第43話 コロネ、弟子をとる
「じゃあ、リリックはコロネに弟子入り決定な」
「はい? え……えー! 何でですか! シスターカミュ! 私、聞いてませんよ!」
よかったよかった、と言いながら、カミュがいきなり変なことを言い出した。
一方のリリックは驚き戸惑っているようだ。
うん。
目の前でもっと取り乱した人がいると、自分は冷静になれるものだなあ。
いやいや、そうじゃなくて。
「あの、カミュさん。製法を教えるのはいいとして、リリックさんが弟子になる話はどこから出てきたんですか?」
さすがに、コロネも弟子を取るほど一人前にはなっていないのだ。
こういうのを生兵法とか言うんじゃないだろうか。
「あん? 製法を教わるんだから、教会から人員を出すのは当然だろ? 関係者でそれに精通している人間を作らなきゃ、何の意味もない」
「そうかもしれませんが、わたしも弟子を取るほど、立派な経験を積んでませんよ?」
「いいんだよ。ピーニャには教えてるって聞いたぞ。別に、あんたが未熟だろうと、半人前だろうと、問題じゃない。料理人としてどうかって話だ。少なくとも、あたしは、あんたが師に足るものだと評価した。それで十分だろ。大体、教師だの、先生だのって教えるなんざおこがましい。共に教わり、共に育つが本質だろ。下手な謙遜はコッコにでも食わしちまいな」
はあ。そういうものかな。
というか、こういう説法はさすがシスターといった感じだ。
「わかりました。わたしの方は問題ないです。で、リリックさんはどうなんです?」
「リリックは大丈夫だ。あたしが決めた」
いや、あたしが決めたって。
巡礼シスターって、どこまで権限があるんだろう。
「ダメですよ、シスターカミュ! 私が今抜けたら、シスターカウベルひとりになっちゃうじゃないですか。さすがにお仕事が回せませんよ」
「心配するな。孤児院から、人を回す。パンナとシズネをシスターにする。これに関しては前々から神父にも話をしてある」
「あ……そうですか。でも、シスターの方の仕事は?」
「別に、製法を覚えたら戻ってきても構わないがな。あんたにとっても、いい機会だろ。この際だから、料理人になるのも悪い話じゃない。特にこの町ならな。リリック、わかっているとは思うけど、あんたの場合、ずっとシスターにしとくわけにはいかないんだ。この辺で腹をくくりな」
「……ですね。わかりました、私やります! コロネ先生、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ただ……先生ってのはやめてもらえませんか? せめてさん付けくらいに……」
「できません! 先生で」
「ははは、コロネ、リリックは形から入るタイプだから諦めな。もうちょっと頭が柔らかくなったら、いい感じになると思うんだが。ま、今後の成長に期待だな」
むう、仕方ない。
真剣な表情のリリックを前に、これ以上ごねるわけにもいかないし。
それにしても、先生か。
向こうの店長が聞いたら、腹を抱えて笑いそうだ。
その大爆笑っぷりが目に浮かぶ。
「それで、リリックさんの弟子入りはいつからになります?」
「あー、一応引き継ぎとかもあるから、少し時間をくれ。新しいシスター候補を連れてきて、リリックから今の仕事の引き継ぎやらせて、まあ、二日あればいいか?」
「短いですって! はあ……言っても無駄でしょうから、頑張りますけど」
「ふっふっふ、あんたもようやくあたしの性格を理解したようだな。そうそう、人生諦めが肝心だ」
あ、カミュがものすごく悪そうな顔をしている。
最初に会ったときから思っていたが、本当に奔放とした人だ。
聖職者らしからぬっていうと語弊があるけど、そんな感じだろう。
いや、一回りして、聖職者らしいのかもしれないけど。
「まあ、本当にどうしようもなくなったら、戻ってきな。その辺は何とかしてやるから。ただ、リリックのことだ。そうはならないとあたしは信じてるよ」
「……わかりました。ありがとうございます、シスターカミュ」
「あっはっは、じゃそういうことで、もう一本お酒追加な。リリックのおごりで」
「ですから! そういうところがダメだって言ってるんですよ、シスターカミュ!」
せっかくの良い話が台無しだ。
まあ、そこがらしいと言えばらしいのだけど。
「まあ、いいだろ、リリック。あ、コロネも悪かったな、これで話は終わりだ。ここからは普通の客として頼む。お酒のおかわりだ」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
「あ、コロネ先生。三日後からよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね」
コロネにとっては、初めての本格的なお弟子さんだ。
こちらとしても頑張らないといけない。
そう思った。
「コロネ、アイスおかわり」
「リディアさん、すみません。さっきのでアイスクリームが切れちゃいました。また、次の機会にお願いします」
「むう、残念。もう少し食べたいのに」
カミュたちのテーブルにお酒を届けた後、コロネを待っていたのはリディアのアイスラッシュだった。
おかわり以降は料金が発生するのだが、たぶん、そのほとんどをリディアが食べてしまったと言ってもいい。よっぽど気に入ってくれたようだ。
まあ、他のお客さんがまぐろ料理でお腹いっぱいになっていたのが大きいが。
「あ、コロネ、ひとついい?」
「何ですか?」
「ん、太陽の日の注文って、コロネでもいい?」
太陽の日の注文か。
ふむ。
オサムに食材を持ち込んで、料理を作ってもらうのが太陽の日の営業だ。
そういえば、他の料理人たちも手伝っているけど、そちらへの注文とかはどうなっているのだろうか。
ちょうどオサムが横を通ったので聞いてみる。
「うん? 太陽の日の注文か? まあ、大体が俺に対してだが、ドムの爺さんやガゼル宛てに宮廷料理を作ってほしいっていう注文もあるぞ。だから、コロネが負担に感じない程度だったら自由に受けて構わないぞ。お前さんも次からは料理人として、営業に参加するわけだしな」
あ、そういえばそうだった。
あれ、せっかく、給仕の制服を作ってもらったのに。
「給仕の方のお仕事はもういいんですか?」
「いや、その辺はどっちでもいいぞ。日によって、どっちの制服を着るか変えてもいいしな。そもそも、料理人も普通に給仕みたいなことやってるだろ、今の俺みたいに。だから、まあ、新メニューのお披露目みたいな時以外はお前さんの好きにしていいさ」
それもそうか。
オサムもできた料理を自分で運んだりしているしね。
パティシエの場合、調理場で料理に集中というより、料理を提供するところまでがお仕事みたいなところもあるし、パティスリーなら、事前にお菓子を作っておいたりするしね。
そもそも、オサムの営業日に便乗しているだけだから、パティシエの制服にこだわるのもおかしな話か。
「ありがとうございます。あ、リディアさん、注文をお受けしても大丈夫みたいですよ」
「そう。じゃあ、食材を探してくる。甘い物がいい?」
リディアが調達できる甘い物って、どういうものかわからないが、コロネもこちらの世界での食材分布なんてわからないし。
最初はおまかせとしか言いようがない。
「そうですね、甘いものでしたら、何とか対応できると思います。その辺りはリディアさんの方が詳しいと思いますので、おまかせでお願いします」
「ん、わかった。めずらしいもの、持ってくる」
何だか、リディアがいつも以上にやる気になっている気がする。
そんなに甘い物が気に入ったのかな。
「甘い、美味しい、もっと食べる。うん」
だから、食材を探してくるのだ、と。
コロネもリディアが採ってくる食材には興味がある。
もしかすると、新しいメニューにたどり着けるかもしれないから。
「では、お待ちしておりますね」
そう、笑顔で応えるコロネだった。




