第44話 コロネ、まぐろを食べる
「うわあ、今日はまぐろ尽くしですね」
色々あったが、水の日の営業も終わり、夕食の時間となった。
今日は、コロネが正式にお店に加わったお祝いということで、普段は寝ているはずのピーニャも遅くまで残ってくれていた。
料理人たちは、これから営業するお店もあるらしく、自分たちのお店に帰っている。
帰り際に、みんなから、これからもよろしく頼む、と祝福を受けた。
やっぱり今日はコロネにとって特別な日になったのだ。
さて、本日の夕食だ。
メニューはまぐろの刺身に、まぐろの竜田揚げ、鉄火丼に、汁物はあら汁となっている。とことんまで、まぐろ尽くしである。
ちなみにリディアは自分の採ってきた食材については、半分ルールを決めているらしく、半分量までしか食べないようにしているらしい。
「まだ、けっこう残ってるからなあ。いっそのこと、残りも全部調理して、缶詰にでもしておくか」
「……缶詰とかも普通に作れるんですね」
「ていうか、冷凍庫を使った冷凍保存の方が難しいだろうが。まあ、この町に来ている職人のレベルが高いってのもあるがな。各々の専門分野に関しては、ちょっと腕に自信のある連中ばかりだからな。缶詰も頼めば作ってくれるぜ」
ツナ缶だ、とオサムが笑う。
工場ではなく、手作りというところに恐れ入る。
職人さんはどうやって作っているのだろうか。
ちょっと気になる。
「まあ、ツナの加工品については前にも作ったことがあったよな。サンドイッチの具材に使っているはずだ」
「なのです。その時も好評だったのですよ。さすがにトビマグロはめったに採れるものでもないので、お客さんも楽しみにしているのです」
鉄火丼を食べていたピーニャが頷く。
何でも、ツナサンドには根強いファンがいるらしく、もうすでに噂が出回っているのだそうだ。そのため、オサムとピーニャは水の日の営業の裏で、せっせと準備をしていたのだとか。
下手をすると暴動が起きるらしい。
「それもまた物騒な話だね」
「もちろん、冗談よ、冗談。それにもし本当にこの町で暴動が起こったら、誰も止められないわよ。サイファートの町、最後の日は案外、マスターが死んだ時かもねー。だから、マスターは長生きしなきゃダメよ」
「お前さんたち、コロネを脅すのはほどほどにしろよ? まあ、あながち冗談とも言い切れないところが悲しいところではあるがな。だから、俺も後進の育成には力を入れている部分がある。また、店が半壊騒ぎなんて勘弁してほしいからな」
ジルバとオサムがもっと物騒なことを言っている。
何でも、昔、とあるお客さん同士のトラブルで、塔が半壊しかけたことがあるのだそうだ。詳しくはわからないが、料理に関するというよりも、単にそのお客同士の組み合わせの問題だったらしいのだが。
「一応、この塔には自動修復機能があるのよ? にも関わらず、半壊まで持っていったんだから大したもんよねー。さすがにその時はふわわも怒ってたけど」
大したもんよね、で済ませるジルバの方が大したもののような気がするが。
それにしても自動修復までできるのか。
すごい話だ。
さておき。
「やっぱり、まぐろは美味しいね」
比較的、トロが少なめで、赤身の方が多めのまぐろのようだが、その分、肉質がしっかりしている感じだ。羽根の根元の部分が一番美味しいらしく、そこに関しては残念ながら、お店で売り切れになってしまっている。
ともあれ、醤油漬けにされた赤身は鉄火丼にぴったりだ。
ヅケに海苔の風味も加わって、とっても美味しい。
「それにしても、海苔も作っているんですか?」
「ああ、プリム経由で産地に頼んである。昨日、発注で追加したのがネギと海苔だ。ああ、そういえば、コロネもアキュレスから認められたらしいな。おめでとう。例の十字架はつけておくのを忘れるなよ」
アキュレスは、向こうでいうところの商社のような存在らしい。
管理する食材がけっこう多いのだとか。
