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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第1章 はじめての異世界 ~食材探し奔走編
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第4話 コロネ、冒険者に出会う

「給仕の方は、早速で悪いが今日から頼む。午後三時頃から営業を始めるから、もうすぐだな。今日のところは制服を用意できなかったから、エプロンをつけてもらうだけでいい」


 制服があるんだ、と思いながらもコロネは「わかりました」と頷く。

 まあ、目の前の黒いコックコートを見るに、そこまで悪いものにはならないだろう。


「で、もう一つ頼みがあるんだが。給仕の方は週二日しかないからな。それ以外の日は少しばかり、このパン屋の方を手伝ってほしい」


 オサムの頼みは接客とパン作りの手伝いだけではないという。

 ピーニャと共に少しでも美味しいパンを開発するのを手伝ってほしい、とのことだ。

 はっきり言ってしまうと、甘い惣菜パンの開発だ。


「俺もパン作りの本職じゃなかったし、甘いものを作るのはあまり得意じゃなくてな。せいぜいが果物を乾燥させて、生地に埋め込むぐらいしかレパートリーがない」


 パンを手作りした経験がない者が、向こうのパンを再現するのは中々容易ではないそうだ。コロネは一応、パティシエなので、パン作りも少しは知っているのでは、という期待もあるようだ。


「町の皆さんはソーザイパンを買ってくれるです。それで十分やっていけるのは分かっているのです」


 ですが、とピーニャが続ける。

 現在のパンでも彼女自身はそれほど不満はないらしい。こちらの世界では十分美味しいレベルには達しているという。それでもピーニャはどうしても作ってみたいパンがあるのだと。


「ピーニャはオサムさんに聞いた、甘いパンを食べて……じゃないです。作ってみたいのです!」


 小さな体が燃えていた。

 いや、冗談ではなく、周囲が炎で包まれて。


「おい、ピーニャ、抑えろ。また、出てるぞ」


「あ、失礼したのです。ですが、そのぐらいピーニャはやる気で満ち満ちているのです」


 ピーニャは感情が高ぶると火魔法が自動発動してしまうらしい。

 オサム曰く、それで何かに燃え移るわけじゃないから、びっくりするだけとのこと。


「やれやれ……で、どうだ? パティシエとは言え、パン作りは本職じゃないかもしれないが、少なくとも俺よりは詳しいんじゃないか? 今のパン生地に合う中身の開発でもいいから頼みたい」


 ふたりの言葉を聞いて、コロネの心ははっきりと定まった。

 ふわふわと、この世界に連れてこられてから、成り行きまかせだった自分にとっての指針が明確になったことに気付く。

 それは、最初からコロネが望んでいた夢だ。


 世界一のパティシエになること。


 そのためなら、コロネはどこまでも前へと進んでいく覚悟がある。

 答えは最初から決まっていた。


「ぜひ、やらせてください」


 コロネの言葉に目の前のふたりが微笑む。


「おう、よろしくな」


「よろしくお願いするのです、コロネさん」


 それにしても、とオサムが苦笑する。


「ようやく笑ったな、お前さん。俺と会ってから、ずっと無表情だったから、もしかすると俺の対応がまずいのかと思っていたんだが」


「え? そう……ですか?」


 気付かなかった。

 もしかするとコロネ自身が思っている以上に緊張していたのかもしれない。現実感がない状況が続きすぎた。そもそも、きっかけからして、訳も分からずに巻き込まれただけだし、その後もゲームの世界に送られたり、狼に襲われたり、随分と濃密な経験をしているような気がする。


「オサムさんがぶっきらぼうなのは、いつものことなのですよ。根は良い人なので、あんまり気にしちゃダメなのです」


「やかましい。俺はこう見えて、人見知りなんだよ。まったく……ん?」


 オサムがぼやいている最中に、ドアの方から鈴の音が鳴った。

 そして、ひとりの女性がパン工房へと入ってきた。


 その女性は、一言で例えるなら『白い人』だった。

 腰まで届くほどの長い白い髪。透明感のある白い肌。着ている衣装はロリータファッション系の服でこちらも真っ白で統一されている。目だけが青いのだが、どう見ても「白!」というイメージしか浮かばない。

