第427話 コロネ、夜の森の奥へと進む
「ほらー、ここから見えるよね? あそこが、図書館だよん」
「えっ……あれが!?」
ドロシーの後をついて、森の中を延々と歩くこと数十分。
少し傾斜のある深い森をどんどん、獣道みたいなところを進んでいくと、ちょっとした山というか、丘のようなところに出たんだけど。
そこから、谷をひとつ挟んで、さらに、そのまた向こうのお山のてっぺんあたりに、小さな山小屋のようなものが見える。
ドロシーが指差しているのは、その建物だったのだ。
いや、色々と突っ込みどころがあるんだけど。
まず、想像していていた立派な図書館というよりも、どう見ても掘っ立て小屋にしか見えない、その建物自体にも何というか、肩透かしだし。
『魔女の図書館』って言うから、もっとかっこいい建物とかをイメージしちゃうじゃない。
それが、普通の小さな小屋ってのも、ある意味すごいよね。
こういうのも、魔女の茶目っ気なのかな?
「ドロシー……どう見ても、図書館って感じには見えないんだけど」
「まあねえ。そりゃあ、いかにもって感じの作りだったら、そこが大切な場所だってことが、もろばれじゃないの。こういうのって、意外とポイントなんだよ? 重要拠点がどこか、ってことが周囲に悟られないようにするってのはね。別に入り口だけだったら、町中に扉ひとつ作るだけで設置して、それこそ、誰にも気付かれないようにすることだってできるからねー」
魔女って、日陰者だからねえ、ふっふっふ、とか何とか言って、ドロシーが含み笑いをする。
あー、なるほどね。
魔女にとっては、重要なのは中身の部分であって、見た目の派手さとか、そういう虚栄に関しては、どうでもいいってことなのか。
それにしたって、こんな山奥の小さな掘っ立て小屋……それこそ、遠目に見ても、一部屋分の簡易コテージみたいな風にしなくてもいいとは思うんだけど。
そう、そもそもが、ここまで山奥だってこと自体に驚かされるよ。
いや、この『夜の森』って広い広いとは聞いていたけど、こんな深い森やら、山になっているところまで普通にあるとは思わなかったし。
今、コロネたちがいる場所だって、ドロシーのお店兼お家がある区画からは、大分離れた場所だし、そのせいか、他の住人が住んでいそうな気配とかもあんまりないような大自然って感じなんだもの。
あ、違うか。
こっちの大自然の方が暮らしやすい種族の人も多いのかな?
その割には、ここに来るまでの道すがら、生き物っぽい存在とはすれ違ったこともほとんどないんだけど。
もちろん、植物は生い茂っているけどね。
「でも、こんなに広かったの、ここの『森』って? どう考えても、町の中の一角って広さじゃないよね」
森の外に出れば、異界から出られるとは聞いていたけど、これ、方向によっては、どこまで行っても外に出られないんじゃない?
素直に井戸を使った方が早そうだよ。
そう言うと、ドロシーが不敵に笑って。
「ふっふっふ、そりゃあ、いくら、ルナルが若いと言っても、れっきとした幻獣種なんだから。このくらいの異界はお手の物だよん。ただ、まあ、そうだねー。こっち側のエリアは、魔女寄りの区画っていうか、そっちに都合の良い環境を整えてもらってるんだ。前にも言ったけど、魔女にとっては必要な素材とかも育ててもらったりしてるしね」
「あ、そうなんだ?」
「うん、ほら、ラズリーのお店ももうちょっと行ったところにあるんだよ。色んな植物やら、魔法食材やらを育ててくれてる、『フェアリースパイス』のお店ね」
へえ、そうなんだね。
なるほど、『夜の森』でも、こっち側は特殊な植物とかが生えやすくなっている場所ってことか。
確かに、今まで通って来た道すが目にした木々って、ちょっと変わった樹とかもあったものね。
樹自体が淡くて白い光を発光していたりとか。
ちょっと幻想的な森って感じで。
図書館の方が気になっていたので、あんまり気に留めてはいなかったんだけど。
いや、いざ、図書館を目にしたら、普通の山小屋で、ある意味そっちはそっちで衝撃ではあったんだけどさ。
「でも、ドロシー、ここから見ても、図書館って遠い感じだよね」
改めて、谷向こうの山のてっぺんに目を遣る。
そもそもが、向こうの山って、てっぺんの辺りはほとんど気が生えてないから、掘っ立て小屋改め、図書館がよく見えるんだけど、そこに至るまでの道らしい道がまったく見えないのだ。
もしかして、道なき道を行くって感じの場所なのかな?
図書館に行くために、探検隊みたいなことが必要な気がするよ。
「そりゃそうだよ。だって、あそこ、歩いては行けないんだから」
「えっ!? そうなの?」
「うん、そういう仕様になってるからねえ」
いや、仕様って何さ、ドロシー。
やっぱり、普通の森のように見えても、ここは立派な異界ってわけらしい。
「そうだよ、コロネ。あの辺の森って、見た目は普通だけど、どっちかと言えば、レーゼさんのとこの『迷いの森』とおんなじような作りになってるんだよ。結界術の一種だねえ。まあ、ここのは、入った者を惑わすって言うよりも、入ったら、出口がなくなりますってだけなんだけど」
いやいやいや。
だけ、って、そっちの方がタチが悪いと思うんだけど。
果樹園の『迷いの森』は、管理人さんのいる区画に飛ばされてチェックされるってだけの話なんだからさ。
そもそも、出口がなくなるって、どういうことさ?
