第423話 コロネ、月の精霊を送り届ける
「うわーん、よかったよー。本当によかったよ。もう会えないんじゃないかと思ったよー」
「ふぁい!」
コロネたちの目の前で、ファルナちゃんを抱きしめて、泣きじゃくっている女の人がひとり。
『夜の森』のある保育園で働いている保母さんのひとりでもあるナツメさんだ。
確か、妖怪種の姑獲鳥さんだったよね?
烏の濡れ羽色のような、つやのある黒髪が印象的で、エプロン姿。
背中からは漆黒の羽根のようなものも生えているけど、それ以外は、コロネよりもちょっと年上の若奥様って感じの女性だね。
普通にしていたら、かなりきれいな女の人だと思う。
ドロシーたちに連れられて、その、精霊さんとか妖精さんとかの子供がいっぱいいる保育園までやってきたんだけど、その建物にたどり着く前に、次から次へと、色んな人がやってきたというか。
ファルナちゃんを探していた『夜の森』の住んでいる人たちが続々と集まって来たんだよね。
その中のひとりで、一番目立っていたのが、このナツメさんだった。
何せ、大人の女性がずっと大泣きしていたから。
周りの人たちの話によれば、昨日からずっとこんな感じだったのだそうだ。
最初は喪失の不安から、そして、今はファルナちゃんと出会えた安堵から。
コロネよりも年上の女の人が、人目もはばからず大泣きしていて。
そんな彼女を、周りの人たちも、良かった良かったと温かい目で見つめている感じかな。
まあ、やっぱり、ファルナちゃんも嬉しそうだし。
コロネとしても、ほっと一安心だよ。
見つけた時は、かなり不安そうにしていたものね。
「でも、本当に良かったわ。私たちの感知にも引っかからなかったし、本当のところ、かなり焦ってはいたのよ。何だかんだ言っても、この町って、かなり広いから」
そもそも、『夜の森』自体もかなりの広さだしね、とシモーヌさんが微笑む。
保育園のお隣さんと言うこともあって、アルルとウルルも、その他の一緒に住んでいる人たちなども、みんなで手分けして、森の中の捜索を行なっていたのだそうだ。
コロネも詳しくは知らなかったんだけど、この森、広さとしてはかなり広大なのだとか。
本当に隅から隅へと探すとなると、相当大変な作業になるんだって。
「シモーヌさんたちも、ドロシーたちと一緒に、昨日からずっと捜索していたんですか?」
「ええ。そもそも私たちも当事者だしね。ファルナが行方不明なんてことになったら、それこそ大変なことになってたでしょうし」
「そうよ、コロネ! だから、とっても感謝してるの! 本当にありがとう!」
「さすがにねー、シモーヌの感知でもつかまらないとは思わなかったからねー。アルルとわたしの目でも映らないしー。ほんと、かなり焦ったよー」
シモーヌの言葉に、笑顔でコロネの背中をバンバン叩いてくるアルルと、焦ってるって言いながらも、あんまり焦ってない感じのウルル。
何でも、精霊術を使った時のシモーヌさんって、広範囲の周辺チェックとかもできるらしくて、そっち系統の技量はかなりのものらしい。
なので、そのシモーヌさんでも見つけられなかったから、今回はかなり大事になりかけたのだとか。
こと、精霊種がらみの問題でもあったわけだし。
「なるほど。そうだったんですか」
「ふふ、危なかったわね。少し前にもフローラさん経由で、『精霊の森』の方にも報告を済ませたから、そちらからの増援を待って、大掛かりな捜索を行なう予定だったの。その前に見つかって本当に良かったわ」
下手をすると、かなり大事になっていたから、とシモーヌさん。
いつ会っても穏やかで、しっかりものって感じのシモーヌさんが冷や汗をかいていることからもわかるように、このファルナちゃんの失踪って、本当にシャレになっていなかったらしい。
意外と、ひょんなことから町の一大事になっちゃうみたいだ。
「ちなみに、ファルナちゃんの見えなくなったのって、精霊種の能力なんですか?」
「半分はそうよ、コロネ! わたしとかウルルみたいに『人化』していない精霊は、気配を薄くすることができるの!」
「周辺の小精霊と同じくらいまで薄くしたりとかすれば、それだけでも、大分見つかりにくくなるかなー。それでも、感知系の能力があれば、見つけることはできるけど」
なるほど。
アルルとウルルによれば、精霊種が本体に戻れば、ある程度は自然に溶け込むことができるのだそうだ。
その状態であれば、同じ精霊以外の種族にとっては、存在自体が消えたように見えるし、普通の感知や探知のスキルなどでも、限りなく反応が薄くなるため、よほど能力が高くなければ、見つからないとのこと。
「でも、わたしたちみたいに、おんなじ精霊種だったら、属性の違いとかで、何となく感覚はつかめるはずなんだよー。普通だったらねー」
「うん! その辺が、ファルナたちの特殊能力みたいなものね!」
「満月の時や、蝕の時、後は特殊な月周期の時ね。その時は、月の精霊の力が強くなるって話は聞いていたわ。でも、詳しいことについては、秘密ってことにされてたのよね」
「あ、そうだったんですか?」
「そうよ! あっちの区画の精霊は秘密主義なの! おかあさんから頼んでも、ファルナ探しを手伝ってくれなかったんだから!」
ちょっとくらい手を貸してくれてもいいのに! とアルルが膨れている。
ふうん?
