お姉さんが奥の調理場へと行ってしまった。
目の前に置かれたのは、ほぼ無色だが、ほんのりと桜色をした飲み物だ。
「こちらのカクテルが、私の好みのものです。ほんのりさわやかな風味が、女性客に人気のお酒ですよ。今はお昼ですので、アルコール分は含まれていないものをお願いしましたが、風味はほとんど変わりません。たぶん、コロネさんには馴染みのあるものではないでしょうか。オサムさんが考案したお酒のひとつだと聞いておりますので」
そう言いながら、ディーディーがカクテルと口に運ぶ。
コロネも同様に一口飲んでみる。
なるほど。
甘い香りと、果物の風味、それに、アルコールっぽい風味が混じり合っている。桜色をしているのは、そのイメージを強めるためだろう。なんちゃってではあるが、コロネが知っているキルシュに近い味だ。
キルシュというのは、お菓子作りなどでよく使われるお酒だ。
さくらんぼを蒸留させて作るブランデーの一種で、調味の他には、カクテルなどに用いられるお酒で、アルコール度数はけっこう強い。
だからこそ、このカクテルはさくらんぼの風味を残したなんちゃってなのだろう。
実は、コロネが探していたお酒のひとつでもあるため、キルシュの存在はかなりうれしかったりする。お菓子作りのための新たな一歩である。
「はい、美味しいですね、このカクテル」
「お口に合ってよかったです。王都などでは、お酒と言いますと、どうしても男の人のもの、というイメージがありましたので。ここのお酒は甘めの強いお酒もありますので、女性のお酒好きの方にも好評なんですよ」
冒険者という立場柄、ディーディーもお酒が好きなのだそうだ。
ただ、王都の場合、女性が酒場で羽目を外している姿を良しとしない風潮があるのだとか。そのため、この町だと気軽に飲めてうれしいとのこと。
「では、食事ができるまで少しかかりますので、その間に、冒険者ギルドについての詳しい説明をしましょうかね。まず、ひとつお尋ねしますが、コロネさんは冒険者と聞くと、どのようなイメージを思い浮かべますか?」
冒険者のイメージか。
ふむ。
やっぱり、先日のジルバではないが、ダンジョンなどを冒険しているイメージだろうか。そう伝えると、ディーディーが予想通りといった感じで苦笑する。
「ええ。おそらく、一般的なイメージがそういうものだと思われます。ですので、冒険者ギルドがどうして生まれたのか、そのあたりからご説明しますね。元々の冒険者ギルドというのは、ならず者や無法者といった力を有り余らせている人々や、日々の食事にも困る弱き立場の人々のために、教会によって作られた組織なのです」
「教会が関係しているんですか?」
知らなかった。
それにしても、この世界の教会は色々なことをしているようだ。
「はい。本来の社会の枠組みにうまく適応できない人々に新たな枠組みを与えるため、それに適した組織を作ろう。それが冒険者ギルド設立の表向きの理由ですね。ならず者の力を誰かのためになるように活用する。様々な理由で立ち上がることが難しい人々を支援することで、新たな力を生み出す。教会らしい試みです」
「それが表向きの理由なんですか?」
聞いていると、それだけでも十分なように思えるのだけど。
他にも冒険者ギルドの目的があるのだろうか。
「ええ。そして、裏向きの理由ですが、こういった人々の戸籍管理です」
「戸籍管理、ですか?」
「はい。コロネさんもすでにカードを持っておられると思いますが、冒険者ギルドにはひとつの権限があります。それは、冒険者としての身分の証明を与えることができる、というものです。たとえば、この国の国民なら、王都が。それ以外の国の場合も、その国の管理組織が戸籍というものを管理しています。それはわかりますね?」
ディーディーの問いに、頷く。
それは統治する側にとっては自然のことなのだろう。
所属した者の素性を求めるのは、どんな小さな村などでも同じことで、小さな集落だからこそ、誰だかよくわからない者が混じることを嫌うものだ。
どうやら、この世界でも戸籍という考え方は定着しているらしい。
「ここで、教会が行おうとしたのは、冒険者ギルドという組織を通じて、国の管理からこぼれてしまった人々を把握してしまおうということです。国という枠組みを超えて活動している教会ならではの発想ですね。これは、治安対策という側面もあります。冒険者の戸籍管理によって、未然に彼らの暴走を防ぎ、平和に寄与すること。これが裏向きの理由とされています」
なるほど。
向こうでいうところのナンバー制度のようなものなのだろう。
冒険者ギルド、という響きから冒険家の組織というイメージがあったのだけども、実情は大分違うようだ。
「あの、ディーディーさん。裏向きの理由まで説明しちゃってもいいんですか?」
「ええ、これは昔の話ですから。今は、冒険者でも知ろうと思えば知ることができますし、隠すようなことでもありません。色々な事情がありますが、現在は教会も冒険者ギルドから手を引いています。一個の組織として安定してきたこともあり、もう介入してくることもありませんよ。当然のことながら、教会側から何か要請があれば、協力は惜しみませんがね」
冒険者ギルドと教会の間も色々とあるのだそうだ。
まあ、世の中一筋縄ではいかないのだろう。
「話を戻しますと、今の冒険者ギルドの立ち位置は、国を越えた戸籍管理のための組織だと思っていただければ結構です。今では、ほとんどの人が冒険者としての身分を持っております。わかりやすいところで言いますと、王都にいる、この国の王を始め、王族の方も冒険者としての身分を持っています」
「え!? 王様もなんですか!?」
「はい。ただ、この国の王の場合、元々が冒険者出身である、ということが大きいですけどね。結果、この国は右へ倣えでほぼ全国民が冒険者の身分を持っています。他の国では必ずしもそういうわけではありませんので、ご注意ください」
そう言って、ディーディーが笑みを浮かべる。
事情が事情のため、この国は特に冒険者にとってやりやすい国なのだとか。
「以上の説明からも想像していただけるかと思いますが、冒険者ギルドに所属している職員の多くは、事務仕事が得意なものがほとんどです。さすがに各支部のギルドマスターとなりますと、それに加えて力も必要ですが」
国の末端でも、冒険者ギルドがあれば、戸籍を含めた管理業務が可能になる。そのため、国とギルドはお互いが利用し合う関係が成り立っているのだそうだ。
サイファートの町のように、役所がなくても、冒険者ギルドがあれば、ある程度の運営管理は可能となるのだとか。
なるほど。
それは納得だ。
しかも、手を引いたと明言しながらも、教会の後ろ盾は完全に消えたわけではないので、その部分にも考慮する必要があったりなかったり。
コロネも細かい事情まではよくわからないので、その辺は適当だが。
面白いのは、教会の支部がない『帝国』にも、冒険者ギルドは存在するのだそうだ。あの国は傭兵調達やその他の目的のため、ギルドを利用しているのだとか。
本当に色々ありそうだ。
「以上が、冒険者ギルドの組織の説明です。ここまではよろしいでしょうか?」
「はい。よくわかりました。ありがとうございます」
ディーディーに対して、笑顔でお礼を言う。
この世界と向こうの世界。
同じような点と異なる点。
そのことを知って、面白く感じるコロネなのだった。