第443話 コロネ、模擬戦に驚く
まず、最初に動いたのはメルさんだ。
直接だと遠くなので、見えにくいけど、魔道具の画面上には、様々な色の光を帯びているメルさんの姿が映し出されている。
一応、色というのは、魔法の属性に対応しているということは聞いている。
なので、今のメルさんは、複数の属性魔法を一緒に使おうとしている、ということなのだろう。
一方のリディアさんはと言えば、舞台上の中央あたりで、何をするでもなく、メルさんを見つめているだけだ。
素人目には、光り輝くメルさんの姿が、何となくすごそうだなあと思うけど、その正面に立っている人の方は、どちらかと言えば、普段と変わらず、ほんわかした雰囲気のまま、たたずんでいる。
何だか、リディアさんって、緊張感がなさそうだよねえ。
「あれ……メルさん、最初から飛ばしてる、ね。これって、確か……」
「メイデンさん、わかるんですか?」
「うん、たぶん、これ、メルさんの切り札のひとつだ、よ。『複合術:流星雨』。その発動前の状態か、な。……ほら、見て、コロネ。メルさんを包んでいた光が舞台上の全体まで広がってるよ、ね?」
「あっ、ほんとですね」
メイデンさんがコロネに説明してくれている間にも、薄い光の奔流が、メルさんとリディアさんがいたところを飲み込むような形で、大きな円状に広がっていくのが見えた。
それにしても、『流星雨』って、何だか大仰な響きだよ。
「コロネさん、光の円が見えますか? あれは、メルさんが大掛かりな魔法を使う時、周りに被害が及ばないように張っている結界魔法なのです。普通の範囲系の魔法ですと、狭い範囲に的を定めるのが難しいのですが、メルさんは制御をした上で、その外側に膜を張るようにしているのです」
これはすごいことなのですよ、とピーニャが笑う。
広範囲に渡る魔法というのは、中級以上に当たるそうなのだが、それらを一定範囲へと制御するためには、もっともっとレベルの高い使い方が求められるのだとか。
「メルさんの『複合術』って、ほとんどが上級魔法の組み合わせだから、ね。火、水、土だけでも『流星雨』と同じような魔法は発動させることはできるんだけど、メルさんの場合、他にも色々と同時に発動してるから、ね。わたしが見ても、もう、いくつの魔法が連なっているのか、よくわからないもの」
「そうなんですね……って!? うわわっ!?」
様々な色が入り混じった光が、そのまま遥か上の方へと伸びる。
魔道具のスクリーン上ではなく、目視でも、その光の柱ははっきりと見えるほどにまばゆく、その柱が下の方から消えていくのと同時に、それは起こった。
光が高い空、遥か上空で束ねられて消える。
そして、光の代わりに現れたのは、炎を伴って燃える、大きな塊のようなものだ。
それが無数に浮かんでいる。
だが、宙に浮いた状態は、ほんのわずかな時間だけだったのだろう。
それらの周囲が燃えたままの岩が、螺旋を描くようにして、次々と地上へと落ちていく。
「えーと……あれって、リディアさんは大丈夫なんですか?」
まさしく、宇宙から降って来る隕石のように。
ただ、普通の隕石ともちょっと違うようではあるよね。
岩のようなものが直接燃えてもいるんだけど、その周囲の離れた部分にも、隕石の軌跡に連なるように、炎の道が残り続けているのだ。
さっきの光は、やっぱり、魔法の光ってことなのだろうか。
先程までの光は、今はわずかに、結界が張られている円周上に薄い光が残っているだけだし。
というか、色々と突っ込みどころがあるんだけど、この映像の魔道具って、どうやって、元のところを写し取っているんだろ?
かなり上空の様子とかも、画面が一部分けられて、近くの様子となって映し出されているし。
これって、向こうのカメラとかよりも性能良いよね?
今も、最初はゆっくりだったけど、地上に近づくにつれて、どんどんスピードを増して、落ちてくる岩を、ちょっとだけ離れた場所から、ぴったりとくっ付いた状態で映しているし。
そうこうしていると、燃え盛る岩のひとつがリディアさん目がけて落ちる。
うわ! 危ない!
『そーど』
「えええっ!?」
リディアさんが岩に向かって手をかざすと、その手からわずか数メートルくらいのところまで落ちて来ていた岩が真っ二つに分かれて、そのままリディアさんの左右の地面へと落ちた。
『はんまー』
そのまま、次々と落ちてくる隕石へと、今度はリディアさんが向かって行くと、手を右から左へと動かしただけで、身体から離れた場所にあった隕石がひしゃげたように粉々に砕けていくのが見えた。
岩自体は、リディアさんの身体の数倍はある大きさなのに、そんなことは関係ないと言わんばかりに、次々と、隕石が見えない何かによって、壊されていくのだ。
「……何ですか、あれ」
「まあ、リディアさんだから、としか言えないか、な。念のため、言っておくけど、あの『流星雨』の方もすごい魔法だから、ね。逆に範囲制御がなければ、もっと広い範囲に、もっともっと大きな岩とかも降らせることができるから」
「さすがに、発動にちょっと時間がかかってるけど、さっきのメルは他にも複数の魔法を制御してたから、それも仕方ないねぇ。あの手の魔法は制御しない方が楽だって話は、あたしも聞いてるよ」
「なのです。普通のやり方では、リディアさんの鉄壁の護りは崩せないのですよ」
いきなり『流星雨』を使ったメルさんにも、それを事無げもなく、あっさりと弾いていくリディアさんにも、周りで見ている人たちから拍手が起こったりしているよ。
コロネが色々と聞いているせいか、メイデンさんとか、コズエさんとか、ピーニャが解説者みたいになっちゃってるけどね。
ただ、映像を見ているとわかるのが、リディアさんの身体まで、隕石にしても、その周囲を取り巻いている炎の奔流にしても、まったく届いていないということだ。
身体から少し離れたところで、炎が見えない何かに遮られたように、その向きを変えてしまっているというか。
こうやって、話している間にも、どんどん上空から隕石やら、炎やらが降ってきているんだけど、被害を受けているのはリディアさんが立っている石の舞台とか、更にその下の地面とかの方で、次第にぼこぼこになってるんだけど、当のリディアさんはと言えば、隕石を砕いたり、ひょいと身体を動かして、岩の破片とか炎を避けたりとかで、落ち着いているようにしか見えないし。
「ねえ、ピーニャ。あのリディアさんの身体の周りの見えない何かが、障壁っていうものなの?」
前々から、『障壁』という言葉は時々耳にしていたんだけど、実際に見たことはなかったんだよね。
あ、フェンちゃんが訓練で見せてくれた、闇のもやみたいなのも障壁なんだっけ?
