第440話 コロネ、巡礼シスターとアイス販売の話をする
「おーい、コロネ、良いところで会ったな。ちょっと頼みがあるんだがいいか?」
ボーマンさんとヤータさんに、色々とめずらしい魔法素材について教わっていると、横から声をかけられた。
振り返ると、シスター姿のカミュさんが立っていた。
例によって、手にはお酒の入ったビンを持っていて、ちょっと顔が赤いし。
少し酔っ払い状態のカミュさんだ。
見た目は長めの金髪の美少女って感じの容姿で、酔っぱらっているのはあんまり外聞が良くない気がするんだけどねえ。カミュさんの場合、シスターの制服も着ているし。
まあ、それはそれとして。
「カミュさん。頼みって何ですか?」
「ああ、ちょっとアイスの販売の件で許可をもらえないか、と思ってな。教会の外での移動販売とかに関してだよ。ちょっとばかり、精霊種を中心に、面倒な動きがあってな。あたしとしては、もう少し味が安定するまでは様子を見るつもりだったんだが、そうも言ってられない事情が出てきたんだよ」
何でも、カミュさんによると、『アイスの販売はいつから始めるんだ?』って強い要望が日に日に高まっているのだそうだ。
その原因のひとつが、コロネによって提供されている『あめつちの手』のアイスで、そっちがらみで、他の精霊種にもアイスがちょっとずつ流れているせいで、一度アイスを口にした精霊さんたちが、早く売ってくれって、うるさいのだそうだ。
「販売前から、ぜひ買いたいって声が多いのはありがたいが、一応、これ、教会の金儲けっていうよりも、孤児のための施策のひとつだからな。あんまり、妙なことになると、ガキどもが怯えかねないんだよなあ」
まったく困ったもんだ、と頭が痛そうにするカミュさん。
「だから、そういう経緯もあって、せっかくの機会だから、アイスの販売を少し早めようと思って、コロネを探してたってわけさ。今日はこれから、メルとリディアによる定期講習会だろ? タイミングとしてはちょうどいいからな」
「なるほどなあ。確かに見物客が大勢詰めかけるから、うまくやればアイスも売れるだろうな」
青空市もそろそろ店じまいだしなあ、とボーマンさんが頷く。
今日はこのまま、市場を早めに終わらせてしまうのだそうだ。
定期講習会の実演イベントって形で、すでにメルさんたちから申請がでているので、夕方は普通の広場としての使用がメインになるらしい。
「ああ。こっちは商業ギルド宛ての申請書だ。と言っても、許可が下りなかったとしても、こっちはやる気だからな。別に商売をしなければ、ここの広場を使う許可は必要ないからな」
そう言って、さあ許可を寄こせって感じでニヤリと笑うカミュさん。
もし、商業ギルドが同意しなくても、商品のお披露目って形でアイスを配れば問題ないのだそうだ。
試作品の味見って名目で、イベントの横で勝手にやるからって。
とは言え、カミュさんの表情を見る限り、そうは言っても、許可しなかったらどうなるかわかってるよな? って感じの脅しみたいなのは見えなくもないけど。
それを見て、ボーマンさんも苦笑して。
「別に、おじさんを脅さなくても、そのくらいは許可するぞ。はっはっは、もちろん、教会も立派なお得意さんだからなあ。一応、その程度の便宜は図れるぞ。おじさんもお飾りとは言え、この町のギルドの責任者だからなあ」
そう言いながら、ボーマンさんはポケットから印鑑のようなものを出して、カミュさんが持ってきた申請書にそれを押す。
すると、申請書がかすかに光って、どこかへと消えた。
うわ、すごい!
というか、今の書類はどこに行ったんだろ!?