「要するに、森に足を踏み入れること自体がトラップってやつ? その時点でアウトっていう感じの罠なんだよねー。後は、術師が助けに行くまでは、自力での脱出は不可能ってタイプのね。うん、そうそう、数はそんなに多くはないとは思うけど、コロネも気を付けなよ。この手の罠を構築できる能力ってのも存在するからねえ」
特に『幻獣島』の奥に行くなら、それらの回避は必須ね、とドロシー。
うん。
サラッと言ってるけど、やっぱり、ドロシーって色々と場数を踏んでいるんだねえ。
同い年だけど、こっちの世界の初心者のコロネとはえらい違いだよ。
性格が軽いから、お気軽に付き合ってるけど、実はかなりすごいんだろうね。
「まあ、ここの図書館の場合は簡単だよ。私のお店で売ってる、空飛ぶほうきを使って、飛んで行けば、それが認証になるから」
「あ、そっか。それで、ドロシーのお店って、ほうきをたくさん売ってるんだ?」
お店の上の方の階にいっぱい並んでたものね、空飛ぶほうき。
「ふふ、ね? 簡単でしょ? と言っても、魔法をそこそこ使えないと、ほうきで空を飛ぶのって難しいんだけどねー。たぶん、浮遊系や飛翔系のスキルとかを使って飛んだ方が楽だろうし」
だからこそ、認証条件になるんだよ、とドロシーが微笑む。
あの、図書館にたどり着くためには、ほうきを使わないとダメなので、妖精種だろうと、精霊種だろうと、それこそ竜種だろうと、ドロシーのお店でほうきを買ってください、ってことらしい。
って、あれ?
これ、実は、ちょっとした商売になってない?
「まあ、その辺はねえ。一応、ここの図書館って、ああ見えて、魔女と幻獣の集めた資料とかも保管してるから。あっ、保管って言っても、本館は『幻獣島』の方で、こっちはただの分館だから、その辺はそれなりなんだけど。ただ、ここだって、十分な価値があるんだよ。一応は『魔幻図書館』の端くれだから。そういう意味で、利用料としては、そのくらいはお願いしても罰は当たらないと思うんだー」
まあ、それもそうか。
でもさ、前にドロシーのお店で、空飛ぶほうきの値段を見たことはあるけど、確かあれ、ほとんどが時価じゃなかったっけ?
たぶん、けっこうなお値段をするはずだ。
そもそも、ほうきを使いこなせない人には売らないって話だし。
「うん、だから、私とルナルのチェックも込みになってるの。一応、許可した相手だったら、ちょっとは森の罠も緩くはなるから、そっちを踏破するのも可能にはなるよ? てか、普通はありえないんだけど、この町レベルだと、何人かがクリアしちゃったりするしねえ」
ほんと、びっくりだよ、とドロシーが苦笑する。
普通は、というか、仮にも幻獣種の仕掛けた結界なので、正攻法では破れるはずがないらしいんだけど、リディアさんとかが、図書館までたどり着いてしまったそうだ。
いや、あの人何なんだろうね、ほんと。
前に転移っぽいこともやってたし、小麦粉は一瞬できれいに分離しちゃうし。
「ほんとにね。私も、リディアさんだったら、何をしてもおかしくないって思ってるよ? たぶん、あの人だったら、『幻獣島』の最深部まで行けるんじゃないかな? ふふ、その辺はさすがは、トップクラスの冒険者だよねえ」
ふうん。
やっぱり、世界最強の一角ってのは伊達じゃないってことなのかな。
「まあ、リディアさんはいいとして。とりあえず、今のわたしじゃ、あの図書館には入れないってことでいいのかな?」
「そうだね。お店でほうきを買って、それで空飛ぶ練習して、それから、かなあ。でも、大丈夫だって。コロネ、何となく、筋が良さそうだもん。ほうきさえ買っちゃえば、案外、すんなり飛べるようになると思うよ?」
「うーん……今、あんまり手持ちに余裕がないから、そのうちだねえ」
ミキサーの件とかでも、そこそこかかっちゃうしねえ。
ほうきに関しては、アイテム袋と同様に、少し後回しかな。
今のところ、慌てて、魔女の図書館を使うような用事もなさそうだし。
ただ、空を飛ぶってのはちょっと憧れるから、これに関しては、心の手帳に記録しておこう。
空飛ぶほうき、っと。
「うん、わかったよん。それじゃあ、もうちょっと進もっか。ここから道沿いにまっすぐ行くと、こっち側の出口があるからね」
「了解だよ」
そんなこんなで、『夜の森』の出口へと向かうコロネたちなのだった。




