第431話 コロネ、毒から回復する
「ふぅ、危ない危ない。本当の意味で、即効性のある毒じゃなくて良かったよね。コロネも一口で、おかしいなって思ったんでしょ?」
ポーションに中身が残ってたから、とドロシーが安堵の表情を浮かべる。
ということは、もしかすると、全部飲んでたら危なかったってことかな?
そんなことを考えながら、身体をショコラの上からどかす。
さっき、とっさの判断で、倒れる前にショコラがクッションみたいになって、支えてくれたのだ。
あー、ちょっとぺったんこになっちゃったみたい。
でも、そのまますぐに何事もなかったかのように元通りの姿に戻ってるし。
コロネが無事ってわかったせいか、また元気な感じでぷるぷるしてるし。
「うーん、何となく、あれ、いつもと違うって思っただけだよ。自分の意志っていうか、身体の力が抜けちゃった感じだね。だから、ドロシーの素早い対応に感謝だよ。ショコラもありがとね。おかげでケガとかなさそうだし」
「ぷるるーん! ぷるるっ!」
「いや、ごめんねー。これ、私が悪いから。コロネの反応を見て、『あ、やばい。これ、いつものだ』って気付いたから、その辺は慣れだよ、慣れ。メルさんと付き合ってると自然と身に付くスキルというか」
「えぇ…………やっぱり、いつもそんな感じなの?」
「まあねえ。前にも話したじゃない、正体不明っぽい薬草とか毒草とかで作ったポーションを飲まされるって。あんまり、良い話じゃないけど、でも、メルさんが言うように、生死の境の近くまで行ってから回復すると、毒への抵抗力とかがあがったりするんだよね。もちろん、一種類の毒だとその毒の耐性しか強くならないんだけど、そういうのも踏まえた上で、メルさんってば、色々な種類の毒ポーションを作ってるから」
だから、色々と変なポーションを飲まされるんだよ、とドロシーが渋い顔をする。
一応、その辺も、メルさんからの愛情表現ってことらしいけど。
うーん。
怖いと言うべきか、ありがたいと言うべきか。
さっきみたいな症状を考えると、素直にはお礼を言いにくい感じだよね。
オサムさんもひどい目にあったって言ってたし。
「あれ? でも、毒には色々な種類があるのに、解毒ポーションは一種類なの?」
「あ、そっちは、メルさんの特製だから。普通は、ここまで万能な解毒ポーションって、作るのが難しいんじゃないのかな? 錬金術とか、そっち系の専門の人なら作れるかも知れないけど、一般の薬屋とかで出回ってるものじゃないしねえ」
「そうなの?」
「うん。毒ポーションでの人体実験の代わりに、安全の保障の意味も込めて、ただで配ってくれてるけど」
よその町とかでは、お金じゃ買えない代物らしい。
ドロシーによると、こっちの解毒ポーションに関しては、多数の毒を相殺する成分をごちゃ混ぜにしたものになっているのだとか。
念のため、未発見の毒性にも備えて、身体の免疫機能を高める成分とか、毒関連の症状に関しては、一通り緩和できる成分も配合しているらしく、後は、死にさえしなければ、身体の力で乗り越えられるとか何とか。
もちろん、完璧かどうかはわからないけど、少なくとも、今までも数多の猛毒を乗り越えてきたので、その性能は折り紙付きってことらしい。
「何だか、すごい話だねえ」
「今もどんどん進化してるみたいだしね。メルさんが猛毒を掛け合わせて、新しい毒を作って、それを自分で実験して、対応した解毒剤を作るって感じで。一応、そっちは最新版をくれるからねー。おかげで、ポーションの倉庫が古い解毒ポーションで圧迫してきてるって話も聞くね」
「あ、そういえば、山ほどポーションがあったものね」
メルさんの家のポーション倉庫。
山と積まれた、というか、きれいに陳列こそされているけど、おびただしい量のビンに入ったポーションが保管されたいたんだよね。
かといって、古いバージョンの解毒ポーションを、普通の町とかに卸すわけにもいかないので、結局、しまっておくくらいしかできないのだとか。
そもそもが、ポーション云々の以前に、それの原料でもある油を作るところで普通は四苦八苦してるわけで、そんなもの流通に乗せられないって話らしい。
他の薬師さんたちが軒並み廃業になっちゃうし。
「だから、結局、古くなって来たポーションは、薬膳料理のフェアの時にでも放出して、料理に使ったりして、みんなで食べちゃうって感じかな。うん、贅沢な使い方だよねー」
美味しいし、身体にいいし、とドロシーが笑う。
いや、薬膳って、そういう意味だったっけ?