「ああ、今のは大規模な組織同士の契約だよ。この場合は、教会と商業ギルドだな。お互いの契約管理の部署に、契約内容が転送されるんだ。今のはあたしが用意した書類だから、教会の形式に準じているがな」
「すごいですね。転送なんてできるんですね?」
「はっはっは、コロネ。こういうのができるのは、教会や冒険者ギルドがらみの契約ぐらいだぞ。複数の国にまたがっている組織ってのはあんまり多くないからなあ」
おまけに、教会の場合は、ステータスの研究なども応用しているため、普通の契約魔法よりも手が込んだシステムになっているのだそうだ。
そういう部分なども、教会が特別視される理由のひとつなのだとか。
「あれ? ボーマンさん、商業ギルドは国を越えた組織じゃないんですか?」
イメージとしては、てっきり、商業ギルドも冒険者ギルドとかと同じような感じで、あちこちの国とも繋がっているんだと思っていたんだけど。
「一応、商人同士の繋がりはあるぞ。ただ、あたしら教会とかとは違って、商業ギルドの場合は、それぞれの国によって、別々の組織と考えた方がいいな。中央大陸の中では、広域連合みたいな形になってはいるが、それぞれの国の思惑で、一口に『商業ギルド』と言っても、まったく別の組織になるからな」
「その辺は仕方ないなあ。どうしても、商人同士だと、協力関係にあったとしても、お互いの商会がライバルのような存在でもあるからなあ。いくら、おじさんがお人好しでも、無条件で協力し合うような迂闊な状態にはならないんだぞ」
カミュさんとボーマンさんがそれぞれ教えてくれた。
一応、教会や冒険者ギルドも各支部ごとに方針が若干異なったりもするらしいけど、それでも、それら全体を見るための部署ってのが存在しているから、それなりには統制が取れているのだそうだ。
教会の場合は本部があるし、冒険者ギルドの場合も、中枢機関を交代制というか、持ち回りで行なっているらしくて、組織を内側からチェックする部署もしっかりと存在しているのだとか。
一方の商業ギルドの場合は、こっちはギルドとしての本来の意味のまま、というか、お互いが商売をする上で効率よく動くための、あるいは、商売上の障害など、面倒事が起こった時に、協力体制を取りやすくするためのシステムとして、成立しているのだそうだ。
もちろん、商人として、商売をするためには、その土地の商業ギルドに所属するか、許可を得ないと商売そのものを行なうことができないようになっているらしい。
この町の場合は例外だけど、レジーナ王国の王都の場合は商業ギルドに属していない者が、何か商売をすると、そのまま罰せられるようになっている、と。
その辺は、当たり前のことらしい。
「つまり、商業ギルドって、横の繋がりはあるけれども、別々の組織ってことですか?」
「ああ、そういうことだなあ。国の中や、もっと狭い範囲の地域の中で、それぞれの商業ギルドが存在するわけだ。この町の場合は、更に少し違うんだが、普通の商業ギルドの場合は、職人系のギルドや魔法関連のギルド、薬師や医者のギルドも含めたものを大きくまとめて取り仕切っているのが、商業ギルドと考えてもらえばいいぞ」
「なので、土地によっては、冒険者ギルドや教会よりも力も持っているケースもある。ただ、職人系のギルドは大体の元締めが商業ギルドだが、魔法屋ギルドや薬師ギルドの場合は、それぞれが中立なり、独立した立場なりを保っていることもあるな。魔法屋の場合は、エルフの伝手なんかが無関係じゃないし、薬師の場合もポーションの生成を含めた技術があるかないかで、大分変わってくるからな。だから、あたしも、あちこちを巡る時に面倒くさいんだ」
やれやれと肩をすくめるカミュさん。
巡礼シスターとしての立場を隠した方が都合がいい場所もいくつかあるそうだ。
「まあ、話を戻すと、さっきの契約書はこの町の場合、町中のそれぞれの管理部門に転送されるのさ。教会なら、カウベルの部屋の奥に、商業ギルドなら契約書類を集める部屋の中に、ってな」
「あれ、カミュさん、教会本部の方じゃないんですね?」
さっきの説明だと、てっきり、お互いの本部へと送られていると思ってたよ。
そういう重要な書類も町中で保管なんだ?
