第51話 コロネ、地下の番人に会う
「よし、着いたぞ。ここが地下二階だ」
「コロネの嬢ちゃんはまだ、この部屋の先は立入禁止じゃがのう」
オサムがそう言って、一室の前で立ち止まった。
ちなみになぜかミケ長老もついてきていた。コロネの肩に乗って、しっぽをふりふりさせている。何だか、少しだけかわいい。そういうところは普通の猫っぽい。
さておき。
ここは、先程のメルの家や長老の工場があったエリアから、さらに下。
エレベーターで降りた先の区画だ。
地下一階とは打って変わって、エレベーターから降りると狭い通路がまっすぐ伸びており、その通路の先にはただ、大きな扉だけが鎮座している。
何となく、いかにも地下通路といった雰囲気を醸し出している。
「この扉の先が遺跡ですか?」
「いや、まだだ。ここは挑戦者をチェックするための部屋だよ。封印の施された扉はこの部屋の奥にある」
コロネに説明しながら、オサムが扉をノックする。
「おーい、ドーマ、封鬼、入るぞ」
どうやら、扉は大きいだけの普通の扉のようで、オサムがあまり力を入れなくても、あっさりと開いた。何というか、見かけ倒しの扉だ。
中に入ると、奥には同様の大きな扉があり、その前の床に座禅を組んで座っているひとりの男の人がいる。
その男性が片目だけを開けて、オサムを見つめた。
どうやら、瞑想中だったらしい。
「お、オサムか。しばらくぶりだな。また潜ってみる気にでもなったか?」
「生憎だが、そうじゃねえよ。ドーマと封鬼に、新人を紹介しにきたのさ。ほら、こっちが新しく料理人として、塔のメンバーに加わったコロネだ。で、コロネ、まず、このいかつい方が、ここの門番をやってくれているドーマだ。その見た目通り、強さについては折り紙付きさ。かなり頼りになるんだぜ」
ドーマと紹介された男は、白髪の偉丈夫だった。
歳の頃では初老だろうか。
スーツというか、執事服に似た感じの衣装を身に着けているが、その服でも隠し切れないほどの筋肉隆々さがあるのだ。
静けさの中に凄味が隠されているというか。
そんな印象を受ける。
「はじめまして、コロネです。どうぞよろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼む。俺はドーマ。故あって、ここで番人の真似事をしている。それにしても、いかついとはご挨拶だな、オサム。俺に言わせれば、お前らの鍛え方が足りんだけだ。あまり能力に頼るのは感心しないぞ」
「ほっとけ。俺は料理人だぞ。お前さんのような本職と一緒にしてくれるなよ」
「ふん、俺に言わせれば、お前こそ鍛えれば、頂点を目指せると見込んでいるのだがな。まあいい。その気のないやつに言っても無駄な話だな。それに何度も言っているがな、俺はもう本職ではないぞ。誤解を生むような表現はやめてもらおうか」
「コロネの嬢ちゃんや。このドーマ坊はな、北の『帝国』から、この町に来たんじゃよ。元軍人なんじゃと」
ミケ長老が教えてくれた。
何でも、この大陸の北部に『帝国』と呼ばれる軍事国家があるのだそうだ。サイファートの町は大陸の東の外れにあるため、ほとんど縁がないそうなのだが、周辺の国々とは小競り合いを繰り返している状態なのだとか。
南下してきた際、一時、王都とも緊張状態になったとかならないとか。
ちなみに、神聖教会の支部が存在しない国のひとつでもあるらしい。
信じるものは力のみ。
ある意味、わかりやすい考え方の国のようだ。
それにしても、軍人さんか。
その身体の鍛え方にも納得がいく。
「昔の話さ。今の俺はここの番人というだけだ。だから、気にせず、そう接してほしい。大体な、オサムよ。コロネのことは俺も聞いているぞ。昨日、めずらしく、娘がここまでやってきていたからな」
あ、娘さんがいるんだ。
もしかして会ったことがある人かな。
「へえ、そいつは確かにめずらしいな。確か地下にはいい思い出がないからって、嫌がってなかったか? ああ、コロネ。ドーマの娘ってのは、普通番のメイデンのことだよ」
「え!? あの、メイデンさんの!?」
メイデンと言えば、普通番の中でもどちらかと言えば、物静かな感じの人だ。
赤面恐怖症とかで、目が合うと真っ赤になってしまうため、前髪で目を隠していると聞いているのに。
