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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第2章 サイファートの町探索編
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第47話 コロネ、蜂蜜酒を飲む

「………………」


「『こちらをどうぞ』って、旦那さまが」


「あ、ありがとうございます」


 コロネの前に出されたのは、一杯の飲み物だった。

 ジーナのお仕事がひと段落した後、グレーンが持ってきてくれたのだ。

 どうやら、これがふたりの朝食の代わりらしい。

 色は黄金色で、見た目はとってもきれいなのだが。


「これは、ミードだよ。ハーブミード。ま、いわゆる蜂蜜酒だよん。旦那さまの大好物だから、うちでも醸造してるのね。あ、もちろん、ジーナも好きだよ」


 やっぱりか。

 匂いで、これがお酒だとわかったよ。

 というか、一応、コロネは向こうでは未成年なんだけど。

 まあ、パティシエの特性上、ラム酒などは普通に味見していたけどね。


「めずらしいものをありがとうございます。ですが、さすがにわたしも朝からお酒はちょっと……」


「まあ、お酒と言っても、これは朝のお客さん用だから、ただのハーブを効かせたハチミツだけどね。ジーナたちのコップに入ってるのが、本物のミードのお酒だよ」


 にひひ、とジーナがしてやったりと笑う。

 ああ、なるほど。

 匂いが強いのはふたりの持っているコップだけか。


 ジーナによれば、蜂蜜酒を作るのはそれほど難しくはないそうだ。グレーンがお酒になる条件を知っているらしく、蜂蜜を水で薄めて、醸造するとできあがるのだとか。

 パン作りではないが、こちらの製法にも小精霊が関係しているらしい。

 さすがにコロネも全てのお酒の作り方は知らないが、まあ、酵母なり何なりが関係しないと発酵しないので、そうだろうな、と納得する。


 ともあれ、せっかく出して頂いたので、コロネも一口飲んでみる。


「あ、美味しいですね。甘いだけじゃなくて、複雑な渋味がいい感じです」


 弱いとは言え、確かにアルコールの感じは残っている。

 が、それ以上に甘く、それに加味してハーブの風味が舌に残る感じだ。

 ハチミツを原料に、と聞くと甘々なように聞こえるが、そうではなくて、甘さ以外のバランスが整っているのだ。これなら、アルコール分を飛ばせば、案外、お菓子作りに使えるような気がする。

 水で薄めて発酵させるのが、ポイントなのだろうか。


「お、もしかして、いけるクチ? ちょっとこっちも試してみる?」


「では、一口だけいいですか?」


 ジーナが差し出してきたコップを受け取り、少量口に含む。

 うわ、こっちは少し強いかも。

 お客さん用とされていたものよりも、明らかにお酒といった感じがする。

 ただ、ふたつを比較するとジーナのコップの方が、複雑なハーブの旨みを感じる。甘さが抑えられている代わりに、よりハーブやスパイスの風味が強くなっているようだ。


「こっちはわたしにはちょっと強いですね。でも、こっちの方がハーブ類の風味が深い、そんな風に感じました」


「お、さすがは料理人だね。こっちは旦那さまの好みに合わせているから、マジカルハーブや香辛料を多めに使っているんだよ。そっちは飲み口さっぱり系で、女性向けかな。ジーナは旦那さまにお付き合いして飲んでるから、もうこっちの強い方が好きだけどね」


「それにしても、朝からお酒ですか」


 確かにドワーフと言えば、お酒のイメージだけど。

 ジーナはすでに一杯飲み干しているが、まったくケロリとした感じだ。


「まあねえ、そこはまあ、愛かな。旦那さまがあんまり飲食できないからね。ジーナもそれにお付き合いしてるんだよ。さすがに夜は他のものも食べるけど、なるべくなら、おんなじものを食べたいじゃない?」


「………………」


「『ジーナが気を遣う必要はないんだけど』だって。ま、種族差って言っちゃえばそうなんだろうけど、そこはこだわっていきたいじゃない」


「グレーンさんは、お酒なら飲めるんですか?」


「飲む、というか、吸収するって感じかな? 鉱物種は全身どこからでも栄養を吸収することができるんだ。特に取りやすいのが水分で、魔素が含まれていれば、なお良しって感じね。お酒はその中でも特に相性がいいの」


 繁殖期は、普通にごはんが食べられるのだそうだ。

 ただ、鉱物種は基本、アルコール度数が高めのお酒が主食のようなもので、それに加えて、自分の体質と同じ金属も吸収可能なので、それだけで事足りるのだとか。

 グレーンの場合は、天然のミスリル鋼とお酒、という感じだろうか。

 そのため、鉱物種と結婚したドワーフも自然とお酒好きになってしまうのだとか。


「だから、ドワーフがお酒好きなのはホントだよ。だけど、それも愛のためだよ。夫婦ってのは好きなだけじゃなく、お互いを助け合うためのものっていう感じかもしれないけど、それだけじゃ寂しいじゃない。だから、こういうことって大事だと、ジーナは思うのね」