一応、魔法でできた壁みたいなものが身体を包み込んでいるってイメージしてたんだけど。
と、ピーニャが首を横に振って。
「障壁の一種だとは思うのですが、リディアさんのあれは普通の障壁ではないようなのですよ。恐らく、あれはリディアさんのスキルの何かではないか、と推測されているのです」
そもそも、リディアさんの能力って、どういう魔法なのか謎なのですよ、と付け加えた上で、ピーニャが続ける。
「普通に『障壁』と言ったら、魔法障壁のことを指すのです。ピーニャの場合は、火属性の障壁しか使えませんので、あんまり上手に説明できないのですが……ピーニャの障壁でしたら、コロネさんも何度か目にしたことがあるのです。感情が高ぶった時にピーニャの身体を包みこんでいた炎は覚えてますよね?」
「えっ!? あれが障壁だったの!?」
「なのです。ピーニャの場合、無意識の防衛本能などで発動してしまうようなのです。これでも前より大分ましになったのですよ? まあ、それは今はあんまり関係ないのですが、本来の障壁の場合、何らかの属性を帯びた薄い膜をまとうことが多いのです。ですので、ほとんどの障壁の場合、何らかの色がついている場合がほとんどなのです」
ピーニャによると、障壁って、個々が持っている魔力の資質に影響されるため、少しでも属性魔法の資質があると、色付きの光か、あるいはピーニャやフェンちゃんなどのように、現象そのものが現れるのだそうだ。
そのため、見えない障壁……無色透明な障壁というのはほとんど見られないのだとか。
へえ、なるほどね。
というか、ピーニャの暴走っぽい炎も障壁だったんだね。
なので、障壁として、力をコントロールできれば、炎の熱は帯びないのだそうだ。
たぶん、アストラルさんのところのヴィヴィも同じような感じなのだろう。
「無色の障壁を発動する場合、そんなケースは稀だけど、可能性があるとしたら、属性魔法への適性がないか、あるいは、属性魔法の資質が中庸という形でバランスが取れているか、だけだ、ね」
「なのです。でも、それって、すべての属性でのバランスがぴったりになっていないと難しいのですよ。それこそ、メルさんだったら、微調整で可能かも知れないのですが」
「それにほら、コロネ、今のリディアさんの周囲を見て、ね。ね? 炎が何かに遮られて方向を変えていくのがわかるか、な?」
「はい。それで、不思議だなって、思っていました」
メイデンさんの言葉に頷く。
だからこそ、それが障壁のためなのか、って話になったわけだしね。
「あれも、ね。普通の障壁だったら、魔法でも物理攻撃でも、それを弾いたり、接したりした時には何らかの反動現象が起きるはずなんだ、よ。火花が散ったりとか、障壁自体が砕けるように見えたりとか、ね」
なのに、リディアさんの場合はそれらがまったく見られない、と。
もし仮に、それが障壁だとしたら、かなり異質な障壁なのだそうだ。
例え、それがとても強い障壁だったとしても、魔法と魔法がぶつかり合った場合は、何らかの反応があってしかるべきなのに、それがない。
「そう言えば、リディアさんが隕石を攻撃した時も、いきなり真っ二つになったように見えましたものね」
「なのです。おそらく、それらは同じ力なのです。あまりにも外側からの力に対して、滑らかすぎるのです。だからこそ、不思議なのですが、あの力もたぶん、ユニークスキルのようですし、あまり踏み込むのはマナー違反なのです」
それで、結局、何だかものすごいんだけど、よくわからない能力の使い手、っていう感じの認識になってしまったのだそうだ。
なるほど。
それはわかったけど、だとすると、だ。
「そんなすごい能力じゃ、対処のしようがないんじゃないの?」
だって、次々と隕石を落とす方も大概だけど、それですら、まったく通用しないってのは、本当にどうしようもない気がするもの。
少なくとも、どうして、リディアさんが『世界最強の一角』って呼ばれているか、その理由は垣間見た気がするよ。
「だからこそ、メルさんも色々とやってるんだ、よ。ほら、コロネ、よく見て、ね。『流星雨』を使ってる間も色々と手を打ってたみたいだ、よ」
次のフェーズに移った、とメイデンさん。
見ると、石の舞台が粉々になっていて、隕石が落ちた後の土埃やら、岩の破片やらで、視界がかなり見えづらくなっていた。
そして。
「あれ!? メルさんがいない!?」
いつの間にか、舞台の上からメルさんの姿が消えていた。