まあ、生薬の原料とかと食材を組み合わせるとかだったから、間違ってはいないんだろうけどさ。
解毒ポーションを油代わりに使った揚げ物ねえ。
正直、元のメルさん特製ポーションの値段とか聞きたくないかなあ。
そりゃあ、お薬にも使用期限があるから、悪いとは言わないけどさ。
「まあ、捨てるよりはいいんじゃない? この町の中と外で、価値が違うものなんてざらにあるからねえ」
「……何となく、商業ギルドへの制限が厳しいのがわかる気がするよ」
外部商人を出入り禁止にしておかないと、ロクなことにならないって意味でもね。
素材ひとつ、食べ物ひとつで大騒ぎだよ、まったく。
「ほんとほんと。あ、コロネ。体調の方が落ち着いたところで、申し訳ないんだけど、もう一回だけ、チョコ魔法を使ってもらってもいい? できれば、花が咲くかどうかまではチェックしておきたいんだよね。それでうまく行くようだったら、私の方からアラディアのおばばと交渉して、お茶の樹の種とか、『幻獣島』の外へと出せるように頼んでくるから」
ムーンワートをしっかり成長させられるなら、交渉の余地がある、とドロシー。
「それに加えて、コロネの場合、お菓子の件もあるしね。たぶん、アラディアのおばばたちも話を聞いてくれると思うんだ」
レーゼさんの場合、別にレーゼさん自身が、お茶を飲みたがるような人じゃないから、そういう意味でも交渉がしづらかったんだけど、コロネの場合は、お互いにメリットがあるから大丈夫、ってことらしい。
うん。
真面目な話、近いところで栽培ができるなら、それに越したことがないよね。
相変わらず、チョコ魔法が謎なのは変わりないんだけど。
「うん。それじゃあ、もうちょっと続けるね」
コロネにとっても、この謎能力は少しでも把握しておきたいし。
そういう意味では、このままチェックを続けるのは大事なことなんだよね。
引き続き、チョコ魔法六回目。
「あっ! 花が咲いたね。うわあ、きれいなんだね、ムーンワートの花って」
純白の白い花が、光を放っているのだ。
元々、植物自体が光ってはいたんだけど、特に花の部分は、白いような、わずかに黄色いような、それでいて、かすかな金色とも、銀色にも見えるような不思議な色の光を放っているのだ。
確かに、これは、『月の花』って感じの花だよね。
ちょうど、『夜の森』ということもあって、月明かりの下で、同様の光を放っているというか。
地上に咲く月って感じだよ。
「うん! いいね、いいね! これで、後は実が成るだろうから、後は無理しなくて大丈夫だよん。コロネ、ありがとう!」
「あ、ドロシー、せっかくだから、もうちょっとだけ頑張るよ。チョコ魔法を使い続けるとどうなるかも気になるからね」
「そう? 一応、解毒したばっかりだから無理しなくてもいいんだけど……うん、でもそうだね。使い続けるとどうなるのかは、ちょっと気になるよね。それなら、枯れちゃっても構わないから、行くところまで行ってみよっか」
どこまでやったら、失敗するのか、とかも見てみよう、とドロシー。
どうも、レーゼさんとかの能力でもそういうことがあるのだとか。
過剰に成長を促進させすぎたり、栄養を与えすぎたりすると、植物そのものが枯れ落ちてしまったりするんだって。
なるほどね。
何事もやり過ぎはダメってことか。
ともあれ、実験の続きを行ってみよう。
七回目。
ムーンワートの花が萎んで、実が大きくなった。
普通は、ここで収穫って感じらしいけど、でも、実験だから、このまま続けるよ。
というわけで、八回目。
「あ……本当だ。実が付いたままで、枯れてきちゃったよ」
さっきまで元気だったムーンワートが、茶色くなって枯れていく。
それを見ていると、やっぱり、実験とはいえ、悲しい感じになってしまう。
というか、実の方まで、枯れてきちゃうのか。
地面にぽとんと落ちたりはしないんだね、この実。
「うん、実験終了だねー。もったいないから、こっちはこっちで、別に使い方をさせてもらうね。この実だったら、まだ使い道があるから」
あ、そうなんだ?
ドロシーの話だと、このぐらいの枯れ方でも、まだ、成功の部類に入るのだとか。
それぐらい、普通はムーンワートって育てるのが難しいらしい。
素材としては、十分の価値があるんだって。
「まあ、さっきの実の状態の方がいいけどね。でも、とりあえずは、コロネのチョコ魔法が使えるってことがわかったのが収穫だよねー。ふふ、理屈はさっぱりだけど、妖怪種ばりのすご技だよ」
一応、ドロシーは褒めてくれるけど。
でも、もうちょっとコロネ自身が成長しないと厳しいんじゃないのかな。
ムーンワートをひとつ育てるのに、チョコレートを使ったチョコ魔法が七回だもの。
今のままだと、消耗が激しいもの。
いっぱい育てるのとかは、まだまだ難しいよねえ、これだと。
とはいえ、だ。
チョコ魔法の新しい可能性を知れたのはうれしいよ。
もしかすると、難しい作物でも、栽培できる可能性がでてきたってわけだし。
「まだ、チャノキとかがどうなるかはわからないけどね」
「うん、そうだねー。その前に、私もおばばとかを説得しなくちゃだし。でも、これはこれでいいことだよん。小さくても大きな一歩ってね」
ふふふ、とドロシーが楽しそうに笑って。
「あ、そうだ、コロネ。今日みたいな感じで、ムーンワートを育てるのをたまに手伝ってくれるんだったら、実を買い取ってもいいよん。もしくは、一定量、納めてくれたとこで、おんなじくらいの価値のアイテム袋を作ってあげてもいいし」
「えっ!? ほんと、ドロシー!?」
あ、それはうれしいかも。
アイテム袋の素材集めにしても、なかなか先に進めそうになかったしね。
その条件の方が、自分用のアイテム袋まで、早くたどりつけそうだよ。
割のいいアルバイト、って感じだよ。
「そういうことなら、喜んで手伝うよ」
「うんうん、コロネなら、そう言ってくれると思ったよ。それじゃあ、そろそろ、塔へと向かおっか。もうそろそろ、お昼だしねー」
ここ夜だからわかりにくいけど、とドロシーが苦笑して。
そんなこんなで、『夜の森』の外へと戻るコロネたちなのだった。