 なるほど。

 ジーナの言うことがよくわかる、と言うとおこがましいかもしれないけど。

 たぶん、そういうことが大切なことなのかもしれない。

 頂いた蜂蜜酒が、とても甘く感じた。


「それにしても、この弱い方の蜂蜜酒は良いですね。お菓子作りに使えそうですよ」


「お? そうなの? ジーナはお酒も好きだけど、甘い物も好きだからね。もし、必要な時は言ってよ、少し分けてあげる。というか、ドムさんのとこにも卸してるから、そっち経由の方が簡単かな。今も在庫のほとんどはそっちに行っちゃってるし」


「あ、そういえば、ドムさんのお店はバーでしたもんね」


「そうそう。最初はバーって何って感じだったけど、今はみんな酒場のことだってわかってるよ。ドムさんのお店はいつも冒険者たちでにぎわってるね。何せ、冒険者ギルドの中にあるんだもん」


「あれ!? 冒険者ギルドの中でしたっけ?」


 町の西側としか聞いていなかったけど、確かに西側には冒険者ギルドがある。

 そうか、ドムのお店はギルドの中か。

 そういえば、門番のダンテに教わったものの、冒険者ギルドには行ったことがなかったよ。


「あはは、コロネさんもまだ町に来て、そんなに経ってないもんね。色々と町を見てみると良いよ。この町はホントに面白いから。ジーナたちも住みだして大分経つけど、まだまだわからないことだらけだよ。そこが良いんだけど」


「………………」


「うんうん、そだね。『目に見えるものだけじゃない』ってさ。サイファートの町を楽しむためには大事なことだと思うよ。ま、コロネさんには、これからもこの町を楽しんでほしいね」


 ジーナとグレーンの言葉がゆっくりと染み込んでいく。

 コロネだけじゃなく、他の町の人も、ここでの暮らしを楽しんでいるのだ。

 うん、と頷いて、ゆっくりと立ち上がる。


「ありがとうございました、ジーナさん、グレーンさん。お酒まで、ごちそうさまです」


「………………」


「いーえ。『また、いらしてください』って。今度はコロネさんとお仕事したいね。新しい器具についての相談があったら、いつでもどうぞ」


「ええ。よろしくお願いします」


 そう言って、ふたりの工房を後にした。





「やっぱり、塔の方は今、いそがしい時間だよね」


 とは言え、ジーナから預かった模型は、かなり高価なものらしいので、寄り道もせずにまっすぐ帰ってきたわけだが、さてどうしようか。

 とりあえず、朝の準備がひと段落してからの方がいいだろう。

 そう思って、裏から自分の部屋に戻ろうとしたのだが。


「あれ? エレベーターの前に……って! 人が倒れてる!」


 いつもは階段を使うため、素通りするだけのエレベーターの前に、ひとりの女性が倒れているのが見えた。

 慌てて、その人のところへ駆け寄る。


「あの……大丈夫ですか!?」


 倒れていたのは、緑色の髪をした女性だった。

 この町に来てから初めて会う人だ。

 お店の営業でも、まだ見かけたことがない。


「……あれぇ。また、眠っちゃったぁ?」


 あ、どうやら、声かけに反応はあるようだ。

 急を要する感じではなさそうだ。


「あの、大丈夫ですか? 気分が悪いとかありますか?」


「うん、大丈夫ぅー。まだちょっーと眠いけど、それはいつものことだからぁ。ええと、ここはお店の一階、で合ってるかなぁ?」


「はい、ここはオサムさんのお店の一階ですよ」


 女性がゆっくりと起き上がる。

 立ち上がるとけっこう長身の人だ。

 口調は、寝起きっぽいというか、少し間延びした感じの喋り方だ。


「うーんとね、さすがにおなかがすいちゃったから、ごはんをもらいに来たのぉ。今は何時ごろかなぁ?」


「今はもうすぐ、朝の九時ですよ」


「おぉー、ならちょうどいいねぇ。それじゃー三階までれっつごーだよぉ」


 そう言いながら、三階の方へとエレベーターで向かおうとする女性。

 まだ足取りがふらついて危なっかしい。


「大丈夫ですか? わたしも一緒に行きましょうか?」


「あー、それは助かるよう。お願いー」


 女性が魔力をエレベーターに込めていく。

 どうやら、この建物についてはよく知っているようだ。

 まあ、いいや。

 三階に行けば、オサムがいるだろう。

 オサムなら何とかしてくれるに違いない。


 そう思い、コロネは女性と一緒にエレベーターに乗り込んだ。

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