第49話 コロネ、地下を歩く
「あー、おいひぃ。しあわせー」
メルが手に持ったバスケットから、ツナサンドを出しては頬張っている。
先程、コロネとオサムと三人で朝食を食べたのだが、彼女は後で食べる用にいっぱいバスケットにツナサンドをもらっていたのだ。
ちなみに、朝食はツナサンドとクリームシチューだ。
ハーブティーについては、ようやくひと段落したらしい。
今度はお客さん用の食前提供として、無料で試してみるらしい。
ツナサンドについては、コロネも食べて驚いた。この世界のまぐろを使ったせいなのか、調理の仕方に工夫があるのかはわからないが、びっくりするほど美味しかったのだ。
噛みしめるたびに、ツナの芳醇な旨みと、シャキシャキした野菜の食感に、少し固めのパンが絶妙な感じで合わさっていた。偶然なのかもしれないけど、今のパン工房のパンとこのツナの相性がものすごくいいのだ。
なるほど、これは人気商品になるだろう。
後で食べる、と言っていたはずのメルが地下へ向かうエレベーターの中で、やっぱり食べてしまうくらいには、十分美味しいツナサンドだった。
そんなこんなで、エレベーターから降りた直後、地下一階でメルがツナサンドを頬張る状態になっている。
まあ、とっても幸せそうなので、それはそれでいいのだけど。
「まあ、メルさんはいいとして。オサムさん、ここが地下なんですか?」
どちらかと言えば、突っ込みどころ満載なのが目の前の光景だ。
そもそも、地下一階と聞いていたのだが、その割にはエレベーターで降りる時間が長くて気になってはいたのだが、降りてみれば納得である。
少し先に、ものすごく天井が高い空間が広がっている。
エレベーター周辺は、石造りでできていて、ごく普通の通路といった感じなのだが、ちょっと行くと、やたらと天井が高くなっているのだ。四階ぐらいまで吹き抜けの複合施設のメインホールといった感じだろうか。
「ああ。一応は地下一階ってことになっているが、俺たちが今、立っている場所は町の地下水路が走っている高さよりも、さらに下だな。まあ、上の方の壁を見てもらえばわかるが、でこぼこしてるだろ? ここはこういう空間を作ろうとして作った場所じゃなくて、最初からあった、天然洞窟を利用している場所なんだ」
「天然なのかは、現在調査中ぅだよぉ。ずーっと昔の遺跡の可能性もあるし、奥の方はダンジョンみたいになってるからねぇ」
何でも、このサイファートの町の下には、正体不明の遺跡だか、洞窟だかが広がっているのだそうだ。地下を開発するにあたり、その存在に気付いたのだが、一応、中の方にはモンスターもいないし、これと言って問題になりそうな障害もなかったため、そのまま町作りを進めてしまったのだとか。
実のところ、遺跡が結構深いところにあったこともあり、外壁などを作ってしまった後で発覚して、結局、みんなの『まあ、いいだろ』的な意見でうやむやになっているのだとか。浅い部分の階層が、ちょうど水路にピッタリだったので、現在のように一部の構造を地下水路として活用しているのだそうだ。
ふむ。
掘れば掘るだけ色んなものが出てくるな、この町。
「ただな、浅い階層については把握できているんだが、このさらに下、まあ、便宜上、塔の地下二階とでも言っておくか。そこから先は許可がある者以外は立入禁止にしているぞ。一応、扉で封印してあるし、そこで見張りをしてくれている面々もいるんだ。モンスターは出ないんだが、いかんせん、構造が複雑すぎるんだ。下手に探索慣れしていないやつが入ると迷子になる。自力じゃ戻ってこられないだろうな」
「さすがに、ふわわもこっちまでは広がれないしねぇ。なので、ふわわの範囲外に出る場所には扉と、その扉を守るための部屋が作ってあるんだよぅ」
「ああ。帰り際にでも、あいさつしに行こうぜ。コロネにも、ここから先に入ってはいけないっていうのを見てもらう必要があるだろうしな」
「わかりました」
オサムを始め、ジルバや信頼のおける冒険者たちが探索をしているのだが、なかなか進展がないそうだ。まあ、オサムの場合、現状、危険がないなら、触らぬ神に祟りなしで、料理の方を進めていたという経緯があるそうなのだが。
「それじゃ、話を戻すか。このあたり、石造りになっている辺りは、塔の設備と考えてもらっていい。一応、大まかに区画で区切ってあるが、一部は臨時の食料保管庫として活用している。天井も広いし、大型の食材なんかをここで分割したりもするな。あと、ここから見てもわかると思うが、地下一階のあちこちに家が建っているだろ? それぞれが地下で暮らしたりしている面々の家になっている。まあ、工房だったり、単なるねぐらだったり、利用法は様々だけどな。ある意味、ここにもうひとつ町があるようなもんだな」
「すぐそこの大きめの家が、わたしのだよぅ。横にくっついている建物でポーションとか、お薬を調合してるのぉ」
そう言って、メルが一軒の家を指差す。
