第420話 コロネ、お魚料理のお店に向かう
「それじゃあ、今日のところはこのくらいにしておくか」
「終了」
「こちらこそありがとうございました」
モッコさんに羊小屋を見せてもらって、ひとしきり、そのふかふかの毛をなでさせてもらっていたので、とっても満足というか、気持ち良かったんだよね。
本当にすごいよ、このふわふわシープの感触って。
ショコラのぷにぷにした感触とはまた違っていて、軽くなでると、その手を包み込むような感じになって、次の瞬間には、かすかに押し返すような、ふわんって感じの弾力があるんだよね。
魔性の弾力というか、ちょっと、向こうでもあんまり体験したことがない感じの触り心地というか。
羊さんたちの地肌の方も、一匹一匹硬さとかが違っていて、それでいて、どの子をなでても、なでているこっちの方が気持ちよくなっちゃうのだ。
すごいねえ。
これ、ちょっと中毒になりそうだもの。
もっとも、ここにいる羊さんたちは、モッコさんが手塩にかけて、育てているせいで、普通の野生のふわふわシープとは羊毛の質とかもレベルが違うらしいんだけどね。
「また、いつでも触りに来ていいよ。コロネもなで方が優しいから、羊ちゃんたちも喜んでいるみたいだし。ねー?」
モッコさんが周囲の羊ちゃんたちに声をかけると、どこかうれしそうな感じでめーめー鳴く声が返って来た。
たぶん、ショコラとかをなでているおかげで、撫で系の能力の磨きがかかっているんじゃないかって。
いや、撫で系の能力って何さ?
モッコさん曰く、ジルバさんとかが鍛えている能力らしいけど、そういう感じのものも能力というか、スキルみたいな感じで鍛えることができるんだね。
相変わらず、こっちの世界って、色んな意味で変わってるねえ。
「それで、コロネはこれからどうするんだ?」
「そうですね。もうちょっとで、お昼の時間に近くなりますから、ミーアさんたちのお店に行ってみようかと思ってます」
猫の獣人のミーアさんと、人魚種のイグナシアスさんのお店。
魚料理がメインの『マーメイド・キャッツ』だ。
そろそろ、塔だけじゃなくて、この町の他のお店とかにも足を運んでいきたいしね。
今のところ、ドムさんのところでお肉料理を食べて、サイくんのおでん屋で、ランチメニューのとうめし……豆腐めしセットを食べたくらいだしね。
そっちもそもそも、夜とかのメイン料理じゃないし。
あ、そういえば、果樹園の食堂で、中華料理も食べたっけ。
そう考えると別にゼロってわけじゃないけど、まだまだ行ったことがないお店とかも多いものね。
コノミさんがやっているうどん屋は、試食とか出店でしか食べたことがないから、そっちはそっちで気になるしね。
「なるほどな。ミーアたちの店ってことは、広場の側だな?」
「市場」
「はい。青空市の近くだって聞いてますね」
サイファートの町の北西部。
青空市とかで盛り上がっている広場の近くに、そのお店があるらしいのだ。
一応、くろきさん、しろきさんの杜氏コンビがやってる酒蔵から、更にもうちょっと行った場所だったかな?
まだ直接、訪ねたことはないけど、そんな感じでミーアさんたちからは聞いているし。
なので、午後からの予定にもちょうどいいのだ。
ミーアさんたちのお店でお昼ごはんを食べて、そのまま、青空市を巡っていれば、夕方のメルさんとリディアさんの対決まで時間も潰せるだろうし。
とりあえず、これでちょっとは余裕ができてきたかな?
ここからは、ショコラとのんびりと町のぶらぶら散歩を楽しもうっと。
「あー、そっかそっか。今日はメルメルの挑戦日だったんだよね。わたしもちょっと用事を済ませてから見に行こうかなー」
この町でも、リディアに攻撃を通せるのって、ほとんどいないから、とモッコさんが面白そうに笑う。
「モッコさんたちでも難しいんですか?」
一応、見た目はかわいいけど、ちゃんと魔族さんだものね?
それなりには強いんだとは思うけど。
そう、コロネが言うと、ちょっと慌てた感じでモッコさんが首を横に振って。
「相手が悪い。たぶん、魔族の誰もがそう言うのである」
「そうなんですか?」
「はは、コロネはリディアが戦ってるのを見たことないんだろ? たぶん、一度でも目にしていたら、これは敵わないって思うだろうな」
「ええと……ウーヴさんとか、フェンちゃんでも、ですか?」
今までにコロネが目にした中でもトップクラスのふたり。
闇狼……ダークウルフさんたちならどうなのかな?