どうやら、一口に『精霊の森』って言っても、色々な精霊さんがいるらしいね。
ファルナちゃんと同種でもある月の精霊さんたちは、『精霊の森』の中でも、ちょっと変わっているので有名なのだそうだ。
それにしては、よく、ファルナちゃんは、この町に来られたよね?
「まあ、その辺は、『ナンバース』の中でも取り決めがあったとは聞いてるわ。そのおかげで、色々な属性の子たちがこの町にやって来ているわけだしね」
だからこそ、今回の件は危なかったのだそうだ。
一歩間違えば、本当に町と『精霊の森』の関係が悪くなりかねなかったわけで。
なるほどね。
それは、ナツメさんが大泣きするはずだよ。
「あー、コロネ、それは違うよ? ナツメさんって、元から、すんごく泣き虫なんだよー。喜んだりとか、嬉しくなっちゃったときでも泣いてるし」
「あ、そうなの、ドロシー?」
ナツメさんがファルナちゃんを抱えて大泣きしている間に、報告とかがあるからって、保育園の方へと行っていたドロシーが、いつの間に戻ってきていた。
とりあえず、噂ネットワークとかにも、事態の収束を載せてきたそうだ。
こう見えて、ドロシーも『夜の森』の責任者のひとりだし、その辺は色々と大変みたいだねえ。
「うん、子供たちよりも泣いてるよん。ま、それはナツメさんの売りのひとつだしねえ。ふふ、さっきまでは見ていられなかったけど、今のナツメさんなら大丈夫だし」
良かった良かった、とドロシーが微笑む。
「でも、何が原因で行方不明になったの?」
ナツメさんたちが目を離した隙に、って感じなのかな?
でも、あんまりそういう感じでもなさそうだし。
「うーん、その辺はちょっと要領を得ないんだよね。後で、ファルナ本人からも聞いてはみるけど……たぶん、上手な説明とかは難しいだろうし」
「ね、ね、ドロシー。ファルナがいなくなったのって、いつものナツメさんたちのお散歩の途中って話よね?」
「うん、そうだよ、アルル。たぶん、何かに驚いて、だとは思うんだけど、その原因については調査中ってとこ。今、ルナルもそっちに関して調べてるから、そのうちわかるとは思うけどねえ」
「でも、あのナツメさんが子供を見失ったりするかなあ?」
そう言って、首をひねるウルル。
何でも、ナツメさんって、子育てに関する属性持ちの妖怪さんらしくて、そんな彼女が子供たちを見失うってこと自体が、ちょっとおかしいのだそうだ。
「そうね。普通だったら、疲れてたんじゃない? ってところだけど、ナツメさんに関しては、そういうことって考えにくいのよね」
「だから、現在調査中ってことでご勘弁くださいってねー。シモーヌさんたちも、何か気になる話を聞いたら、教えてもらえるとありがたいです、って」
まあ、それはそれとして、とドロシーが笑顔を浮かべて。
「コロネがファルナを連れてきてくれたおかげで、今回の件は一件落着、ってね。後は、再発防止とかは、こっちでもやっておくから、そういうことで。ふふ、コロネもファルナから大分懐かれたみたいだしねえ」
「あ、そういえば、そうよね。アイスを食べた時にも、コロネに懐いた精霊は多かったけど、ちょっとそれ以上に近い感じがするわ!」
「えっ? そうなんですか、アルルさん?」
やっぱり、もしかしなくても、さっきのチョコレートのせいかな?
それとも、単純に、迷子を助けたからってだけかもしれないけど。
そんなコロネの内心を知ってか知らずか、アルルが何かを企んでいるような笑みを浮かべる。
「そうよ、コロネ! これなら、前に言っていた話を進められるかも!」
「えーと……計画って何のことですか?」
「もちろん、『コロネの新しいアイスを食べるために精霊の森に連れていくためにはどうすべきか、全力で協力しよう計画』よ!」
「いや、アルル、アルル。それだと、名前が長すぎるってばー」
「じゃあ、『コロネアイス計画』ね! って、名前はどうだっていいのよ、ウルル! このまま、ファルナのことを足掛かりに、許可と取るのよ、許可を!」
少し、いやかなり興奮気味に力説するアルル。
そういえば、前に言ってたものね。
『精霊の森』の果物でアイスを作ってほしいって話だ。
ただ、そのためには『精霊の森』に入る許可が必要で、今のところは、ちょっと難しいって話だったんじゃなかったっけ。
アルルたちのお母さんでもある、フローラさんもそう言っていたし。
「つまり、アルルが言いたいのって、コロネとファルナを契約関係にすればいいってことよね?」
「そうよ、シモーヌ! もうちょっと一緒にいれば、ファルナだって大丈夫よ。コロネを依代にして、それで、コロネを精霊術師にしちゃえば、おかあさんの方でも、許可に関して、話がしやすくなるもの!」
コロネだったら、何となく適性がありそうだし、とアルル。
あれ、話がちょっと変な方向に行ってるけど大丈夫かな?
アルルたちの話を聞きながら、そんな心配をするコロネなのだった。