エレベーターから比較的近い場所にその家はあった。
石造りの二階建てで、横に大きな倉庫っぽい建物が併設されている。
いや、地下で二階建てっていうのも、何となく変な感じだけど。
まあ、天井の高い洞窟内に町を作ると、こうなるのだろう。
今気付いたが、地下だというのに明かりはしっかりとしているようだ。
「ここの照明も、塔の動力が使われているんですか?」
「まあな。だから、階層が深くなると、それも使えなくなるのさ。そこから先がちょっと危ないって感じだな」
「だから、地下に家を持っている人は夜目が強いか、『暗視』スキルを持っている人が多いねぇ。ちなみにわたしは後者だよぅ」
そうなんだ。
メルは『暗視』スキル持ちか。
ちなみに『暗視』はそのまま、暗がりでも周辺の空間を把握できるスキルだ。
純粋に見える場合と、周囲の情報を感じる場合に分かれるらしいが。
「それじゃ、メルの家に寄って、ポーションを持っていくとするか。メルはどうする? また調合の方に入るのか?」
「うーん、そうだねぇ。もうちょっとで面白いものが完成しそうなのぉ。ふっふっふ、ごはんも充填しておなかいっぱいだから、研究の続きをしようかなぁ」
「わかった、じゃあ、そこでお別れだな。コロネはもう少し、俺と地下を回ってもらおうか。たまには用事を頼むこともあるだろうしな。まあ、エレベーターに単独で乗れるようになってからだから、もう少しかかるだろうけどな」
うう、すみません。
まだエレベーターはひとりでは乗れませんよ。
「まあ、そう気にするなよ。地下の方は上層階よりは魔力消費が少ないから、毎晩トレーニングしていけば、すぐ使えるようになるだろうぜ」
上層階は、魔力消費を高めに設定してあるのだそうだ。
地下はそもそも入るのに、いくつかのチェックをクリアする必要があるので、それさえ問題なければ、すんなり入れるのだとか。
なるほど。よくできている。
「じゃあ、行くか。ポーションを受け取ったら、今度は油を作っているところにあいさつに行くとしよう」
そのまま、三人でメルの家の倉庫へと向かった。
「それにしても、すごかったですね。何ですか、あのポーションの量は」
とりあえず、五十個ほどアイテム袋にしまい、メルの倉庫を辞去したのだが、まあ、おびただしい量のビンが陳列されていたのだ。
正直、棚の数もビンの数も数える気にもならない量だ。
あの量で、どこに何があるのか把握できているあたり、メルの底しれなさを感じる。
「まあ、メルが本気出してるときだと、トランス状態になってるせいか、制御が効かないみたいでなあ。『いつの間にか、こんなに作っちゃったぁ』って感じで、あの有様なんだが。だから、言ったろ? さすがにここのことはシークレットにしておかないと面倒くさいって」
「むしろ、よくあれだけビンを作りましたねって感じですよ。ガラスに関しては、意外と敷居が低いみたいですね、こっちの世界は」
「うーん、まあ、王都とかではあんまり言うなよってのが本音だけどなあ。ガラスの原料がここの地下から採れるからってのと、これもまた職人がいるからとしか言えないな。上の町くらいなら、気にされないだろうが、その辺も色々と面倒くさいんだよ」
お願いだから、オサムはどの辺の情報が危なくて、どの辺の情報まで大丈夫なのか、一度しっかりと説明してほしいものだ。
コロネ自身、おっかなくて、おちおち話もできないような気がする。
まったく、チョコ魔法だけで焦っていた自分が情けない。
「そういえば、あのポーションのビンって、アイテム袋で保管しないんですか?」
袋に入れておけば、スペースを取らなくていい気がするのだが、違うのだろうか。
「まあ、アイテム袋には副作用があるからな。輸送なんかの時は仕方ないが、結局のところ、食品や口に入れる薬なんかには、あまり使わない方がいいってのが決まりみたいなもんだな。武器などの金属類や、薬系以外のアイテムなら大丈夫だから、そっちは気兼ねなく使えるが、ポーション類も長期にわたって入れていると劣化してくるんだ。あまり頼り過ぎないのが一番だな」
なるほど。
牛乳ほどではないが、食材全般で劣化が見られるのだという。
特に深刻なのが、発酵食品系なのだとか。
「微生物を使って発酵させるものは、アイテム袋との相性が最悪だな。あっという間に微生物が死滅して、終わりだ。まあ、すでに発酵が済んでいる分には、そう味が変わるもんじゃないが、少し経つと別物になっちまう。後からついた酵母は以前のそれとは違うものだからな」
醤油や味噌も持ち運ぶ際は注意が必要なのだとか。
アイテム袋に入れて、ダメにした例がいくつもあるらしい。
「まあ、短時間なら問題ないさ。それじゃあ、さっさと行くか。まずは油を作っているところからだな」
そう行って、オサムが地下を進んでいく。
コロネもそれについていった。
まだまだ、コロネの地下室探訪は終わらない。




