第46話 コロネ、鍛冶職人の技を見る
「それじゃあ、コロネさん、そこのいすに座って」
工房内に案内されたコロネは、ジーナにそう促された。
ひとつのテーブルに対して、向かい合わせにいすがふたつ置かれている。
テーブルの上には、光り輝く金属の塊のようなものが載っていた。
それとなく、工房を見回すと、金属製の道具や、コロネにはよくわからない金床っぽい設備や奥の方には炉のようなものも見える。
壁には完成品と思しき、剣などがかけられている。
やっぱり鍛冶屋というからには、武器なども手掛けているのだろう。
「はい、それじゃあ、改めて説明するね。これから、この金属を使って、模型を作っていくね。この金属、一見普通のミスリルだけど、ジーナにとってはちょっと違うの」
「ミスリル、ですか」
いや、一見も何も、ミスリルを目にしたのが初めてなんですけど。
なるほど、これがミスリルと呼ばれるものなのか。
ただの金属の塊に過ぎないのに、まるで研磨したような輝きがある。塊ということは精製はされているのかな。ちょっとした宝石みたいだ。
ジーナがミスリルを手でコンコンと叩く。
「そう。ほらね、普通に硬いでしょ? 実はこれ、旦那さまの身体の一部なの」
「えっ! そうなんですか?」
「うん、一部と言っても、切り抜いたりしたわけじゃなくて、毎日ちょっとずついらなくなった部分を集めたものかな。ジーナたちで言うところの垢みたいなものだね。あ、もちろん、汚くないよ。念のため」
なるほど。
言われてみれば、この金属の塊はグレーンと色合いがそっくりだ。
ああ、そういえば、ミスリルゴーレムとか言っていたかも。
「今回の模型作りには、普通のミスリルじゃなくて、この旦那さまのミスリルが必要なのね。だから、いっぱいは作れないし、どうしても素材を集めるのに時間がかかるから、普通のミスリルの百倍くらい値段がかかっちゃうの。この小さい手のひら状の塊で、何か月もかかっているんだから」
要するに、すごく貴重なものを使う作業ってことのようだ。
コロネはミスリルの価値基準がよくわからないので、ピンときていないが、ジーナの口ぶりからすると、ものすごい金額になるようだ。
「普通のミスリルとどう違うんですか?」
「ジーナ以外には、何も変わらないよ。他の人にとっては鉱石から採れるミスリルも、旦那さまのミスリルも同じものだよ。ただ、ドワーフにとっては、この意味は大きく異なるのね。ちょっと見てて」
そう言って、ジーナがミスリルの塊を手に取った。
そして、コロネの方を見て、笑みを浮かべて。
「それじゃ、いくよ。スキル『流体金属加工』!」
ジーナがそう言うのと同時に、手に持っていたミスリルの塊が、ぐにゃぐにゃとゴムのような質感に変化していく。普通の金属がまるで水風船のようだ。
と、息を吐いて、ジーナがミスリルをテーブルに戻す。
先程とは異なり、形状がきれいな球体になっている。
「コロネさんにもわかるように説明するね。ドワーフの種族スキルは『耐熱』と『金属加工』なのね。これが基本のスキルだよ。まず『耐熱』は鍛冶作業の時に熱への耐性ができるスキルかな。どのくらいっていうと感覚的なもので説明しにくいんだけど、直接炎であぶられない限りは大丈夫かな」
それは随分と便利そうなスキルだ。
料理とかでも使えそうで、うらやましいな。
「そして、もうひとつが『金属加工』で、こっちは金属の感覚を認識できるようになって、どこをどういじればいいか、感覚的につかみやすくなる感じかな。いや、本当に説明しづらいんだけど、とにかく、金属が加工しやすくなるスキルなのね」
「それらが基本ってことは、さっきジーナさんが使ったのは別なんですね?」
「そうそう、そうなの。今使ったのはドワーフの限定条件スキルなの。この限定条件ってのは、単純明快、『結婚した相手の身体を加工する場合』なのね。だから、さっきも言ったでしょ? ひとりじゃできないことも、愛の力で可能になるって。愛だよ、愛」
そう言いながら、とてもいい笑顔を浮かべるジーナ。
愛と聞くとちょっと恥ずかしいが、少しうらやましくも思う。
「で、限定スキルってのは、基本のスキルが変化したものなのね。『超耐熱』と『流体金属加工』っていうの。それぞれ、旦那さまの身体を加工するときだけ、直接炎に触れることも可能になるし、形態変化だけなら、焼き入れ不要で流体状にして加工ができるようになったりするわけ。つまり、今回の模型作りなら、火を使わずにイメージをそのまま再現することができるってわけ」
「イメージを再現……ああ、なるほど」
つまり、オサムはこのドワーフのスキルを使って、自分のイメージをそのまま形にしてもらっていたわけか。確かにこの方法なら、外形は作るのは難しくないだろう。
「コロネさんは『同調』魔法については、もう知ってる?」
「確か、許可した相手のスキルを少しだけ使わせてもらえる魔法でしたよね?」
