第48話 コロネ、魔法医を支える
「お、コロネ。エレベーターとはめずらしいじゃねえか。使えるようになったのか」
「いや、オサムさん、わかってて言ってるでしょ」
三階に着くまでに、女の人がまた眠ってしまったので、コロネが後ろから支えながら、歩いている状態だ。それにしても、背丈の割に軽い人だなあ。
ちなみに朝食の準備は何とか山を越えたそうだ。
今日は、主力がツナサンドだったせいか、他のメニューは抑え気味なのだとか。
「まあ、冗談だ、冗談。そっちのやつの仕業だろ? おい、メル、起きろ。やっと目が覚めたと思えば、また寝てるのかよ」
「うーん? あれぇ、わたし、また寝ちゃったぁ? ていうか、何でだろぉ、ものすごく眠いよぅ」
「お前さんのは寝すぎだよ、メル。てか、仕事がひと段落したからゆっくり寝かせてやろうとは思ったがよ、もうかれこれ一週間だぞ。そろそろ起きろ」
「うえー? そんなに寝てた? 道理でおなかすいたと思ったよぅ」
オサムからメルと呼ばれた女性が、ようやく目をパチパチとさせている。
ていうか、一週間も寝ていたのか、この人。
道理で見たことがないと思ったけど。
「あ、オサムさん、とりあえず、これ渡しておきますね。パコジェットの模型です」
ちょうどいいので、オサムに模型を渡しておく。
後は魔道具技師の人とオサムが何とかしてくれるのだそうだ。
そう、ジーナから聞いている。
「うん、いい出来だ。後は機構を盛り込んでいく作業だから、担当のやつに渡しておくよ。ひとまず、冷凍と回転とそれによる粉砕だったか? ちょっと教えてくれよ」
オサムに言われて、ボタンとその機能について、簡単に説明する。
あと、専用ビーカーはいっぱいあると冷凍保存しやすいことも伝えておいた。
「なるほどな。大体わかった。もう少し時間はかかるが、何とかなりそうだ。コロネ、ありがとうな」
「いいえ。わたしも欲しいですから。でも、教会にも渡すんですよね?」
孤児たちのお仕事用となると、確かに便利だけど、一足飛びでこういうのに慣れると応用が利かなくなるんだけど。
「ま、その辺はカウベルたちがうまくやってくれるだろ。子供たちに魔法を覚えさせるチャンスをむざむざ無駄にするようなことはしないさ。大事なのは、いつでも使える状態にすることだしな。さて、そっちの件はこれで良いとして、だ」
そう言いながら、オサムが改めて、メルと呼ばれた女性に向き合う。
「改めて、コロネに紹介しておこう。こっちが、塔に住んでいるひとりでもあるメルケルだ。通称はメルだな。おーい、目が覚めたなら自己紹介しろよ。ちなみにお前さんを支えてくれてるのは、新しい料理人のコロネだ。もう四日ほど前から、ここで生活してるぞ」
「コロネ、ね? うん、覚えたよぉ。はじめまして、魔法医のメルケルだよぅ。種族はラミア。蛇人種だよぅ」
「改めまして、コロネです。どうぞよろしくお願いしますね。魔法医……お医者さんってことですか?」
出会ってから、今まで見ても医者としては不安しか感じないんだけど。
一週間も寝ていたことも含めて大丈夫かな。
「ああ、今はちょっと覚醒が浅いが、起きているときの腕は確かだぞ。普段は塔の地下に住んでいるんだ。目が覚めて、ごはんが欲しくなったら上にあがってくるか、俺が用があったついでにごはんを持って行ったりする感じだな。一応、蛇人種は『冬眠』スキルを持ってるから、寝ようと思えばいくらでも寝られるぞ。まあ、メルの場合、種族がって言うよりも、本人が寝るのが好きってだけだが」
「うーん、まあ、お仕事で魔力をいっぱい使うと眠くなっちゃうのよねぇ。うん、大分目が覚めてきたよぉ」
メルによれば、『冬眠』はただ眠るだけじゃなくて、眠っている間に魔力を回復したり、貯えたりできるスキルなのだそうだ。そのため、いざという時に備えて、普段は割とよく眠っているのだとか。
ちなみに起きているときは『人化』スキルを常時使用しているらしい。本体だと階段での移動が苦手だったり、驚かれたりと色々あるのだとか。
何となく、ラミアと聞くとこわいイメージがあるけど、メルの場合、むしろ本人のほっこりした雰囲気のせいで、こわくも何ともない。
ちょっと抜けてるお姉さん、といった感じだ。
「それにしても、塔に地下室もあったんですね」
「ああ、まだ説明していなかったよな。まあ、ふわわの承認を得られたってことで解禁した情報のひとつだよ。地下へはエレベーターを使ってしか行けないし、基本はボタン操作では地下には降りられない仕組みになっているからな。一応、地下についてはシークレットのひとつなのさ」