「たぶん、ウーヴたちもリディアを相手にするんなら、逃げると思うぞ? あるいは攻撃回避に徹して、時間切れを狙うか」
「うん。闇狼も、魔族の中ではかなり強い部類に入るけど、相手がリディアだと、ちょっと話が違ってくるから。そもそも、闇狼って、回避性能は凄まじいけど、防御力に関しては、特化型ってわけでもないんだよ」
まず、攻撃が当たらないってことで、絶対的な強者って感じなのだとか。
なので、そっちの特性が通用しづらい相手とは決着がつかないこともあるとのこと。
ふうん。
一口に強さって言っても色々とあるんだね。
ただ、この町の誰から話を聞いても、帰ってくる答えって、リディアさんの強さが異常だってことのようだ。
やっぱり、今日のイベントは見ておかないとね。
「それでは失礼しますね。エドガーさん、フェイレイさん、モッコさん、今日は色々とありがとうございました」
「ああ、コロネこそ、新しいお菓子ありがとな。後で、工房のみんなで食べるから」
「うま」
「あっ!? フェイレイもう食べたんだ!? 抜け駆けずるいっ!」
「いいえ。後で味の感想も聞かせて頂けるとうれしいです」
これで、サブレの評価に関しても再チェックできるしね。
それなりには自信作だけど、今まで、この町で作って来たお菓子とはちょっと毛色が違うから、ある意味最初の調査みたいなものだし。
エドガーさんとかなら、甘いものも好きみたいだし、ゼリーカクテルの時も的確な批評をしてくれたから、たぶん安心だろうしね。
そんなこんなで、フェイレイさんに詰め寄っているモッコさんと、ふたりの間に入って苦笑いしているエドガーさんたちを尻目に、工房を後にするコロネなのだった。
「ぷるるーん!? ぷるるっ!?」
「あれ? どうしたの、ショコラ?」
職人街から、塔とかがある町の中心部へと戻る道の途中、とある草むらの横を通り過ぎようとしたところで、ショコラが突然、頭の上から飛び降りたのだ。
あれ?
前にも、地下とかで似たようなことがあったよね?
もしかして、何か気になるものでもあったのかな?
「ぷるるーん!」
コロネの問いに、こっちを一度振り向いて、ぴょんぴょん飛び跳ねたかと思うと、そのまま、草むらの側へと行こうとするショコラ。
とりあえず、気になったのでコロネもそのあとをついて行くと。
「あれ……これって?」
その草むらの中に、かすかに光るものがあった。
いや、物じゃないね。
見た目は半透明というか、ほとんど透けてしまって見えにくいんだけど、確かに目を閉じたままうずくまっている小さな生き物がいた。
大きさは、さっき地下であった小人さんたちよりも少し小さいかな?
かすかな銀色っぽい光に包まれた裸の女の子、いや、裸じゃないのかな? 何かゆらゆらと大気が瞬いているような感じで、空気とも、もやともよくわからないものが、その小さな体を覆っていて、それが大事な部分を隠しているというか。
そもそもが、普通に全身からして、ほとんどコロネにも見えてないんだけど。
身体が透き通っている感じで、もしかして幽霊? と思ったくらいだ。
まあ、こっちの世界だと、普通の幽霊種もいるわけで、さっき職人街を案内してくれたフェイレイさんも幽霊なんだものね。
だから、ものすごく驚くってほどでもないんだけど。
「ショコラが気になったのって、この子?」
「ぷるるーん! ぷるるっ!」
そう! と言わんばかりにいつも以上にぷるぷると全身を振るわせるショコラ。
相変わらず、同調を使っても、細かいニュアンスは完全には理解できないんだけど、何となく感じ取れたのは、ショコラもこの子がさみしそうにしているのを感じ取ったからのようだ。
確かに、改めてよく見ると、その女の子?
ふわふわの長めの髪も含めて、全身が銀色の光で包まれたちっちゃな子の、つむっている目の端には涙のようなものが残っていた。
でも、何でこんなところで寝ているんだろ?
とりあえず、放っておくわけにもいかないので、声をかけてみることにする。
「ねえ、大丈夫?」
「ぷるぷるーっ!」
声をかけながら、身体に触れようとすると、ちゃんとかすかだけど感触があった。
見た目は半透明だけど、触ることはできるみたいだね。
でも、生きているような温もりとかはあんまりなくって、どちらかと言えば、冷たいような……って!
ちょっと待って!?
「ちょっと!? ねえ! 生きてるの!?」
「…………ふぁい」
あ、良かった。
少し身体を揺すったら反応があったよ。
その銀色に光る半透明な女の子が目を開けてくれた。
というか、瞳の色も銀色なんだね。
ちょっと神秘的な印象を受けるもの。
とりあえず、幽霊みたいな少女が生きていることにホッと胸をなでおろしつつ、この子が一体何者なのか考えるコロネなのだった。
 