教会で、カミュが子供たちの教えていたのがそうだった気がする。
「そうそう。ただ、この魔法は応用すると、色々とコントロールができるようになるのね。魔法と言うよりは特殊スキルに近いかな。だから、ジーナも使えるようになったしね。本当はドワーフと魔法ってあんまり相性がよくないんだけど」
ジーナによると、ドワーフは基本、火の属性特化の上、鍛冶系のスキルに特化してしまうため、魔素との相性が悪いのだそうだ。火の系統の魔法ですら、限定的なものしか覚えられないらしい。
例外は、身体強化などの付与魔法や、この同調なのだそうだ。
「同調を応用すると、相手のイメージとつながることもできるの。もちろん、それは相手が受け入れて同調しようとしている場合だけね。基本、同調は相手の受け入れによる魔法で、強制力はないの。だから、受け入れがある限りは融通が利きやすいって感じかな。まあ、説明はこんな感じ。大体、わかってもらえたかな?」
「はい。つまり、わたしはパコジェットをイメージすればいいってことですね」
「うん、そういうこと。その道具を使っていた時のこと、触れていた時のこと、ただ見ていた時のこと、そういったことを思い出して、イメージを作る感じだね。動いているときはどうか、分解できるなら、分解したときの状態はどうか。まあ、その辺は、加工中に微調整できるから、作業に取りかかろっかね」
「でも、内部の構造に関しては、細かくは覚えていませんよ?」
「ふっふっふ、大丈夫。コロネさんが思い出せなくても、イメージはまた別だから」
そう言いながら、ジーナが再び、ミスリルを手に取る。
「それじゃあ、始めるよ。まずコロネさん、ジーナを受け入れる感じになって。はい、『同調』。うん、大丈夫、つながったよ」
ジーナが同調、と言ったのと同時に、何となく外に向けてつながっているような感覚が生まれた。これが同調している状態なんだ。
何だか、ちょっと不思議な感じがする。
「じゃあ、コロネさん、そのまま、作りたい道具をイメージしてみて。たぶん、単語を思い出せばそれに付随して、イメージ化できると思うから」
「わかりました。やってみます」
頭の中で、パコジェット、とつぶやいて、それをイメージする。
外形から、取り外しが可能な部分から、何とか頑張ってみる。
「お、いい感じだね。あ、意外と分解できる部品が多いかな」
そう言いながら、ジーナが複数の小さな塊へとミスリルを分けていく。どうやら、それひとつひとつがアタッチメントになっていくようだ。そのうちのひとつは本体ではなく、ビーカーになっている。
なるほど、イメージか。
「あれ? コロネさん、内側も見たことあるの? イメージが残ってるよ。これなら、けっこうな再現ができそうだね」
ジーナに言われて、そういえば、店長の作業を一回くらいはのぞいた記憶がある気がした。いや、さすがにそんなのは一回か二回くらいのはずだけど。
そう思っているうちに、ジーナの作業は進んでいく。
あっという間に、コロネも見覚えのある機械ができあがっていく。
しかも、ミニチュアサイズで。
逆にすごい技術だ。
「ふう、こんな感じかな。ひとまず同調を解除するね。お疲れ様ー」
「ジーナさんもお疲れ様です。それにしても、すごいですね。本物そっくりの模型ですよ、これ。ちょっと触ってみてもいいですか?」
「どうぞどうぞ。もうスキルは解除しているから、普通の金属だし」
できあがった模型に触れてみると、ほんのりと暖かいが、どこをどう触っても、硬い質感の金属だ。これがぐにゃぐにゃと変化していたとは思えない。
形も、見た目はパコジェットのそれだ。
光り輝いているのは、本物と大分違うけど、本当にそれっぽい。
でも、コロネのイメージしたのはもう少しざっくりした感じだったんだけど。
よくここまで再現できるものだ。
「ね? 初めてこの作業をした人は大抵びっくりするけど、イメージとして同調する場合、けっこう細かいところまで記憶されているんだよ。ねじの位置なんて思い出すことはできないかもしれないけど、その記憶の断片は保管されているんだよ。それを引き出すためのきっかけが薄れているだけで。だから、目に触れている場所に関しては、ほぼ再現できるって感じかな」
とは言え、流体変化という都合上、どうしても、ねじなどの部品については、一点は接合された状態になってしまっているのだそうだ。
それでも、なるべくは接合箇所を減らすように努力しているのだとか。
「まあ、この工程はこんなものだって、みんなわかってるから大丈夫だよ。後はオサムさんと魔道具技師の人に任せて、試行錯誤してもらおう。動力を機能させるのは、一朝一夕じゃ、うまくいくはずないしね。その辺はものづくりの基本だよ」
そう言って、ジーナが笑う。
一仕事やり遂げた職人の顔だ。
本当に、この町にはすごい人が多いな。
そう、コロネは思った。