第45話 コロネ、ドワーフに会う
「ここが、職人街かあ。確かにちょっと独特な建物が多いね」
朝早くから、コロネはオサムに言われた通り、町の東側に位置するエリアへとやってきた。そこは工房などが立ち並ぶ、職人街と呼ばれる地区だ。
七時そこそこという時間にも関わらず、すでに、各工房から煙が出ていたり、何かしらの加工をしているような金属と金属がぶつかるような音がする。
朝から活気のある場所だ。
コロネが向かった先はというと、職人街でも更に東側、町の外れともいえる場所にある鍛冶工房だ。何でも、ドワーフの夫妻が工房を営んでいるらしい。
そういえば、ドワーフには会ったことがなかったので、少し楽しみでもある。
そうこうしているうちに目的の工房へと到着した。
少し大きめの石造りの家に、工房というか作業場がくっついている作りになっているようで、お店らしき看板が出ている入り口には、すでに明かりがついていた。
看板には、『ジーナ・グレーン工房』と書かれている。
それがこの鍛冶屋の名前らしい。
「ごめんください。オサムさんに言われて来ました」
「あー、いらっしゃい。コロネさんだよね? 待ってたよー、さあ、入って入って」
工房から現れたのは、茶髪をポニーテールにした小さな少女だった。
小学生くらいと言っても差し支えないだろうか。
見た目だけなら、ピーニャと同じくらいか、むしろ小さいくらいだ。
「あの、あなたが鍛冶屋さんですか?」
「うん、そうだよ。ジーナが、ドワーフの鍛冶職人だよ。あ、もしかしてコロネさん、ドワーフを見るのは初めてかな?」
「あ、はい、そうですね。これが初めてだと思います」
ジーナと名乗った少女の言葉に驚きながら頷く。
彼女がどうやら、ドワーフらしい。
「なるほどね。そうそう、オサムさんにも最初に会ったときは驚かれたから、そっちの地方では馴染みが薄いのかもしれないけどね。ドワーフっていうのは、小人種のひとつなの。まあ、小人種の中では大柄な方かな。特徴としてはいくつかあるけど、他種族と比べて成長がものすごくゆっくりなことと、女性限定種族ってのが有名かな」
何でも、ジーナはこの容姿ですでに三十歳なのだとか。
しかも、結婚しており、旦那さんも一緒らしい。
いや、次から次へと驚きの事実が発覚している気がする。
「女性限定の種族なんですか?」
「うん、そう。ドワーフと呼ばれる種族に男の子は生まれないの。その代わり、ドワーフと馴染みが深いのが、旦那さまの種族なの。ねえ、旦那さまー、ちょっと来てもらっていい?」
ジーナが奥の工房に声をかけると、大柄な人が現れた。
人、だよね?
見た目は光り輝く金属でできた鎧のようなもので包まれている。
それは人型ではあるが、ロボットっぽい。
「紹介するね。ジーナの旦那さまのグレーンだよ。種族は鉱物種、ミスリルゴーレムなの。で、旦那さま、こっちがコロネさん。オサムさんのところに新しく入った料理人さんで、甘い物を作るのが得意なんだって。って、昨日も言ったっけ」
「………………」
ジーナの説明に頷きつつ、グレーンが頭を下げてくる。
「あ、はじめまして、コロネです。どうぞよろしくお願いします」
「コロネさん、旦那さま、無口なのね。意思疎通はジーナがするから、びっくりしたらごめんね。今のは『ジーナともどもよろしく』って言ったの」
そうなんだ。
つまり、グレーンは鎧を身に着けているわけじゃなく、これで素の姿なのか。
「旦那さまの種族、鉱物種はドワーフとは逆で、男性限定種族なの。身体となった鉱石によって種類は色々だけど、基本はドワーフと結婚する感じかな。こう見えて、優しくてかっこいいんだよ」
ジーナによれば、鉱物種と呼ばれる種族には、繁殖期というものがあるらしい。
その時期には、今のように金属金属している感じではなく、身体そのものが柔らかくなって、造形も人間とほぼ同じになっていくのだそうだ。
グレーンもそうなった時は、なかなかの美形なのだとか。
繁殖期ならば、他の人間にわかるように言葉を話すこともできるとのこと。
「まあ、ジーナには旦那さまの言ってることがわかるから、それでいいけどね。うん、無口だけど、気は優しくて力持ち。理想の旦那さまだよ」
あ、ジーナの言葉にグレーンが何となく照れている。
そういう仕草は確かに感じ取れる気がする。
「ドワーフという種族は、鍛冶という名の火の神に仕えているのね。火の神に仕え、金属の身体を持つ者を伴侶とする。ね? 面白いでしょ? ある意味で、どんな種族よりも属性に特化しているとも言えるのね。そして、ドワーフはそのことをみんな誇りに思っているの」
なるほど。
種族として、職人として、その誇りなのだろう。
ジーナの笑顔が輝いて見えるようだ。
「もちろん、それは旦那さまあってのことだよ? ふたりだとひとりではできないこともできるようになる。愛だよ、愛!」
「はあ、何というか、ごちそうさまです」
「いえいえ。さて、自己紹介も済んだところで、早速、お仕事の話をしよっか。オサムさんから聞いたけど、また新しい調理器具を作ろうとしてるんだっけ?」
ジーナがさっきよりも真剣な表情で聞いてくる。
コロネもそれに頷く。
「はい、パコジェットっていう食べ物を凍らせて加工する機械ですけど……ジーナさんが作ってくださるんですよね?」
「いやいや、ジーナは作れないよ。ここでのお仕事は金属加工専門だもん」
あれ、少し話が違うような。
オサムは職人さんに任せておけば大丈夫とか言ってたのに。
「それじゃあ、グレーンさんですか?」
「違う違う、あー、コロネさん、まったく説明されてないね。オサムさんの茶目っ気にも困ったもんだ」
やれやれ、とため息をつくジーナ。
どういうことなのだろうか。
「あのね、ここで行なうのは、器具を開発するための模型作りなの。要するに、機構部分については魔道具技師の手によるから、まずはそこまで。機構を組み込む前の外形を作り上げる、その工程までをジーナが請け負っているの。オサムさんのイメージする機材ってのは、大分普通の常識とずれているところがあるから、まず、それがどんな形でどんな風に動くのかイメージをわかりやすくする必要があるわけ。それがジーナのお仕事だよ」
ああ、なるほど、そういうことか。
つまり、どういう形をしているかのミニチュア作りってわけだ。
「まあ、それでも、機構が存在しない器具のたぐいなら、ジーナだけでも作れるよ。ただ、料金を考えるとこの方法は割に合わないから、基本は今回みたいに、魔道具レベルの発注になるかな。デザインさえはっきりしていれば、普通の金属で試行錯誤したほうが安上がりだし」
どうやら、今回の作業にはけっこうなお金がかかるらしい。
詳しいことはオサムに任せてあるから、よくわからないけど。
「それじゃ、言葉で説明してもわかりにくいと思うから、工房の方へ行こっか。たぶん、体験してもらった方が早いよ」
「わかりました」
ジーナとグレーンがついてくるように促すので、そのまま一緒に工房へと向かう。
初めての体験というのは何となく、わくわくする。
職人のお仕事に興味津々のコロネなのだった。