 ちなみに衣装についてはこちらでは別に違和感はないそうだ。さすがゲーム。


「お、リディアか。いらっしゃい」


「うん。来た」


 そう言いながら、リディアと呼ばれた白い人はポケットから袋のようなものを取り出した。どうやらこれが先程話していたアイテム袋らしい。


「今日の分。追加で、お願い」


「わかった。ちなみに中身は何だ? 下ごしらえに時間がかかるものなら、来週に回すからな。まあ、昨日までの分はすでに仕込んであるから、そっちは大丈夫だがな」


「ん。それで構わない。今日のは、暴れ牛とマタンゴ」


「なるほど、赤身系の牛と巨大エリンギか。ふむ……牛の方は熟成させた方が美味いから、使えるのは内臓肉だ。刺身か、焼くか、煮込むか。どうする?」


「全部」


「相変わらずだな。わかった。分量はいつものように半分でいいな?」


「ん。半分で我慢。あとは皆に」


「わかった。じゃあ、肉の方はいつものように熟成してから、ハンバーグステーキでいいな? 来週食べられるように熟成を進めておく」


「うれしい。ハンバーグは至高」


 オサムの言葉に頷いた後、リディアは小首を傾げて、コロネを見た。

 同性にも関わらず、ドキっとするほどに仕草が美しい人だ。


「新しい料理人?」


「ああ、今日からここで働いてもらうことになったコロネだ。で、コロネ、こっちの白いのがうちの常連のひとりのリディアだ」


「コロネです。よろしくお願いします」


「ん。コロネ、よろしく。冒険者のリディア」


「リディアは、この町でも有名な冒険者のひとりだ。ギルドは持たずに、ソロではぐれモンスターの征伐などをしているが、その数は群を抜いている。おかげで、うちの店にも食材をたくさん卸してくれるのさ」


「別に。自分で食べる分を採ってるだけ」


 二つ名は『大食い』だそうだ。もちろん、『白の人』とも呼ばれているらしい。

 どう見ても細身でそんなに食べられるようにも見えないのだが。


「まあ、リディアのすごさは今夜わかるさ」


「うん。夜また来る」


 それじゃ、と用は済んだとばかりに去っていくリディア。

 少し呆気にとられているコロネに、オサムが苦笑する。


「とまあ、こんな感じで食材が持ち込まれていくわけだ。それじゃあ、これを保管庫に持っていくついでに、従業員用の部屋まで行ってみるか。コロネの場合、宿もないだろうから、泊まれる部屋まで案内しよう」


 ふたりはピーニャに辞去して、上の階へと向かった。




「ここが従業員用の泊まる部屋かあ」


 六畳ほどの部屋に、ベッドとロッカーと小さめの机と椅子が置いてあるシンプルな部屋だ。それでも、この世界では個室の宿を借りるとそこそこのお金がかかるため、まずまずのお部屋なのだという。

 なお、オサムは開店準備が残っているため、コロネを案内した後は、お店の厨房へと行ってしまった。忙しい時間に案内させてしまったようだ。


 部屋の天井には明かりがある。

 今は昼間なので、点いてはいないが、この建物に仕込まれた動力によって、夜になると明るく照らしてくれるそうだ。ちなみに電気はまだ発見されておらず、代わりに魔法を使った道具が少しずつ普及しているのが現状のようだ。

 この塔は、とある有名な建築家の作品で、その人が魔道具にも精通していたために特殊な作りになっているそうで、普通、王都と離れた町でこのレベルの設備を作るのは不可能に近いらしい。

 いよいよ。オサムが何者なのかわからなくなってくる話である。


 何しろ、上層階に行くために、魔力を使うとはいえ、エレベーターのようなものもあるのだから、明らかにこの建物はオーバーテクノロジー気味だ。

 考えてもきりがない話ではあるが。


「そういえば、オサムさんも『チョコ魔法』については知らなかったな」


 途中で、スキルについての相談もしたのだが、オサムも『チョコ魔法』については初めて聞いたそうだ。おそらく、ユニークスキルだろうが、それに似たようなスキルについても耳にしたことはないと。


 一応、目の前でチョコ魔法を使って、チョコレートを出してみた。

 もちろん、食べてもらってもいる。

 オサムは美味しいチョコだと驚いてくれたが、成分的には普通のチョコで間違いないようだ。この世界ではまだチョコレートが発見されていない。カカオに似た植物もまだお目にかかったことはないとのこと。


『つまり、コロネの魔法でしか、食べることができない味ってことだな』


 もしコロネがチョコを魔法で量産することができれば、新しい味を提供できるわけだ。まあ、オサムの前で試してみた結果、今のところ、一口大のチョコを数個出しただけで魔力切れになってしまったため、今のコロネにとってはまだまだ先の話だ。


「あ、もうこんな時間だ」


 部屋に置いてある時計を見ながら、コロネは慌てて用意をする。

 そう、時計があるのだ。

 この世界の、というより、オサムが自分にとって馴染みのあるアナログ時計と同じ形で同じ時間で動くように作られているのだそうだ。この世界の人々にとって普通は、夜の時間を考慮しない。夜に働くのは、光を生み出すために燃料や魔道具を大幅に消費するため、非効率なためだ。普通は日の出日の入りに合わせて生活している。

 街灯まで存在する、このサイファートの町はむしろ異常と言ってもいい。

 時計が意味を成しているのも、この町や王都ぐらいの話だとか。


 それでも、ここには時計がある。

 それは夜を含めて、二十四時間をカウントしていることを示している。

 なぜそれが必要か、料理をするためにその方が都合がいいからに他ならない。


 まるで、料理のために町があるかのように。


 そこまで思いを馳せて、コロネは考えるのをやめた。

 まずは自分にできることからやっていけばいいのだ。

 そう自分に言い聞かせて、部屋を出た。


 そして、オサムの待つお店へと向かった。


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