第435話 コロネ、人魚の運んできた料理に驚く
「この店の魚料理は美味しいですからね。私の出身地は『魔王領』の内陸でしたから、この手の料理は中々食べられませんでしたし、他の港町などでも、シンプルに焼いたり、煮込んだりするだけのものばかりでしたし」
この町ほど、色々な調味料はありませんでしたしね、とヤータさんが笑う。
ヤータさん自身は、『週刊グルメ新聞』の新聞記者になるまでも、各地を転々と旅してはいたらしいけど、巡った多くの町でも、あまり、魚を美味しく食べる料理ってのは、発達していなかったのだそうだ。
基本は、塩を振って焼くか、後は、干物にするか。
この町とは違って、冷蔵庫とかもあんまり普及してないから、どうしてもお魚を使った料理って、干物以外は海に面していないと食べられない感じだったみたいだね。
それに、海に面した場所でも、海岸や遠浅の海くらいまでのところに、獰猛なはぐれモンスターがいると、そもそも、海から離れた場所に町とかができるので、それなりに海に近い場所にあるところに住んでいる人たちでも、海へと漁に出たりする人って実はそれほど多くないのが現状らしい。
そういえば、前にアノンさんとかが言ってたものね。
こっちの世界の海には、大型のモンスターとかが多く生息しているから、海路交通とかがほとんど発達していない、って。
今も、手元のシーフードドリアっぽいものを口に運びながら、ヤータさんが色々と教えてくれたんだけど、海水から塩を取り出すのも、人魚の村を除けば、あんまり多くの場所では行われてはいないのだそうだ。
一応、それでも、東大陸……『魔王領』の方では、アキュレスさんやプリムさんが音頭をとって、港町の中でも、安全そうな場所には、人魚種にも協力を仰ぐ形で、あっちこっちで製塩が行なわれているみたいだけど、中央大陸になると、ほとんど海水塩って、作られていないのだとか。
国によって、塩を確保する方法は様々だけど、多くは、内陸の塩湖から確保するか、岩塩から塩を採る方法がほとんどで、たまに、モンスターからゲットしたりするところもあるって感じみたいだね。
塩でできたフードモンスターが現れるダンジョンとか。
ただ、やっぱり、こっちの世界でも塩ってのは大事なものであるのは間違いないみたいだね。
どこの国に行っても、塩に関しては、それらを管理する部署なり、権限を持った人なりが、厳しく取り締まっているんだって。
その辺は、こっちの世界でも変わらないよね。
やっぱり、直で命に関わる素材って、管理が厳しくなっちゃうんだろう。
この町の場合、ほとんどが人魚の村との提携で何とかなるみたいだけど。
「海から塩を作るのであれば、人魚種などの協力が不可欠です。海人種の一部の種族にもその手の能力はありますが、人魚種でしたら、海に棲んでいるはぐれモンスターの多くからも慕われていますからね」
「あ、そうなんですね?」
「はい。人魚種の同行があるのとないのとでは、海中を進む際の難しさに天と地ほどの差が出ますから。魔族と言えども、です」
なるほどねえ。
あれ?
前に、イグナシアスさんやミーアさんに聞いた話だと、海に住んでいるはぐれモンスターって、穏やかなモンスターが多いって聞いていたんだけど、それって、イグナシアスさんが人魚だから、って話なんだね?
へえ、『水の民』ってすごいんだねえ。
というか、ヤータさんの言葉でちょっと気になったことがある。
「あの、ヤータさん、普通に魔族とか『魔王領』とかの話をしちゃっても大丈夫なんですか? わたし、周りに人が多い場所では注意するように言われてたんですけど」
「ええ、この店でしたら問題ありませんよ。人魚種の方もそうですが、そのくらいのことは知っていないと、そもそもここまでたどり着けませんから」
あ、入店許可の最低条件に、人魚種に関することや『魔王領』に関することも含まれているんだね?
つまり、周りのお客さんって、その手の知識がある人ばっかりってことか。
「たぶん、この町の住人として、ある程度の時間が経った方々は、ご存知の方ばかりのはずですよ? コロネさんが注意されたのも、この町にやって来て間もないからでしょうし、私のように、旅人として滞在できる者の場合も、基本は、魔族側の申請をクリアしていている者ばかりですし。そうでなければ、門番のダンテたちによって弾かれるのが普通ですから」
町の中にいる人のほとんどは、この町ができた経緯なども含めて、ある程度は把握している者ばかりですよ、とヤータさん。
「もっとも、個々の内情に関しては別ですが。誰がどのような種族であるか、などに関してはあまり話さない方がよろしいでしょう」
「わかりました。気を付けます」
ヤータさんの言葉にしっかりと頷く。
相変わらず、大っぴらに話していいこととシークレットの境がわかりづらいのは間違いないので、コロネからは余計なことは話さない方がいいみたいだね。
ちなみに、イグナシアスさんが人魚種であることは、この町でも知れ渡っていることだから、問題ないそうだ。
普通は人魚種の存在とかは隠すのが当たり前だけど、イグナシアスさんの場合、撒き餌って側面もあるらしいし。
その辺は、前にも話を聞いたことがあったよね。
この町の悪人判別法のひとつだ、って。
と、そうこうしていると、当のイグナシアスさんが、続きの料理を持って現れた。
「はーい、おまたせー。さっき、ミーアから、コロネとショコラが来店したって聞いたから、今日はわたし、調理担当だけど出てきちゃったよー」
あいさつも兼ねてねー、と微笑むイグナシアスさん。
両手には大きなお皿と料理を持って。
そして、服装の方は、塔で見かけた水着の上からエプロンをつけた感じの、さっきのミーアさんの衣装とは違って、淡い青系統のコック服って感じの姿だね。
ただ、普通のコック服とは違って、ところどころに露出があるし、下の方も生足がしっかり出ちゃってるやや短めのスカートって感じだし。
うーん。
どっちかと言えば、料理人の服って言うよりも、海の家の売り子さん?