「そうだったんですか」
「ああ。メルの仕事のひとつがポーション類の作成なんだ。地下では、油の精製もやっていてな、そっちだけなら隠す必要もないんだが、ここで作っているポーションについてはな、あんまり情報を出したくないんだ。いらん面倒を抱え込みそうだからな」
なるほど。
そういえば、ガゼルもオサムのポーションはすごいって言ってたっけ。
「まあ、ポーション作りに関しては、メルにほとんど丸投げしてるけどな。正直、しっかり覚醒している時のメルはすごいぞ。こう見えて、魔法に関しては、エルフのフィナより上だ。風の上級魔法を使った小麦の精製法を開発したのも、メルなのさ」
「でも、あの方法はいやだねぇ。粉だらけになっちゃうから、オサムの頼みでもやらないよぅ。本当は四つの属性の魔法を使ったほうがきれいにできるよぉ?」
「それができるのは、お前さんぐらいだっての。普通はそうポンポンと上級魔法を使いまくれないんだよ」
何でも、分離するなら、水魔法と火魔法も併用した方がきれいに分離できるのだそうだ。土魔法も使えるなら、より簡潔に作業が終わるのだとか。
ただ、普通はオサムが言う通り、四つの属性の上級魔法なんて同時に発動できるわけがないので、この方法はメルだけができるやり方になってしまっているらしい。
それにしても、魔法屋のフィナよりもポテンシャルが高いってすごいね。
メルに関する評価がうなぎのぼりな感じだ。
「まあ、わたしはあくまで、薬学が専門だからねえ。お医者さんと魔法はあくまで、ついでだよぅ。ポーションを作ってるときが幸せなのー」
「まったく……こういうのを宝の持ち腐れっていうんだが。ま、ポーションだけでも御の字だ。こういうのは、本人が好きなことをやるのが一番だからな」
苦笑しながらも、オサムも頷く。
まあ、何だかんだ言っても、オサムも人に嫌なことはさせないしね。
社長としては欲はないけど、上司としては頼れる感じだ。
「ちなみに、わたしも地下室って見せてもらうことはできますか?」
ちょっと興味があったので、聞いてみる。
ポーションもそうだけど、どちらかと言えば油作りの方が気になるのだ。
「そうだな、いい機会だしな。朝食が終わったら案内するか。なら、ついでにおつかいも頼んでおこうか」
「何をすればいいんですか?」
「いや、冒険者ギルドから受注があったポーションを、ギルドまで持って行ってほしいってだけだ。今回は物が物だから、アイテム袋を使ってもらう感じだな。だから、おつかいの帰りに適当に買い物したりしてもいいぞ」
あ、それはちょっとうれしいかも。
いざ、色々と買おうとしても、重いと持ち運びが大変だったし。
「わかりました。ところで、アイテム袋ってどこで入手できるんですか?」
「まあ、てっとり早いのは、ドロシーに頼むことじゃないか? ほら、普通番で来てるだろ。一応、ドロシーの本業が、魔法の使えない者用の魔道具作りだからな。食事と宣伝目当てで、バイトしてくれているが、立派な生産者のひとりだよ」
何でも、ドロシーのお店は夜しか開いていないので、昼間は本人の希望でアルバイトをしているのだとか。
全然知らなかった。
いや、だから、この町の人は、ひとりひとりが色々ありすぎだって。
「まあ、魔力充填不要となると、どうしても魔晶系のアイテムが必要になるからな、今すぐどうこうできるわけじゃないが、話を聞いてみるだけでもアリだと思うぜ」
なるほど。
やっぱり、そう簡単にはいかないようだ。
まあ、コロネとしてはその可能性が見えただけでも十分だ。
今はいそがしいだろうから、夜にでもお店の方に行ってみよう。
「ねえ、ちょっといい?」
「うん? どうしたんだ、メル」
「あのね、ごはんはいつ食べられるのかなぁって。さすがに辛くなってきたんだよぅ」
気が付くと、メルが床にへたり込んでいた。
あ、いけない。オサムと話し込んでしまっていた。
「ははは、それじゃ、朝食にしようぜ。今日は、ツナサンドが山ほどあるからな。確か、メルも好きだったよな? ツナサンド」
「ええっ! まぐろがあるの!? やったー、ツナサンドだよぅ」
うれしそうにオサムについていくメル。
さっきまでとは、打って変わって、動きが機敏になっている。
これが覚醒が良くなった状態なのかも。
コロネも慌てて、ふたりについていく。
そんな朝の光景であった。