貴族なのに商人みたいな人だ。
「わかりました。ところで、オサムさんも十字架は持っているんですよね?」
それらしい物は見当たらないのだが。
「ああ、今は部屋に置いてあるぞ。さすがにもう何年もの付き合いになるからな、俺の場合はすでに付き合いがあることが知れ渡っているから、大丈夫なのさ。そもそも、プリム経由で食材のやり取りができるから、それで事足りるしな」
なるほど。
確かにオサムの場合、本人の存在だけでも何とかなりそうだ。
まだまだ新米のコロネとは状況が違うだろう。
「ああ、そうだ。話は変わるが、コロネ、ひとつ頼んでもいいか?」
「何をですか?」
「お前さん、アイスの件でカミュと話を付けたらしいじゃないか。あの後、カミュに捕まってな、教会にも冷凍庫を回すことで、ひとまず話がまとまったんだがな。それだけだと面白くないじゃねえか」
おお、カミュも随分と手が早い。
その話をしたのはついさっきだというのに。
「面白くないって、何をするつもりです?」
「いや、いい機会だから、コロネの力を借りて、設備のひとつを開発しようと思ってな。ほら、冷凍して粉砕するやつ、パーなんとかってのあったろ?」
「え、パコジェットですか?」
「そうそう、そのパコジェットだ。それを作ってみようじゃねえか」
パコジェット。
向こうで開発された冷凍粉砕調理機のことだ。
食材を仕込んでフリージングし、必要なときに必要な量だけ無駄なく調理できる、というのがポイントの調理器具で、パティスリーを始め、各レストランなどでも使われるようになってきた便利器具である。
コロネが修行していたお店にもあったが、これがあるとアイスクリーム作りなどで、すごく重宝するのだ。
さすがはオサム、普通にそのことは知っていたか。
いやいや、そうじゃなくて。
「いや、オサムさん。さすがにわたしもパコジェットの構造なんてわかりませんよ。あれは何となくで作れるような代物じゃないですって」
「もちろんそうだろうと思うが、コロネはその機械を使った経験があるだろ? 俺が向こうにいたころから、使っているシェフやパティシエが増えてきたはずだからな」
「まあ、日常的に使ってはいましたけど……」
「だったら、たどり着く方法があるんだよ。まあ、騙されたと思って、協力してくれよ。実際、再現するとなると少し時間がかかるが、可能性はゼロじゃないぜ」
ふむ。
オサムがそこまで言うということは、何か方法があるのかも。
確かにパコジェットがあると便利なのだ。
ピュレもムースも、当然アイスクリームも。
身体強化が未熟なコロネにとって、欲しい器具のひとつではある。
いや、その前にもう少し簡単な器具の方がいいのだけど。一足飛びでパコジェットって、間を飛ばすにも程がある。
まあ、オサムが乗り気なので仕方がない。
「わかりました。それで何をすればいいんですか?」
「明日、職人街にある鍛冶屋に行ってほしいんだ。前もって、話はつけておくから。そこで、職人の言うとおりに従ってくれればいい。基本、店の新しい機材の開発については、その手順を踏んでいるのさ」
そう言って、オサムが鍛冶屋の詳しい場所を説明してくれる。
まあ、騙されたと思って、行ってみよう。
「まあ、コロネが今後必要な器具を作るとなった時、相談に乗ってくれる職人だよ。今のうちに知り合っておくのは悪いことじゃない」
「わかりました。行ってみますね」
「ああ、頼んだぞ」
オサムが笑顔で、まぐろの刺身を口に運ぶ。
どうやら、これで話は終わりのようだ。
コロネもあら汁を一口飲みつつ、考える。
器具を作る職人さんには興味があった。
調理場にあるものは、やはり、お菓子作り用とは言いがたいものも多かったからだ。
その辺についても、少し相談をしてみよう。
うん。
そうなると少し楽しみだ。
明日もいそがしくなりそうな、そんな予感を感じながら。
そんなこんなで四日目の夜は更けていった。