そんな人がどうして接客のアルバイトをしているのかというと、それを克服する訓練のためだそうだ。本人いわく、この町に来た当初よりは改善しているのだそうだが、そう言いながらも真っ赤になっていたことを思い出す。
いや、さすがに目の前のドーマとは印象が違いすぎる。
「あいつは母親似だからな。ともあれ、父親として礼を言おう。娘が世話になったな。『憧れのパンより美味しいパンを食べられた』だそうだ。久しぶりに娘の笑顔を見ることができて、俺もうれしいぞ」
そう言って、ドーマが笑う。
あ、そういう時の顔は父親って感じがするね。
「いえ、こちらこそです。メイデンさんには、色々と試作の味見をお願いしてますし」
「ふむ、若いのにしっかりしているな。礼と言ってはなんだが、身体を鍛えたくなったら言ってみるがいい。簡単な戦闘訓練なら付き合うぞ」
「おいおい、お前さんが張り切ると簡単なレベルじゃ済まないだろ。将来有望な料理人を潰さないでくれよ」
オサムが慌てて止めに入ったところを見ると、ドーマの訓練はかなりハードなようだ。さすがに今のコロネではついていけないだろう。
ドーマ自身も、そのことを否定するつもりはないらしく肩をすくめている。
「俺にとっては、軽くのつもりなのだがな……仕方ない。それならば、まずはメイデンに相手をしてもらえばいいだろう。あれでも、俺の娘だ。そこそこはやれるぞ」
「メイデンさんですか?」
「そうだ。ああ見えて、娘は面白い才能を持っている。ある一定条件下なら、俺も足をすくわれることがある。そういうことだ。女の身ならば、娘に教わるほうがいいかも知れんな」
なるほど。
ちょっと興味がわいてきた。
何せ、強くならないと、バニラまでたどり着けないのだ。
コロネとしても、その方面をないがしろにしておくわけにはいかない。
「わかりました。メイデンさんに相談してみます」
「ああ。俺の名前を出せば、無下にはしないだろう。まずは限界まで頑張ってみるがいい」
「はい!」
「あー、盛り上がっているところ悪いが、もうひとり紹介したいんで、いいか?」
少しだけ呆れたようにオサムが言う。
そういえば、紹介の途中だった気がする。
でも、部屋の中にはドーマの姿しか見当たらないけど。
また、ふわわみたいに集まったりするのかな。
「まあ、ひとりっていうか、何というか。おーい、封鬼。待たせたな。自己紹介を頼めるか」
『応。我は封鬼。主の命により、此処を護る者なり』
あれ、部屋全体に声が響いている感じだ。
ちょっと重々しいけど、ふわわの発声に近いようにも思える。
「というわけで、コロネ。この扉が封鬼だ。まあ、わかりやすく説明すると、コズエの婆さんの式神だよ。ドーマも門番としては優れているが、あくまでも人間だからな。どうしても、不寝番ができる存在が必要だったもんで、婆さんに頼んだってわけだ」
そう言って、オサムが奥の扉を指差した。
なるほど、扉そのものなんだ。
そういえば、式神は初めて目にした気がする。
「まあ、俺ならば、突破可能だぞ? だからこそ、俺も門番をしているわけだがな」
つまり、封鬼による扉の封印。その封鬼を力づくで突破しようとする者への備えがドーマという形になっているらしい。
二重のセキュリティという感じか。
「そもそも、ふわわの認証をクリアした者しか地下には入れないしな。そういう意味では厳重すぎるのかもしれないが、それでも、万が一に備えているのさ。まだまだ、この先には謎が多すぎるからな」
「探索に優れたジルバの嬢ちゃんですら、難航しておるんじゃよ。今のところは封じておくしかあるまい」
オサムの言葉に、ミケ長老も頷く。
純粋なダンジョンの探索能力なら、ジルバがトップクラスなのだとか。
まったく、人は見かけによらないものだ。
『故に、我が居る』
「ま、そういうわけだ。コロネもここは立入禁止ってことで頼むぞ」
「わかりました。封鬼さんもよろしくお願いします」
『応。町人の安全を護る。其れも主の命なり』
ちょっと誇らしげな声が響く。
封鬼も式神として、属性を固定化された妖怪種なのだそうだ。
当然、その元となる意志はあるのだとか。
人知れず、頑張っている存在がいる。
そのことに頭が下がる思いのコロネなのだった。