「まあな。コロネも知っての通り、この町の場合はかなりヘンテコな立ち位置だしな。町の中のことは町の中で収めるってのが不文律になってるのさ」
「そうそう。だから、おじさんの方にも、王都のギルドから色々と文句がやってくるんだぞ。と、言っても、判断についてはおじさんに一任されているからなあ。一応、陛下と王妃様には報告をあげているし、文句を言われる筋合いはないんだが、その辺は、やっかみ半分だなあ」
「そうですね。魔族としましても、この町にいる間は、『魔王領』の他の場所よりも、階級や序列に関する部分が緩くなっています。ですので、この町に限っては、商業ギルドとの契約なども許されておりますし」
なるほどねえ。
色々あるんだね。
ヤータさんが青空市で露店を開くのにも、当然、申請は必要なんだけど、その契約内容なんかは、この町限定ってことで、許可が下りているんだって。
商業ギルドとしても、魔族側としても。
一応、魔族とか、表沙汰にできないものが絡んだ契約に関しては、町として、管理をしている部署もあるのだそうだ。
それも初耳だよ。
今まで巡ったところにはなかったと思うけど、やっぱりその辺の事情は、あんまり表からはわからないようになってるんだろうね。
「まあ、何にせよ、だ。これで広場での販売許可はもらったから、後は、コロネが許してくれれば、こっちとしても動けるようになるな」
「え? でも、カミュさん。別にわたしの方から販売を待ってください、って言った覚えはないんですけど?」
アイスの製法は伝授したわけだし、そっちの報酬として、毎日乳製品をもらってるわけだしね。
後は、別に作ったアイスを売ったりする分には、コロネがどうこう言うようなことじゃないと思うのだ。
アイスの販売を先延ばしにしてくれたのも、ミルクアイス以外はしばらく販売を見合わせるってのも、教会側が気を遣ってくれているだけだし、別にすぐに販売を始めたとしても、その辺のついては、特に気にするつもりもなかったよ?
「ふふ、まあ、コロネならそう言うよな。だが、コロネ、あんたの場合……というか、あんたのお菓子を作って売る場合に関しては、だな。むやみやたらに広げるな、っていう原則があるんだよ」
「いや、原則があるんだよ、って。わたし、そういうの聞いてませんけど」
「もちろん、契約でどうこうって話じゃないぞ。そうじゃなくって、プリムやら何やらが変に動いたおかげで、周辺への影響が読めなくて危険だって話になったんだよ。ほら、プリンの作り方やら、新しいパンの作り方やら、色々とコロネが広めてるだろ? プリンに関しては、あの暴走メイドが何やらかすかわかったもんじゃないし、アイスはアイスで、精霊種がえらいことになってるし……はっきり言うぞ。教会としても、気を遣わずにはいられないんだよ」
あう。
結局、原因はプリムさんの『プリンクラブ』のせいらしい。
後は、コロネの感覚が緩いので、何か、お菓子関係で新しいことをする時は、一応、確認した方がいいんじゃないか、ってことになったそうだ。
面倒だが仕方ない、とカミュさんが嘆息する。
「本当は、逐一契約した方がいいんだろうが、リリックが弟子入りして、そっちからの伝授とかがあるだろ? となると、ある程度融通が利いた方がお互いに都合がいい。だったら、その都度、あたしがコロネのとこまでやってきて話し合った方が結果的に楽だからな」
内容が頻繁に更新される場合は、教会の契約って、あんまり向いてないのだそうだ。
だから、今回の場合も、コロネが同意すれば、アイスの販売を約束よりも前倒すって形で、そのままオッケーってことらしい。
「わかりました。わたしとしては問題ないですよ」
元々、教会の子供たちのためだしね。
乳製品のやり取りが今まで通りなら、それで十分にメリットがあるから。
「ああ、助かるぜ、コロネ。今から準備すれば、何とか間に合いそうだな。それじゃあ、ガキども連れて、アイスを売りに来るとしよう」
そう言うが早いか、その場から走り去るカミュさん。
あー、速い速い。
酔っぱらっているのに、よくあんなに速く走れるよね。
そんなこんなで、あっという間にいなくなってしまったカミュに感心するコロネなのだった。