そっちに近いと言うか。
それにしても、真っ白できれいな足をしてるよね、イグナシアスさん。
前に、塔のステージとかでも見たけど、人魚さんなのに、足がとってもきれいなんだよね。
ただ、まあ、本当のツッコミどころはそこじゃないよ?
うん。
「あ、ありがとうございます、イグナシアスさん。それはいいんですけど、えーと……あのー……随分とボリュームのある料理ですね?」
「ぷるるーん! ぷるるっ!」
「そうだよー、大型のパルシュのフライだよー。見て見て、この大きさー。今日は、わたしの弟が頑張ったから、大きいパルシュがいっぱい採れたのね。だから、今日の日替わり定食は大サービスだよー」
そう。
イグナシアスが持ってきたのは、両手で抱えるくらいの大皿に乗った大きなフライだ。
というか、真っ赤な尻尾が見えているので、パルシュってのは何なのかは、一目見たらはっきりとわかった。
パルシュってのは、海老みたいなモンスターのことなんだ、と。
ただ、その大きさがちょっとびっくりな感じになってるけど。
「イグナシアスさん、これ、海老フライですよね?」
「うんうん、オサム語だと、そうみたいだねー。さすがに、この大きさだと、中まできれいに火を通すには、水魔法とかも使わないといけないんだけどねー。でも、そっちは大丈夫。お魚系のモンスターの揚げ物はバッチリ覚えたから、味に関しては保証するよー」
「え? 水魔法ですか?」
ちょっと意外だね。
火を通すのに、水魔法を使うことがあるんだ?
「そうだよー。大きめなモンスター素材を、そのまま焼いたり揚げたりする時に使う調理法だねー。この町のコンロとか使えない時は、火魔法と一緒に水魔法も重ねる感じかな。外側の熱を中まで浸透させる時に、実は水魔法って便利なんだよ? もっとも、この手の使い方は、生きている相手だとうまくいきづらいから、料理とかじゃないとあんまり使用しないけどねー」
へえ、そうなんだ?
詳しい使い方はよくわからないけど、大きな肉のかたまりをそのまま調理する時とかに重宝するやり方なのだそうだ。
ひとつひとつ小さく切る時間がもったいない時や、いっぱい食べる竜種とかのお客さんの時に使ったりするんだって。
お菓子作りでも使えるかどうかはわからないけど、ちょっと興味がある話だね。
後でやり方を教わってみようかな?
今のコロネだと、水魔法単体では魔法が使えないから、できないのかもしれないけど。
まあ、それはそれとして。
「ところで、イグナシアスさん。これで一人前ですか?」
さすがにちょっと大きすぎるんだけど。
いや、横でショコラは大喜びしてるから、いざとなったら食べてくれそうだけど、ショコラの身体よりも全然大きいんだよ?
この海老フライ。
こっちの世界の大きなバナナと似たような大きさだし。
太さもごん太って感じだし。
いくらなんでも、五十センチ以上は軽くありそうな海老フライなんて食べきれそうもないよ。
何となく、周りのテーブルの上とかを改めて見ると、同じような大きなお皿が空っぽになっているのがちらほらと見えるから、このくらいは食べられる人が多いのかな?
「ううん、ショコラと一緒の分ってことで、二人前ってことにしてるけど、まあ、この大きさなら三、四人前くらいかなー? でも、ちょうどいい大きさのパルシュが切れちゃったし、やっぱり、丸ごとひとつで揚げないと残念な感じになっちゃうしねー。まあまあ、大きい分にはサービスってことでいいんじゃないかなー」
ショコラも嬉しそうだしねー、とイグナシアスさんが微笑を浮かべる。
もし余ったら、持ち帰っても構わないし、と。
ちなみに、コロッケも四つほどお皿に添えられているけど、そっちはそれほど大きくはなくて、コロネもイメージするような普通のコロッケの大きさだ。
四つってことは、ひとり分はふたつってことらしい。
いや、これ、随分とボリュームたっぷりすぎる感じだよね。
このお店の日替わり定食って、銀貨二枚ってことだけど、それでも、この大きさを考えるとかなり安いよ?
パンとかの値段も考えると、かなりの大盤振る舞いのような気がするんだけど。
「大丈夫大丈夫ー。このお店、人魚の常連さんも多いから、お店に来るついでに、色々と獲って来てもらってるから、そっちは全然余裕があるんだよー。パンとか、その他調味料とかについても、塩とか乾物系の食材とかと取引してるしねー。だから、コロネが心配しなくても、このくらいの茶目っ気は出せるからー」
「そうなんですか?」
「うんー。それに、わたしたちとしても、もっともっと、魚料理が好きな人が増えて欲しいから。だから、色々とサービスしてるのー。生のお刺身とか一品足したりとかねー」
だから、と。
「このパルシュのフライも自信作だからねー。まずは、食べてみてよー」
「はい、いただきますね」
「ぷるるーん!」
ショコラの食べる分を切り分けながら。
イグナシアスに勧められるままに、目の前の料理を口へと運ぶコロネなのだった。




